■シリーズ1 2 3 4 5 6 7 8 9
僕の知り合いにダウンタウンの松ちゃんによく似た、実に楽しい男がいる。
20も年下の癖に僕のことを〈おっさん〉呼ばわりだ。
今から紹介するのはそんな彼の体験談だが、怖さを上手く伝えられるかどうか正直自信がない。
それに、そういった類いの物あまり読んでないんで、どこかに似たような話があるかもしれない。
でもまあ、その時はその時、という事で・・・・。
その人(Fさん)は大学時代、オンボロアパートの二階に住んでいた。
入居してすぐの、ある日の夕方、学校から帰ったFさんは、何をするでもなくフトンに寝転がって、ただボーとしていた。
その時
カン、カン、カン・・・
鉄製の階段を誰かが上がってくる音が耳に入ってきた。
コツ、コツ、コツ・・・
(ハイヒールの音・・・女か・・・)
Fさんは何の気なしにその音を頭の中で追った。
足音が止まる。
(隣の部屋?)
ガチャガチャ、ギィー、バタン。
(隣、女が住んでるんだ!)
彼はほんの何十秒かで、頭の禿げた、ただのヘンタイと化していた(Fさんは当時、重度の若ハゲに悩んでいたらしい)。
(おんなだ!おんなだ!おんなだ!!)
もてない男の辛さか、Fさんの興奮は半端ではなかった。
(ヤッホー♪)
僕はFさんの話を「気持ちはわかる、わかるよ〜」などと相槌を打ちながら適当に聞き流していた。
「俺が体験した怖〜い話教えてやろうか?」
その一言で始まった、Fさんいわく、超恐い話。
正直その時点では、(どうせ彼の事だから、クダラナイおちで終わるんだろうな〜)と、まるで期待していなかったんだが・・・。
(何歳くらいの女だろう?)
(美人かな〜?)
隣の部屋に住む女の事が気になって仕方がないFさんは、妄想だけで我慢すればいいものを、何とどこかに覗き穴はないかと探し始めた。
壁を見渡すがそれらしき穴はどこにも見当たらない。
押し入れに入り、上の板を横にずらすと、天井裏に顔を入れた。
目の前にそれはあった。
穴ではなく、板と板のわずかな隙間から明かりが漏れている。
「もう心臓はバクバクよ、罪の意識なんざ欠片もなかった」
Fさんはその隙間に目を押し付ける。ホコリが目に入ることなど気にもならない。
ブラとパンティだけの女
が畳に座っていた。
斜め上から見ているので、髪に隠れて顔は見えなかったが、若い女のようだった。
しかしその姿は、Fさんの期待していた光景とは遥かにかけ離れていた。
女の身体は殆どが爛れており、ヌラヌラとした血にまみれていたのだ。
痒みが酷いらしく、女は身体中を狂ったように掻きむしっていた。何か呪文のような言葉をぶつぶつ呟きながら。
Fさんはぞっとして隙間から目を離し、押し入れから出た。台所の流しで少しえずく。女への興味は完全に消え失せていた。
ひと月が過ぎた。彼の中で恐怖はかなり薄まっていた。
わざとアパートの住人との接触を避けているのか、偶然なのかわからないが、外で女を見かける事はただの一度も無かった。
生活音は壁越しに伝わってきてはいたが、学生なのか、働いているのかさえ全くわからない。
こうなると、(何とかあの女の正体を知りたい!)という欲求がFさんの中で日増しに強くなる。
お色気という面ではもはや関心度ゼロだったが、探偵気分は抑えきれなかった。
Fさんは再び押し入れに入り板をずらした。
(顔は見たくないなあ、あの様子じゃあ多分顔も皮膚病で酷い状態だろうし・・・)
隙間に目をあて、部屋を見回す。視界が狭いので全体を見渡すのは不可能だったが、女の姿は無いようだった。
部屋の様子は前よりかなり荒れていた。眼下に散らばる血の付着した衣服が痛々しい。
(!)
(えっ?)
(足?)
Fさんが覗いてる位置からは視界ぎりぎりの、一番奥の壁際に二本の足があった。
(宙に浮いてる?)
(ぶらさがってる!!)
全身に悪寒が走った。心臓が破裂しそうだ。鳥肌がたつどころの話ではない。
(やばい!やばい!やばい!やばい!やばい!首吊ってる!!)
警察に通報できる筈もなく、Fさんは財布を掴むと、とりあえず部屋を飛び出した。どうしたら良いのか見当もつかない。
ファミレスでコーヒーを飲むが心臓のバクバクは一向におさまらない。
(勘弁してよー!)
壁ひとつ挟んで死体がぶらさがってるような所に、帰る気にはとてもなれない。
といって、彼女はいない、泊めてくれる程親しい友人もいない。ビジネスホテルを利用する余裕もない。
彼には自分のアパートしか帰る家はなかったのだ。
(大家さんに頼んでみるか・・・、異様な声が聞こえたとか言えば調べてくれるかも)
ファミレスを出る頃には、もう日は暮れかかっていた。
夕闇の中、アパートに着いた彼は、大家の家がある裏に回ると、ふと何気なく二階を見上げた。
隣の部屋はやはり暗く、カーテンは開けっ放しだった。窓から突然女が顔を覗かせそうで思わず目を逸らす。
大家の家はすぐそこだ。恐怖を押し殺し歩き始めた。
その時である。
カン、カン、カン・・・
聞き覚えのある足音が辺りに響いた。
言い様のない恐怖がFさんを襲う。
コツ、コツ、コツ・・・
これまた聞き覚えのあるハイヒールの音!
ギィー、バタン
(女が帰ったんだ!逃げないと!でも何で??)
心は焦るのに身体が硬直して動けない。目は自然と、二階の、女の部屋の窓に釘付けになった。
部屋に明かりがついた。
一瞬大きなマスクをした女が見えた。窓に近づきカーテンに手をかける。
(!)
逆行で真っ黒な女の上半身が窓際で静止したまま動かない。
(俺を、見てる!)
・・・5秒・・・10秒
女はようやくカーテンを閉めた。
Fさんは震えていた。
(女は生きていた・・・)
(じゃあ、あの足は一体何なんだ・・・)
大家の家に向かう筈だったFさんの足は、再びファミレスに向かっていた。
■シリーズ1 2 3 4 5 6 7 8 9
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話