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許された呪い 第3話 純愛

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何とFさんは女に歩み寄り、いきなり女の身体を、力いっぱい抱き締めたのだ。

女は声の出し方を忘れてしまったかのように、ただ呆然と、彼の胸に顔をうずめたままだ。

Fさんは腕の力を弱め、背中に回していた右手を女のあごに当て、小さな顔を優しく持ち上げた。

その両目は大きく開かれ、今まで懸命に耐えてきたであろう苦しみ、哀しみを無言で訴えていた。

「よく頑張った、もう少しの辛抱だからね」

Fさんが囁くと、女の両目に涙が溢れた。

それを見てFさんの目も潤む。女の事がいとおしくて堪らなかった。

Fさんはこれらの事を自分の意志でしたわけではないという。身体が勝手に動き、口が勝手に喋ったのだそうだ。

ただ、自分のしている事はちゃんとわかっていた。

何故か急に彼の胸に優しさが溢れだし、その思いは奔流となってその女に向かって流れたのだ。その時、女の事を昔からよく知っているような、言い様のない不思議な気持ちで満たされていたという。

自分の意志で動けるようになってからも、女への溢れるような優しさは変わらなかった。

2人はスーパーを出て、人気の殆ど無くなった通りをゆっくりと歩いた。

Fさんは、少しでも遅く歩いて、女と一緒にいる時間を増やしたいと考えていた。

他人の部屋を覗いたうえに、皮膚病で苦しんでいる女を見て、(気色悪!)くらいにしか思わなかった自分が情けなかった。

女は、こんな男に突然抱き締められても抗えず、逆に頼ってしまう程衰弱していたというのに。

ただの変態だった(自分でそう言った)Fさんが、変わり始めていた。その女とは肉体関係以上のもので結ばれていると感じていたのだ。

そして、女もそう感じている筈だと思いたかったし、信じたかった。

アパートに着いた女は階段の踊り場で立ち止まり、マスク越しに「今日はありがとう、お休みなさい」と言って手を差し出した。

Fさんはその時、初めて女の声を聞いた事に気付いて少し驚いた。

(沢山語り合ったような気がしていたのに、女との会話が全て自分の妄想だったとは!)

Fさんは女の右手を両手で包んで言った。

「今日は御免なさい、スーパーでおかしなまねして」

「私こそ・・・どうかしてましたわ」

女は階段を上がろうとしたが、急に振り向いてこう言った。

「今後一切会わないと、会っても声を掛けないと約束していただけますか?」

Fさんは驚いた。

(あなたの事、特別な存在だと考えていたのに・・・それに俺、ここの住人だし・・・)

「あのう、俺、このアパートに住んでるんですけど」

マスクで顔は殆ど見えないが、目だけで表情が険しくなったのがわかった。

「あなた、私の事知ってるの?」

「いえ、お会いするの、今日が初めてですが・・・偶然アパートが一緒だったんで実は驚いてたんです」

「じゃあ、ここに着いた時何でそれを言わなかったの?」

Fさんは頭をフル回転させて最善の答えを探した。ここで失敗すれば女との未来はない。

「実は、あなたがもう俺の事、知ってるものだとばかり思ってたんです」

「どういう事ですか?」

「実は会ってるんですよ。あなたが部屋に電気をつけてカーテンを閉めようとした時に」

女は少し考えて、思い出してくれた。

「ああ、あの時の・・・」

「スーパーでお会いした時話せば良かったんですが・・・・変質者に見られたんじゃないか、と考えるとどうしても言えなくて・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「私もどうかしてたし、今頃聞いてあれなんだけど・・・・どうして抱き締めたりなんか・・・?」

Fさん、今度は自分の意志で女を優しく抱き締めた。(スーパーの時はこれ程とは思わなかったが、なんて・・・痩せてるんだ・・・)

再び彼の中で女へのいとおしさが込み上げてくる。

Fさんは女の耳元で強く囁いた。

「理由なんてありません。抱き締めたかったから抱き締めた、それだけです。」

女はFさんの胸に顔を押し当てて泣いていた。

Fさんにはわかっていた。その女性は本来、見知らぬ男に抱き締められて、素直に抱かれたままになっているような、そんな女ではない事を。

(ぎりぎりの所で生きてたんだ)

Fさんにとって彼女はもう、かけがえない女性となっていた。しかし、彼女にとってFさんは、溺れかかっているところに手を差しのべた、ただの通りがかりの男に過ぎないのかもしれなかった。そう考えるとFさんは少し寂しかった。

突然、女はFさんの身体を突き放すと静かに言った。「悪いけどあなた、どこかに引っ越して下さい、できないのなら私が引っ越します、でないと・・・」

「・・・」

「あなた死にます」

それだけ言うと女は階段を駆け上がる。

Fさんは追いつき女の肩を掴んで振り向かせた。そして、暗くてよく見えない女の顔に向かって言った。

「あのう・・・俺、べつに、死んでもいいです」

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怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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