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「死んでもいい」Fさんの言葉に嘘は無かった。むしろ彼女の為に死ねたらどんなに嬉しいだろう、とさえ思っていた。
暗闇の中、女は泣き続ける。Fさんはただ呆然と立ち尽くすだけだ。
どれくらいそうしていただろう。女はマスクの向こうで確かにこう呟いた。
「ありがとう、おにいちゃん」
(?)Fさん、その時は、自分の事をかなり年上だと勘違いして出た言葉だとばかり思っていた。
(俺の頭じゃそう思われても仕方ないか・・・)
「ごめんなさい」
何故か女は謝った。
(どうせ禿げてるんだから気にしてないよ)とか思っていると、女は突然Fさんの手を握り、彼女の部屋の前まで連れていく。
そして、鍵を差し込むと、「説明します、どうぞ」
と言ってドアを開けた。
部屋に明かりが灯った。
Fさんは当然気になって、足の見えた場所に視線を送る。
そこには一輪の花が活けてあった。
彼女はそれに気付いて、
「そこで私の兄は自殺したんです」
と言った。
Fさんは彼女を見た。もう泣いてはいなかった。ちゃぶ台の横に座布団を置くと、「どうぞ」と言って流しに向かった。
「コーヒーと紅茶どちらにします?」
彼女の問いに、〈兄の自殺〉という言葉に動揺していた彼は、
「どちらも下さい」
と答えてしまった。
彼女が少し笑った。彼女が笑ってくれた事がとても嬉しかった。
ちゃぶ台の上にFさんにはコーヒー、自分には紅茶を置いて彼女も座った。
何を話したら良いのか皆目わからず、Fさんはただコーヒーを飲み続けた。
彼女が最初に口を開いた(マスクで見えないけど)。
「信じてもらえないかも知れないけど・・・スーパーであなたに会った時、あなたに重なるように兄が立っていたの」
「えっ・・・?」
「抱き締められて嬉しかった・・・この人はおにいちゃんじゃない、って分かっていたけど、どうしようもなかった」
彼女の目が潤んだ。電灯が反射してキラキラ光る。Fさんはこの時初めて彼女の事を(美しい)と思った。
「頑張ったね、って言ってくれた時の声、間違いなく兄の声だった」
(・・・・・・)
Fさんには彼女の言うことが100%信じられた。ただ、彼の目の前には、彼女は兄に抱き締められたんであって決してFさんにではない、という現実が突きつけられた。
(どうりで・・・オカシイと思った)
Fさんは動揺を隠せなかった。(やっぱり俺は俺だった・・・)
今度は彼の泣く番だった。
「じゃあ俺はこれで・・・・」
そう言って立ち上がろうとするFさんを彼女は止めた。
「もうしばらく、いて下さい・・・淋しいから」
彼は即答した。
「俺も淋しいから、もうしばらく、いさせて下さい」
彼女の目が微笑んだ。
(あなたを笑わせる、それだけの為に生きていけたら)
Fさんは心からそう思ったが、口に出せる筈もなかった。
しばらくの沈黙の後、彼女はFさんの意表をついた。
「あなた、このマスクの事に全く触れませんね?」
Fさんは焦った。彼女の身体の具合から、勝手に皮膚病だと決めつけていたからだ。咳なんかしてないし、風邪なんかじゃない。普通なら一番最初に聞きたいところじゃないかー!
フル回転も、頭に何も浮かばず黙り込むしかなかった。
「前歯が抜けちゃって歯がないの」
彼女はマスクを取って微笑んだ。
(わ!)Fさん、マスクを取ったその事よりも、前歯が無いにもかかわらず、彼女があまりにも美しいのに仰天した。
(やっぱ、俺、好き、だなんて言う資格ないわー)
「あのう、お兄さん、何で自殺なんか・・・」
彼女は話すべきかどうか、迷っているようだった。
「何でも話して下さい!何の力にもなってあげられないかもしれないけど、話を聞く事くらいならできます!」
彼女は、
「ありがとう」
と言って話し始めた。
「兄は決して、自殺なんかするような人じゃなかった・・・でも、私の父も母も、明るくて優しくて、とても自殺するような人たちじゃなかったのに・・・みんな・・・首を吊ったの」
彼女は俯いて何も喋らなくなってしまった。
息のつまるような沈黙が続く。
「私の家、呪われてるの」突如女はそう呟くといきなり服を脱ぎ始めた。
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怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話