数年前、N市のM駅に週末の夕方に現れる、変な爺さんがいた。
バリトンでよく通る大声で、何か言っている。
初めて見た時は、政治について語っていた。
誰かに話し掛けている口ぶりだが、爺さんの周囲は白い目の人ばかり。
どうやら、かなり痛い人らしかった。
ある日、N市に遊びに行った俺は、珍しく空いていたベンチに座った。
すると、あのバリトンが…しまった、爺さんが近くに立っている…。距離、約5メートル…シカトしよう。
爺さんは延々と、何か言っている。
やっぱり誰か連れがいて、会話してるんじゃないのか?
俺は、こっそり視線を爺さんに向けた。
やはり爺さんの近くには、誰もいない。
迷惑な…と思った瞬間、爺さんと目が合った。
慌てて逸らしたが、遅かった。
「あんたは一人モンかね!」
確かに俺は、今日一人で来ていた。
無視無視…。
しかし、爺さんは続ける。
「こんな天涯孤独な人もいるんだねぇ~!」
じゃかあっしゃあ!
俺は確かに未婚だが、彼女もいるし家族もおるわい!
叫びたい気持ちを、必死に堪える。
恥ずかしい…。
幸い、隣に座った女性は下を向いて爺さんを必死にシカトしている。
爺さんの向こうのサラリーマンは、「やかましい」と言わんばかりに爺さんを睨んでいる。
ちょっと安心したが、爺さんの演説は続いた。
「いや~一人は辛いっ!孤独は辛い!人間は、誰かと結婚して幸せな家庭を築くのが一番いい!」
正論だ。でも、あんたに言われたくない。
「そんな天涯孤独なんて寂しい!わしは嫌だ!」
今のあんたは、立派に孤独だ。
「まったく、世の中には哀れな人もいるんだねぇ~!」
…いい加減、口を塞いだろかと思った時、電車が来たので俺は爺さんとは違う車輌に乗った。
あ~終わった…まったく迷惑な爺さんだ…。
そう思ったら、向こうの車輌から背が高く、頭ひとつ抜けた爺さんの後ろ姿が。
と同時に、
「いやぁ~天涯孤独とは!寂しい人も、世の中にはいるんだねぇ~!」
まだ言うか!
結局、爺さんは途中の駅で降りるまで、延々と語っていた。
俺は週末の夕方、二度とM駅を利用することはなかった。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話