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「どうか座って、私は大丈夫だから。帰らないで、お願い、淋しいから・・・」
女はFさんを見上げて懇願するような素振りを見せた。
(万が一女が襲ってきても、近くに凶器になりそうな物は何も無い)
Fさんは恐る恐る腰を下ろす。
「まだ、名前を聞いてなかったわね、あなた名前は?何てお名前なの?」
「隆志っていいます」
「たかしさん・・・あなた、クルマ、持ってる?」
「クルマ?ですか・・・?いや、免許も持ってないです・・・」
「そう・・・じゃあ、タクシー呼ぶから少し付き合ってくれないかしら・・・」
Fさんは不安を無理やり打ち消し笑顔で頷く。
(彼女が人を襲うなんて、やはり考えられない)
「ありがとう・・・ああ、それと・・・そこの押し入れ開けてもらえる?」
Fさんは立ち上がると、言われるまま押し入れのフスマを開ける。開ける瞬間訳もなく寒気がした。
大きな、傷だらけの、プーさんのぬいぐるみが転がっていた。可愛い筈のプーさんの顔も傷だらけだ。
「これ、どうするんです??」
「お寺に持って行って供養したいの・・・」
「供養?っすか??」
「傷だらけでしょう・・・そろそろ休ませてあげたいの」
(?)
「私の一族にふりかかった呪いは、本人の知らない内に自分の一番大切な人を殺してしまう、とっても恐ろしいものだったの」
(!)
「多分、父や母は、私達兄妹(きょうだい)を殺めようとして、すんでのところで気付いたんだと思う」
「そしてお兄さんはあなたを殺そうとしたんすね」
「・・・・みんな強い人だったんだなあ、ってつくづく思う・・・普通なら絶対、衝動に身を任せてると思うもの」
「・・・それって何の呪いなんすか?」
「私の祖先が、江戸時代にした残虐な行いが原因だってお坊さんが言ってた。祖父も祖母も、そしてその前の人も、まっとうな最期を遂げた人なんて、1人もいないんじゃないかしら」
プップー!
タクシーが来たようだ。
Fさんは大きなプーさんのぬいぐるみを肩に担いで部屋を出る。
ドアの外で彼女を待つが、なかなか出て来ない。
プー!プ!プー!
(何してるんだろ・・・)
少しイラついてドアを開けると、彼女が向こう向きに立っていた。
全裸だった。
(わ!)ドアを閉めようとするFさんに顔だけ向けて嬉しそうに声を掛けた。
「見て!傷が薄くなってる!!」
(見て!って言われても・・・)と思いながらFさんは見た。確かに薄くなってる!しかしそれよりも、あまりにも痩せた身体が気になって仕方なかった。それに・・・ムラムラしない。
(あれ?・・・俺、いつの間に、スケベじゃなくなってたんだろ??)
タクシーに乗り込むと、彼女はすぐに、○○寺へ、と行き先を指定した。
(供養・・・とか言ってたなあ)
「聞くの忘れてましたけど、これって、傷だらけですよね」
「でしょう?身代わりになってもらったの」
「身代わり?」
「そう、好きな人の身代わり・・・もう100回くらい、プーさん殺したわね」
(??)
「兄から買ってもらった大好きなぬいぐるみ・・・これがなかったら多分、新聞配達の人なんか、殺してたかもね・・・見境がなくなるの」
(・・・・・・)
「あのう、俺もあなたの名前知りたいんすけど」
「さよ、小さい世の中の世で小世・・・」
「小世、ですか・・・珍しいっすね」
「父が、女という者は家庭という小さな世界で幸せならいい、って付けたみたいだけど・・・」
「今、そんな事言ったら問題っすよ」
小世さんは少し笑って、
「お蔭で私の人生、9割は実家かこのアパートの中・・・一度でいいから彼が運転するクルマの助手席に座って、ドライブがしたいな・・・」
Fさんは小世さんを見た。その横顔は少し青ざめている様に見えた。
寺に着いた。
Fさんはプーさんを抱えて彼女の後に続く。朝もやの中、境内では住職さんらしい人が、誰かと立ち話をしていた。
そこに小世さんが近づく。お坊さんが彼女に気付いた。
(なっ!何??)
お坊さんが何か叫びながら彼女に向かって一直線に走る!
(!走る坊さん初めて見た)
50メートル程走って、そのお坊さん、何と小世さんに抱きついた!!
「うおおおおおー!生きとったんか!生きとったんかあああ!」
お坊さんの大号泣が始まった。
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怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話