では、ラブレターⅤ続きです。
その日の始まりは一本の電話からでした。
出てみると着信の相手はタカシで、内容は「今から来れるなら件の店舗に来い」との事です。これは何らかの進展があったのだな、そう思い、私は最低限の用意をして車に乗り込みました。
店に着いた旨を電話で伝えると、売り場に彼が現れ、こちらに手を振っています。その面持ちは心なしか、青ざめている様にも感じました。
導かれるままにバックヤードから店舗事務所に入ると、この店の店長らしき方が「では、私はこれで」とそそくさと出ていきました。
本来、この様な店舗の監視カメラ画像を部外者が見る、なんて事はあり得ない為、関わり合いにはなりたくなかったのでしょう。
「……あるんだなぁ、こんなの」
タカシはぽつり、とそう言うとパソコンの日時を指定して行きます。それはその日から12日前、丁度ミサキさんが店に来た前日。つまり彼女が手渡されたその日でした。
指定日の入力を終えた彼は次に、時間を入力していきます。押されたキーボードのテンキー222。
私はその作業を黙って見つめました。日付、時間を指定された画面はゆっくりとその時間の監視画像を映し出します。
「……あと少し」
彼はそう言うと、見逃すなよ、とでも言いたげに画面の一つの部分を指差しています。
すでに照明の消えた店内はこれと言った変化なく、停止画像の様に感じていたその時でした。
ノイズが走ったかと思うと、通路の真ん中にぽつん、と何かが立っています。そしてまた、ノイズが走り、画像は元の姿に戻ってしまいました。
僅か数秒間の動画にこれ程までに戦慄を覚えたのは初めてです。
「それで、だ」
彼は淡々と日付はそのままに指定時間だけを変えて行きます。1643。
うって変わって、営業中の明るい店内が映し出されました。音声も拾うタイプの様で、BGMが音割れしながら耳に届きます。
暫くすると幼稚園児と見られる子供が菓子売り場に現れました。私の息子です。
「たぶん、この位置だ。あの写真」
彼は画像を一時停止させ、私を見つめています。私が手に持った写真と見比べても、僅かに確認出来る商品パッケージから間違いはありそうにありませんでした。
さらに彼はその画像を切り取り、先ほどの暗闇の画像とソフトを使い、組み合わして行きます。その形に私はごくり、と唾を飲み込みました。
「ここまでは出来るんだ。簡単な作業でね。でも、まぁ見てみて」
印刷された加工画像と写真を見比べます。しかし、人物や什器の構図こそ合致しますが、やはり距離感だけが違います。それに、敢えて口には出しませんでしたが、閉店した深夜の2時過ぎのスーパーに不審者がいる事、それ自体があり得ません。
「ちなみに警備会社にも問い合わせたが、その日の発砲履歴はおろか、解除履歴もないらしい」
私の考えを読み取ってか、彼はそう言いました。
尚、発砲、とは店内に張り巡らされた赤外線センサーが反応し、警備会社の警報が鳴り響く事です。そして解除もしていない。つまり、人の出入りがなかった、と言うことです。
ここまでの経緯で私は完全に「人に在らざる何か」に魅入られたのか、そう考える様になりました。
初めて対峙する問題に正直、私は何も考えられなくなっていた事を認めます。タカシに件の画像をCD-Rに焼いてもらい、礼も言わず、その場を後にしました。
それでも店は開けなければならず、他のスタッフが心配する中、文字通り、心ここに有らず、そんな状態でお客様の応対をしていました。
私は次の日に休みをとっている事、また毎年恒例でもあり、店を任せる形で早めに切り上げて帰りました。
その帰り道。
言い様のない不快感にさい悩まされながら、駐車場へと足を運んでいると、街灯の下でうずくまっている人がいます。酔っぱらいか、ぐらいにしか捉えず、そのまま通り過ぎようとしましたが、視界の隅に映るそのディテールがあの女を彷彿とさせました。
いや、服装があの日見た女と全く、同じです。
踵を返し、ゆっくりとそれに近づいていきます。心臓は今にも飛び出さんばかりに激しく動いていました。
「……あの」
私の言葉にゆっくりと下を向いていた頭が、こちらに振り向いて来ます。目の錯覚かとは思いますが、まるで昔で言う、ビデオのコマ送りの様に感じました。
段々とハッキリするその輪郭。なんとも緩慢な動作。
それに何故か私は懐かしさを覚えました。
懐かしさ、と言うよりは忘れていた記憶。そう言った方が正しいでしょう。
ともあれ、私の中の何かが警鐘を大きく鳴らし、私の足を、体を自宅へと走らせました。
頭に浮かぶのは、一刻も早く家へ、これだけが何度も何度も反芻されます。
怖い話投稿:ホラーテラー 優しい止まり木さん
作者怖話