大学時代のある夜、暇だった俺はサークルの部室で漫画を読みながらゴロゴロしていた。
俺の他にも何人かそういう輩がおり、皆思い思いに暇を潰していたのだが「あまりに暇だし酒盛りでもするか」という事になり、皆で近くのコンビニに買い出しに行った
コンビニ前に着くと、見慣れた男が煙草を吸っていた
同じサークルの友人・Mである。
Mは昼でも心霊スポットには近付かないビビりなのだが、俺はある一件以来、Mには何か隠している力があると睨んでいた
俺達が酒盛りに誘うとMは少し困ったように「やめとく」と答えたが、暇人な俺らはしつこく誘い続けた
そんなやり取りをしていると、可愛い女の子がコンビニから出てきて、遠慮がちにMの名前を呼んだ
ああ、そういう事ね…
俺らは一瞬で気分が萎え、空気を読んでコンビニへ入って行ったが、Mは俺を呼び止めた
M「お前は飲むな」
俺「なんやねん急に」
M「弱いくせにいつも調子こいて飲むだろ」
俺「お前はオカンか!てか早よ彼女んとこ行ったれや」
俺はMの肩を軽く押し、入口へ向かった。
Mはまだ「飲むなよ」と言っていたが、適当に手を振り酒を物色する皆と合流した
部室へ戻り酒盛りが始まると、俺は陽気になりMの言葉など忘れてアホほど飲んだ
深夜3時頃には殆どが潰れ、そのまま部室で寝る奴続出だったが、家でゆっくり寝たかった俺は一人帰路についた
チャリで帰ろうかとも思ったが、だいぶ飲んだし、事故ったりしたら嫌なので、チャリを引いて歩いて帰る事にした
フワフワした頭で「明日の1限は捨てよう」などと考えながらゆったりと暗闇を歩く
酔っていたため始めは全く気付かなかったが、暫く歩いて若干酔いも覚めた頃、俺はある「音」に気付いた
俺の後ろをカツカツ、と歩く音がずっと聞こえてくるのだ
その足音からして、女性である。
こんな時間に女が一人歩きかい…とチラッと後ろを振り向くも誰もいない
気のせいか…と歩きだすとまた聞こえる。振り返る。誰もいない。
これを数回繰り返し、流石にビビった俺はチャリに跨がり、全力で漕ぎ出した
しかしその足音は、一定のリズムで、一定の距離を置いて、ずっとついて来る
恐怖でとうに酔いなど覚めていた俺は、これは絶対に人の足音ではないと確信した。
歩いている足音が、チャリ全力疾走の俺に一定の距離でついて来れるわけがないのだ
家までついてきたら嫌だったので小道に入りジグザグに走って撒こうとしたが、勿論撒けるはずもなく、俺は半泣きでMのアパートへと方向転換した
前述の通り、俺はMには不思議な力があると信じており、Mならなんとかしてくれるかも、という一つの希みにかけたのだ
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アパートに到着した俺は、Mの住む3階までダッシュで駆け上がり、呼び鈴を押した
しかし返事はなく、ドアの向こうからは物音すらしない
そして、追い討ちをかけるように階段を昇って来る足音が聞こえてきた
一歩、一歩と、相変わらず一定のリズムで、それは俺に近付いてきていた
それに気付き、体の内側からブワァっと鳥肌が立つような悪寒がした。
身の毛もよだつとは正にこの事だろう
俺は右手で呼び鈴を連打し、左手でドアを叩き、Mの名前を叫び続けた
しかし、やはり出てこない
Mがいなくとも、こんな深夜に騒いでる声を聞けば他の住人が出てきてもよさそうなものだが、まるで誰も住んでいないかのようにアパート内には俺の叫び声とカツーン、カツーンとヒールが響く音しかしない
足音はついに階段を昇りきり、短い廊下を俺に向かって進み、真後ろで止まった
その瞬間、じっとりとした嫌な空気が俺を包んだ。
言い知れぬ恐怖に心臓が跳ね上がり、動くことも声を出すことも出来ず、ただただ震えた
と、突然後ろから頭を掴まれ、凄い力でぐいっ!と引っ張られた
その時、耳元で微かにジャラッと音がした
その音を聞いた俺は安堵し、そのまま後ろに倒れ込んだ
助かった…
そう思い顔を上げると、呆れた顔で俺を見ているMがいた
「飲むなって言ったのに」
キモい話だが、Mの声を聞いた途端、俺は子供のように泣きじゃくりMに抱き着いた。
当然Mも気持ち悪がったが、「まぁ入れば」と家に上げてくれた
Mの家に上がり少し落ち着いた俺は、一連の出来事を話した
Mは煙草を吸いながら黙って聞いていたが、俺が話し終わると「夢だな」と、あっさり決めつけた
Mが言うには、Mが彼女を家まで送って帰って来ると、俺がドアの前で酔っ払って寝ており、Mが叩くと目を覚まし泣きだしたとの事だった
俺は違うと断言した。
俺を掴んだのは、Mの手だ
Mはいつもチェーンブレスレットを付けていた。
あの時聞いたジャラッという音は、恐らくそれが擦れた音だろう
そう思ったから俺は抵抗せずに後ろに倒れ、結果、助かったのだ
Mが何かを隠す為に嘘をついているとしか思えず、俺が反論しようとした時だった
ドンドンドン!!
急にドアを激しく叩く音がし、心臓が止まるかというぐらい驚いた俺は思わずMの腕を掴んだ
M「なんだよキモいなぁ」
俺「…お前ホンマに聞こえてへんの?」
震えながらそう言うと、Mはチラッとドアを見遣った
やっぱり聞こえてるやん!
そう確信した俺は縋るような目でMに助けを求めた
Mは「しつこいなぁ…」と呟き、俺を見ると強い口調で「幻聴だ」と断言した
すると、音がピタッと止んだ
呆然としている俺に、Mは「もう寝るぞ。明日になったら幻聴もなくなってるだろ」と言い、ベッドに入って電気を消してしまった
座椅子を宛がわれた俺はなかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠っていたようで、目が覚めると朝だった
起きてすぐにベッドを振り返ったが、Mの姿はなかった
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不安になりMの携帯に電話をかけると、あっさり出た。
朝飯を買いにコンビニへ行っているとのことだった
「ちょうど良いや、財布忘れたから持ってきて。鍵もテーブルの上にあるから、よろしく」
そう言うとMは一方的に電話を切った。
しゃあないなぁ…とテーブルの上の財布と鍵を持ち、俺は玄関のドアノブに手をかけた
しかし開けようとした瞬間、恐怖が鮮明に蘇り、俺は固まってしまった
もし、このドアの向こうに足音の主がいたら…?
嫌な想像ばかりが頭を巡り、俺は思わず手を離した
Mが痺れを切らして帰ってくるのを待とうか…
しかし、それでは一生一人で外を歩けない。
俺は深呼吸して再びノブを掴み、一気にドアを開いた
そこには何もなく、廊下の窓からは強い陽が射していた。
少し安心したが、まだ完全に恐怖は拭い切れず、俺は足速にコンビニへ向かった
Mはコンビニ前でいつものように煙草を吸っており、俺に気付くと開口一番にこう言った
「足音聞こえた?」
俺は首を横に振った。
ここに来るまでの間も俺はビビっていたが、あの足音はしなかったのだ
「だから言ったろ、幻聴だって」
Mはそう笑ったが、その表情は疲れており、目元には濃いクマが出来ていた
俺「…もしかしてお前、ずっと起きてたん?」
M「まさか」
短くそう答えると、Mは吸い殻を灰皿に捨て、コンビニへ入って行った
俺は堪らず、Mの背中に「ごめんな」と呟いた
煙草を持って財布を忘れるアホがおるか。
踏み出す一歩まで、Mは助けてくれたのだ
Mが寝ずに何をしたかは分からないが、それから俺があの足音を聞く事はなかった
後日、Mは何も話してくれないので霊感があるらしい先輩のOさんにこの話をすると「あの辺は強姦が多いらしいからな、女達の憎悪の念の集大成ちゃうけ?」との事だった
たまたま酔ってて隙があったから俺が目を付けられただけで、恐らく男なら誰でもよかったのだろう
自分たちがそうされたのと、同じように…
そう思うと少し、心が痛んだ
そして更に後日、Mは彼女にフラれたらしく「お前のせいだ」と怒られた
なんでやねんと思ったが、よく考えると、あの日、あんな時間に「彼女を家まで送ってきた」と言うのは違和感がある
Mは俺が助けを求めに来るのを予感して、無理矢理彼女を帰したのではあるまいか。
んで、それが元で彼女がイケメンMの浮気を疑い、別れた、と
「モテる男も大変やねぇ」と俺が他人事のように言うと、Mはギリギリ聞き取れるような小声でこう呟いた
「助けなきゃよかった」
その言葉にゾッとした俺は平謝りをしたが、Mは爽やかに笑うだけだった
その爽やかさが妙に怖かったが、俺はMの秘密に少し近付いた気がした
この後もMは度々俺のピンチを助けてくれたが、一度だけMのせいでピンチになった事があった
あれはこの件の仕返しだったのかも知れないなぁ…と、今は懐かしく思う
長々とありがとうございました
怖い話投稿:ホラーテラー よしはるさん
作者怖話