大学時代の教授から聞いた話。
「教授のような人でも、そんなにヤンチャな時代ってのがあったんですか?」
話を聞きながら、少し意外だったので私は驚いた。
教授がまだ大学生の頃、一時期は好き放題やっていたという。
仲間とつるんでバイクを乗り回しては、あちこちで遊んでいたそうだ。
そんな、ある日のこと。
その日は仲間とつるむ訳でもなく、なんとなく一人でバイクを走らせたい気分だった。
これといって行き先も決めず、人気のない夜の田舎道をバイクで飛ばしていた。
しばらく走ると、ほとんど民家もないような寂れた光景に変わっていた。
(そろそろ引き返すとするか…)
あくびが出始めたところで、一休みしようとバイクの速度を低めた…
…その時だった。
突然、目の前に青白い何かが横切った。
慌ててそれを避けようとバイクを傾けたが、遅かった。
何かにバイクは衝突し、自分の身体が宙を舞うのが分かった。
地面に何度も身体をぶつけながら、跳ね返った。
何メートルか飛ばされ、ボロボロになりながらそこに転がっていた。
すでに痛みも感じられず、意識が徐々に遠くなっていくのを感じていた。
……………
それから、どうなったのだろうか。
気づいたときには、何かに体中を圧迫されるような感覚だった。
小さい頃に、かくれんぼで押入れの布団の中に潜りこんだような…
そんな感覚だったという。
狭くて息苦しく、柔らかい何かでギュウギュウに挟まれている。
目は闇で何も見えず、身体もびくとも動かせなかった。
かすかに動く指先で周りをまさぐると、ぶよぶよとした肉のような感触に触れた。
…どう表現したらいいか迷うが、肉の塊の中心…そこに押し込まれて、包まれているような感じだった。
ぬめぬめした液体が体中に滴り、腐った肉のような臭いがツンと鼻をついた。
一瞬は夢かとも思った。
しかし、バイクから転げ落ちたときの傷がジクジクと痛んでいた。
その痛みが今の状況に、嫌なほど現実味を与えていた。
ぞわ…ぞわ……
かすかに肉が波立つように蠢いている。
生暖かく気味の悪い肉が頬をなでて、全身にゾッと鳥肌が立つのが分かった。
鉄臭いような嫌な臭気と密閉された空間で、息が出来なく苦しくなってきた頃…
ドサッ……
吐き出されるようにして、その場に放り捨てられた。
冷たい土の感触が頬に触れる。
ハッと目を開けて身を起こす。
その光景に、思わずゾッと身震いした。
見渡す限りに広がる墓、墓、墓…
何十どころではない、何百もの墓石が果てしなく周りに佇む広大な墓地だった。
身体にあちこちできた傷をさすりながら、ひょこひょこと辺りを見回りながら歩く。
長い間歩いても、なぜか墓地の果てがいつまでも見えない。
延々と続く墓石の光景に、さすがに気味が悪くなってきた。
昔の時代、携帯電話もなく連絡のとりようがなかった。
仕方なく痛みをこらえながら墓地の中をゆっくりゆっくりと歩き続ける。
(おかしい…あの墓石、さっきも見た気がする)
いくら歩こうとも、墓地の外にたどりつくことが出来ないでいた。
しばらく歩いていると、ある墓石の前に坊さんらしき格好をした人が立っていた。
うつむいたように立ち、何やらブツブツと経のようなものを唱えている。
「あの…すいません」
少し近づいて、そう声を掛けようとして唖然とした。
思わず口を塞いで息を潜める。
チリーン…チリーン……
鈴をぶら下げた、首なしの坊さんがフラフラと墓石の周りを彷徨っていた。
墓石に隠れながら、夢中でその場を離れる。
チリーン…チリーン……
坊さんが歩くたびに鳴る鈴の音が、いっそう恐怖を掻き立てた。
しばらくして、ようやく鈴の音が聞こえなくなった。
しかし、その直後…
うぉぉ〜〜〜〜!!!
歩いていると、遠くの墓石の群のほうから奇妙な叫び声が聞こえた。
いくつもの声が重なって轟くようにビリビリと耳の鼓膜を震わせた。
ぎぃやあああ〜〜〜!!!
続いて、つんざくような恐ろしい悲鳴が聞こえた。
思わず耳を塞ぐような、嫌悪感を感じるほどの甲高い声だった。
足がすくみ、立ち尽くして耳を塞ぎながら気が狂いそうになった。
ふと脇を向くと遠方にいくつもの人影…
崩れたような形をしたそれらは明らかにこの世の者には見えなかった。
男、女、老人に子供…
無数の奇妙な人の形をしたものがこちらを一斉に見つめていた。
ケラケラケラケラ…
あっはっはっはっはっ!!
ぎゃーーーーーー!!!
それらは様々な狂ったような叫び声を延々と上げている。
なるべく遠ざかるようにして必死で歩いた。
果たして、どれだけ歩いただろうか…
ペタリ…ペタリ……
かすかに奇妙な音がこちらに近づいてくるのを感じた。
足を止め、耳をすましてみる。
ペタリ…ペタリ……
次第に奇妙な音は大きさを増していくようだった。
音のする後方を振り向いてみると、こちらに向かってゆっくり歩いてくる奇妙なもの。
遠くから見えるそれは、背丈は小さく子供ぐらいで、首のない丸い胴体にそのまま手足が生えたような奇妙な形をしていた。
呆気にとられて見つめている間に、それは徐々にこちらに近づいてきた。
遠くからだと子供ほどの背丈に見えていたものが、近づくにつれどんどん大きくなってくる。
十数メートルほどに近づいた頃には、それは驚くほど巨大なものだと気づいた。
青白くブヨブヨとした、肉塊のように見えた。
もはや見上げるほどに大きく見えるそれは、止まる事なくこちらに近づいてくる。
もう無我夢中で、それから逃げた。
無数に佇む墓石の中を縫うようにして、必死に駆ける。
振り向いたらすぐそこまで迫っているような気がして、後ろを見ることも出来ずに走り続けた。
「うわっ!!」
疲れで足がもつれて、派手に転んだ。
地面に手をつくと、掌に奇妙な感触があった。
固かった土の地面が、まるでブヨブヨとした肉のような手触りになっていた。
その直後、すぐ後ろから畳み掛けるようにしてそれが倒れこんできた。
ズシン……
抵抗する術もなく、ギュウギュウと肉に挟まれ潰されそうになる。
肺まで押しつぶされるかのような勢いで、鉄臭い味が口の中に広がって何度もむせた。
ドクリ…ドクリ…
自分の心臓の鼓動が、徐々に弱弱しくなるのが感じられた…
「おいっ!おいっ!」
誰かに声をかけられながら、身体をゆすられていた。
ハッと気づくと、墓地の中に倒れていた。
見回した限り、昨夜に見た広大なものとは打って変わって、墓石が何十個ばかりの小さな墓地だった。
空はすっかり明るくなっており、そばでは警察官が懸命に身体をゆすっていた。
「あんた体中ボロボロだけど、一体こんな所でどうしたんだね?」
ただ事ではないと思ったのか、警察官はそう尋ねたという。
「この近くで、バイクでちょっと事故っちゃって…」
かすかな記憶をたどりながら、警察官と共にその事故現場を探し回る。
その墓地から数キロは離れたところで、壊れたバイクは見つかった。
昨夜は暗くて分からなかったが、バイクのそばで石碑のようなものが倒れて欠けていたという。
それから後処理や病院での治療をして、何とか大事には至らずに住んだ。
墓地での出来事やその石碑については、警察官は気味悪がるばかりで話そうともしなかったそうだ。
なぜかは分からないが、出来るだけ関わりたくないというような表情をしていたという。
そんな事があってから、教授はめっきり懲りてしまいバイクも手放したのだった。
その後に調べた話では、「肉人(ぬっぺっほう)」という死肉の化けたような妖怪によく似ていたそうだ。
もう昔の話でもあり仔細は定かではないが、教授はそれからというもの墓地がどうにも苦手なのだと語っていた。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話