それを初めて見たのは小学生の頃だった。
暑い夏の日、父が山で大きなカブトムシを捕ってきてくれた。
「うわあ〜、でっかいカブトムシ!父ちゃんすごいな〜」
私は大喜びしていた。
しかしそれから数ヶ月が経ち、父が肝臓をこわして入院することになった。
それまでは居るのが当たり前だと思っていたため、とても寂しかったのを覚えている。
だから、父が捕ってきてくれたカブトムシは大事に大事に育てていた。
父が退院して家に帰ってきた時、元気なカブトムシを見せたかったから。
でも何日か経ってどんどん寒くなり、カブトムシも元気がなくなってしまっていた。
餌もほとんど食べなくなり、じっとしてあまり動かない。
そんなある日、ボオッと小さな灯火のようなものが見えた。
今にも消えてしまいそうな、弱くて小さな灯火。
カブトムシの上にちょこんと寂しく灯っていた。
「カブトムシ、死んじゃうのかな…?」
母に聞くと、「仕方ないわよ」と寂しく言っていた。
結局それから何日も経たないうちにカブトムシは死んでしまった。
死んでしまうと分かっていても何もしてあげられないのが、悲しくて切なかった。
時代は変わり、次に見たのは高校生の頃。
家に帰る途中の道端で、ガリガリでとても弱っている捨て猫を見つけた。
今にも死んでしまいそうなほど衰弱しており、やはりその上には小さな命の灯火がポツンと寂しく灯っていた。
ダンボールに入れて家に持って帰ったが、餌も食べられずにその猫は死んでいってしまった。
ただただ悲しかった。
「気持ちは分かるが、生き物はみんな死ぬもんだ。仕方ないんだから、あまり気に病むな」
父が優しくそう言ってくれたが、私は切なくてしばらくは飯が食べられなかった。
そしてさらに時代は変わり、私が大学生の頃。
母から電話があり、こんなことを聞かされた。
「Yちゃんって覚えてる?小学生の頃、近くに住んでた…」
よく覚えていた。
小さい頃、よく家に遊びに行ったっけ…
まだ女の子だとか意識もしてない小さい頃だった。
よくYの家に遊びに行っては、夕方まで二人で過ごしたことがあった。
小学校高学年ぐらいになると少し恥ずかしくなり、あまり遊ばなくなってしまったのだけど。
それから間もない中学にあがる頃、Yは隣の県に引っ越して行ってしまった。
「もちろん覚えてるよ。そのYちゃんがどうしたの?」
母は少し話しにくそうに、切り出した。
「それがね…」
母の言葉が、信じられなかった。
Yが癌で入院している。
小さい頃はあんなに元気だった、あのYが…
母がそのことを知ったのは、Yの母親から連絡があったからだという。
「うちの娘が、久しぶりに逢いたがっています…」
ただ寂しそうに、そう言っていたそうだ。
もう何年も逢っていなかったため、少し迷っていた。
(とても懐かしいし、逢いたいというのは嬉しいんだけど…)
あの子に逢ったとき、私は何を言ってあげたらいいだろう…
そんなことを考えながら、一応聞いておいた病院の住所を書いたメモとにらめっこしていた。
(少し遠いけど、やっぱり逢いに行くべきだよな…)
意を決して、私はYに逢いにいくことにした。
乗りなれない電車とバスに乗って、隣の県の大きな病院へ…
(あっ……)
病室に行き、何年かぶりにYを目にした私は、言葉も出なかった。
ガリガリにやせ細ってしまっていて、髪の毛もみんな抜け落ちてしまっている。
Yは私を見ると少し照れたように、うつむいた。
「小さい頃はよく遊んだよね…」
懐かしい話を二人でしばらく交わした。
帰り際に病室から出るとき、静かに微笑むYの頭上にポツンと命の灯火が寂しく灯ったような気がした。
それから時間を見つけては何回か逢いに行ったが、そのたびにYが弱っていくようなのがたまらず悲しかった。
「今朝うちの娘が、亡くなりました…」
Yの母からそんな知らせを受けたときには、涙が止まらなかった。
どんどん弱っていくYの頭上に灯っていた、あの命の灯火。
消えないようにと、優しく手を握ったり、笑わせようと頑張った…
それでもどうしようもなく、次第に灯火が光を失っていくのが切なかった。
不意にポタリポタリと私が涙を落とすのを見て、Yは心配そうにしていたっけ。
弱っていきながらも、それでも懸命に生きようとしているYが哀しかった。
それ以来、命の灯火を見たことはない。
あるいは…この先、再び見ることがあるかもしれない。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話