あれは俺が社会人になりたての頃だからもう8年も前の話だ。
俺の趣味は隠れ家的なBARを探すこと。休日は落ち着く店を探して最寄り駅周辺を歩き回る。
今日はたまたま見つけて入ったBARでの恐怖体験を書いてみる。
某ゲーム会社にプランナーとして入社出来た俺は毎晩遅くまで企画制作に没頭していた。
休日も頭の中は企画のことばかり。いつもノートPCを持ち歩き、面白いアイデアを見つけると即入力していた。
その日、俺はいつものように駅前のファミレスで夕飯を済ませると、いつものようにブラブラと歩き始めた。
ちょうど日が暮れきる寸前で夜の街灯が眩しく光る。ガード下の喫煙所で一服。
土曜の晩ということもあってか、街は若者でごった返している。煙草を吸いながらしばらくボーッと夜の街を眺める。
と、一人の女性に目が行った。
季節は初夏。半袖の白いワンピースに白いサンダル。長い黒髪で駅から繁華街に向かっていく。
パッと見、清楚な美人という感じで、なんとなく興味を持った俺は煙草の火を消すと、彼女がどこに向かうのか気になり同じ方向に向かって歩き始めた。
彼女はゆっくりと歩いていたようだったが、なかなか追いつけない。人ごみの中を彼女を見失わないようについて歩く。
段々と裏通りのほうへ向かって進んで行った。と、一軒のBARに入っていくのが見えた。
そこは雑居ビル。彼女が入っていった店は地下1階の店のようだ。俺は「ふ〜ん、こんな所にBARがあったんだ」と辺りを軽く見回し中へ入っていった。
店には看板が出ていない。俺はこういった店が好きでwktkしてきた。重い扉を引き店の中に入る。
暗めの照明にシックな落ち着いたデザインの内装。静かに流れているスタンダードJAZZ。初老のバーテンダー。どれを取っても俺の琴線に響く感じだった。
「これはいい店を見つけた」と俺は喜んだ。
目を輝かせて店内を見回しながら俺は気づいた。あれ?そういえばさっきの女性がいないな。
オーダーを聞かれたのでジントニックを注文。ワンピースの女性は違う店に入ったのかな?と思い、深く考えなかった。
お酒が入り気分がよくなった俺はノートPCを出し新規案件用のシナリオを書き始めた。驚くほど良いアイデアがバンバン出てくる。
俺は「そうだ、大人向けの推理小説的なゲーム企画を書いてみよう」と思い、主人公が通うBARでの出来事や事件を通して謎を解いていく内容にすることに決めた。
BARのモデルはこの店にすることにした。
しばらくの間、俺はこの店に通った。シナリオは進んだ。もともと文章いじりが好きだった俺は、この企画に夢中になった。
週末、彼女がうちに遊びに来た。仕事が忙しかったので会うのは3週間ぶりだ。と、開口一番、彼女が言った。
「あれ?顔色悪くない?目の下にクマが出来てるよ?」
え?何言ってんだ?と俺は思ったが鏡を見てみた。確かにクマのようなものがあったが特に疲労は感じない。
俺は仕事が忙しかったからかな、などと言いそのことについてはそれで終わった。
彼女はまだ大学生。久しぶりということもあってかお互い色んな話をした。
「あ、そういえばいい店見つけたんだ」
俺は例のBARの話をした。彼女が行ってみたいというので夕飯後、連れて行くことにした。
駅ビルのレストランで夕飯を済ませると、腹ごなしにゲーセンで遊んだ。
彼女はUFOキャッチャーで縫いぐるみを取ってくれとせがむので頑張ってみた。取れなかったorz
小1時間ほど遊びBARへ向かうべく、ゲーセンから出て駅前の高架に出た時、視界に何かが入ったことに気がついた。
あの時の白いワンピースの女だ。
俺は何故かまたあの女が例のBARへ向かうと確信した。
俺が何かを見ていることに気づいた彼女は「また可愛い子にでも見とれてるのぉ〜?」と冷やかしてきたが、俺は今日こそあの女の行き先を確かめようと、彼女の手を引き足早に女の後を追った。
しかし途中で彼女が気持ち悪くなってきた、と言う。急いで歩いたからか?俺は路肩でしゃがみこむ彼女を介抱しながら、完全にワンピースの女を見失ってしまっていた。
しばらくしたが彼女の具合が戻らないのでタクシーを拾い、自宅へ帰った。
彼女はしきりにごめんねと謝っていたが、俺は気にせず休んでいろと言い、氷を買いに部屋を出て近所のコンビニに向かった。
レジで支払いを済ませている最中、ふと店の外を見て俺は固まった。あの女が店の外を通り過ぎたのだ。あのワンピースの女が。
えっ!? あの女なんでここにいるんだ??
俺は急いで買ったものを持って店外へ出たが、すでにあの女の姿は見えなかった。
と、俺は急に部屋に残してきた彼女が心配になり、猛ダッシュで部屋に戻った。
駅から俺の自宅までは歩いても30分はかかる。あの女は確かにBARの方向に歩いて行った。俺の自宅とは真逆の方向だ。俺は猛烈に嫌な予感がした。
部屋に戻ると彼女の姿がなかった。
え、どこに行ったんだ?部屋中探したが見つからない。と、そこに携帯が鳴った。彼女からだった。
近くの路地にいるから迎えにきてと言う。おおよその場所を聞き、即行で向かった。
いた。彼女が道にうずくまっている。俺は抱きかかえ部屋へと連れて行き寝かせた。
俺はどうしてあんな所にいたのか、ワケを聞くと彼女は話し始めた。
俺がコンビニに向かった後、何ともいえない嫌な感じ?がどんどん近づいてくるのを感じたそうだ。このままでは危ないと思い部屋を出たと言う。部屋を出た後は彼女を追ってはこなかったので、あそこで俺に連絡したらしい。
実は彼女もある程度、あっち側の事がわかる人だ。但しあくまで感じるといったレベルだが。
彼女曰く、その嫌な感じは俺を狙っているわけでもなさそうだと言う。では一体。俺はその晩、彼女を介抱しつつ考えた。
あのワンピースの女はあっち側の人なのか?それならBARで消えたのも合点がいく。しかし何で俺に付きまとう?あのBARに行ったからか?ただの客なのに。
俺は色々と考えたが納得のいく回答は得られなかった。
翌日、彼女はすっかり元気になり自宅へ帰っていった。
彼女は帰り際に「俺君が言ってたBARには行かないほうがいいみたいだよ」と言っていた。彼女も何かを感じているらしい。
俺は確かにそうかも知れないと思ったが、折角見つけたお気に入りの店を失いたくないという気持ちと、あのワンピースの女の謎をどうしても知りたかった。
その晩、気がつくと俺はあのBARの前に立っていた。すでに日が暮れて真っ暗だ。辺りは人影もなく夏なのに妙にひんやりとした空気が流れている。
いつものように重い扉を引き、店の中へ入った。と、わが目を疑った。いたのだ。あの女が。カウンターの1番奥に座っているじゃぁないか。
やっぱり人間だったのか。
俺は安心するといつものようにジントニックを頼んだ。きっと自宅の近くで見たのは別人だったのだろう。
俺はそう思い、ノートPCを開け、今までの出来事を整理した。ついでだからあのワンピースの女も今回の企画に盛り込もうと、シナリオに追加した。
うん、我ながら面白い作品に仕上がりつつあるぞ。
すっかりご機嫌になった俺はそのまま一気にシナリオを書き上げた。
ふと時計を見ると深夜2時近くなっていた。俺はヤバイ、そろそろ帰らなきゃ明日の仕事に影響が出ちまう、と思い支払いを済ませた。
ふと目線をカウンターの奥に向けると、あのワンピースの女はまだそこにいた。連れもおらず、ずっとひとりで飲んでいたのか?
この時、初めて初老のバーテンダーが自分から口を開いた。
「・・・明日はいらっしゃいますか?」
え?明日?う〜ん明日は月曜で忙しいからちょっと無理かな。と言うとそのバーテンダーは無言で背中を向け、酒瓶を拭き始めた。
俺は何か変だな、と思いながらも時間も遅いしその晩はそのまま店を後にした。
翌日、確かに仕事は忙しかった。しかしあの昨夜のあの初老の言葉がどうしても気になった。俺は仕事を早々に切り上げると、あの店に向かった。
いつもの雑居ビルに着くと、地下への階段を降りて行った。重い扉を開けようと手を伸ばした瞬間、何かが足元に見えた。
花だった。
BARの扉の脇に透明のビンに入れた花が置いてあったのだ。俺はなんだこれ?と思いしゃがんで眺めていた。
と、誰かが階段を降りてくるのがわかった。ワンピースの女だった。しかし今日は白いワンピースではなく、黒い喪服?を着ていた。
「あの・・・こちらに何か御用ですか?」
俺は話しかけられたことに驚いて、え!?あ、あの、いつもこのお店に通ってる者ですけど・・・と言うと喪服の女は「え・・・」と怪訝そうな顔をしてこんなことを言った。
「あの・・・こちらは1年前から営業しておりませんよ・・・」
俺は何を言ってんだこの人、と思い「え?ここ数ヶ月、ここに通ってたんですけど・・・」と言った。
喪服の女はしばらく黙っていたが、話し始めた。
この店は1年前に火事で全焼し、従業員と客が全員死亡したと言う。その後1年経つがテナントの入居者が見つからず、扉は今も閉じられたままだと言う。
喪服の女は、その時亡くなった客の双子の姉で今日朝、1周忌法要の前にここに立ち寄り、花を置いたのだと言う。
俺はしばらくポカーンとしていたが、ふと喪服の女に聞いてみた。
「あの・・・その双子の妹さんって白いワンピースを着てませんでしたか?」
喪服の女はその場で泣き崩れた。正に火事の日、その服装で出かけたのだと言う。俺はしばらくその場に立ちつくしていた。
重い扉を引いてみた。確かに硬く閉ざされていた。その後、俺は喪服の女に俺が遭遇した事件について語った。
喪服の女は、きっと妹は突然の死が理解出来ず、あの店で諭してくれる誰かが来るのを待っていたのだろうと言った。
俺は喪服の女からお礼を言われ、彼女の家に寄らせて貰い仏壇に手を合わせた。
俺は彼女の妹と従業員(初老のバーテンダー)が成仏できるようにと祈った。
何とも言えないモヤモヤとした気持ちに包まれた。
しかし・・・この事件はこれで終わりではなかった。
翌日、俺は会社でノートPCを立ち上げた。例の企画のシナリオを企画書に落とし込む為だ。
まだ昨日の出来事で気持ちがブルーだったが、気持ちを切り替えて作業を始めた。
と、テキストを見ていて何かおかしな事に気がついた。
あれ、おかしいな・・・なんか内容が変わってね?
俺が書いたシナリオでは主人公がBARで起こった殺人事件を、その場で解決していくストーリーになっていた。
しかしおかしい。読んでいくと主人公が殺されることになっている。犯人も客の男だったはずだが、後から追加したワンピースの女になっている。
おかしいな?いつ書き換えたんだっけ?
俺は頭を整理しながら、これじゃダメだよな。と思い、最後に書き上げた時と同じように一気に書き直した。
きっと疲れてるんだ・・・昨日の今日だし。と、その時彼女からメールが入った。
「今日、帰りに寄るね♪」俺は「了解」と返信しといた。俺はその後、違う企画の仕事をし帰宅した。
家に帰るとすでに彼女が来ていて夕飯を作ってくれている。気が滅入っていた俺にとってはすごく救われた気がした。
ほどなくして出来上がり一緒に食べた。美味かった。料理上手な彼女ほどいいものはない。俺は悦に入っていた。
しばらくアレコレおしゃべりをしていたが、ふと彼女が仕事のことを聞いてきて、今作ってる企画の話したらを聞きたいと言った。
俺は例のシナリオを見せようと思いノートPCを取り出した。テキストデータを開き、はいコレ。と見せてあげた。
最初は楽しそうに読んでいた彼女だったが、次第に表情が曇っていく。
不審に思った俺は、どした?と聞くと「何これ・・・変・・・」と言う。ん?おかしかった箇所は直したのに・・・と思い、読んでみた。
え・・・なんだこれ・・・
物語の舞台はBARではなく主人公の部屋になっていた。
主人公が彼女と二人でいるところを暴漢が侵入、二人とも殺されてしまい、それを白い服と黒い服の姉妹が推理解決していくという内容に変わっていた。
なんだこりゃ?職場の誰かが書き換えたのか?イタズラか?
ワケの分からない俺を見て彼女も不安そうだった。
と、玄関のチャイムが鳴った。ピンポ〜ン・・・咄嗟に俺は何かがヤバイと思い、黙って聞き耳を立てた。
彼女にも指でシーッと合図をした。何度かチャイムが鳴った後、静かになった。
俺はゆっくりと立ち上がり、各窓の鍵を確認した。
ヤバイ・・・何かがヤバイ・・・
過去、何度か起こったあっち側の出来事がフラッシュバックする。これはいったいどういう事なんだ。
どうしてテキストデータのシナリオが勝手に書き換わってるんだ・・・しかも主人公って・・・もしかして俺か?
しばらくして今度は玄関をドンドンドン!と叩く音がした。彼女は泣き出しそうだ。
俺もパニクってどうしたらいいか分からない。
咄嗟に俺はノートPCを抱え、2階の窓を開けた(この頃は2階建のアパートに住んでた)。
そして思いっきりそれを1階のコンクリートに向けて叩きつけた。
バキャッ
ノートPCは文字通り木っ端微塵に吹き飛んだ。途端に玄関を叩く音が止まった。
俺は泣いてる彼女を奥の部屋へと連れて行き、台所から包丁を持ってくると、恐る恐る玄関のドアを開けた。
誰もいなかった。
俺はゆっくりとドアを閉めるとヘナヘナとその場に座りこんでしまった。
奥から彼女が泣きながら出てきて抱きついてきた。俺は彼女の頭を撫でながら、理由はわからないが、もう大丈夫だと思った。
翌日、俺は会社を休み、例のBARの雑居ビルを管理してる不動産屋を訪れた。そして1年前の事件について聞いてみた。
すると確かに1年前に事件は起こったという。
しかしそれは火事ではなく、店にピストル強盗が入り、店員と客を全員射殺して逃げたという内容だった。
俺はおかしいな・・・あの喪服の女と話しが違うと思い、亡くなった方のことを聞いてみた。
「はい、そうですね・・・あのとき亡くなったのは初老の店員とお客として来店されてた方2名・・・あ、この二人は姉妹ですね」
え・・・姉妹・・・?
俺はしばらくキョトンとしたが・・・理解した。あの喪服の女も犠牲者だったのだということを・・・
俺は花屋で仏花を2つ買うと1つは例のBARに、もうひとつは喪服の女の家の前に置いてきた。
あの時俺は喪服の女の家に上がり、仏壇に手を合わせた。しかし今日きたそこには、ただの空き家しかなかった。
きっと半ば強引に人生の幕を下ろされた姉妹の怨念が、今回の事件を引き起こしたのだろう。
俺は数ヶ月間、あっち側の店に通っていたことにまったく気がつかなかった。
今思い出せば確かにおかしな点もあった。俺以外に客が来なかったのである。俺はそれをまったく不審に思わなかった。
そして、この悲惨な事件に遭遇した人たちを事もあろうか、知らない事とはいえゲームにしてしまおうという、アホな企画を進めていたのである。
そんな人間として未熟なところがあの姉妹の怒りに触れ、俺自身に危険が降りかかったのだろうと思った。
あれから8年。その後、お気に入りのBARはいくつか見つけたが・・・決してそれらの店では仕事を持ち込むような真似はしていない。
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作者怖話