ちがう。そうじゃないだろ。
そうぼくは自分をしかった。
こいつが僕の友達を殺したんだ。なにを嬉しがっているんだ。
ミミ子の命はこいつの手によって缶でも握りつぶすかのように奪われたんだ。
友達だったのに。大切な友達だったのに。許せないと思った。この目の前でヘラヘラと笑う男がどうしても許せなかった。
いろんなものを持っているくせに、僕の唯一のものを奪っていったこいつがどうしても。
再び込みあがってきた怒りと、ピクリとも動かない友達への悲しみで、僕の涙腺は粉々に決壊した。ナナシマがギョッとするのがわかった。しかしそんなこと気にしていられなかった。
死んでしまったのだ。ミミ子はもう決して動かない。レタスもニンジンも食べられない。もう二度と、僕の足元で昼寝をしてくれない。
そんな悲しいことがどうして存在するんだ。
声も発せられないまま、僕は泣いた。
すると、
「そんなにショックだったのか?」
と、声がした。もちろんその声の主はナナシマ以外の誰でもない。
僕は耳とこいつの神経を疑った。
ショックだとか何とか、おまえが言えるのか?
おまえが言うのか?
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
次の瞬間、僕はナナシマにつかみかかっていた。
「おい藤」
「どうしておまえがそんなこといえるんだ!!僕はおまえとは違うんだよ!おまえとは違うんだ!!!友達だったんだ、ミミ子は!!いっつもいっしょにいたのに!!友達だったのに!!」
ナナシマの表情はもう見えなかった。
僕の視界は涙でぐちゃぐちゃに歪んでいた。
「・・・ごめん」
ナナシマが呟いた。
でもどんなに謝られても、ミミ子は帰ってこない。僕が一人ぼっちなことは変わらない。
「どうして・・・ミミ子を殺したんだ?」
僕は呟いた。それだけはどうしても聞いておきたかった。
ミミ子がなぜ
死ななくてはいけなかったのか、どうしても。
しかしナナシマは、驚いたように言った。
「ちょっと待て。俺は殺してない。」
僕はまた耳をうたがった。
この後に及んで何を言うのか。
しかしナナシマはそんな僕にさらに続けた。
「見てみろよ。そのウサギ、どっこも傷ついてないだろ」
言われるがまま、僕はミミ子の体を見た。
たしかに外傷などはひとつもなかった。
「もういい年だったんだろ?そいつ。俺が来たときにはもう死んでたよ」
ナナシマはそういった。
そう、確かにミミ子はもうだいぶ年寄りのおばあさんウサギだった。言い換えれば、いつ死んだっておかしくはない。
なのに僕は、ただそこに居合わせたクラスメイトを、疑ってしまったのだ。普段のねたみもきっと、あったんだろう。
僕は途端に自分の犯した罪に気付いた。
「あ、ご、ご、めん、僕、なんてことを」
「全くだ。動かないウサギがいるから覗いてみれば、ひとを殺人犯呼ばわりか」
ナナシマは怒っていた。当然だ、僕は最低なことをしたのだから。
自分のコンプレックスや嫉妬、そしてその場の状況だけで無実のクラスメイトを疑うなんて、
人間として最も、否、生き物として最も醜いことだ。
普段からドラマなどでそういうことをする人間を見るたびに嫌悪していたのに、結局僕も同じ穴の狢だったのだ。
「でも、大事なトモダチだったんなら、仕方ないよな」
僕は三たび耳を疑った。
「おまえ、暗くて何考えてっかわかんなかったけど。いいやつじゃん。おまえのトモダチになれるやつは幸せだな。」
ナナシマはそう言った。
怒るでもなく、ウサギがトモダチだなんていう僕に引くわけでもなく、
僕という存在を肯定してくれた。
「なあ、墓作ってやろう。俺も手伝うから。」
ナナシマは普段そうするようにヘラヘラと笑った。
ぼくはまた、涙が出てきそうになったが必死にがまんした。
言葉を発すると泣き出しそうで、ありあとうもごめんなさいもいえないまま、僕はナナシマと一緒にミミ子を裏庭の花壇に埋めた。
「ここなら年中花が咲いてるから、寂しくないだろ?」
ナナシマのその言葉に僕はまた胸が熱くなった。
普段の、お調子者でヘラヘラした様子はなく、心から生き物の死を悼んでくれていた。
埋め終わると、ナナシマは帰っていった。
じゃあな、と手を振ってくれたことは今も忘れない。
誰かに手を振ってもらうのなんか、中学生になって、初めてだった。
ミミ子の死はとてつもなく悲しかったけれど、知らなかったクラスメイトのやさしさが、すごく嬉しかった。
それから、僕らがあだ名で呼び合い、周りからも認められるような友人になるまで、そう長くはかかっていなかったように思う。
もうそういう細かいところは、歳をとった今はほとんど覚えていない。
ただ、あの日僕の親友の死が、僕に親友を与えてくれたことは間違いない。
彼女は今も、花の咲く花壇で眠っている。
怖い話投稿:ホラーテラー アロエさん
作者怖話
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