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中編3
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ナナシコピペ8

扉の向こうは、ごく普通のマンションのフロアだった。表札のついたドア、そう広くない廊下、

白い壁。特に変なところなど見当たらなかった。

「なんだ、ふつうのとこじゃん」

安堵して息をつくと、僕は少し調子に乗って先立って歩き始めた。うしろからナナシがついてくるのがわかる。いつも背中を追いかける側の僕としては、ナナシの前を歩けることが些細なことだがひどくうれしかった。

少し薄暗いが割合綺麗なマンションだし、各ドアに飾られたかわいらしい折り紙の細工物や「セールスお断り!」の札などを見ても、とても自殺者のでたマンションには見えないし、今日はハズレだね、と僕は笑って言った。

しかし、

「本当にそう、思うか?」

ナナシから返ってきた言葉は、予想外のものだった。

驚いて振り向くと、

ナナシはひどく真剣な表情をしていた。すこし怒ったような、硬い表情。僕はなにか間違ったことを言ったのだろうか。と不安になった。

するとナナシは次の瞬間、僕の手を引っ張って階段のほうに走り出した。訳がわからず慌てふためく僕に、ナナシは叫ぶように言った。

「 絶 対 後 ろ を 見 る な ! ! ! 」

ナナシの声は、聞いたことが無い怒気をはらんでいた。すこしあせっているようなナナシのその口調が、僕は怖かった。今まで数々恐ろしい目にあってきたけれど、こんなに切羽詰ったようなナナシを見るのは初めてだった。

狂ったように笑うナナシよりも、「あの」ナナシが余裕を無くしていることが怖かった。

けれどその時点で、僕にはナナシがなんでこうもあせっているのかわからなかった。

それもまた、恐怖だった。

階段の入り口までくると、ナナシは蹴飛ばすような勢いでドアを開け、転ばないのが不思議なほどの速さで階段を駆け下りた。握られた手は、ひどく冷たい。なにかに緊張してるのがわかる。

「ナナシ!!ねえナナシどうしたの!!?」

引きずられながら僕は必死にナナシに尋ねた。なにもわからないまま走る恐怖に耐えられなかった。するとナナシは小さな声で、

「足元、見てみろ」

とだけ言った。

そこでようやく、僕にもわかった。そしてその恐怖に悲鳴をあげた。

ぼくらの足元に、影が差していた。

ゆらゆらと、規則的に揺れる、黒い大きな影。

そう、まるで、首を括った人間の体が揺れているかのような、影が。

「ひ、ひ、や、なにこれええぇ!!!」

「考えんな、走れ!絶対ふりかえんなよ!」

泣き出す僕にナナシが怒鳴った。振り返れるはずがない。

なにが揺れているの?

なんで揺れているの?

だ れ が ゆ れ て い る の ?

考えたくないのに、恐ろしい疑問ばかりが浮かぶ。影は止まることなく揺れつづけ、僕らのあとを追ってきていた。規則的に、ギシギシと音を出しながら、揺れる影は僕らから離れなかった。

助けて助けて助けて。そう叫びながらもつれる足を走らせていると、途端に前が明るくなった。

ナナシが出口のドアを開けたらしかった。

転がるように僕らはマンションを出た。そのまま大通りまで走り、家路を急ぐ人々が見えてきた頃には、もう影はいなくなっていた。

となりで少し苦しそうに息を整えてるナナシに、僕は聞いた。

「あれは、な、に?なんだったんだよ?」

「さあな。今回ばかりは焦ったけど、俺にもわかんないよ。ま、死人は執念深いってことだな」

ナナシはいつもと変わらない口調で言った。とても怖かったけれど、ナナシのその普段どおりの口調に僕はとても安心した。

しかしそのすぐあと、ナナシは言った。

「俺は、気をつけなきゃ。失敗、しないように」

その言葉の意味を知ることになるのは、もうすこし先の話だけど

そのとき、その言葉の意味がわからなくて、

でも、なぜだかひどくぞっとしたのを覚えてる。

なにを、気をつけるの?

なにを、失敗しちゃいけないの?

ねえナナシ、きみは

な に を し よ う と し て い る の 

あのとき、聞けていたなら。

怖い話投稿:ホラーテラー アロエさん  

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