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小さい頃、
夕方によく家にくる近所のばあちゃんがいた。
そのばあちゃんはボケていて、目も悪く耳がとても遠い。
ばあちゃんは、太い木の杖をついて、下駄をはいて歩いているから、
ばあちゃんが歩くと、ずっと遠くからでもカランカランと下駄のなる音と杖のゴツッゴツッと音が聞こえる。
そのばあちゃんは、家の玄関扉(ガラス張りで横開き)をガラガラと開けて、白髪を振り乱し、どこを見てるかわからない目で
「○○ちゃ~ん(母の名前)!!○○ちゃ~ん!!お~い!!今日は、○○の日で(何の日かは聞き取れなかった)山から神様がおりてくるよ~!○○ちゃ~ん!○○ちゃ~ん。」
と、何を話し掛けてもひたすらこの言葉を繰り返し言って散々騒ぎ立てて、満足したら帰って行く。
だいたいその時間は、一時間か二時間くらい。
子供ながらにその時間はとても憂鬱で、怖かった。
ボケているから仕方ないと思ってはいたが、考えてみてくれ。
毎日、決まった時間に狂ったばあちゃんが家にきて意味不明な言葉を繰り返し叫んで帰って行くんだ。
その頃の自分には迷惑以外のなにものでもなかった。
私の住む所は、留守中にも鍵をかけない程の田舎のため、私達が留守中でも
そのばあちゃんは、誰もいない我が家にきてひたすら
「お~い。お~い。」
と叫んでいたらしい。
でも、不思議にそのばあちゃんが奇行をするのは我が家だけだった。
他の家には、叫んだりすることがないらしい。
「なんで家ばっかり。」
子供ながらに理不尽に思えてつまらなかった。
母も内心は困っていたと思うが、
「ボケているからね。仕方ないよ。昔はとてもお世話になったし、旦那さんを早くに亡くして子供も遠くにいるから、一人で寂しいんだよ。」
と、諭した。でも、私は、
「あのばあちゃん、怖い。怖いから嫌いだ。」
と、ずっと思っていた。
そんなある日、遊びから帰ってくると、家には母はいなかった。
急用らしく「出かけてきます」と置き手紙があり、一人で留守番をすることになった。
人形遊びをして、テレビを見たり、一人でのんびり過ごしていたら、
カランカラン ゴツッ
カランカラン ゴツッ
遠くから音が聞こえてきた。
不意に時計を見て、
ばあちゃんがくる時間だ!
家には自分しかいない。
恐怖しかなかったんだ。
テレビを消し、どうしよう。どうしよう。と一人で焦った。
カランカラン ゴツッ
カランカラン ゴツッ
音は段々近づいてくる。
私は咄嗟に玄関へ行き、多分、生まれて初めて家の鍵を震える手でかけた。
ほっとした。
カランカラン ゴツッ
カランカラン ゴツッ
ばあちゃんの歩く音は家の前まできていた。
私は安堵はしていたが、家の鍵は、何十年もほったらかしになっていたため、古くすぐ壊れそうで不安だった。
カランカラン ゴツッ
カランカラン ゴツッ
カランカラン…
ばあちゃんの足音が玄関前で止まった。
私とばあちゃんは玄関の扉一枚を挟んで向かい合った形になっていた。
そして、いつものように、
「○○ちゃ~ん、お~い!」
と言いながら、玄関扉を開けようとしていた。
だが、鍵がかかっている為、開くはずがない。
よし!
心の中でガッツポーズをした。
鍵がかかっていることをしったらばあちゃんはもう来なくなるかもしれない。
ふと、そう思った。
「○○ちゃ~ん!○○ちゃ~ん!」
ばあちゃんは、手で扉を叩いた。
扉はガラス扉なので、ばあちゃんのシルエットははっきりわかるし、扉を叩くばあちゃんの手がくっきり写っている。
「○○ちゃ~ん、迎えにきたよ~!!」
相変わらず、ばあちゃんは、意味不明な言葉を叫んでいる。
ガラス扉を叩きながらばあちゃんは、尚も扉を開けようとしていた。
その時、
ガチャン
とうとう鍵が壊れてしまった。
私は情けなく床に落ちてるさっきまでの勇者を見つめていた。
その後、起きることは容易く予想できた。
扉が開く…
ばあちゃんが勢いよく扉を開き、顔を露わにした。
目は血走っており、白髪を振り乱し、鬼のような形相をして私を睨んでいた。
背筋が、ぞくっとした。
「ひぃっ。」
人間、本当に怖いときは悲鳴などでない。
いや、悲鳴などでる余裕すらない。
私は、咄嗟に玄関の扉を閉めようとした。
ばあちゃんは、尚も力強く扉を押さえて、私を睨んでいた。
どこにそんな力があるのか…
「お母さんは今、いません。帰ってください。お母さんは、今いません。帰ってください。」
何度も叫んだ。
一瞬、ばあちゃんが力を弱めて扉を押さえていた手を離した。
その一瞬の隙に私は、玄関扉を閉めた。
ばあちゃんはまた力強く扉を開けようとする。でも、私も力を緩ませない。
しばらくその状態が続いていたが、
はあちゃんは、二、三度、扉を手で叩き
カランカラン ゴツッ
カランカラン ゴツッ
と、音が聞こえてきた。
ばあちゃんが帰った……。
「はぁぁ~。」
心の底から息を吐いて、
私はその場に座り込んだ。
まだ、心臓がドキドキしている。
怖かった。
どうしようもなく怖かった。
緊張から解き放されて、
私は何だかおかしくなってその場で笑ってしまった。
そうだ、テレビの続き!
さっきまでの恐怖を忘れる為にも私はテレビをつけようと部屋に戻った。
テレビをつけた瞬間、おかしな事に気づいた。
おばあちゃんがくる時も帰る時も歩く音が聞こえるはずだ。
現に来る時は、あんなに音が聞こえてきたじゃないか。
帰っていく音は……?
私は、ふと視線を感じ、窓に目を向けた。
ばあちゃんが網戸の向こうからさっきの形相で私を睨んでいた。
私は持っていたリモコンを下に落とした。
そして、ばあちゃんは、
カランカラン ゴツッ
カランカラン ゴツッ
と歩き去っていった。
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「ただいま。」
二時間後、母が帰ってきた。
私は、母に抱きつき大声を出して泣いた。
「もうやだ。本当にいやだ!!」
などと言葉を荒げた。
母は、何のことだと不思議そうだった。
でも、私が泣いてる事より、
「明日はお葬式だから忙しい。」
となんだか慌ただしかった。
少しショックだったが、誰のお葬式か訪ねると、
「今朝、早朝にあのばあちゃん意識がなくなって、病院に運ばれたのよ。昼頃になって、もう危ないって言われたらしいんだけど…身内もいないし、急遽私が付き添いをする事になって…一時間ほど前にね、亡くなったよ。」
亡くなった………?
夕方、家にきたのに?
頭が混乱した。
危篤状態ならずっと病院にいたはず。
じゃあ、さっき家にきた鬼のような形相のばあちゃんは……??
母は困った顔をしながら
「よっぽど家にきたかったのかしら、いつも家にくる時間に一度意識を取り戻したんだけど、その時に言った言葉がね……
もう少しだったのに…
また来るから………だって。」
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大人になった今でもふと、どこからか聞こえてくる気がするのです。
気のせいでしょうか?
カランカラン ゴツッ
カランカラン ゴツッ
って。
作者黒い苺
小さい頃、いつも同じ時間に毎日やってくるばあちゃんがいました。
あまり怖くないですが、実体験です。