長編8
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夢遊病(再投稿作)

F美「それっていわゆる『夢遊病』って奴じゃないの?」

U子の相談を聞いてF美が出した答えは、U子が最初に考えたものと全く同じだった。

 

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大学4年の夏、すでに就職先も決まり卒論も順調と順風満帆に進んでいたU子に起こった奇妙な出来事。

それは、[朝起きるとベッド以外の場所で目覚める]という現象だった。

ある時は床に、ある時は部屋のドアにもたれかかりながら、酷い時は起きたら玄関の前だったなんて事もあった。

とはいえ一人暮らしの為、実際にU子が夜中に無意識のまま起き上がって行動しているのを見たという人物がいる訳ではない。

どうすればいいか迷っていたU子はとりあえず仲の良いF美に相談する事にしたのだ。

某ファーストフード店の店内で一番安いハンバーガーを両手で掴みながら、U子はおずおずと答えた。

U子「で、でもね。夢遊病ってね。調べたら[徘徊した後は自分一人で寝床に戻る]らしくてね・・・」

F美「じゃあ夢遊病じゃないのかね?」

U子「あっ、でも[人によってその症状は異なる]とも書いてあったから・・・」

F美「・・・結局どっちなのよ」

こんなやり取りだがF美は何かあると、いつもU子を助けてくれていた。

ちょっと強引な所のあるF美と、引っ込み思案なU子は割と相性が良かった。

F美「よし、解った。じゃあこうしよう」

U子「う、うん」

F美の出した解決策。

それは、[寝ているU子の姿をビデオカメラで一晩中撮影]するというものだった。

知り合いに詳しい奴がいるから使えそうなカメラを貸してもらい、無意識に徘徊しているU子の姿を撮影しようと言うのだ。

F美「私があんたの家に泊まりに行って確かめるって方法もなくはないんだけど、『それ』毎日って訳でもないんでしょ?」

U子「う、うん。今のところ多くても週に2回位・・・」

F美「ならこっちのが確実かな。さすがに毎日泊まりに行くってのはちとキツいし」

それに医者にビデオ見せれば色々説明も省けるかもだしね、と言いながらF美はU子の頼んだ物の2倍の値段はするバーガーを頬張っていた。

 

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数日後、U子はF美から貸してもらった(正確にはF美の知り合いの物だが)ハンディーカメラで撮影の準備をしていた。

なんでもこのカメラは『暗視赤外線モード』というのが付いているらしく、暗闇でも綺麗に映像が見えるんだそうだ。

何度も使い方を教わったはずだが、何故か準備するだけで1時間も掛かかってしまった。

時刻はもう12時を過ぎている。

明日特に用事がある訳でもないが、今日はもう疲れたから寝る事にした。

今日だけで6回は押しているカメラの録画ボタンに人差し指を当て、7回目であり本番でもある撮影を開始した。

部屋の電気を消す前になんとなく気になっったので自室の様子を眺めてみる。

極普通のテレビ、白黒チェック模様のテーブル、親に買ってもらったノートパソコン、いつだったかに貰った何処かの銀行のカレンダー、エトセトラ、エトセトラ。

我ながら殺風景な部屋だなと思わずにはいられない位寂しい風景だ。

そしてベランダの窓の横に置かれた安物のパイプベッドと、その姿をじっと見つめ続けているカメラ。

そう言えばこんな感じのホラー映画が確かあったなと、U子は思った。

F美が「一人じゃ怖いからいつか一緒に見よう」と言っていた○ラノーマルなんとか。

結局見る事はなかったけど、見なくて良かったかもしれない。

最後に主人公が凄まじい死に方でもしていたら、今この似たような状況で寝る事など出来なかっただろうから。

変な恐怖が芽生える前に寝てしまおうと、U子は電気を消すとそのまますぐに床に就いた。

 

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翌朝、U子は部屋の中央の床で眠りから目覚めた。

いつもと同じ、きっとまた無意識のうちにベッドから抜け出て歩き回っていたのだろう。

すぐにカメラがちゃんと撮れたかが気になったが、目の前の思わぬ光景に愕然とした。

ハンディカメラを設置していた三脚が倒れ、カメラが床に転がっていたのだ。

U子は焦った。

今まで、「起きたら家具などが倒れていた」なんて事がなかったのでカメラを倒してしまうかもという事に気づかなかったのだ。

まさか壊してしまったんじゃ・・・・

落ちていたカメラを拾い、急いで電源ボタンを押してみた。

液晶画面には『録画終了』の文字が出ていた。

見ると今日の日付で1時間45分の動画データが残っていた。

どうやらカメラを倒した時点で録画が終了してしまったようだ。

何はともあれカメラは無事だったみたいだ。

それに倒した所まで写っていたのだから半分、いや八割方成功したと言ってもいいのではないだろうか?

U子は安心して思わずその場にへたりこんだ。

そして気持ちが落ち着いてくると、残っていた昨夜の映像がどんなものなのか気になり始めた。

貰った手書きの説明書を見ながら自宅のテレビとカメラを映像ケーブルで繋ぐ。

あとは再生ボタンを押すだけだ。

正直不安でいっぱいでF美と一緒に見たかったが、F美は今実家に帰っていて明日にならないと帰ってこない。

それまでこの気になる気持ちを我慢出来る気もしない。

U子は覚悟を決めて「えいっ」いう気の抜けた掛け声とともに動画の再生ボタンを押した。

 

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テレビ画面にU子の部屋が映し出された。

それから数十秒後、明かりが消えるとともに部屋の様子が黒と緑の2色に切り替わる。

なんでも暗視映像というのは大抵の場合、光を緑で映すようにしているらしい。

薄らと緑色に光っているU子の姿が画面奥のベッドに向かい、布団を被ると少しして動かなくなった。

どうやら眠ったようだ。

ここからは恐らくほぼずっと同じ映像だろう。

ていうか、「カメラが停止した時間=私が行動していた時間」なのだから、事が起こったのは動画のラストの部分なはずだ。

念のため動画終了15分前位まで進めてから3倍速モードで再生し続けた。

残り時間10分・・・・何も変わらず。

残り時間07分・・・・変わらず。

残り時間04分・・・・動いた!?

ベッドで静かに寝ていたU子の体がのっそりと起き上がった。

すぐに再生スピードを戻し、固唾を呑んでテレビの中の自分の様子を見守った。

気味の悪いことにカメラの表示は02:00、ちょうど深夜2時になっていた。

画面に映っているU子はベッドから上半身を起こしたまま全く動かなかった。

また、カメラがベッドを真横から撮影していた為U子の横顔しか見えず、どんな表情をしているかも解りづらかった。

そして何も起こらないまま、いつの間にか3分が経過し残り1分しかなくなってしまった。

嘘!まさかこれで終わりなの!?

そうU子が焦り始めた時だった。

 

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「・・・・・してやる」

何か小さな声が微かに聞こえたような気がした。

慌ててテレビのリモコンで音声を大きくした。

だが次の瞬間U子は自分のその行為を後悔した。

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」

あまりの恐怖に手からリモコンがこぼれ落ちた。

そのまままるで金縛りにあったかのように体が固まってしまった。

画面の中のU子はまるで何かの呪いのように同じ言葉を繰り返している。

その時U子はある事に気づいた。

画面の中のU子のお腹のあたりで何かが動いている。

それはU子の左手だった。

左手で右手の手首の辺りを激しく掻きむしっているのだ。

何故気がつかなかったのだろうか?

起きたら自分のベッドの上じゃなかったから?

倒れていたカメラに気を取られていたから?

思った以上に気が動転していたから?

目線だけを必死に動かして見た右手首には酷い引っかき傷があり、薄らと赤く滲んでいた。

 

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U子は心の中で必死に願った。

もううやめて!これ以上は無理なの!耐えられない!

目からは涙がこぼれ落ちていた。

それでも呪いの言葉は終わる気配がない。

このままでは狂ってしまう。

そうU子が思った時だった。

突然テレビから声が聞こえなくなった。

部屋の中がシーンと静まり返る。

やっと終わった・・・良かった・・・

U子は喜びのあまり、思わず目の前の画面に目を向けてしまった。

画面の中のU子がゆっくりと、まるでスローモーションのように顔をこちら側に向けた。

そこに映っていたのは知らない顔だった。

目は驚くほど見開き、顔中しわくちゃで、口はまるで避けているかのように見えた。

どう見てもいつも鏡で見た事のある自分とは別の顔だった。

『そいつ』は真っ直ぐこちらを見つめると、まるで獲物を見つけた獣のようにニヤリと笑った。

そして顔を全く逸らす事なく、もの凄い勢いでこちらに近づいてきた。

それこそそのままテレビから出てくるんじゃないかと思えるほどに。

恐ろしさのあまりU子は目を瞑った。

さらに気を紛らわす為に必死に心の中で叫んだ。

違う!あれは私じゃない!

あれは明らかに別の「何か」だ!

別の何かが私に乗り移って「あんな事」喋らせていたんだ。

そもそも私は誰かを殺したいと思うほど憎んだ事はない。

だからあれは私のはずがない!

 

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その時、ふとある疑問が頭をよぎった。

「こいつ」はいったいなんで私の所に来たんだろう?

私の体に取り憑いて何がしたいんだろう?

「殺してやる」とは誰に対しての事なのだろう?

そんな事を考えたら、何故か油断してしまった。

気がつくとまぶたが上がっていた。

画面にはカメラの目の前でこちらを凝視する「そいつ」の顔があった。

そしてまるでU子の心を読んでいたかのように静かに答えた。

 

「お前のことだよ・・・・」

 

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その翌日、自宅で自ら左胸に包丁を刺して死亡しているU子が発見された。

発見者でU子の友人であるF美はこう証言している。

「前日に電話があったんですけど、酷く混乱していて・・・。『私の中に何かいる。そいつが私を殺そうとしてる』って言ってて・・・。正直私も怖くて、ただ『なるべく早く病院に行った方がいい』としか言えなかったんですけど・・・。でもまさかこんな事になるなんて・・・・」

現場の状況から警察は自殺と判断して捜査を進めていった。

捜査の最中、ある若い刑事が一緒にいた中年刑事に思わず愚痴を漏らしていた。

刑事A「この事件、俺どうしても自殺だとは思えないんですよね・・・」

刑事B「・・・・まぁ俺もこの件は自殺だとは思っちゃいねぇよ。たぶん他の奴もな」

刑事A「はっ?じゃあなんで自殺って事で捜査してるんすか?」

中年刑事はふ~っとため息をついてからこう言った。

刑事B「俺らの仕事はあくまでも『生きている人間』を捕まえる事なんだよ。それ以外は深く関わるな」

若手刑事は思わず息を飲んだ。

誰もいないはずの後ろのガイシャの部屋から気配がしたような気がしたが、振り返るのはやめておいた。

Concrete
コメント怖い
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[ヒンナ]さん
自分の中に得体の知れない何かがいたら怖いですね・・・
逃げようがないし、直接立ち向かう事も出来ないですから。

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うわ
怖い(・_・;
まさか自分のこととは…

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