中編3
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靖国神社

私の叔父は太平洋戦争の戦死者である。

靖国神社に英霊として合祀されている。

私は一度、靖国神社に昇殿参拝した事がある。

戦死者の母である私の祖母が、春季大祭に参拝するのについて行ったのである。

私のイメージとしては、朱塗りの柱の拝殿であった。

参拝の前日、私は妙な夢を見た。

夢の中で私と母と祖母の三人は参拝の受け付けを済ませて板の廊下を歩いている。

そこはお寺の本堂の廊下のようで、祖父や父の納骨の際にお参りした本山の建物に似ていた。

建物正面の階段を左に見て、

その時目が覚めた。

母に起こされたのである。

まだ午前3時になっていない。朝食を済ませて家を出ると、辺りは夜、前日まで雨が降っており、足元は悪く、田舎の畦道を歩いて最寄り駅に向かった。

例の心霊話の多い神社を通り過ぎた時、頭上に強い気配を感じた。

見上げてみると、空を覆っていた雲が裂けて星空が見えている。

そこに星ではない二つづつ対になった光が幾つか見えている。

少し目を凝らして見ると、それは獣の目のようなもので、空からこちらを覗き込んでいるのである。

雲の裂け目が大きくなって、覗き込んでいるものの姿がはっきり見えた。

何頭もの黒い竜、それが雲の端を前足で掴んで身を乗り出して私達を見ている。

それを前を歩いている母に言うと、母は、

「英霊さんが見守りしてくれてるんや」

そう言う、

「戦死した人が竜になってるんか?」

「お参りしたらわかる」

靖国神社に?

母の言葉に納得は行かなかったが、駅に着くまで、それは見えていた。

電車を乗り継いで

新幹線で東京に着き、浅草や国立博物館などを観光して、夕方に九段会館に着き、そこで一泊、

泊まった部屋の外には何か馬鹿でかい建物が見える。

一部分なので何かはわからない。気味が悪い。

朝になって建物を見ると武道館だった。

手続きを済ませて、巫女さんに案内されてそこで見た光景は前日の夢と同じ、そして拝殿に入ると目に飛び込んできた異様なもの、一段高いとこの正面に、姿見の鏡?

どう見ても、普通の神鏡ではない。その鏡には、木で掘られたらしい龍が何頭か巻きついている。

あまりの異様さに度肝を抜かれた。

祖母と何度か参拝している母が言う、

「あんたが昨日見たのはあの鏡や」

そして、神職の祝詞が始まる。

私の中に強い想念が入り込んでくる。それは、怒り、悲しみ、苦しみの念の集合体、私の目から涙が溢れ出す。

この人達はどんな思いで亡くなって行ったのか?

奏上される祝詞が進むにつれて、その念は言葉に変わっていく。

泣くな。

泣くなよ。

お前が悪いのではない。

俺らの思いをわかって欲しかっただけだ。

何も責めていないんだ。

お前はいい時代に生まれた。

それが羨ましい。

それだけだよ。

俺らも早く家に帰りたい。

それだけだよ。

祝詞が終わり、泣き伏した私の手を握ったのは祖母、

「泣いてくれておおきにな」

祖母も泣いていた。

拝殿を出るとき私の心の中で響いた言葉

「また会おうな。その時は」

その時は?

「お前おもろいおっさんになってるやろな」

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不思議な体験をしましたね。
ワタシの祖父の弟サンも志願兵で海洋上で亡くなりました。
靖国神社にやはり合祀されています。
ワタシは不思議な体験をしたことはありませんが
靖国神社に参拝する度にお国のために青春なく亡くなった方々の無念や悲しさを感じるような張りつめた気持ちになり涙が自然に流れます。・゚(´□`)゚・。

英霊の方々はきっと参拝して涙してくれて嬉しかった反面平和な今が羨ましかったのですね。

おもろいオッサンになって下さいね!
ぃぃお話ありがとうございました。

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