薙畏悪罹羅倒葬手腐【裏】

長編11
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薙畏悪罹羅倒葬手腐【裏】

神様って、本当にいるのだろうか。

今まで僕は何度も神様に祈ってきた。願ってきた。

だけど、僕がどんなに苦しい思いをしても、どんなに辛い目のあっても、神様は助けてくれない。

神様は、困っている人の味方じゃないのか?

…だったら、僕が神様を創ってやる。

膿まず、廃れず、裏切らない。僕だけの神様を。僕の願いをだけを叶えてくれる神様を。僕が創ってやる。

それには、まず何が必要なんだろう。

…そうだ、祈りだ。

神を讃える信心深さがいる。神を信じなければ、願いなんて叶う筈はない。

次に、何がいる?

…捧げ物をしよう。遥か昔から、神様を供物を捧げるのは、当然の習わしだ。

あ、そうだ。大事なものを忘れていた。

神様の名前と似姿を考えなきゃ。

神の肖と像を作る事。肖像が無ければ、願うことも捧げることも出来やしないんだから…。

………

「おい、A! 早く購買でパン買ってこいよ!」

「なんだ、数が少ないな。あ? 売り切れだった? ふざけんな。」

「え? 僕の分が無い? 当たり前だろ。最初からお前の分なんてないんだよ。」

「うるせえな。これでも食らっとけ!」

「おい。手にお前の汚ねえ鼻血が付いちまったじゃねえか。拭けよ!」

「そうそう、それでいいんだよ。お前は俺たちの家畜みたいなもんだからな。」

「なんだよ、ヘラヘラしやがって。気持ち悪いんだよ。」

「おい! ゴミとか捨てとけよ。俺たちは校庭で遊んでくるからな。」

俺のクラスメイトに、Aという人物がいる。

普段から大人しくて、本ばかり読んでいる暗い奴だった。

集団の中に弱い奴がいると、差別の対象になる。そんなご多聞に漏れず、Aはクラス内でのイジメの対象になっていた。

Aへのイジメの主犯格は、Bという名前で、俺の友人でもある。

Bは、普段からAを自分の舎弟のように扱った。

そして、気に入らなければ、すぐに殴りつける。

だが、どんなに暴力を受けても、Aはいつもヘラヘラしていた。

そんなAの態度もあり、クラス内でAへのいじめが問題視される事はなかった。それに、Bは教師には従順であり、受けも良く、教師側からは信頼を得ており、それもあってBのやることに逆らう人間は、クラスに中にはいなかった。

ある冬の日、BはAを体育館倉庫に閉じ込めた。

クラスメイトに、Aを閉じ込めるように命令したのいだ。当然、偶然を装うように配慮しながら、だ。Aへのいじめを問題視していない上にBには逆らえないクラスメイトは、掃除中にAを倉庫に押し込み、鍵を掛けた。

Aが見つかったのは、その日の夜。下校前に校内の巡視に当たっていた教師が発見した。

寒さに膝を抱え、手足や耳を真っ赤にし、顔面蒼白のAは、それでもヘラヘラしていたそうだ。

教師はAを問い詰めたが、何も話さない。

次の日、担任教師がAが倉庫にいた理由をクラスメイトに尋ねたが、誰もその理由を答えようとせず、結局その出来事は問題視される事はなかった。

教師がいなくなった後、BはAを呼び付けると、

「これで解ったろ? お前を気にする人間なんて、この世には誰もいないんだ。だから、お前は俺の言う事だけを聞いていればいいんだよ。」

と、Aに伝えた。

Aは、いつもの笑顔を崩さず、無言で頷くのだった。

ある日、Bが教科書を忘れた。

「おっかしいな。確かに鞄に入れたと思ったのに…。」

Bはそう呟くと、Aの教科書を取り上げた。

Aが何かを言おうとする。だがBは、

「何を生意気なこと言ってるんだ! お前のことなんて、どうでもいいんだよ。」

そう言って、平然とAの教科書を持っていった。

その日の放課後。BはAを呼びつけた。そして、隣にいた僕に、Bは告げる。

「おい。お前。Aを殴れ。」

僕は驚いた。人が暴力を振るうのはどうでもいいが、僕が巻き込まれるのは嫌だった。

「いいじゃねえか。スカッとするぜ。」

Bにそう言われ、僕はAを殴りつける。

Aは無言で僕の拳を受け、地面に平伏す。

「な? いいもんだろ?」

…確かに、悪くない感触だった。

ふと、地面に伏しているAが僕を見上げていた。

Aは僕を鋭い目で睨みつけており、そこに普段のヘラヘラ顔は無かった。

僕は一瞬どきりとしたが、すぐに思い直す。

「…なんだよ、Aの癖に生意気なんだよ!」

僕はAの腹を蹴飛ばした。吹っ飛ぶA。

…うん、これは癖になるな。

腹を蹴られたAは咳き込んでいる。だがその目には先程の鋭さは無く、咳き込みが収まると、Aはいつものヘラヘラ顔に戻っていた。

ある日、教室の蛍光灯が割れた。

クラスメイトが教室で遊んでいて、うっかり壊してしまったのだ。

と、そこに担任教師が入ってくる。割れた蛍光灯を見て、教師は、誰がやったのかを問い詰めた。

そこで、クラスの誰かが呟いた。

「Aがやりました。」と。

その言葉を聞いたAは、一瞬、驚愕の表情を浮かべる。

他の生徒も、次々に「Aがやった」と証言した。

その後、Aは職員室に連れて行かれた。その時には、Aはいつものヘラヘラした表情に戻っていた。

その後も、Aの受難は続いた。

放課後の掃除を一人でやらされることもあった。

盗難事件の犯人にされることもあった。

クラスメイト全員から無視されることもあった。

だが、それでもAは、ヘラヘラとしていた。

その笑顔はまるで、自分の信じるものは何一つ穢されていないかのような、ある種の潔さを秘めているかのようだったからだ。

………

…祈りは済んだ。

…供物も捧げた。

あとは、…『仕上げ』だけだ。

………

春の初めの頃のある日。

Bが怪我をした。下校中、車に撥ねられたのだ。

命に別状はないが、足を骨折したらしく、半月程学校を休む事になった。

Bが入院してからしばらくし、妙な事が起き始めた。

Bが入院してから二、三日は、Bを心配する会話をクラスメイト同士でする姿があった。

だが、数日するとBの事が話題にのぼる事がなくなった。きれいに。さっぱりと。

俺はその光景を見て、Bは本当は嫌われており、みんな、話題にしたくないのかと思った。

だが、そうでは無かった。

不思議な事に、クラスの誰もがBの事を忘れていたのだ。

話題にあげれば、「ああ、そんな奴いたな」程度の反応は返って来たが、それ以上話題が続く事は無く、みんな、Bに興味がない、というよりも記憶から消えているようだった。生徒だけではなく、教師もそんな感じだった。

何かおかしい…。

俺は、Bが入院している病院に行って、受け付けでBの名前を告げた。

だが、受け付けの人間によれば、Bという患者は入院していないそうだ。

次の日、学校に着いた俺を更なる驚きが襲った。

学校から、Bの痕跡が消えていた。

机も、名札も、持ち物も、あらゆるものから、Bの存在が消えていた。

生徒や教師にBの事を聞いても、誰もBの事を覚えていなかった。

狐につままれたような、信じられない気持ちで、俺はBの自宅に行った。だが、Bの姿はそこにもなく、空き家があるだけだった。

Bの存在が、この世界から消えていたのだ。

俺は驚きと混乱で立ち竦む。

何だこれは?

何が起こってるんだ?

だが、俺はBの事を覚えている。

混乱していた俺の後ろから、

「B君の事、知ってるよね?」

暗く呟く、冷たい声がした。

声の主は、Aだった。

Aは、いつものヘラヘラ顔…、いや、ニタニタした嫌らしい表情を浮かべ、俺に話しかけてきた。

「B君がいなくなった。でも、君はB君の事を覚えているんだよね?」

Aは、Bの事を覚えいるみたいだ。

俺は、藁にもすがる気持ちで、Aを問い詰める。

「何がどうなっているんだ」と。

Aは答えた。

「神様って、いると思う?」

Aの見当違いの発言に、俺は言葉を失う。

「奇跡って、あるのかな?」

神様? 奇跡? こいつは何を言っているんだ?

だが、Aは何かを知っているようだ。

「ねえ。これから僕の家に来ないか? 君に見せたいものがあるんだ。」

そう言ってAは、後ろを振り向き、歩き出す。

俺は、Aの後についていく事にした。

Aの家に着いた。

Aは玄関を開け、中に入る。俺もそれに続く。

まだ外は冬の寒さが残っいる時期なのに、Aの家の中は、ムンとしていて、何か饐えたような匂いが充満しており、俺の鼻をつく。

廊下は埃だらけで、何ヶ月も掃除をしていないようだった。

中には人の気配はせず、Aの家族も見当たらない。

俺は、Aに尋ねる。

「家族は留守か?」

俺の質問に、Aは答えた。

「いない。」と。

俺は客間に通された。奥の間に通じる襖は閉じられている。

俺は部屋のソファーに腰掛ける。

饐えた匂いは、いっそう強くなる。

「見せたいものって、何だよ?」

俺はAに尋ねる。

Aは、俺に向かって語り出した。

「僕ね、神様に祈ったんだ。助けてくれって。学校では、皆が僕を苦しめる。家族は僕の辛さに見向きもしない。誰も僕を助けてくれない。だから、神様に祈ったんだ。けど、助けてくれなかった。」

Aの言葉が熱を帯びてくる。

「殴られて、痛かったなぁ。閉じ込められて、寒かったなぁ。無視すれて、辛かったなぁ。他にもたくさんたくさん、たーくさん、僕は辛い目にあった。それで僕は悟ったんだ。」

…やばい。

「神様なんて、いないんだって。」

…やばい。こいつは、普通じゃない。

「それで、僕は考えたんだ。自分で神様を創ろうって。」

…逃げたほうがいい。俺は本能的にそう感じた。だが、身体が動かなかった。まるで見えない糸に身体の自由を奪われているかのようだった。

Aは、襖を開けた。

俺は、襖の奥の光景を見て、息を飲む。

そこには、数え切れない程の蝋燭があった。蝋燭は黒い布がかけられた机に所狭しと並べられ、火を灯している。よく見れば蝋燭は全て人の形をしていた。その人型の蝋燭には、釘が刺されている。俺は更に目を凝らし、釘の根元を見る。そこには、写真があった。クラスメイトの写真だ。クラスメイト全員分だ。写真は釘で眉間を貫かれ、蝋燭に固定されていた。

「僕は、僕の神様に祈ったんだ。」

蝋燭の火に照らされた黒い机の奥に俺は目を向ける。

一段高い机の上…まるで祭壇だ…に一際大きい蝋燭があった。その蝋燭には、眉間と胸と肩と腕を釘で貫かれたBの写真がある。Bの写真と共に、Bが今までAに片付けさせてきたゴミや失くした教科書が束になって並べられていた。

「あ…あ…」

俺は言葉を失う。

Aは俺を凝視しながら、言葉を続ける。

「毎日毎日、祈ったんだ。願いを込めて、釘を刺しながら、祈ったんだ。クラスメイト全員分。特に、Bの分は毎日祈りを捧げたよ。」

俺はBの写真の後ろ、祭壇の奥に、白く長い半紙がある事に気付く。そこには、紅い色で何かの文字が書いてある。

俺の視線の先を追っていたAは、

「ああ、紹介するね。その半紙に書いてある文字が、僕の神様の名前だ。」

蝋燭の火に照らされた紅い文字は、ユラユラと揺れ、なんと書いてあるか、判別がつかない。だがそれでも良かった。あれは、忌むべきものだ。認識してはならない。俺の本能がそう告げる。

「なんだ、知りたくないのか。がっかりだよ。」

そう言いながら、Aは祭壇の前のBの写真に近付く。

俺は、常識外の光景に驚いたためか、一瞬我に返ると、周囲を見渡す。

「な、なあ、お前、家族はどうしたんだ?」

俺はAに質問する。こんな状態の家にA一人なんて不自然だ。身体が思うように動かない俺は自分が助かる為に、思考を巡らす。

Aは、一瞬イラっとしたような顔をしたが、すぐにいつものニタニタ顔を取り戻す。

「だから、行ったじゃないか。いないって。」

「いや、どこかにいるんだろ?」

俺の疑問に対して、Aは、

「神様には捧げ物をしなくちゃいけないんだ。」

と俺の意図しない返事を返した。

「さ、捧げ物?」

「僕が苦しんでいても、父さんも母さんも、助けてくれなかった。二人はいつも喧嘩ばっか、しててさ。父さんは仕事もせずに遊び惚けてて、母さんは浮気ばかりしてた。助けてくれないのに、凄く五月蠅かった。」

…まさか。

「だから、神様に捧げた。」

俺は驚愕の表情を浮かべる。

「君が座っているソファーの後ろに、僕の両親がいるよ。いや、ただの供え物だったかな。」

俺は、ソファーの後ろに目を向ける。

…饐えた匂いの元が、そこにいた。

「う、うわーーーーーー!」

俺は始めて叫び声を上げた。

だが、身体は動かない。俺は首から上だけを動かし悶える。

そんな俺を気にするでもなく、Aは半紙の前のBの写真に手を伸ばした。

「ねえ、僕は、僕の神様に、なんて祈ったんだんだと思う?」

「…え?」

俺は辛うじて返事をする。

「消えてしまえ、だよ。」

そう言いながら、AはBの写真を無理矢理釘から引き離す。写真のBの顔が無残に裂けた。

裂けた写真の下には…。

眉間を、胸を、肩を貫かれた俺の写真があった。

「そして、僕の願いを、神様は、叶えてくれたんだ。」

ニタリと笑うA。心から喜ぶようは、恍惚とした笑い顔。

「わーーーーーーー!」

俺はもう一度叫び声を上げた。

俺は叫び声を上げた後、そのままAに向かって声を張り上げた。

「お、お前が作ったのは、神様なんかじゃない! 祈りを捧げた? 違う? それは祈りなんかじゃない! 呪いだ! 供え物をした? 違う! それは生贄だ! お前の目の前にいるのは、神様じゃない!」

「…神様じゃない…?」

俺は、半紙に書かれた文字に目を向ける。」

「そうだ。それは、悪魔だ!」

「悪魔…。」

Aは顔を伏せる。

しばしの沈黙。そして。

「…悪魔だっていいさ。」

Aがポツリと呟く。

「神様は、信じる心に宿るんだ。僕が信じるんだから、これは神様なんだよ。」

再び、ニタリと笑うA。その笑顔は、禍々しく、まさしく悪魔そのものだった。

「さあ、仕上げをしよう。」

そう言いながら、Aが俺に近付く。

「な、何をする気だ!」

「うん。気が変わったんだ。」

「助けてくれるのか?」

俺の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚れていた。

「違うよ。こんな素敵な神様、僕だけが知っているんじゃ、勿体無い。だから、君を使って、神様の存在を世界に教えてあげるんだ。」

「な…。」

Aの言葉に、俺は声すら上げれない。

「信仰ってさ、人から人に伝わるもの、だよね?」

そう言って、Aは俺の首を掴むと、無理矢理祭壇の前に連れて行く。

それはもう、人の力ではなかった。

Aは、あの忌むべき文字の前に俺の顔を突き付ける。

「さぁ、見るんだ。そしてこの名を目に刻め。脳味噌に焼き付けろ。」

「や、やめ…て。」

首を掴まれ、呼吸すらできない中、意識を失う寸前。

俺の目に、紅い文字が、刻まれた。

………

次の日。

ある生徒が俺の机に刻まれた文字を見た。

[薙畏悪罹羅倒葬手腐]

忌むべき言葉。

人が創った仮初めの神の名前。

そして、俺は、誰からも忘れられ、…世界から消えた。

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aoiさん、真剣なコメント、ありがとうございます。

「虚仮の一念、岩をも通す」「思う念力岩をも通す」
「雨垂れ石を穿つ」「千丈の堤も蟻の穴より崩れる」
他に色々もありますが取るに足らない力でもバカに出来ない
って事ですね・・・
それが呪う方に向けば購う術はないでしょう・・・

人って光に向かうのは大変ですが逆に向かうのは容易いのかも知れませんよ・・・多分