長編8
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繰り返しの戦場

music:6

僕は今、戦場にいる。

戦場の最前線。

銃撃飛び交う戦火のさなか。

僕は塹壕で身を潜めていた。

僕らの国では、遥か昔から隣国との小競り合いが続いていた。

だが、近年、その小競り合いが激化。

国連や近隣諸国を巻き込む大戦に悪化して行った。

戦場の最前線では、重武装した歩兵や、重銃器を備えた最新兵器が、敵国の兵士や設備を破壊している。

現在、自国は劣勢である。

だが、一介の兵士である僕は、ただ『行け』と命令されれば敵国の兵士を撃ち殺すだけだ。

兵士は、人ではない。

戦場においての僕は、ただの、記号、である。

現在、我が国では、戦場のバランスを一新する新兵器が開発中であるという噂がある。

その兵器が実戦に配備されれば、もしかしたら僕は、終戦日を死なずに迎えられるかもしれない。

「伏せて!」

僕の妄想を断ち切るかのように、僕の隣で凛とした声が響く。

それと同時に、僕の頭上を敵国の機銃が爆音とともに通り過ぎる。

危なかった。

「ケンジ、気をつけてよ!」

「ああ。すなない、リコ。」

僕は、塹壕に身を伏せながら、隣で突撃銃を構える女性に礼を伝える。

彼女の名前は、リコ。

この国には、全国民対象の徴兵令制度のある。

リコは、僕と共に戦争に徴兵された兵士だった。

同時に、僕の恋人でもある。

「さあ、行くよ、ケンジ。着いて来て!」

銃撃が止むと、彼女は塹壕から飛び出し、前方の半壊した民家まで移動を始める。

少しでも敵陣に近づくために。

リコは、女性だが階級は僕より上であり、そして勇敢な兵士だった。

強い愛国心を抱き、常に周りの兵士を鼓舞し続ける。

リコと僕は、半壊した民家に辿り着き、身を隠す。

民家の二階は度重なる銃撃で消し飛んでいるが、一階は形を保っている。

ここならしばらくは敵の攻撃に耐えられそうだ。

だが、この前線もいつまで保てるか解らない。

撤退の合図は今だ鳴らない。

ここで死ね、ということだろうか。

銃を構える僕の体が震える。

心無しか、僕の傍で突撃銃を抱えながら身を竦めている彼女の表情も暗い。

だが、リコは僕の緊張に気付いてか、僕に声をかける。

「大丈夫よ。きっと援軍もじきに来る。諦めちゃいけない。」

「うん。」

彼女は、どこまでも勇敢だ。

僕の緊張が僅かに薄れる。

民家の厚い壁に向かって放たれた銃撃の衝撃が壁越しに響く。

キッと口を結び何かの覚悟をしているかのような表情のリコに、僕は話しかける。

「こんな時なんだけど…。」

「え? どうしたの? ケンジ。」

「この戦争が終わったら、結婚しよう。」

「こんな時に何言ってるよ。」

「約束だよ。」

「…うん。そうだね。約束。」

そう言ってリコは銃を構え直し、膝を立てる。

その姿勢を見て、僕は悟る。

この銃撃の中、彼女は突撃するつもりなのだと。

僕は死にたくない。だからここで約束した。

だけど、彼女は違う。彼女にとっての約束は、生き残るためではなく、勇気を抱いて死ぬための、免罪符なのだ。

「今飛び出しても、無駄死にだよ。」

僕は彼女に伝える。

「…ケンジは、死ぬのは怖い?」

「…ああ。怖い。死にたくない。」

彼女は目を一瞬細める。

軽蔑されたのだろうか?

その直後、リコは優しく微笑んだ。

「ケンジは死なない。」

「え?」

「あなたはここにいて。あなたの命は、私が守るから。」

そう言って、彼女は身を守る民家から飛び出すと、敵陣に向かって駆け出した。

だが、僕が身を乗り出してリコの姿を捉えると同時に。

一発の銃弾が、リコの頭を吹き飛ばした。

狙撃されたのだ。

「うわーーーーーーーー!」

混乱した僕は、民家から飛び出す。

その瞬間。

僕の胸を、銃弾が貫いた。

心臓が吹き飛ばされる感覚が、僕を包む…。

僕は、死んだ。

……………………………

……………………………

……………………………

僕は今、戦場にいる。

戦場の最前線。

銃撃飛び交う戦火のさなか。

僕は塹壕で身を潜めていた。

あれ?

この光景、以前にも見た気がする。

なんでだろう?

「伏せて!」

リコの声が響き、僕は反射的に身を屈める。

屈みながら、僕はリコの姿を見る。

リコは生きている。

僕の目に涙が滲む。

あれ?

なんで僕は泣いているんだ?

「どうしたの? ケンジ。」

リコの声に、僕は慌てて涙を拭う。

「な、なんでもないよ。で、どうする? 正面にある民家まで移動する?」

リコが驚く。

「よく解ったわね。じゃあ、行くよ!」

「ああ。」

僕とリコは駆け出す。

民家に辿り着き、僕らは身を竦める。

…なにか変だ。

以前にも、同じことをしていたような気がする…。

「ねえ。ケンジ。」

「なんだい、リコ?」

「このまま時間が進んでも、私達が劣勢であることには変わりはない。」

「うん。」

「だから、私は突撃を試みるつもり。」

「え?」

僕の脳裏に、彼女の頭が吹き飛ぶ光景が浮かぶ。

…なんだこれは?

「そんなことをすれば、君は死ぬかもしれない。」

「覚悟の上よ。ケンジはどうする?」

僕の脳裏に、一人戦場に駆け出すリコの姿が過る。

「僕は…、リコと一緒に、生き残りたい。」

「え?」

「だから、僕も行くよ。」

「でも、このままここにいれば、援軍が…。」

「君を死なせたくない。」

僕の言葉に、リコはハッとする。

「…解った。一緒に来てくれる?」

「ああ。」

僕ははっきりと返事を返す。

死ぬのは嫌だ。

でも、リコと死ぬのなら、悪くはない。

僕らは、敵陣に向かうため、民家から身を乗り出す。

その瞬間。

僕の目に強い光が差し込む。

近くの鉄塔からだ。

これはまさか。

狙撃銃のレンズの反射光か?

僕は咄嗟に、リコに身をぶつけ、弾き飛ばす。

その瞬間。

僕の胸を銃弾が貫いた。

熱い!

痛い!

死の痛みが、僕の体を支配する。

…最後の瞬間。リコの頭が弾け飛ぶ光景が、見えた。

……………………………

……………………………

……………………………

僕は今、戦場にいる。

戦場の最前線。

銃撃飛び交う戦火のさなか。

僕は塹壕で身を潜めていた。

なんだこれは?

この光景を、確かに前にも見た。

…そういえば。

僕は屈みこみ、塹壕に身を伏せる。

僕の頭上を銃撃が通り過ぎる。

「今の、よく躱したわね。」

僕の隣で、リコが安堵の表情を浮かべている。

まさか。

「リコ。これからあの民家まで移動するんだろ?」

「え、ええ。そうよ。少しでも敵陣に近づきたいの。」

…間違いない。

繰り返している。

戦場の様子も。

リコの判断も。

記憶の通りだ。

僕らは民家まで移動する。

「これからどうする?」

僕はリコに尋ねる。

「この劣勢を挽回する為に、敵陣に突撃しようと思う。でも…。」

「死ぬかもしれないね。だから、僕も行くよ。」

僕の予期せぬ言葉に、リコは驚く。

だが、僕の覚悟を読み取ったのか、リコは真剣な表情で頷く。

「ケンジ。死ぬのが怖くないの?」

「一人で死ぬくらいなら、リコと一緒にいるよ。」

「ごめんね。実はね、このまま待っていても援軍なんて来ないの。私達は死ぬしかないの。」

「そんな覚悟、以前に済ましたよ。」

僕らは笑い合った。戦場であるにも拘らず。

同時に、僕は心に誓った。

リコを、死なせたくない。

そのためには…。

民家から身を乗り出すリコ。

だが。

「待って。」

「何よ。」

「あの鉄塔から、狙撃手が僕らを狙ってる。

「え? 本当ね。危なかった。」

そう言って、リコは鉄塔に銃撃を浴びせる。

これで狙撃手を牽制できた。

ぼくらが、戦場に飛び出した。

だが、予期せぬ事態が生じた。

銃撃の中、リコが突然、足を止めたのだ。

いや、止まっているのは、足だけはない。

銃を支える腕も、身体も、その表情さえも固まっているように見えた。

いったいどうしたんだ?

その時。

停止したリコの体を、無数の銃弾が貫いた。

「わーーーーーーーーーー!」

そして、僕の意識は途切れた。

……………………………

……………………………

……………………………

僕は今、戦場にいる。

戦場の最前線。

銃撃飛び交う戦火のさなか。

僕は塹壕で身を潜めていた。

…また戻ってきた。

一体何度目だ…。

僕とリコは民家に移動する。

リコが突撃を提案する。

止めようとするが、リコは僕の言うことを聞かない。

民家から飛び出すリコ。

それを追う僕。

鉄塔からの狙撃を躱す。

僕らを狙う敵兵を撃ち殺しながら、敵陣に向かって僕らは駆ける。

だが、また、リコに異変が生じた。

まるで映像が一時停止されたかのように、突然リコの動きが止まる。

走っている最中で片足を挙げたままのような、あり得ない姿勢で動きが止まる。

まえるで呼吸すらもしていないかのようだった。

そして、リコは死んだ。

……………………………

……………………………

……………………………

僕は今、戦場にいる。

戦場の最前線。

銃撃飛び交う戦火のさなか。

僕は塹壕で身を潜めていた。

もう何度この光景を体験したか、覚えていない。

繰り返しのたびに、リコは死んだ。

数え切れない回数の、人数のリコが、僕の前で無残に死んだ。

リコが死んだ瞬間、僕の意識は途切れる。

目覚めれば、そこは何度もなく体験した塹壕の中。

その繰り返しは、僕が死んでも同様だった。

それはまるで、事態の『やり直し』をさせられているかのようだった。

おそらく十数回目の繰り返しの時。

無残に横たわるリコの死体の前で。

僕は冷静を保っていた。

そして、僕は誓った。

リコの仇をとる、と。

例え勝ち目の無い戦いでも、敵兵を一人でも多く道にしてやる、と。

……………………………

……………………………

……………………………

十数回目の繰り返しの末。

僕は敵陣の兵士を皆殺しにした。

幾度ともなく殺され、繰り返しをした僕は、敵の配置や銃撃のタイミングを記憶してった。

その記憶に従い、敵を殺した。

敵兵が視界に入れば、反射的に殺した。

……………………………

……………………………

……………………………

何十回目の繰り返しの時。

死ぬ間際のリコが僕に話しかける。

「この戦場の敵兵を全て掃討せよ。」

と。

その時のリコの表情は、冷たく固まっており、表情はなく、まるで死人が喋っているかのようだった。

僕はリコの願いの通り、戦場の全ての敵兵を、

殺戮した。

そこに、感情の入る余地は、無い。必要無い。

…………………

………………

……………

…………

………

……

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自律判断型敵地殲滅決戦兵器〈H-RR00304〉開発及び起動実験報告書

【実験被験予定であった検体”リコ”は頭部破損脳髄損壊にて試験運用は不可能】

【よって検体”リコ”は廃棄】

【”リコ”の代用措置により検体”ケンジ”の脳髄を試験運用とする】

【戦場シミュレーション及び自己判断機能学習訓練の『繰り返し』の結果、検体”ケンジ”は実践に投入できる段階までの機能を有す】

【よって検体”ケンジ”の脳髄を移植をもって〈H-RR00304〉の開発を完了する】

【以降、試験的に実践配備を実施、最終調整に入る】

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