中編6
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カラスはなぜ泣く

「やった!5kg減ってる!」

可南子がダイエットを初めて、1ヶ月が経っていた。

若い頃は少し食べるのを控えたり、わずかな運動だけですぐ元に戻せたが、

年を取り代謝も悪くなれば、痩せにくくなる。。

可南子はかなり過激なダイエットをしていた。

炭水化物を一切摂らずに、もちろん、おやつなどもってのほか。

その代わりに野菜をたっぷりと摂り、空腹を紛らわす。

おまけに、一食抜いていた。

可南子は食べることが大好きで、20代くらいまでは、いくら食べても太らなかった。

ところが、結婚して子供を産んでしまうと、そこからは一旦元の体重に戻せても、

育児に追われ、自分のことを後回しに、子供の残したものを勿体無いと食べてしまうと、

いつの間にか、どんどん服はサイズアップ。しかも動き安さを重視したゆったりとした

緊張感の無い服ばかりを選ぶため、ますます自分に甘くなった。

そして、一ヶ月前、可南子は見てしまった。

自分の夫が一回りほども違う若い女と、腕を組んで歩いている所を。

その女は、若いというだけで、自分の若い頃とは比べ物にならないほど、魅力の無い貧相な女だった。

可南子が信じられない面持ちで、立ち止まって凝視していると、相手の女が気付いたのだ。

すると、女は勝ち誇ったように笑った。

そして、夫の腕を自分の貧相な胸に押し当てたのだ。

悔しいけど、スレンダーで若さに溢れていた。貧相だが、肌の輝きが違う。

もちろん、夫がその日帰ってすぐ修羅場になった。

夫は部下だとしらばっくれたけど、あの女はそうは思っていないだろう。

娘は今は大学に通っているので家には居ない。

夫婦二人暮らしだが、それから夫婦の関係はずっと冷え切ったままだ。

私だって、もっと痩せてきちんとすれば、あんな貧相な女に負けるはずが無い。

可南子は若い頃は、かなりモテたのだ。会社に新卒で若い女性が入社すれば、

それはもうチヤホヤされるものだ。可南子は、割と可愛らしい容姿をしていたので、

いろんな男から言い寄られた。可南子は思わせぶりが上手い女だった。

気を持たせては、男にいろいろ貢がせて、それでも易々と体は許さなかったのだ。

しかし、思わせぶりが通じるのも20代前半までだ。貢いでも振り向いてもらえない相手よりも、

若くてまだ世間知らずの女性のほうに、どんどん男は傾いて行った。

可南子はいつの間にか、会社のお局様のように扱われる年になっていた。

そうなってくると、もう選んでいる立場ではない。

会社でもあまりパッとせず、それでも仕事だけは真面目で、しかも可南子にかなり熱を上げていた

今の夫と付き合い、妥協で結婚したのだ。

何よ、真面目がとりえだったのに、それすらも無くなったらクズじゃない。

可南子はそう憤ったが、今の可南子では、誰も見向きもしないだろう。

可南子は風呂に入り、三段腹をつまんで溜息をついた。

絶対痩せてやる。

痩せて、アンタなんてあの貧相な女にくれてやるわよ。

痩せて見返したら、この離婚届を叩きつけてやるんだから。

最近の可南子の様子を見ていた夫が心配して声を掛けて来た。

「あんまり急激にダイエットしたら体に良くないよ?」

可南子は夫を睨みつける。

いったい誰の所為でこんなことしてると思っているの?

クズのくせに、ブスと浮気しやがって。

可南子は無視して、空きっ腹を抱えて2時間のウォーキングに出掛けた。

空はどんよりと曇り空気を重くしていた。まるで、今の私みたい。

可南子は溜息をついた。空を仰ぐとなんだか、空と同じ色の羽毛がもうもうと漂ってきた。

なにこれ?鳥?可南子は空に、灰色の羽を持つ鳥を探した。

電信柱に、灰色ではなく、真っ黒な鳥がとまっていた。

カラスだ。そして、可南子は、あっと声に出して驚愕の表情でそのカラスを見た。

カラスが何かを咥えている。小さな人形の手に見えた。

だが、その手首からは、何本もの赤い細胞の組織が垂れ下がって、赤く滴っていた。

ウソ!人の手?まさか!

可南子は、口に手をあて、後ずさった。

一瞬人の手に見えたその物体は、よく見ると首の無い、灰色の小鳥だった。

それでも、気色良いものではない。なんで人の手なんかに見えたのだろう。しかも、子供の手。

可南子はそそくさと、その場を離れながらも、カラスから目が離せなかった。

カラスが鳥特有の、頭をかしげる仕草をすると、頭の無い小鳥から、内臓が歩道にべちゃりと落ちる音がした。

滴る内臓を見た瞬間、可南子は走り出した。

いやなもの見ちゃったな。まあ、最近はゴミをきちんとしているので、カラスもゴミを荒らせないから、

仕方ないわよね。弱肉強食。自然界は厳しいわ。

その夜、可南子は夢を見た。

カラスが何かをついばんでいる。可南子はとても嫌な予感がした。

カラスがついばんでいる何かは、明らかにカラスよりもはるかに大きな物なのだ。

怖いもの見たさ。可南子は夢の中の自分に見るなと警告したにも関わらず、

夢の中の自分はカラスに近づいて行った。

カラスはさかんに首をかしげながら、何かを穿り出している。

ツン、ツン、ツンツンッ。

ズルリ。

その横たわる物は、安易に人間と想像できた。

そして、そこから穿り出された物は、白くどろりとして、赤い組織で繋がっていた。

穿り出された白い球体の中にある黒目がでろりと可南子を見たのだ。

「イヤーーーーーーー!」

可南子は叫んだ。

隣の部屋で寝ていた夫が可南子の部屋に飛び込んできた。

「どうした?」

夫の問いかけに、可南子は呆然とした。

夢か。

「なんでもないわ。」

そうそっけなく夫に告げると、可南子にやましいことがある夫は

「そうか。」とだけ言い、自分の部屋に戻って行った。

いやだわ。あんな気持ちの悪いものを見たから。

悪夢を見ちゃった。

可南子はその程度にしか思わなかった。

ところが、その日から毎日可南子は悪夢を見た。

あのカラスだ。

小さな女の子の死体を一心についばんでる。

しかも、ご丁寧にも、その死体は日々損壊して行く。

日に日に、女の子の体は朽ちて行くのだ。

毎日悲鳴をあげて、飛び起きる可南子を心配して、夫は可南子に病院に行くように勧めた。

「お前、ダイエット、無理しすぎなんじゃないか?」

体ももう、痩せすぎるくらいに痩せて、可南子は衰弱しきっていた。

それでも、可南子はまだ満足しなかった。

「何言ってるのよ!私はまだ太っているわ!」

夫は可南子を完全に病んでると思った。

そして、その責任は自分にあると思い、無理にでも近々、可南子を医師に診せようと思った。

そして、今日も可南子は同じ悪夢を見ていた。

最近は悪夢を見るのが怖くて、眠らないようにしていたのだけど、3日も眠らないと限界は来る。

つい可南子はソファーでうとうとしてしまったのだ。

その日、カラスは女の子の頭部から脳を引きずり出し、全てを平らげてしまった。

脳はとてもリアルで白子のように綺麗だった。可南子は不覚にもそれを見て、言いようの無い

空腹感に眩暈がし、自分も口にしたいと思った。

その瞬間に、カラスの真っ黒な何も写さない目から涙が溢れた。

「おかあさん。」

カラスは泣いたのだ。

いつの間にか、可南子自身がカラスになっていた。

可南子は泣きながら、女の子を食べている。

ごめんね。ごめんね。

そうか。これが私の正体なのか。

そうだよ。

遠い昔、まだ飢饉だとか、そういう悲劇があった時代。

私達は飢えていたよね。

食べるものが無くなって、最初は飼い犬を食べたっけ。

お前はいやだと泣いたのだけど、生きるためには仕方が無い。

飢えは人から正常を奪う。

泣くことすらできないほど衰弱した娘を見て、骨と皮しかない体に、

私はむしゃぶりついだのだっけ。

頭を割ると、綺麗な白い脳が現れて、私は夢中でむしゃぶりついたのだっけ。

そうか、そうだった。

これが私の前世。

可南子はその日、眠るように死んだ。

心筋梗塞だった。

夫は悲しみに暮れ、可南子にすがり泣いた。

あなた、私、まだ生きてるの。

可南子はすがる夫に何も感情は持たなかった。

ただただ、わが子に食べられ続けるだけ。

黒い翼を広げ、降り立ったカラスは間違いなく、

私が食べたあの子。

永遠に私をついばみ続けるのだろう。

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