「ねえ、つくる?お前はいつになったら、孫の顔を見せてくれるんだい?」
田分つくるは、いつもの言葉にうんざりしていた。
母からの電話である。
「孫の顔も何も、僕には彼女すらいないよ。」
これもいつも通りの定型文である。
田分つくるという命名通り、彼の親は、田分家の子孫を彼が残すと信じてやまなかった。
もう生まれた時から、そんな期待を背負わされた身にもなってほしいと、つくるは常々思っていた。
決して容姿が悪いわけでもなく、女性から全くモテないわけでもない。
人並みに、初恋もあったし、好きな女の子と付き合ったこともある。
彼は普通の男であった。
最近では、結婚しない男というのが増えてきているが、田分つくるは、それともまた違った。
強いて言えば、結婚できない男。
潔癖症なわけでもなく、女性が嫌いなわけでもなく、もちろんホモでもない。
一つだけ、彼が人と違うところはと言われれば、それは色情を持たないこと。
彼は生まれてこの方、男性の生理現象に悩まされたことがない。
EDと言われてしまえばそうなのかもしれない。
好きな女性と居ても、まったくそういう気分になれないのだ。
どちらかと言えば、彼は好きな人の側にいるだけで良い。
付き合って最初のうちは良い。
しかし、付き合いも長くなると、女性は不安になるらしい。
自分には魅力がないから、手を出してこないのだろうか。
決してそんなことはない。
しかし、長年そんな関係が続かないのが人の不思議なところだ。
人というのは、子孫繁栄に向けてプログラムされているようだ。
子供は要らないという女性と付き合っても、やはりセックスレスというのは、女性にはこたえるようだ。
そうこうしているうちに、他の男に掻っ攫われていくというのが、今までの経緯である。
そんな田分つくるの前に、ある一人の女性が現れた。
もう見るからに、女のフェロモンがバリバリに出ているような女だった。
体つきも、胸は大きく、ウエストはくびれ、尻は大きく張り出して、実に男性好きのする体だ。
しかも、顔は官能的な要素である、厚ぼったい唇、アンニュイな瞳、おまけに口元にほくろまで。
エロスを贅沢にあしらった女体。街を歩けば、男は皆が振り向き、声を掛けたがる。
そんな女だった。彼女はそんな自分に自己嫌悪の念をいだいていた。
彼女もまた、つくると同じ、色情を持たない女だったのだ。
田分は運命だと思った。
彼女だけが、きっと自分を理解してくれる。
田分は、その女と付き合ってあっという間に結婚した。
田分は幸せだった。
初めて、自分と同じ価値観を持った女。セックスレスにも何も疑問を持たず、夫婦は仲睦まじかった。
ところが、周りはそれを許してはくれない。
特に、結婚に諸手をあげて喜んだ、両親は。
顔を見れば、孫、孫、とうるさい。
とうとう、嫁にまで圧力をかけてくるようになって、とうとうその女は出て行ってしまった。
田分は、ショックで激痩せした。
とうとう田分までノイローゼになりそうになった。
両親は困り果てて、ある女性に相談をした。
その初老の女は、隣の村では、イタコとして有名だった。
両親は、自分の価値観でしか、ものを考えない人たちであった。
男が、女に欲情しないのは、何か、つくるに悪い物が憑いているせいだと考えたのだ。
女は田分に憑いているという霊を自分に降ろし、除霊した。
その間、3日という日を要したが、田分つくるは、生まれ変わったように明るくなった。
以前と違い、全ての悩みが吹っ切れたような、どちらかと言えば、躁状態のようにも見えた。
3日後、イタコはというと、何だか疲弊して見えた。顔色が悪く、お礼を受け取ると逃げるように帰って行った。
その日から田分つくるは、うそのように絶倫男になった。
あちらこちらで、女遊びをし、今までの人生分を取り戻すほど、いろんな女と関係を持った。
そのおかげで、いろんな女から、妊娠を告げられ、両親はほとほと困ってしまった。
孫の顔を見たいとは思ったが、結婚しない女を孕ませろとは言っていない。
両親は、あらゆる女性に息子の不始末を詫び、償いをしなければならなくなった。
そして、10ヵ月後、除霊をしたイタコから連絡があった。
なんと、その女性も妊娠したというのだ。
両親は信じられない気持ちでいっぱいだった。
彼女は子供を産んでいた。
思わぬところで、彼らの願いは叶った。
「もっともっと、孫の顔を見たいだろう?父さん、母さん。」
両親は声にならない悲鳴をあげた。
作者よもつひらさか
ハルキスト激怒の問題作