長編6
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砂場の底

wallpaper:722

その日、タケシとマモル、ホノカの三人が、公園の砂場に深い穴を掘ることになったのは、ほんの偶然であった。

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タケシとマモルは兄弟で、同じ幼稚園に通うホノカとは、家が近所ということもあり、よく一緒に遊んでいた。

兄弟は仲が良かったが、ホノカの前では何かと競い合っていた。

木登り、早食い、虫取り、かけっこ。

それは本人たちにはまだ自覚のない、ホノカに対する淡い恋心に端を発していたわけだが、ともあれその日、彼らの対決の種目は砂場の穴掘りになりそうだった。

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「ホノカ、オレの方がすげえ深い穴を掘れるんだぜ」

タケシが自信満々に言う。

「違うよホノカちゃん。僕の方がタケシより早く、深ーい穴を掘れるんだ」

マモルがホノカの手を引いて言う。

少女は二人に言った。

「ねえ、タケシくん、マモルくん。皆で一緒に穴を掘ろうよ」

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ホノカは兄弟が対決を始めると、いつも自分ひとりがぼんやりそれを眺めるだけになることが、以前から不満であった。

それに、いつも遊んでいるこの砂場の底がどうなっているのか、興味を持ったということもある。

別々に穴を掘るより、三人一緒の方がより深く掘れそうだ。

兄弟は顔を見合わせたが、少女がそう言うならと、素直にうなづいた。

三人を公園に連れてきた兄弟の母親は、砂場から離れたベンチでママ友たちと世間話に花を咲かせている。

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はじめ、タケシががむしゃらに掘り始めようとしたところ、マモルがそれを止め、木の枝で砂の上に直径三十センチほどの円を描いた。

「この丸の中を掘っていくんだよ」

二人が掘って、ひとりが掘った砂を脇に運ぶという役割分担を、マモルはてきぱきと決め、あとの二人はそれに従った。マモルは要領が良い。

三人はしばし、黙々と作業に没頭した。

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砂場の砂は、表面付近は乾燥して白くさらさらしていたが、掘るにつれ、次第に水分を含んだ黒いものに変わっていった。

彼らが肩まで穴に突っ込んで掘らなければいけないほど、穴が深くなったところで、タケシが声を上げた。

「なんだこれ」

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三人が穴の底を覗きこむと、ぶ厚いビニールが砂の中から顔を覗かせていた。

さらに掘り進めると、それはビニールに包まれた何かであることがわかった。

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男の顔面であった。

砂場の穴の底から、大人の男性の顔が、ビニール越しに子供たちのことをじっと見つめていた。

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「お、」

ホノカが小さく息を飲んで、口を押さえた。

頬から汗の粒が流れる。

マモルはそんなホノカの横顔を見ていた。

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shake

「アンタたちー、なにやってるのー?」

その時、ちょうど兄弟の母親が声をかけてきた。

タケシが興奮しながら立ち上がり、母親にこのことを告げようとした瞬間、

shake

「なんでもなーい!」

マモルが先に声を上げた。

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ホノカが、思わずマモルの顔を見る。

マモルは黙ってホノカを見返す。

風が吹き、公園の立ち木の葉がざわめいた。

ややあって、少女は無言でうなづいた。

そんな二人を見て、タケシも言葉を発せなくなってしまった。

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三人は穴を埋め返すことにした。

穴の底の男の顔の上に、どさ、どさ、と砂をかけていく。

男は砂をかけられる度に、うっとうしそうに顔をゆがめ、パチパチとまばたきをした。

そして、その唇は文句を言いたそうにモゴモゴとうごめいた。

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しかし、それらはすべて気のせいだった。

男の顔は、砂の下にすぐに見えなくなった。

砂場をすっかり元通りにすると、最後に目印の木の枝を差して、彼らはその日、家路についた。

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………

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………

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………

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ホノカを家に送ったタケシとマモル、そして兄弟の母親は、帰り道の途中でコンビニに立ち寄っていた。

外はすでに暗くなっていたが、店内はギラギラとした照明でまぶしいくらい明るい。

母親がレジに並んでいる間に、タケシはマモルに話しかけた。

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「なあ、アイツ、誰なんだ?」

お菓子を眺めていたマモルがゆっくり振り返る。

「アイツ?」

「アイツだよ!砂の中にいたアイツは誰なんだよ。ホノカも、マモルも知ってる奴なのかよ」

「知らないよ。知らない人だよ、僕はね。でも――、

ねえタケシ、怖かったりする?」

タケシは顔を真っ赤にする。

「はあ?怖くねーし!あんな顔、ちっとも怖くねーし」

「そっか。

ねえ、今日はシマシマンのオモチャ貸してあげるから、一緒に寝ていいかな」

そう言ったマモルの手は、小さく震えていた。

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…………

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…………

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…………

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「ねえ、ママ」

ホノカは、キッチンで夕食の支度をしている母親の背中に話しかけた。

「なあに?ご飯だったらもうちょっと待ってね。お腹すいた?」

軽やかな鼻歌が聞こえる。

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「ねえママ、おじちゃんはどこに行ったの?」

鼻歌がピタリと止まり、母親はコンロの火を止め、ゆっくり振り向いた。

背の低いホノカに目線を合わせるために、背を曲げる。

逆光になった母親の顔は、にこやかだった。

「おじちゃんはね、お家に帰っちゃったって、ママ言ったわよね?」

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ホノカの言う「おじちゃん」とは父親の弟のことだった。

謹厳実直な兄に対して、彼は軟派な性格をしており、大学時代の友人にベンチャー企業設立の話を持ち掛けられ、多額の出資をした後でその金を丸ごと持ち逃げされ、借金取りから逃れるためにホノカの家にやってきた。

半年前のことだった。

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おじちゃんはホノカに優しかった。

いつも家にいて、ホノカとよく遊んでくれたし、遊びにだって連れていってくれた。

両親が留守の時には、よく一緒にお風呂に入って遊んだ。

おじちゃんはホノカの身体をくすぐるのが好きで、ホノカはケラケラ笑っていた。

お風呂から出て、彼はホノカの髪をバスタオルで拭きながら、

「今日、おじちゃんとお風呂で遊んだことは、ママたちにはナイショだよ」

そう言って笑っていた。

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おじちゃんは、先日から姿が見えなくなった。

ママは「お家に帰ったのよ」と言っていた。

おじちゃんの家には、以前に何度か遊びに行ったことがあった。彼がホノカの家に転がり込む前の話だが。

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そして、彼の家は砂場の底ではない。

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ホノカは、その疑問を母親にぶつけていた。

瞬間、母親が見知らぬ人の顔に変わった。

それほど、彼女の表情が変わったということだ。

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以前、家族で古い温泉旅館に行ったことがあった。

風呂場に続く長い廊下に、様々なお面が飾り付けてあった。

「これはヒョットコさんで、これはオジイさんだよ」

父親はホノカの身体を腕で持ち上げて、お面を見せながらひとつひとつ説明した。

その中に、今の母親の表情に似たものがあったことを、少女は思い出していた。

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「怖いねえ?これはハンニャだよ」

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shake

「どうして砂場で遊んだりしたの!

ママ言ったよね?砂場はワンちゃんとかネコちゃんたちのトイレになってたりするから、汚いから遊んじゃダメだって!

ああもうどうして……、タケシくんとマモルくんのお母さんが連れて行ったの?あの人ホントに……っ!

おじちゃんを見たの?

そのこと誰かに言った?

ホノカひとりで見たの?

タケシくんとマモルくんも見たのね?

そう……、そうなのね……。

いいホノカ、おじちゃんはそんなところにいないのよ?

明日もタケシくんとマモルくんと遊ぶの?わかったわ」

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ホノカの顔に唾を飛ばしながら、母親は一気に話すと、電話をかけに行った。

キッチンにはホノカひとりが残された。

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………

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翌日、タケシ、マモル、ホノカの三人は、砂場で穴を掘っていた。

昨日、目印の枝を刺したところだ。

三人の手には、子供用の薄いゴム手袋とプラスチックのスコップが握られている。

三人の顔は陰鬱だ。

嫌々ながら掘っている。

止めたいと思っても、彼らの背後に立つ、ニコニコ顔のホノカの母親が、手を止めることを許さなかった。

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shake

「タケシくん、マモルくん。昨日ホノカと砂場で面白いもの見つけたんだって?

オバさんも見たいなあ。

はい、これ、手袋とスコップ。砂場の砂は汚いから直接触っちゃダメよ?

そう、ちゃんとつけて。

じゃあ、昨日掘った場所をもう一度掘ってみましょうか。

オバさんにも、その人にご挨拶させて?」

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空はどんよりと曇っており、今にも雨が降りだしそうだった。

時折、肌寒い風が吹いてくる。

三人は泣きそうな顔で、黙々と砂を掘った。

やがて、穴の深さは昨日と同じくらいになった。

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「いない……」

マモルが言った。

タケシもホノカも顔を見合わせた。

昨日と同じ深さまで掘ったのに、そこにそれはなかった。

厚手のビニールに包まれた、陰鬱な表情の男の顔は。

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「ねえー三人とも。穴の中にいた男の人、見つかった?」

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子供たちの背後から、ホノカの母親の、煮詰めたハチミツのように甘ったるい声が響いた。

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こわいよ、いろいろ怖いよ(´・д・`)

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