16年08月怖話アワード受賞作品
長編7
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10年飴

会社の後輩、有理子さんの話。

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有理子さんが10歳の誕生日を迎えた夏、お祝いを兼ねて、ご家族4人でキャンプに行ったそうだ。

楽しい1日を過ごした夜、有理子さんはおかしな夢を見たと云う。

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夢の中で、有理子さんはご家族と、その夜泊まったバンガローで楽しい団欒を過ごしていた。

妹さんと仲良く興じていたのは、『口の中の飴玉を、誰が一番長く舐めていられるか?』という単純で子供らしい遊びだ。

飴勝負に勝って、ご満悦で振り向くと、お父さんが外から誰かを招き入れているのが見えた。

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手に持った荷物を玄関の脇に置き、物も言わずに出て行ったのは、有名宅配メーカーの制服を着た人影だったという。

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キャンプ場の貸し出しバンガローに宅配……

その違和感を除けば、別段変な所は見受けられなかったそうだが、有理子さんは何故か「あの人は、入れてはいけなかった!」と思ったという。

そしてその思いは、箱の中身を目にした時、より大きな不安へと変わる。

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届けられた荷物は、赤黒い小さな虫が数匹入った、大きな瓶だったそうだ。

その虫が時折、蛍の様に光を放つのを見て、有理子さんは不吉な物を感じた。

考えが纏まらないまま両親に促され、床に就いた有理子さんだが、眠りに落ちそうになる寸前に、何故か虫に対する答えがパッと浮かび上がったという。

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それは、

あの虫は、何かが通る為の目印である事。

あの虫がいると、何かがここにやって来てしまう事。

その何かを事無き様にやり過ごす為には、あの瓶を絶対に開けてはならない事。

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有理子さんはガバリと起き上がり、慌ててベットから下りたが……

時既に遅く、お父さんが瓶を開けて中の虫を殺してしまっていた。

泣きながら今浮かんだ考えと早急な避難を訴える、有理子さん。

だが所詮は子供の言う事……なかなか両親には伝わらず、家族が混乱する内に、森の中から太鼓の音がドーンドーンと聞こえ出し、徐々に近付いて来たと云う。

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流石に両親も顔色を変えて、有理子さんに隠れる様に指示をした。

有理子さんは咄嗟にバンガローの造り棚の中に逃げ込み、夢中で息を殺したそうだ。

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だが、1人で居ると不安に耐えられなくなってくる。

我慢できずに、棚の中からそっと外を盗み見ると、部屋の中央に父と母……その2人に挟まれる様に妹が身を寄せあい、震えているのが見えた。

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その周りを幾つもの黒い影が取り囲み、左右にユラユラと揺れているのが分かる。

影に本体は無く、ただぼんやりと漂っている様に見えたという。

よく見ると有理子さんの家族の正面に、着物の女が立っていた。

ハッキリとは聞き取れなかったが、静かな口調で何故案内虫を殺したのか……責めている様だ。

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その女が不意に振り返り、造り棚の有理子さんを見た。

有理子さんは、心臓が音を発てて早くなるのを感じたという。

『……嗚呼…もう1人おったなぁ…』

静かで、おっとりとした口調の呟きが、とてつもなく恐ろしかった。

歯の根が合わない……ガチガチと音を発てて震える。

その様子を見透かしているかの様に、女は細く嗤うと片手を上げて、ゆっくりと有理子さんを手招いた。

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それを見ている内に、有理子さんの中に突然、強い意思が芽生えたと云う。

それは、

「悪い事をした時は、素直に謝らなければならない!!謝まれば、きっと許して貰える!!」

という子供特有の道徳心だった。

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覚悟を決めた有理子さんは、女の前に進み出る。

女の顔も見ないで土下座をすると、声を張り上げたそうだ。

「ごめんなさい!!許して下さい、お願いします!!」

何度も繰り返し、謝り続けると、目の前の女が有理子さんの肩に触れた。

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『お前さんは、利口なんだねぇ…そう言えば、事の道理に気付いたのも、お前さんだけだったねぇ………』

……ならお前さんに、家族諸とも生き残るチャンスをやろうねぇ………。

そう言って女がゾッとする程、艶やかに笑ったそうだ。

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女は椅子に有理子さんを座らせると、有理子さんに優しく語り掛けた。

『お前さん達は、さっき飴玉を長く口に含んで居られるか競争してたろう?…この飴をずっと口に入れてたら、お前さんとその家族を見逃してあげようじゃあないか…』

差し出された飴は、大きくて、ベッコウの様な色をしていたという。

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有理子さんはこの勝負に強くて、いつも1番長く舐めている事が出来たので、自分の堪え性に自信があった。

この話を聞いた時も、内心でこれで助かると安堵し、快諾したそうだ。

しかし、有理子さんが飴を口に含むと、女はにこやかだった表情を一変し、恐ろしい目で有理子さんを睨むと、とんでもない事を言い出した。

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『……では10年、飴を口に入れていろ。』

10年…そんな歳月、1つの飴を舐め続けるなんて、とても無理だ。

そう言って、抗議しようとした時…世界がぐるりと回る感覚がして、長い悪夢から目覚めたという。

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バンガローのベットで目覚めた有理子さん。

窓の外からは、既に起き出していた家族の、和気あいあいとした楽しそうな話し声が聞こえてきた。

モソモソと起き出し、支度を済ませて外に出ると、ちょっとした騒ぎになった。

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有理子さんの左頬が、まるで【コブ取り爺さん]のコブの様にプックリと腫れ、触るとコツコツと音を発てそうな程、固くなっていたのだ。

そのコブは、外見より更に大きく咥内に腫れ上がっていた。

朝食を食べ様にも、口の中に飛び出した腫れ物のせいで、上手く噛めないどころか、味までおかしく感じたと有理子さんは語る。

ボロボロと食べ物をこぼす娘を見て、ご両親は早々にキャンプを切り上げ、病院に向かったそうだ。

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病院で検査したところ、コブは悪性の物では無く、簡単な切除手術で取れると診断された。

手術跡も残らないと聞き、ご両親は胸を撫で下ろしたが、有理子さんはそうではなかった。

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有理子さんの顔を見て驚いた看護師が、

「大きな飴を食べてるみたいね!」

と言った事で、夢の約束を思い出したからだ。

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10年間…飴を口に入れ続けろ…それが出来たら、家族とお前の命を助けてやる…

幼いながらも有理子さんは、このコブこそが10年口に入れ続けねばならない“飴”なのだと悟ったという。

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手術すれば、コブは簡単に取れる……しかし、肝心の有理子さんが絶対にコブを取らないと言い出し、ヒステリーに暴れ出した。

普段、大人しく手の掛からない子供だった有理子さんの変貌に、ご両親は当惑したという。

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最初は切るのが怖いだけなのだと思っていたご両親は、優しく説き伏せていたそうだが、余りに頑固な娘の態度にお父さんがキレて、

「勝手にしろ!」

と怒鳴り出した。

結局、悪性では無いのだし、不便だからすぐに切る気になるだろう…友達に笑われたら、すぐに切りたくなるだろう…とその場での切除の話は流れた。

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約束を破らずに済み、胸を撫で下ろした有理子さん。

しかし……それからの有理子さんは、地獄の日々を送る事になる。

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女の子の顔が、【コブ取り爺さん】になってしまった……それだけでも、精神的苦痛は大きかった。

道を歩けばジロジロと好奇の目を向けられ、近所のオバサン達は無縁量にどうしたのかと嗅ぎ回る。

クラスメイトには馬鹿にされ、からかわれ、それが発展して起きた苛めは、有理子さんの性格にも影を落とした。

それでも有理子さんは、切除に踏み切れなかったという。

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やがて中学生になり、多感な時期を迎えても、有理子さんはコブを守り続けた。

苛めはより苛烈な物に変わり、暗くオドオドとした性格となってしまった有理子さんは、教師にも疎まれる様になる。

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だが……有理子さんが1番辛かったのは、家族から理解して貰えない事だった。

何度、夢の話を訴えても、家族にしてみれば『所詮、夢の話』でしかなく、そんなものを信じて、治る物を治さない有理子さんは、愚鈍で間抜けな存在でしかない。

特に彼女のコブのせいで一時期、同様の苛めを受けた妹さんは、有理子さんを言葉汚く罵り、疎んじていたという。

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そうして、世間の冷たい視線にも、家族の「切れ!」「手術しろ!」という言葉にも、実力行使にも堪えきり、遂に10年目の夏を迎えた、有理子さん20歳の誕生日。

その日は珍しく家族全員が家にいて、どういう気まぐれか……久しく無視され続けていた、有理子さんの誕生日をお祝いしてくれる事となった。

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誕生日ケーキも用意され、蝋燭に火を灯し、部屋の明かりを落とした時……………

ずっと俯いていた妹さんがガバッと顔を上げ、白目を剥いて口を開き、

『………口惜しや………』

と、妹さんの声ではない声で言ったという。

その言葉が終わらない内に、蝋燭の火にユラユラと揺れる妹さんの影が、一瞬巨大な女の顔になった。

その顔は有理子さんを睨み付け、すぐに消えたそうだが、妹さん以外のご家族全員が目撃したという。

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更にその時、もう1つの怪異が起こる。

ご両親の目の前で、有理子さんのコブが、プスーッと空気が抜けるみたいに、消えたと云うのだ。

有理子さんは……震える指先で左頬に触れ、何もない事を確認すると、10年分の涙を流して泣いたという……。

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「今思い返すと、妹が1番「コブを切れ」って煩かったんですよ…」

有理子さんは、すっかり癖になってしまった、俯き加減で顔を触りながら語る。

「……私達を殺したかったあの女性が、言わせてたのかなぁ…とも思いますね……。」

妹さんはあの日以来、少し情緒不安定になっていて、カウンセリングに通っているそうだ。

ご両親はというと…

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「…20歳の誕生日の数日後に、今のマンション契約してきて実家を追い出されました…妹の事も、あの日怖い思いをしたのも、全部私のせいだと思ってるみたい…」

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……ずっと会ってません…

有理子さんは、泣き出しそうな顔で笑い、最後に真顔で付け加えた。

「…もし今、あの夢をもう1度見て、同じ条件で飴を口に入れる事になったら……私は躊躇わずに、その場で噛み砕いて、全てを終わらせると思います…!」

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有理子さんが、10年間舐め続けた飴。

家族の[命]は溶けずに残っても、[絆]は溶けて無くなってしまった様だ。

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おもしろい!の一言です。
やけにリアリティを求めて有名な話の二番煎じになっているようなものばかりですが、非常に引き込まれて読んでしまいました。
次回も楽しみにしております。

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階段師さん、夜分に失礼します。
作品、素晴らしいの一言に尽きます!
怖い!何より不幸の上のまた不幸… 家族を守り抜いた結果がこれとは…
昔何かで聞いた黒魔術みたいなものを思い出しました。
階段師さんも他の皆様もほんとに文才があり羨ましい限りです。
今後、自分の作品の勉強にもなります!
ありがとうございました!

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