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百物語 【第九十七話】

僕がご披露する最後のお話は、とても長い物になります……

…………考えてみると、百物語というのは愚かな行為ですよね……自ら怪異に遇う為に、こうして夜更かしをするのですから……巷ではポストと話したり、人の毛をむしる男の都市伝説が出始めた様ですが、自ら怪異に遇う様な行いは、危険が伴う事を覚悟しなくてはなりません……

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第九十七話

【逆さかごめ】ー我妻君の話ー

大学を卒業する、少し前の事です。

既に就職内定も頂いていて、卒論も無事にクリアした俺は、友人の博也と2人でラウンジに座り込み、暇だ暇だとボヤいていました。

そこに前に飲み会で知り合った同期の由貴乃が、声を掛けてきたんです。

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『我妻君達、暇ならウチのサークルの卒業イベントに参加しない?』

……つまらない奴と思われるかもしれませんが、卒業と就職の決まった身で、危ない話は御免だと思いました。

躊躇していると、それに気付いた由貴乃が、イベントの概要を話し出したんです。

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『変なイベントじゃないよ!心理学の実験だよ!』

由貴乃の話では、サークルは心理学を研究しているもので、卒業前に大掛かりな『オカルト心理学』の実験をやるというものでした。

一体、オカルトの実験とは何なのかと問うと彼女は笑って答えたんです。

『逆さかごめ……って知ってる?』

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【かごめかごめ】という遊び……ご存知ですよね?

由貴乃の話では【逆さかごめ】は、あの遊びを改良した降霊術なんだそうです。

やり方は、まず前提として【鬼】は置かない。

最初に正規の【かごめかごめ】をやるんですが、唄い始めに最後の歌詞である『後ろの正面、だぁれ?』を付けて、唄うんだそうです。

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後ろの正面、だぁれ?

かごめかごめ

かごのなかのとりは いついつであう

よあけのばんに つるとかめがすべった

後ろの正面、だぁれ?

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【かごめかごめ】では、それまで【鬼】を中心にクルクル回っていた参加者達が唄い終わりで、その場にしゃがんで【鬼】が自分の後ろにいる人を当てる……しゃがまない所もあるみたいですが、大体こんな流れですよね?

【逆さかごめ】の場合、唄い終わりで手を繋ぐ参加者全員が、輪の中心に一斉に背を向けて、しゃがむんです。

そして輪の中心に背を向けたまま、立ち上がる。

両隣の人と手を繋いだら、今度は最初と反対周りに回りながら、唄を逆にして唄うんです。

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後ろの正面、だぁれ?

つるとかめがすべった よあけのばんに

いついつであう かごのなかのとりは

かごめかごめ

後ろの正面、だぁれ?

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俺も、やってみて初めて気付いたんですが……思ったより、違和感無く唄えませんか?

他の遊び歌で試しに逆さ歌もやってみたんですが、圧倒的に【かごめかごめ】がやり易いんですよ。

…………すいません、話を【逆さかごめ】のやり方に戻しますね。

【逆さ歌】で回り終えたら、今度は内側……輪の中心を向いてしゃがみます。

ここまでが1回分で、今の行程の途中で抜ける事は出来ません。

そして内側を向いてしゃがみ込んだ時……輪の中心に居ない筈の【鬼】がボンヤリとでも見えた人、或いは音を聞いたり……何かしらの怪異に遭遇した人は、この時点で【逆さかごめ】から離脱します。

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【鬼】が見えなかった人は、もう一度今の行程を最初から繰り返すんです。

そうすると輪の大きさがドンドン小さくなっていくんですよ。

手を繋いで回る人が、抜けていってしまうから。

最終、4人~3人になったら、輪の中心の【鬼】に触れられてしまう、オカルト的にはマジでヤバイって言われてる遊びだそうです。

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でも由貴乃達はそれを、心理学の実験として行うのだと言っていました。

要するに、意味あり気な歌詞の唄と単調な動きからくる、集団催眠だという検証をしたいというのです。

『お願い!どうせなら、サークルに所属してない人のデータがあった方が良いじゃない?』

正直、あまり乗る気になれなかったのですが、連れの博也は乗り気でしたし、由貴乃は可愛いですから……格好つけたかったのもあって、参加する事にしたんです。

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イベントは広い集会場で行われました。

集まったのは20人……裏方を勤めるサークル関係者を合わせると、30人以上いたのだと思います。

最初に発案者である由貴乃と、主催者であるサークルの代表だという柊野という男から、今回のイベントの主旨と、ルールの説明がありました。

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【逆さかごめ】のやり方は、先程お話した通りです。

途中、何かの違和感を感じてリタイアしたい参加者は、挙手をして【かごめ】の輪から離脱します。

そのまま一言も発する事をせず、パーテンションで区切った控えスペースで、何を見たのか……感じたのか、詳細を書き出してから、隣の部屋に用意された休憩所で待機してもらう……という内容の説明でした。

要は、誰かと話してイメージを共有する事のない様にしたい……って事です。

唄は、間違えたり詰まったりするのを防止する為に、予め録音してあって僕ら参加者は、その曲に合わせて、唄えれば唄ってくれればいい……柊野の説明がそう締められると、いよいよ参加者が手を繋ぎ、実験が始まりました。

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最初の1回目……逆さ唄の所までの1ターンが終了した時は、其処らかしこから笑い声とざわめきが上がりました。

外を向いたり、中を向いたりがなかなか揃わず、お互いの失敗を笑い合う余裕があったからです。

俺も左隣の女の子が、ブツブツと『本当に危険なのに……』とか、『やっぱり集まって来てる……』とか真剣な表情で言っているのを、博也と2人で面白がっていました。

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『皆さん、静かに!実験は始まったばかりですから、ゆっくりやりましょう!』

柊野代表の呼び掛けに、再び【逆さかごめ】が始まります。

2回……3回……そして……参加者の息が合ってきた、4回目のターンが終わった時です。

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『イヤァアァァァ!!女の子が!女の子がいるーッ!!』

突然、左隣の女の子が、聞くに耐えない雄叫びを上げて、両腕を振り回し始めました。

繋いだ手を堅く握ったまま、頑として解こうとしないので、俺も肩が抜けるかと思うほど引っ張り回されたんです。

『シーッ!!黙って!静かに!!!』

慌てて飛んできたサークルのメンバーによって、羽交い締められた女の子は、集会場から連れ出されました。

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後に残された参加者の間には、ザワザワと落ち着かない空気が流れましたが、柊野代表が落ち着き払った声で、彼女が自称・霊感少女だという事、普段から言動がやや怪しい事を告げると会場に失笑が湧き、更にもう一度『何かを感じたら、静かに挙手』というルールを念押しすると、参加者の間も一応の落ち着きを取り戻したのです。

しかし、5回目以降の【逆さかごめ】では徐々に挙げられる手が増していき、12回ほど繰り返した頃……気が付くと、残っていたのは俺と博也……そして主催者でありながら、参加していた由貴乃の3人だけになっていました。

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ふと気が付くと、柊野代表の姿がありません。

どうやら俺らが【逆さかごめ】をしている最中に、他のスタッフに呼ばれて退室した様子だったのですが、会場に残ったスタッフの態度がどうも変だったんです。

何というか……動揺している様でした。

その内、1人のスタッフが俺らと手を繋いだ由貴乃の元へ、歩み出したのですが……それより早く、由貴乃が俺と博也に話し掛けてきたんです。

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『ねぇ……どうせこれが最後だから、音楽無しで一緒に唄ってやらない?』

俺らが何か言葉を返すより早く、

『いくよ?……せーの!!』

掛け声と共に、由貴乃がリードを取って回り始めました。

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後ろの正面、だぁれ?

かごめかごめ

かごのなかのとりは いついつであう

よあけのばんに つるとかめがすべった

後ろの正面、だぁれ?

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後ろの正面、だぁれ?

つるとかめがすべった よあけのばんに

いついつであう かごのなかのとりは

かごめかごめ

後ろの正面、だぁれ?

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逆さ唄に入って背後を向いた時、驚愕の表情で会場に飛び込んで来た柊野代表と、一瞬だけ目が合いました。

何か言っている様でしたが、それを遮るみたいに唄と回転の速度が心持ち速くなり、慌てた俺は【逆さかごめ】に集中する様にしたんです。

『……後ろの正面…だぁれ?……』

最後の一小節を唄い終えて、クルリと向きを変えた時…………人1人立てるかどうかの輪の中心に………“形容し難きモノ”が“有りました”。

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それは、捏ねた粘土を無造作に積み上げた感じの……例えば円柱の柱が、強い熱で原型を留めないほどドロドロに溶け出した……オブジェの様に見えました。

その物体の全体がドクンドクンと脈打って、微かに震えていたのを見たと思います。

ドロドロと細かな層で構成されたボディに……無数の“クチ”が付いていたんです。

荒れた男の物やプルプルの女性の物、ングングと何かを吸っている様な小さな口や、モゴモゴと絶えず動く皺だらけの口……明らかに人の物ではない平たい口や、嘴何ていうのも付いていました。

それが一斉に、

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『だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?』

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……と騒ぎ出すのを網膜と鼓膜に焼き付けながら……

俺の意識はプツンッと途切れてしまったのです。

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目を醒ました時、集会場の床に転がされてたのには参りました。

体のあちこちが痛くて……気を失った時に、強かにぶつけたみたいです。

水揚げされた鮪みたいに、隣に博也が並べられてノビてたのには笑っちゃいましたけど。

俺が起きた事に気が付いた、柊野代表が謝りに来てくれて、博也が目を醒ますまで集会場の床に座って、何故こんな事が起こったのか、一体何が起こったのか……2人で話し合いました。

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…………え?……うーん、冷静だった訳じゃないですけど……目の当たりにした光景が、あまりに現実離れしてたので、頭が受付けなかったんじゃないかな?

どこかボンヤリした感覚で、受け答えしてましたから……。

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そもそもの始まりは、サークルのOBから聞いた怪談だったそうです。

元々、心理学サークルだった事もあり、集団催眠だと笑い飛ばす人が多い中、由貴乃が検証実験を提案したと聞きました。

直ぐに皆、面白そうだと話に乗ったそうですが、最後まで反対したOBからは2つの警告を受けたそうです。

『1度始めたら、逆さ唄が終わるまでの1ターンは絶対に止めるな。』

『どうしてもやるなら、3人になった時点で終了しろ。』

勿論、その2つは守るつもりで、検証実験は始まったのだと柊野代表は語ります。

実験はサークルの外から参加者を募り、その中に1人だけ仕込みを入れて、始める筈でした。

なんと俺の左隣の女の子……最初に『女の子がいる』と騒いで、リタイアした彼女が仕込みだったそうです。

適度な所で幽霊騒動を起こす事で参加者に、『女の子の幽霊』を印象付ける事が目的で、それにより集団催眠に陥り易くなった参加者から、リタイアする人が出た時に『女の子の幽霊』の目撃者が多数出れば、【逆さかごめ】の集団催眠は立証出来る……というのが、実験の本当の形でした。

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ところが……実験が進むに連れて、予想外の事が起こった様です。

慌てた様子のスタッフに呼ばれて、柊野代表が控え室に行ってみると、そこで見せられたリタイア組のアンケートには、『クチが浮いてた』『唇が沢山並んでた』『黒いモヤに唇がイッパイ張り付いてて怖かった』等、仕込みで使った『女の子』とはかけ離れた内容が書かれていたのだとか。

柊野代表も流石に不気味に思い始めた時、集会場のスタッフから、

『由貴乃が暴走して、残り3人で【逆さかごめ】をやっている!』

という、連絡を受けて慌てて会場に戻ったそうです。

俺が最後の【逆さ唄】で見た、柊野代表の姿はこの時の物でした。

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3人が輪の中心を見詰めたまま固まり、ゆっくり崩れ落ちるのを見て、慌てた柊野代表は【逆さかごめ】を教えてくれたOBに連絡、驚いたOBが対処法を教えてくれたお陰で、

俺達はこうして事なきを得て生きてきました。

…………でもですね……

見えるんですよ……時々……

駅のホームの柱や、会社の壁……家に続く道端の電柱や、店のガラス窓……至る所に張り付いている“クチ”“口”“唇”……

その存在に気付くと、いつも聞こえるんです……

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『だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?だぁれ?』

……って…………ああ……関係あるか分かりませんが……昨日………が死にました……先週の……に続いて……俺、またご葬儀行って来ます…………ご相談したかったのはこの事です……どうしたらなくなるんですかね……今……目の前のテーブルに張り付いている……その煩い“クチ”……

【了】

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