中編7
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連続殺人鬼

主人が人殺しです。もう、元主人ですね。

もしかしたならば、まだどこかで、殺しているのかもしれません。

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ある夜、私たち夫婦は、車で出かけました。

私たちの住む町は、1番近いコンビニであっても、車で行かないと不便なのです。

お恥ずかしい話ではございますが、私が夜中に、車を動かすのが不安だったのです。

だって、そうではありませんか?

道は見通しが悪く、人気はないのです。不安にならない方が難しいというもの。

気弱だった主人は(敢えて、主人と呼びたいと思います)渋々ながらも、私の買い物に付き合いました。

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買い物を済ませ、私たちは帰路につきました。

道中、何やら道でうずくまってる方がおりました。

「酔っ払いじゃないの?」主人はそう言い、スピードを落とし、パッシングを行いました。

全くの無反応でした。

気分が悪いのか、退っ引きならぬ事情がお有りか。

「救急車呼ぶ?」私は言いました。

「良いじゃん。最悪、俺たちが連れてこう」主人はそう答え、車を停めると、うずくまってる方へ近づきました。

有り体に申せば、余り興味がありませんでした。

私は助手席から、降りることもなく、ケイタイ(当時は、スライド式ですらないタイプでしたが、若い方はご存知ないでしょうか?)を触っておりました。

主人がかける声が、詰問の如くなった時、おかしな違和感を覚えました。

主人が声を荒げる、またはその直前に至る所なんて、初めてだったのです。

すると、うずくまっていた方は、既に立ち上がり、主人をただ見下ろしておりました。

高い身長も、曲がった背中も、無精髭も珍しくはないでしょうね。

ただ、どこを見てるともわからない、虚ろな目を、主人にジッと向けていました。

ただ黙っていたのか、主人だけが口をきいていたのか。その方の声は、一言も聞こえることは、ございませんでした。

異様な雰囲気を感じたので、私も降りて、声を荒げ始めた主人を、なだめようとしました。

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ドアを開けた瞬間、強烈な匂いが、鼻をつきました。

何かが腐ったような、そんな匂いでした。

いつからお風呂に入ってないのか、想像するのが、はばかられるほどの年数なのは、きっと間違いないでしょう。

途中、主人は急に悲鳴をあげ、相手の方をつき飛ばし、あろうことか、顔を蹴り上げたのです。

相手の方は、およそ助からない方向に、首が曲がっていました。

私は何が起きたか、理解する事ができず、ただただ座り込む事しか、できませんでした。

被害者の方を見ると、手には、ペーパーナイフのような物が、握られていました。

主人は腕を抑え、苦悶の表情を浮かべていました。

刺されたのです。

とにかく、とにかく警察を。ただただ、その一心でありました。

そして、何とか、どうにか、110番をし、待っていました。

もしかしたら、生きていらっしゃるのでは?そう思い、脈を取ろうと、手を取りました。

その手の冷たさは、私を絶望させるには、十分でした。

主人はポツリと、ようやく口を開きました。

「ダメだった?」私はただ、頷きました。

「こいつ、声かけても聞いてなくてさ、ようやく立ち上がったと思ったら、俺のこと刺したんだよ!驚いて反撃したらこのざま」

確かにこの方は異常です。異常ですが、つき飛ばしてすぐに(わざとでないからこそ)トドメを刺す主人にも、薄ら寒い物を感じました。

「あーあ、これから先、一緒にもう居られないねー」

どこか無理して、呑気な声を出そうとする主人と、先ほど咄嗟に人を一人殺めた主人。

同一人物とは思えず、その落差にただ口を噤んでおりました。

田んぼのあぜ道、何もありません。

そんな日に限って、空は透き通り、星々がはっきりと見えました。

ふと、主人を見ると、私と同じく夜空を眺めていました。

サイレンが近づき、終わりが見えてきました。

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「何も動かしてないね?」

「轢いた訳ではないんだ?」

「刺されたの!?どうして?」

当日、後日、日をまたいで質問攻めにあいました。

しかし、奇妙な事を聞くのです。

「死体はどうしたの?」

てっきり警察で保持した、と思ってたのですが、無くなっていたらしいです。

経路を全て話させられ、状況説明を何度も要求されました。

そして出た結論は

「道端の人間と口論になり、暴行を加える。失神を死亡と勘違い。

相手方も、刺した負い目からか逃走、被害者も不在の為、不起訴処分」

という事でした。

私たちは、目が点になりながらも、泣きながら喜びあいました。

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しかし、主人も私も確認しました。

二人の意見は、一致しています。

「あれは、確かに遺体だった」

私が手を取った際、生気を失い、温もりと弾力を失っていく手応えは、未だ残っています。

仮に生きていたとしても、頚椎がネジ折れた状態で、歩行なんて可能でありましょうか?

仮に可能でも、警察も含めた、私たちの目を盗んで、立ち去るなんて不可能でしょう。

遺体の行方は、すぐにわかりました。

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ある夜、私たちが眠っていると、石が飛び込み、窓を叩き割りました。

二人とも飛び起き、すぐに外を見ました。

消えたハズの彼でした。

虚ろな目、曲がった背中、遠くとも届く、腐ったような匂い、無精髭。全てが、覚えていた通りでした。

私は激しく取り乱し、ひたすら閉じこもっておりました。

主人が『全てを』済ませ、私を呼びました。

「ほら、こいつが持ってたナイフだよ。見覚えある?」

「顔はもうわからないけど、髪型と髭はわかるね?」

どこを見てるともわからない目で、淡々と同一人物の証拠を重ねていきました。

「家まで来られたし、警察呼ぶ?」

私は無駄ではないかと思いました。

あの時と同じで、また現れるのではと、そう思ったのです。

「そう、なら俺が済ますから、君はお休み」

私はその決心よりも、有無を言わせない雰囲気に気圧され、承諾しました。

周りに人気は全くなく、殆どが空き家です。

そうであっても、堂々と庭で血抜きに入る主人には、とてつもない恐怖を覚えました。

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夜明けに少しだけ眠り、目を覚ましました。

実は夢だったのでは、主人ももちろん、私もあり得ない判断を、繰り返した夜でした。

しかし、主人は『作業』を終え、新聞紙を何重かに包んだ物を、ゴミ袋に詰め、それを車に積み込んでいました。

「埋めてくる」そう言って、出発しようとしていました。

私も行くと伝え、車に乗り込みました。

主人は少しだけ、困ったような顔をし、何も言わずに車を出しました。

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移動中、何も会話は、ありませんでした。

「この辺かな」主人はポツリと言い、車を停めました。

二人で何度か往復し、埋められそうな場に集め、穴を掘りました。

何時間掘ったのでしょうか。

深さ1メートルほどになり、土の質が変わり、横に広げ、十分なサイズとなりました。

袋を開け、ゴロゴロと転がしました。

やっぱり死んでいる。

既に恐怖はなく、どこか安心していました。

そして穴を埋め、ゴミ袋を燃やし、帰宅しました。

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その日から、主人は明らかにおかしくなっていました。

何かをぶつぶつ言ったかと思うと、ふと遠くを見てるような顔をします。

明らかに不潔になり、仕事も辞めました。

夫婦の会話は、全く無くなっていました。

恐らく私も、おかしかったのでありましょう。

貯金を崩しながら、ただ日々を過ごしていました。

寝室も分けて寝ていたのですが、唐突に揺り起こされました。

主人が私を見てるのか、見てないのか、どちらとも取れない顔つきで、ボソボソと言いました。

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「来る」

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気力を失っていた私は、特に思う所もなく、曖昧な返事をしておりました。

主人に、押し込まれるように車に乗り、山へ向かいました。

彼を埋めた地です。

そこは掘り返されておりました。

ただボンヤリとついていった私は、また、彼を見ました。

待っていたのか、車でつけていたのか、彼はすぐに現れました。

主人は、まるで私が寝過ごした朝、朝食を作るかのように、淡々と手際よく済ませました。

掘り返されていた穴に、彼を乱雑に放り込み、土を被せました。

全てが色褪せ、何も感じなくなっていました。

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また無言の車内を過ごした後、帰宅した瞬間、電話が鳴りました。

いつもなら無視していましたが、たまたま手が届くから出たのです。

「あー久しぶりー元気しとうと?連絡もよこさんと何しとるん?」

母からの電話でした。

突然、正気に戻ったのです。

今まで、私たちがどれほど罪深い事をしたのか、自覚しました。

涙が溢れ、全てを、一つ残らず洗いざらい伝えたくなったのです。

しかし、どれ一つとして伝えられない事を自覚し、更に涙があふれました。

母が心配し、全てが済めば帰省する事を約束し、電話を置きました。

主人はいつからいたのか、ずっとそばに立っていました。

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「別れよう」

主人は、電話が済んで最初に言ったのが、これでした。

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「俺らは、もうやめられない。あいつは俺だけを追ってる。実は外に出た時に、何度か会ったんだ。

別れよう。家も何も全部売ろう。それでお義母さんのところに帰りな。大したお金にならないけど、新しい生活を始めな」

主人は時々私を見据え、そしてまた虚ろな目をして、そして私を見据え、何度か繰り返しながら、私にそう伝えました。

私は何かを言おうとしましたが、主人はまた虚ろな目になり、ボソリと言いました。

「じゃあね」

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そこで、ようやく理解する事が、できたのでした。

腐ったような匂い、何を見てるのかわからない虚ろな目つき、どちらも彼と同じである事。

恐らくは、同じ何かに、なろうとしてる事。

あるいは、既になったのでありましょうか。

そして助けられない事。

抜け殻になった、主人を見捨て、全てを巻き上げ、私は去りました。

今もまだ、主人はずっと、抜け殻のままでございましょう。

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怖い…というより悲しいです。最後まで妻の身を案じたご主人も、元凶である「彼」の来し方がどうしてこうなってしまったのかも…

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