長編9
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倍返し呪法

「 いらっしゃいませ。 ここに御来店いただいきましたということは、よくよく深い業(ごう)をお持ちのようで・・・わたくし、店主でございます。 お悩みの解決のお手伝いをさせていただきます。」

「 呪術屋とはどんなものかと入ってみただけなので、あまり期待されても。」

「 いえいえ、普通の方では、当店を見つけることはできません。

 そうだ、初めての御来店なので、特別に当店で一番貴重な品をお目にかけますよ。

 どうぞ、こちらに座って、お待ちください。」

 店主は、2つの大きな傷の入った置物を出してきて、私の前のテーブルに置いた。

「 手に持って願い事を言うだけで、3つまで願いがかなう品です。 すでに願い事を2つかなえてしまった中古品ですけどね。 いわくがありまして。

 恋人に死なれた女が、死んだ男をよみがえらせてほしいって、願ったそうです。

 そしたら、男が墓場から帰ってきたんです。 ところが、男はゾンビ状態で。

 慌てた女が次の願い事を言ったんですが、それが全然かなわなかったと。

 このあたり、これを作った妖術師の悪意を感じますね。

 願い事は3つまでかなうんですが、1人は1つまで。 つまり、願い事をかなえてもらった人は、もうダメなんです。

 ゾンビ男は、死んでから何も食べていなかったので、腹をすかせてました。 結局、女は食べられてしまったんですよ。

 満腹になった男は、落ち着いたので、置物を手に取って願いました。 自分をちゃんとした人間にしてほしいと。

 これで、2つ願いをかなえたので、置物に2つ傷がついているわけです。

 で、1番目の願いでよみがえり、2番目の願いで普通の人間に戻ったのが、ここにいる私でございます。」

「 ・・・・。」

「 まあ、いわくの方は冗談ですがね。 でも、置物の妖力は本物で、値段がつけられないほど貴重な品なんです。

 使い方も難しくて・・・力を使えば反動を受けるのが呪物というものですけど、何でも願い事をかなえてしまうとなると、どこからどんなダメージを受けるのか予想がつきませんね。 ちょっとした願い事のつもりでも、廃人同様にされてしまうとか。」

 店主は、ちらと私の目を見た。

「 こういう難しいのを使わなくとも、最近では、人を呪うにお手軽なグッズが出回っています。」

「 別に、人を呪いたいなんて、言ってませんよ!」

「 皆さん、最初は、そうおっしゃいます。」

 店主は、テーブルの上から置物をどかし、ノートを置いた。

「 これが、よく出ます。 お手軽タイプも色々ありますが、最近売れるのは、このノートタイプばかりです。 流行なんですかね。

 使い方は簡単。 1ページに1人、死んでほしい相手の名前を書くだけです。

 あとは、同姓同名もいるので住所とかも書き込んでおくことや、1ページに複数の人間を書かないことに注意するぐらいですかね。」

 どこかで聞いたような話で、効くとは信じ難い・・・

「 呪法としては、古くからあるものです。

 昔のわら人形なんかで、人に見られないように神社で何日もくぎを打つなんて話は、粗悪品をごまかすための言い訳ですよ。 効かないのは、あなたのやり方が悪いってね。

 まともな呪物なら、すぐに効果が出ます。 使ったとたんに、反動で死んでしまった人だって大勢いるんですから。 そうそう・・・」

 店主は、小さな手鏡を持ってきた。

「 これも必需品です。 小さくとも、高級魔術がかかっています。

 相手に呪いを放つと、反動で、同じ呪いが自分に返ってきますが、これは自分に来た呪いを相手側に反射させる呪物なんですよ。 つまり、自分へのダメージは無くなり、相手への呪力は2倍になる、ということです。

 これを、呪いがかなうまで、肌身離さず持っていれば大丈夫。 ノートに記入するときも、忘れないように気をつけてください。」

 店主は、私の顔を見た。

「 では、ノートと手鏡、お買い上げでよろしいでしょうか?」

 私は何も言えなかったが、店主は、私を見すかしていたようだ。

 店主は、ノートに手を置き、ムニョムニョと何かつぶやいてから、私に言った。

「 当店の初めての御利用なので、今回はノート1ページのみ使用するということで、ノートも手鏡もタダにいたしましょう。 ノートの2ページ目以降は、一時的に使用できなくしましたので、お使いになりたくなったら、また御来店ください。」

 店主は、ほほえみながら、私を見送った。

「 きっと、どれだけお金を払ってもいいからノートを使わせてくれって来られるでしょう。」

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 私には、はっきり敵がいた。 最初は嫌な奴だと思うぐらいだったが、そいつはとんでもないゲスだった。 私の恋人に手を出して、そのくせ、私の方がそいつの女に手を出したと中傷を垂れ流した。 また、私の仕事に口をはさんできて、ぶち壊したこともある。

 私は、機会をとらえては、そいつをこき下ろしてやったが、まったく気が晴れなかった。 人の目が無かったら直接手を下していただろうが、殺す価値もないようなゲスだと自分に言い聞かせてやり過ごしていた。

 しかし、人を呪い殺せるノートと、自分を呪いから守る手鏡を手に入れたのだ。 殺す価値もないようなゲスに試すなら、おあつらえ向きだ。

 翌朝、私は、呪いが返ってきても大丈夫なように、手鏡にひもを通し、ネックレスのように首からつるした。 そして、ノートにそいつの名前を書いた。

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 その翌日は、休日だった。 新聞を広げると、昨日、建設現場から鋼材が落下し、そいつがケガをしたという記事が載っていた。 命に別状は、ないらしい。

 記事を読んでいると、スマホに電話がかかってきた。 出てみると、あの呪術屋の店主だった。

「 番号は教えていないはず・・・どうやって調べたんですか?」

「 そこは、呪術屋ですので。 ノートを使われたこともわかりますよ。 首尾はどうでしたか?」

 何でもお見通しのようなので、正直に答えた。

「 事故でケガをしたと、新聞にあります。 命に別状はないようですが、効果はあったということですかね。」

 少し間が空いた。 店主の口調が重くなった。

「 失敗ですね。 相手も鏡を持っていたのかもしれません。 質の悪い品だったので、ケガをしたのでしょう。 ただ、鏡だとするとやっかいです。 呪いの大部分が反射されています。 こうなると、あなたと相手の間で、呪いがずっと行き来することになります。 行き来すると、呪いはどんどん強力になってゆくのです。 相手が何もしなれば、次の機会で相手が死んで、呪いは消えるでしょう。 ただし、知っていれば防御を補強してくるはずです。 その場合、手鏡が先に壊れて、あなたが死ぬかもしれません。」

 ・・・何だって? どうすれば・・・

「 呪いの波動は、流体が当たってくるように感じることが多いようです。 この感じがしたときは、防御が破られる前兆だと思ってください。 もし、手鏡がひび割れたら、破滅寸前。 完全に割れれば、死です。

 応急措置を教えましょう。

 あなたの姿がうつるものなら、ガラスでも何でも結構ですが、あなたの姿をうつしながら、サインペンで呪文を書くのです。 そうすれば、手鏡を補強する力が生じます。 呪いで壊されても、書き続けてください。 たくさん書けば、とりあえず何とかなるでしょう。」

 呪文を教えてもらい、電話を終えたとたん、ピシッという妙な音が聞こえた。

 手鏡を見ると、ひび割れてはいなかったが、薄く線が入っていた。

 私は、ぎょっとしてスマホを自撮りモードにし、液晶にサインペンで呪文を書いた。

 そして、洗面所の鏡、ガラス、はてはアルミホイルにいたるまで、家中の、少しでも自分の姿がうつるものに、呪文を書きまくった。

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 しかし夕方には、呪文を書いた窓ガラスがことごとく割れて、風が吹き込むようになった。

 冷たいと感じたが、原因はそれだけではなかった。 目に見えない、冷たいスライムのような流体が、肌にまとわりついて来たのだ。

 スマホは、呪文を書いたところから割れて、使えなくなった。 とにかく、呪文を書いたものは、すべて壊れてしまった。

 呪文のところだけが砕けていた洗面所の鏡に、もう一度書いてみようとした。 ところが、鏡をのぞくと、自分の姿のほかに、血の気のない女の姿が映っていた。 私は一人暮らし。 こいつは誰だ。 女がにっと不気味に笑ったとたん、鏡がすべて砕け散った。

 薄暗くなった部屋には、見知らぬ人影がたくさんうごめいているのが見えてきた。

 足がない者、向こう側まで透けている者・・・

 死期が近付くと死人が見えるようになる、という話がある。 もはや助かる道は、あの呪術屋に駆け込むしかない! いつの間にかひびが入った手鏡と、呪文を書くためのサインペンだけを持って、私は家を飛び出した。

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 呪術屋に向かう途中、時間稼ぎで、他人のものでも自分の姿がうつるものには呪文を書いた。

 車のミラー、ガラス、道路のミラー、建物の窓ガラス・・・・

 自分の姿をうつすたび、家で見たような怪しい人影がうつり込むようになった。 そして、その数は、だんだん増えていった。

 呪文を書いたとたんに、ガラスやミラーが割れてしまうことも多くなった。 知らない人から見れば、私が割っているように見えただろう。

 声が聞こえるが、私にどなる人の声か、亡者の声なのか、区別がつかない。 そんなところまで追い込まれていた。

 まとわりつく見えないスライムのせいで、動くのも困難になってきた。 それでも、私は必死だった。手鏡が割れる前に呪術屋にたどり着く、それしか頭になかった

 そんなわけで、繁華街にさしかかったが、もはや人の目などまったく気にしていなかった私は、ショーウインドーのガラスに呪文を書いた。

 さすがに、これはまずかった。 ショーウインドーのガラスが次々と割れていくので、群衆が騒然となった。 犯人を捕まえようと、何人かが私に向かってきた。

 もみ合いになったとき、道路の構造を無視して、とんでもないところを走ってくる乗用車が目にとまった。

 何だ? ものすごいスピードだ! 歩行者をはね飛ばしながら、こちらへ向かってくる!

 すさまじい悲鳴・・・

 暴走車は、人をなぎ倒しつつノーブレーキでショーウインドーまで突っ込んだ。

 強烈な衝撃と音・・・

 これが、増幅された呪いの恐さ。 私は、手鏡のおかげで何とか避けることができたが、周囲は巻き込まれ、大勢死んだ。 死ななかった者も、倒れたままだ。

 こんなことがあっても、冷たいスライムの感触は、私に残っていた。

 呪いは、まだ消えていない。 呪文を・・・書かなくては。 私は、ふらふらと立ち上がった。

 周りを見渡すと、事故でひどい状態になっていて、書けるところがない。

 そのとき、歩道にあおむけに倒れている青年を見つけた。 放心状態で、目は開けたままだった。 瞳を見ると、私の姿がうつった。 よし、ここに書こう。

 ギャアという悲鳴があがった。

「 やめろ! 凶器を置いて、手を挙げろ!」

 知らぬ間に、警官が私に銃を向けていた。

 勘違いだ。 私が持っているのは、凶器じゃなくてサインペンだ。

 説明しようとしたとき、発砲音を聞いた。

 流体の感触が無くなり、私は力が抜け、気が遠くなっていった。

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 私が死んだと思ったら、大まちがいだ。 まだ生きている。 ただし、ずっと病院にいるが。

 呪術屋の店主とは、もう一度だけ話ができた。

 私は、一生退院できないくらいの、深刻な精神的外傷を負ったらしい。 今後は、付き合いはできないと言われた。

 呪いが消えたのは、警官の威嚇発砲の手元が狂い、ノートの相手を即死させたためらしい。

 もちろん偶然ではなく、どんどん強力になる呪いに対し、私も相手もやられる寸前だったそうだ。 わずかな差で相手が死んだが、私の方が撃ち殺されていても不思議でなかったと。

 それにしても、あの店主、なぜ呪術屋をやっているのだろう。 商売といっても、私から金を取らなかったし、金に執着している様子もない。

 ん? 前言撤回だ。 今、ノートを見返したら、いつの間にか1ページ目にスタンプが押してある。

「魂、領収いたしました」 と。

Concrete
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