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長編10
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数獲るー怨塊ー

「……い……もしもーし!おい、阿部!」

「はっ!ヤバッ!すみません!ボーとしてました。」

阿部は大学の研究室で助教授に呼び掛けられていた。

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伊藤が失踪してから一週間が経つが、未だ行方知れずの状況が続いている。阿部は最後に見た伊藤の姿を忘れられず、彼女への手掛かりを探り、清掃会社の社員から伊藤の自宅を聞き出していた。後は彼女の自宅を訪ねるだけだが、その勇気が無い。伊藤の夫の事は彼女との話で聞いてはいたが、阿部にとって伊藤はアルバイトの仕事で時折顔を合わせるだけの関係。阿部の話に伊藤の夫は不信感を覚えるのではないか、何と声を掛けて良いものかを彼は頭の中で堂々巡りをしていた。

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助教授を適当にやり過ごし、その日の授業を終えて帰路に着く。

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(これでいいのだろうか……)

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伊藤の失踪という通常有り得ない状況が、阿部の中の日常に疑問を生じさせ、これまで生きて来た足跡を想起させる。久々に午後明るい時間帯の帰宅途中、阿部は客も疎らな電車内の座席に座り外の景色を眺めながら、過去を思い返していた。

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物心ついた時には養護施設で生活をしていた。その生活が阿部にとってごく当たり前であると同時に、朧げで断片的な記憶の欠片がかつての家族という存在を認識させていた。小学生低学年の頃、里親が見つかり程なくして養子縁組がなされ、阿部という姓を授かる。心の何処かで元の親に対する興味を抱いていたが、幼い頃からの夢である研究員を目標に勉学に励む日々。養子に入った家は、年配で温厚な両親が彼を大切に育ててくれたが、決して裕福な家庭ではなかった。

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高校生になると志望の大学へ行くため、家族の生活費を稼ぐためアルバイトに明け暮れていたが、勉強は疎かにはせず成績は常に上位を維持していた。都心の名門大学への入学はその後の生活費と父の入院費用の工面のため、アルバイトで生計を立て一年浪人をしての入学となった。

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(これで、いいのだろうか?)

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もう一度心の中で呟く。

大学院の生活も終わりに近づき、研究員としての夢は間近だが、過去の一部に靄がかかった様な感覚に人生の帰路にも靄がかかる気がする。阿部はこうして時々自問を繰り返しながら、これまで生きて来た自分ではしなかったであろう選択肢を選ぼうとしていた。

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電車内の窓から見る外の景色は晴れ渡り、街並みは彼の決断を催促する様に視界に広がる。停車した駅に降りたのは、半ば衝動的ではあったが不思議と後悔はしていない。伊藤の住む街の駅に阿部が足を踏み入れるのは初めてだった。伊藤の自宅住所が書かれたメモを見ながら駅を出て歩く阿部の足取りは重く、これから起こり得る得体の知れない体験に恐怖と期待が混在する。

伊藤の自宅は一階が診療所で二階が自宅になっていて、診療所の入り口には休診中という札が掛かっていた。

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「はい……」

インターフォンを押すと、受付と思しき若い女性の声が聞こえる。伊藤宛に訪ねて来た旨を話すと、直ぐに入り口の扉が開き男が出て来た。

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「おぉ、お前さんがシン……あ失敬、阿部君だね。早苗から話は聞いているよ」

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男は長身でスタイルが良く、清潔感がある紳士といった印象があり、伊藤とは似つかわしくないなと阿部は思った。

「初めまして。伊藤さんの様子が気になって、近くまで来たものですから訪ねて来ました。突然お伺いしてすみません」

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「まぁなんだ、立ち話もアレだから中入りなよ」

伊藤の夫は桂二と言い、彼に言われるがままに阿部は診療所の中に入っていった。昼下がりの診療所には、医者である桂二の他受付の若い女性しかいなかった。桂二は待合室のソファに腰掛け、隣のスペースを阿部に座る様な仕草をする。阿部が軽く頭を下げてその硬いソファに座ると、桂二はさて、とゆっくり話し始めた。

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「早苗が世話になったみたいで、ありがとうな。若いのにしっかりしてるって、お前さんの事褒めていたよ。まぁ、急な事だったし俺も警察の便りを待つしかなくてね。早苗は最後何か言っていたかい? 」

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「ええ、伊藤さんと最後に会った日は、清掃会社の仕事に一緒に入っていました。彼女は数を数えるとかの怪談話しを僕にしてきて、仕事の途中でふらっと何処かへ歩いて行ってしまいました。仕事も終わっていましたし、特段気にしてはいなかったのですが、その後出社されないので社内は混乱が起きていました。僕は伊藤さんがいなくなった理由として、どうしても気になる部分があったので、旦那様へお話を伺えればと思い訪ねさせていただきました」

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阿部は早苗が失踪した当日の様子を桂二に話すが、彼は驚いた様子もなくさも当たり前の様に話を聞いていた。阿部は早苗が失踪している現状にも関わらず、陽気で飄々とした桂二の様子に、元からの性格なのか計算しての態度なのかが解らず困惑していた。阿部が話し終えると、桂二は急に阿部に顔を近づけ、低く静かな声で一言告げた。

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「実はな、俺は早苗が何処に居るか知っているんだ」

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「ええ。……えっ!? ヤバッ! 何でですか? 警察にも届け出を出しているんですよね? 一体何処に居るんですか? 」

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急な一言に阿部は状況が飲み込めないまま、矢継ぎ早に桂二に尋ねる。桂二は阿部から顔を離し人差し指を口に付けしーっと言い、続ける。

「まぁ、驚くよな。俺もお前さんに何処から説明しようか迷ったんだが、信用出来ないとアレだからさ。早苗から聞いていた通りの阿部君だから大丈夫そうだ」

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いいか? と桂二は語り出す。

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「お前さんの前から早苗が姿を消したあの日、俺はいつも通り診療所で仕事をしていたんだ。夕方には仕事を切り上げて二階にある自宅に帰ると、リビングの机の上に手紙が置いてあって、手紙にはこう書いてあった」

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桂二は早苗が鈴木と話した事、“数獲る”の呪いやその真相、手紙の最後には暫く家を空けるけどごめんねと記されていたと話した。

「捜さないで、てやつかとも思ったんだけども、内容がアレだから愛想尽かされた訳でもないしな。ああ、それとこれ昨日届いた手紙だ。俺宛には無事であることが書いてあったんだが、もう一通お前さんに渡す様にと同封してあったんだ」

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桂二が便箋を阿部に手渡す。それを受け取りながらも、阿部は桂二が話した内容を必死に理解するよう努める。荒唐無稽で現実離れした内容に、どこかで予感していた事が現実に起きたという異様な感覚を覚えていた。阿部は恐る恐るその手紙に目を落とす。

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“ヤッホー! しんちゃん久しぶり! 元気? アチシは元気だよー。 急に消えてゴメンね。この手紙を読んでる頃には、旦那から数獲るの話を聞いた後かな。アチシね、しんちゃんの前から姿を消した後、鈴木さんがしんちゃんの事を付け狙う可能性を考えて密かに行動してたの。鈴木さんの事を監視していたら、彼女案の定夜中にしんちゃんの家に行ったわ。

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鈴木さん、アパートの一階にあるしんちゃんの部屋の窓に張り付いていたけど、急にそこから離れてフラフラと歩き始めたの。近くの公園まで歩いたところで、公園内のベンチにグッタリと座って動かなくなったわ。アチシは鈴木さんの近くに寄って、安否の確認をしたけど鈴木さんはもう……丁度巡回中のお巡りさんが来て声を掛けたけど、慌てた様子のお巡りさんが応援を呼んだり、救急車が来たりして、騒がしくなり始めたところでアチシその場から離れたの。

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これで終わったと思った。でも終わりじゃ無かったのよ。次の日迷惑をかけた会社に、謝罪と復帰をしようと電話をしたら、社長が出て鈴木さんの訃報と彼女の祖母から会社宛に電話があったと話されたの。

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『彼女のおばあちゃんから連絡があったんだが、何故か伊藤さんへ言づてを頼まれてね。その内容がさっぱり分からなかったが、何かわかるか?

まだ終わっていないよ。石はまだあるんだから。だとさ。』

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アチシはもうドキッとして目眩がしたけど、社長には惚けた調子で暫く仕事を休ませて欲しい事と、アチシと社長の間柄で何とかこのまま行方不明という事にして欲しいと頼んだの。それこそ必死にね。理由は鈴木さんが公園のベンチでグッタリとしていた時、安否の確認をしていたら、彼女の手に握られた“忌石”とメモ紙が目に入ったの。アチシ、気が付いたら彼女の手から石と紙を奪い取っていたわ。メモ紙には神社の名前と住所が書いてあった。

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実はアチシ、今その神社にいるの。この手紙をしんちゃんに宛てたのは、桂二としんちゃんでこの神社まで来て欲しいからなの。アチシの一生のお願い。桂二やしんちゃんにも危険が迫っていて、それを回避するにはしんちゃんの力が必要なのよ。詳しい話は会ってから話すね。それじゃ待ってまーす!”

(危険が迫っている? 鈴木とかいう人の婆さんに狙われてるってこと? 伊藤さん、この場所にいるのか……)

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手紙から目を離し呆然としている阿部を見た桂二が口を開く。

「その手紙、俺も見たよ。勝手に見て悪いな。まぁアレだ! 行ってみるしかないな。ははっ、よく分からんがお前さんがこの件に関しての重要人物みたいだな」

善は急げと桂二は出発の日を勝手に決めていた。連絡先をお互い確認した後、阿部は桂二の診療所を後にした。

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数週間後……桂二と共に旅に出るまでの準備期間は阿部にとってあっという間だった。学校の休学など簡単な手続きをするだけで準備に手間はかからなかったが、早苗からの手紙を見ても尚具体性を得ない現状とこれから向かうべき方向について、様々な憶測と疑惑を生み出していく。そう考えながら日々は過ぎていき、阿部が予感していた非日常が徐々に目の前に迫り来る中、旅の当日となっていた。恐怖と不安、そして期待が入り混じった桂二との旅は阿部にとって、唯一彼がお気楽な性格の持ち主である事が救いであった。

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「おー!こっちこっち!そっちはアレだから!こっち!」

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駅のホームに響くよく通る声の桂二が手を振っている。大声で呼ばなくとも、人混みの中で頭ひとつ出ているその体躯ではすぐに見つかる。

阿部は周りの視線にたじたじとしながら桂二のもとに小走りで向かう。阿部も長身のため、二人は駅構内の人混みの注目の的になっていたが、桂二は気にすることなく阿部に話しかける。

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「いやーはははっ! 遂にこの日が来たな。いい歳して修学旅行に行く気分だ。あ、いや失敬。なんだか早苗の手紙を見ても現実味を感じなくてな。お前さんも、同じなんだろ? まぁ考えすぎは良くないから、こういう時は気楽にアレした方がいいんだよ」

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阿部は桂二の事をやっぱりつかみどころのない人だなと思いながら答える。

「ええ、確かに僕もまだ現実に起こっている事なのか実感が湧きません。伊藤さんと会って直接聞くしかないですね。遠い場所ですが、夜には目的地に到着出来るので、明日伊藤さんと合流出来そうです」

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そう話していると、新幹線が到着した。

乗車後、指定席に腰を下ろすと同時に桂二がプシュッ! という音をさせながら、弁当を手渡して来る。

「えっ!? あぁ、すみません。新幹線のチケットを負担していただいて、お弁当まで……」

「ん?いーって。伊達に歳食ってないって事だよ。まぁ食べなよ」

桂二は缶ビールを飲みながら窓の外を眺め、旅を満喫していた。

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「もしぃ……アンタさん、ちょっと教えてくれんかねぇ。こん自由言うのは何処でもええんかの? 」

笑顔なのか、元からの顔なのか分からない程皺の多い小さな老婆が通路側に座る阿部に話しかけて来て、手には新幹線のチケットを持っていた。

「うん?此処は指定席の車両なので、自由席は隣の車両からですよ。このチケットですと……」

「あーわかったわかった! こんなばっちゃに親切にしてくれてありがとうねー。あだしは松言うんじゃ。あんたは? 」

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阿部ですと言葉を交わし老婆がそそくさと立ち去ろうとする際、ゴトッと何かを落とした。落ちましたよとその物を拾い上げようと腰を上げると、阿部はギョッとした。日本人形が仰向けに倒れていて、片方の眼だけ石が埋め込んである。阿部はその石に見覚えがあり、いそいそと歩く老婆が何者なのかを理解した。

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「お?どうした? 」

桂二が身を乗り出して覗き込もうとして来たが、阿部はその人形を拾い上げ石の部分だけ手で覆って桂二に見せる。その様子を伺う老婆の風呂敷の中に人形を頭からねじ込みながら、阿部は笑顔で老婆に話す。

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「先輩は骨董品マニアだからそれ見て眼の色が変わっちゃいましたよー、まったく。お婆さんも引き止められ無いうちに早く行った方がいいですよ。気をつけて。」

阿部は老婆に手を振りながら考えていた。

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(間違いない。あの人が鈴木さんの祖母だ。“忌石”も人形の目に入れて仕掛けて来た。辛うじて桂二さんには忌石を見せずに済んで、今の演技でこの老婆も騙せただろう。深追いをして桂二さんが石を見てしまってはいけない。せめて桂二さんだけでも生き残ってもらえれば……)

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次の瞬間、ズーンという重力と禍々しい黒く渦巻いた空気が漂いそれが阿部の中に流れ込んで来る。

「××」

阿部は確かに人の声で“その数字”を耳にした。キョロキョロと辺りを見回す阿部を見て、老婆はニタっと笑い立ち去っていった。

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「この“石”は前のとは違うからね。アンタさんもう終わりだよ」

そう言葉を残して。

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「その石は“怨塊(おんかい)”といいます。10人の呪術者の亡骸を石と共に一箇所に埋め一年後に石を取り出すと、忌石よりも恨みの強い怨塊という呪物が出来上がります。これを使えばこの石を見ただけで数獲るの呪いが始まり、物の音などではなく直接声で訴えかけて来ます。次の数字を声に出しても数獲るは永遠に終わりません。対象は100人で100日という期間があり、怨塊を持ち呪術者になると100日後、若しくは数獲るが成就した後に死が訪れます。かつてこの地を襲った“鬼”を封じた石とも言い伝えられています」

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神社の境内。漆黒の髪を靡かせた若く美しい宮司の話を聞く伊藤 早苗は、只々桂二と阿部の無事を願うばかりであった。

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おはようございます。
お元気ですか?

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