中編7
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マヨイ

これは会社で体験した話です。

まだ私が新入社員だった頃、多かった同期生は各々の店舗へ行き、私の最初の店舗には、自分を含め4人の同期生が入社しました。

「皆で会社を支えられる人になろう」

最初は同期の人達と、そんな約束をして、皆で目標に向かって頑張っていました。

同期生の内二人は経験者で、やはり覚えるスピードは早く、未経験の私ともう一人の同期生を引っ張ってくれるリーダー的な存在でした。

私と同じ未経験の同期生は、勉強熱心な人で、早く二人に追いつこうと頑張っていました。

私も同期生に助けて貰いながら、日々学び、頑張っていました。

新たな事を学び、知識の広がりに誰もが喜んでいました。

ですが、日が経つにつれ、私の気持ちに迷いが生まれてきました。

「この仕事をやっていけるのか」

「目標の会社を支えられる人に、私は成れるのか」

迷いが生まれた事で、私の勉強意欲は下がり始め、同期生との差は、広がり始めました。

差が広がり、徐々に不安も生まれた事で、私はいつしか、

「辞めたい」

と思うようになりました。

そう思いましたが、結局私は辞めませんでした。

なぜなら、同期生はもちろん、上司の方々が私を支えてくれたからです。

恩を感じる人は沢山いますが、その中の一人に、高橋さんという方がいます。

高橋さんは男性でアルバイトなのですが、勤続10年以上のベテランでした。

明るく元気な方で、仕事中はもちろん、休憩中でさえ笑顔を浮かべているような人でした。

そして面倒見も良く、負の連鎖に陥っていた私に寄り添い、相談に乗ってくれたり、励ましてくれたりしました。

私が遅い時間まで仕事があった日でも、待っててくれて、仕事を教えてくれたりもしました。

そんな高橋さんのおかげで、私は徐々にやる気と元気を取り戻せました。

「どうして高橋さんは、私の面倒を見ようと思ったのですか」

ある日、私は思いきって高橋さんに聞きました。

すると高橋さんは、

「俺が入社した時、とてもお世話になった人がいたんだよ。最初、俺は今よりも出来の悪い奴で、迷惑かけてばかりいた。でも、その人はそんな俺でも見捨てることはなく、支えてくれた」

「俺が今こうしていれるのは、その人のおかげと言ってもいいくらいで、いつか俺もその人のように誰かを支えられるようになりたいって思った」

「その人に少しでも恩を返せるように、俺が出来ることは全力でやろうって決めたんだ。だから、困っている人がいれば、手を差し伸べるようにしてるんだ」

「それに教えてた人が一人前になると、すごく嬉しいんだ」

そう言い高橋さんは笑っていました。

その話に感動した私は、

「私もいつか高橋さんのように、誰かを支えられる人になりたい」

と思いました。

「しばらくの俺の目標は、セラさんが一人前になることかな。だから、早く一人前になってね」

そう言う高橋さんの為にも、

「早く一人前になろう」

と、私は日々の仕事を頑張りました。

高橋さんのおかげで、徐々に仕事に慣れ始めた頃、私は書類整理の為、遅くまで残っていました。

私が整理の為にいる場所は、かなり大きめの部屋で、扉を開けると、まず広い通路が目の前に広がっています。会社の人は、大通りと呼んだりしています。

そして大通りを中心に、左右均等に書類棚が並んでいます。

書類棚との間に小さな隙間があり、手前から1番通路と呼ばれ、何か必要な書類がある時は、

「5番通路の奥辺りにあるから、持ってきて」

と頼まれることがたまにありました。

そんな場所で作業をしていたら、時間はあっという間に過ぎ、時刻は夜の11時過ぎになっていました。

「12時には帰ること。戸締り忘れるなよ」

と言い、帰っていった店長の言葉を思いだし、

「そろそろ帰らないと」

そう思い、私は片付けを始めました。

同じ体勢をしていたことで、凝り固まった身体を解しながら、大通りに目を向けた時、誰かが大通り奥へ歩いていきました。

一瞬の事だったので、顔は見えず、漠然とした影のみしか見えませんでした。

背の高い残像から、男性かなと思いました。

「店長が戻ってきたのかも」

そう考え、大通りに向けて、私は歩き始めました。

コツコツと私の靴の音が響きます。

「そういえば、さっき靴音聞こえなかったな」

そんなことをふと思いました。

ですが、その時私は深く考えず、

「きっと疲れて、聞こえなかっただけだろう」

と思っていました。

大通りにたどり着き、誰かが行った大通り奥へ視線を向けると、やはり人がいました。

「やっぱり男性だった」

と思うより先に、その後ろ姿で誰だかが分かりました。

「高橋さん」

少し大きめの声で名前を呼びましたが、気づかなかったのか、高橋さんは大通りを曲がり、書類棚の奥へ消えてしまいました。

高橋さんを追いかけるべく、私は後を追いました。

「どうして高橋さんがいるのだろう。今日は休みのはずなのに」

そう思いましたが、

「きっと何か急用を思い出して、会社の人を探しにきたのかもしれない」

と考えました。

高橋さんが曲がった書類棚の通路を見ると、やはり高橋さんは奥にいました。

「高橋さん」

もう一度呼んでみると、今度は聞こえたようで、高橋さんがゆっくりと振り返りました。

ですが、声をあげることもなく、此方に向かってくることもありません。

いつもの高橋さんなら、

「セラさん、いたの」

ぐらい声をかけてくれたり、笑いかけてくれたり、するはずです。

今は、高橋さんは俯いたままで、どんな表情をしているのかさえ分かりません。

高橋さんが私をわからないことはありえません。

少し不安に思いながら、私は高橋さんに近づきました。

私が近づいても、高橋さんは変わらず、俯いたままです。

表情を見ようと覗き見ると、高橋さんは今まで見たことがない無表情で、私には目を向けず、床の一点を見つめていました。

「高橋さん」

名前を呼んでも、肩に手を置いても、高橋さんは顔を上げてはくれません。

沸き上がる不安をなんとか抑えつつ、

「高橋さんだって、疲れていることがあるだろう」

と思うことにしました。

店長に言われた帰る時刻が迫ってきました。

それに、暖房を切ったことで、部屋はだんだん寒くなってきました。

当然、高橋さんを置いていくことは出来ません。

「高橋さん、そろそろ行きましょう」

そう声をかけ、高橋さんの腕を掴みました。

振り払われるかもしれない、もしかしたらついて来ないかもしれないなど、考えましたが、高橋さんは振り払うこともなく、腕を引けばついて来ました。

高橋さんの腕はとても冷たかったので、

「もしかしたら、外からすぐにこの部屋に来たのだろうか。確かにこの部屋以外電気は点いてないから、やはり会社の人に会いに来たのかな」

と、そんなことを思いました。

無言の高橋さんを連れて、とりあえず休憩室に入りました。

「高橋さん、ここで少し休んでいて下さい。私は片付けをしてくるので、気持ちが落ち着いたら、先に帰っててもいいですから」

そう言い高橋さんを椅子に座らせ、私は片付けに戻りました。

数十分もしない内に片付けを終え、帰る支度を整えた私は、休憩室に向かいました。

「もう帰ったかもしれないけど、まだ高橋さんがいるかもしれない」

そう思い、休憩室に入ると、部屋の電気は消えていました。

「帰ったのかな」

そう思い、部屋の扉を閉めようとした時、部屋の隅に何かが蹲っているのが、視線に入りました。

電気を点け、見てみると、高橋さんでした。

「高橋さん、帰りますよ」

そう声をかけ、近づくと、高橋さんが何かを言っていました。

よく耳を澄ましてみると、

「ごめん…ごめん…」

と繰り返していることが分かりました。

誰に謝っているのか、まったく分かりませんでした。高橋さんに謝られる事は何もなかったので、私ではない事は確かです。

「帰りましょう」

そう言い、また高橋さんの腕を引き、会社の出口に向かいました。

その間、高橋さんはついて来ながら、

「ごめん…ごめん…」

と繰り返していました。

会社を出ると、高橋さんは無言になりました。

戸締りを確認し、

「高橋さん、家まで帰れそうですか」

そう聞くと、高橋さんは首を縦に一回振り、家の方向へ帰り始めました。

「大丈夫そうだな。明日は元気な高橋さんに戻っているといいな。もし明日も元気がなかった時は、私でよければ、相談に付き合おう」

そうしばらく見守った後、私も帰りました。

翌日。

会社の事務室に向かうと、重苦しい空気が漂っていました。

「何か重要な案件があったのだろうか」

と思い、事務員さんに声をかけました。

すると、

「セラさん、話があるから、別室に来てくれる?」

と言われ、私は別室に移動しました。

「私なんかミスしたのかな」

そんな不安を抱えながら、着いた別室で聞かされた事は、自分が考えてた以上に、驚く事でした。

「昨日、高橋さんが亡くなった」

交通事故だったらしい。

夜の9時頃、病院に運ばれたらしいが、健闘虚しく、11時頃亡くなったらしい。

そう聞かされ、私はショックからしばらく放心していました。

「じゃあ、私が昨日会った高橋さんは…」

ふとそんな事を思いましたが、その時はそれ以上の事は考えられませんでした。

気持ちの整理が着いた頃、

「あの日の高橋さんは、一体誰に謝っていたのだろう」

と思いました。

答えは分かりませんが、会社の人達に謝っていたのかもしれません。それか、もしかしたら、私が一人前になる前に亡くなってしまった事に、謝っていたのかもしれません。

私は異動になり、別の店舗に配属となりました。

用事がある時しか、前の店舗を訪れる機会はありません。

ですが、噂などで話を聞くことはあります。

霊感がある人が、夜一人で作業していたら、自分以外誰もいないはずなのに、横切る影が見えたり、足音が聞こえたらしい。

誰もいない部屋から、男性のもののようなうめき声や、すすり泣く声が聞こえるらしい。

特に新入社員が入る、4月は多いとか。

面倒見の良い高橋さんが、彷徨っているのかもしれない。

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