中編5
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殺戮にいたる病

洒落た外観のアパート。影に身を潜めミチオは獲物の帰りを待った。

暫くするとコンビニの袋をぶら下げたヒトミが角を曲がりこちらに向かって来た。植栽の影に隠れヒトミが玄関のドアを解錠するタイミングで忍び寄る。

ドアが開いた瞬間に素早く近付き、金槌で頭を叩いた。そのまま玄関に押し倒す。うつ伏せに倒れたヒトミの後頭部をめがけて金槌を打ち落とす。

二回、三回と叩いたところで仰向けに返すと、まだ微かに呼吸をしているようなので、首に手をやり強く締めた。

完全に呼吸を止めたヒトミを部屋の中まで引きずり仰向けにする。

リュックからノコギリとナイフを取り出し、ヒトミの首にナイフをいれると、血が噴き出し部屋を赤く染めた。

しばらく切っていると骨にあたる。ノコギリにもち替え刃を骨にあてて引くが、最初はなかなか上手くいかずに手が止まったりした。しかし、小刻みに素早く引くコツを覚えるとヒトミの頭部は胴体から離された。

次に左手首の切断に入ったが、骨が太いのか思った以上に時間がかかった。

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ミチオが人を殺したいと考えるようになったのには理由がある。

幼い頃から親の虐待が当たり前の生活だった。

その日もなじられ、殴られ、薄汚れたカーペットに倒れていると、目の前をゴキブリが歩いていた。

ふいにミチオは横になったまま握り拳を作り、振り上げ、そのまま一気にゴキブリの背中に振り下ろす。

カーペットの上の潰れた姿を、自身の濁る目に映した時、ミチオの中に衝撃が走った。

こんなにも簡単に命を奪うことが自分にもできる。支配されている者がする側へと変わった時、自分は弱くないのだと心を震わせた。

それからは、親に虐待されるたびに、昆虫、小動物、猫、犬と、ミチオの殺戮はエスカレートしていく。

獲物を調達しては近所の山に入り、人が来ないような場所で、獲物の手足を折り、腹を裂き、臓物を引きだしては自分を嘆賞した。

獲物が大きくなるにつれ、自分が強くなると実感する。次第に、人を殺し解体して、腹を切り裂きたいと欲求が止まらなくなった。

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ヒトミが狙われた理由、それは、虐待を繰り返してきた親に少し似ていたという、ただそれだけである。

たまたま見かけた服屋の店員。ミチオとは口も聞いたことのない関係であった。

それならば、自分の親を殺せばいいと思うだろうが、幼い頃から恐怖の対象でしかなく、目の前に立つだけで身体は強張り上手く喋ることすらままならない、そんな状態で親を殺るのは今の自分には不可能に思えた。

だがいずれ、この世の恐怖と増悪の象徴である親をもいつか支配したいと、ミチオは常々考えていた。

その時の為のリハビリもかねての殺戮。

何人殺れば克服できるのか? 罪のない人達を何人殺せば真の支配者になれるのか? ミチオは頭を悩ませながらも、その表情には笑みが浮かんでいた。

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ヒトミの腹を裂いて内臓が顔を見せた時にミチオは今だかつてない興奮状態にあった。小動物などでは感じ得ない気持ち。

ミチオは切り落としたヒトミの左手をそっと取り上げ、股間にあてる。ゆっくりと、そして徐々に力強く、自分を慰めた。

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果てた後に残ったもの──虚しさだった。

結局、今までの殺戮は自分の快楽の為だけだったことに気付く。

安っぽい性的興奮と自己満足、たったそれだけ、親に復讐したいなんてことは大した理由ではなかった。

殺すこと、壊すことだけに自分は喜びを感じていたのだと知った。

いつから自分はこんな人間になったのだろう? 虐待される日々が自分を変えたのか? ゴキブリを潰した日? 生まれた時からそうだったのではないかと今は思えてしまう。

自分がまともではないことは分かっている。

今までの殺戮も、目の前にある見知らぬ人の無残な死体にさえ、なんの後悔も、罪悪感も、申し訳ないと思う気持ちなどこれっぽっちもないのだから。

だが、まともでないと分かっているのが唯一の救いなのか──

ミチオの頬に理由の知れない涙がつたう。

「くだらない──」

ミチオは右手でもったヒトミの左手をナイフと持ち替え躊躇なく自分の首に突き刺した。

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封鎖されたアパートの回りには数台のパトカーが止まっていた。

権田警部補はパトカーにもたれながら、煙草に火をつける。深く吸い込み豪快に鼻から煙を吐く、すると丁度佐々木刑事がアパートの部屋から青い顔を覗かせた。

「酷い顔だな」権田警部補は、しまったばかりの煙草を取り出し、佐々木刑事にすすめる。佐々木は口許に手をやり首を横に振る態度でそれを断った。

「......凄いっすね、刑事になって初めてですよ、あんなに非道い現場は......」

よくアレを見て煙草なんか吸えるなと感心と呆れ半々で権田警部補を見る。

「で、何か分かった?」

権田警部補の問いに、吐き気をこらえつつ佐々木刑事はメモを取り出す。

「えーはい、彼等の持ち物からですねぇ、

被害者──人見翔太、二十六歳。

被疑者──道尾梨香、十四歳。

道尾が人見を殺害、その後自決したとみられます。二人の関係は今のところ分かっていません。まあその辺はこれから調べていきます」

そこまで一気に言うと、ふぅぅと大きく息を吐いた。

「しかし、こんな恐ろしい事件が少女の犯行だなんて──」

メモに目を落としたまま佐々木刑事が独りごちる。

「馬鹿野郎!」煙草の煙を吐きながら権田警部補が怒鳴った。

「男とかなぁ、女とか、大人だ子供だなんて思い込みは捨てっちまえ」煙草を地面に落とし踏み消す。

「そんなものに囚われているとなぁ真実が見えない人間になっちまうぞ」

佐々木は、今年三十八歳になる自分より十も年下の美人警部補、権田小百合を目の前に妙に納得し、意味もなく敬礼をした。

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