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長編11
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亜種①

今から5年程前の話だ。

妹のスミレが、通っていた高校で喧嘩騒ぎを起こした。

スミレは当時高1。不良という訳では無いが、昔から割りとドライな性格で、女子特有の密な付き合いが苦手な子だ。だからグループに属す事は無く、常にクラスでも一匹狼だった。

だからなのか…次第にクラスや学年の中心的な生徒から目を付けられるようになり、とうとう放課後、同学年の女子グループの1つに待ち伏せをされ、因縁を付けられたのだ。

幸い、通りかかった先生が止めに入って喧嘩は収まったが、スミレもグループの女子達も自宅謹慎処分となった。

しかし…グループの子は3週間だったのに対し、6人の内の3人を平手打ちで殴って転ばしたという理由で、スミレは2か月も謹慎を食らったのだ。

喧嘩騒ぎを起こしたのだから然るべき、と最初こそ思っていたが…余りの処分の差に納得がいかず、「先に手を出した方が処罰が軽いなんて」と学校に抗議するも、「殴るのはやり過ぎ」の一点張りで…両親と私は、辛酸を舐めたような気持だった。

しかし、そんな私達の心配をよそに、スミレは「ウザい奴らに会わなくて済む」と、全く気にしていなかった。

むしろ暫く暇な時間が出来たと思ったのか…学校への未練など微塵も見せず、「早めに来た夏休み」を堪能していた。

昼近くに起きてバイトに行き、帰って来たら自室に籠りゲームと漫画。そして夕飯の後はまた自室に籠り、真夜中に風呂に入って寝静まるのは朝方…

スミレは少しずつ自堕落になり、両親も私も、見守る姿勢を保ちつつも、妹の将来を危惧していた。

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妹の謹慎から、2週間が経った頃だ。

当時すでに社会人だった私は、大学時代の友人の美織と、仕事の帰りに久々に再会した。

私達は積もる話もあって、駅前のファミレスに行き、他愛も無い愚痴や昔懐かしい話で盛り上がった。そして一段落ついてデザートを食べている途中…美織からある話をされた。

何でも、美織の妹が通っている高校で、最近ある「遊び」が流行っているというのだ。

その遊びの要領は、ほぼ「こっくりさん」と同じで、紙の上に五十音と「はい」「いいえ」を書き、上に印(こっくりさんだと鳥居のマーク)を書く。

そして数人で5円玉の上に指を乗せ、「こっくりさん」を呼ぶ、というものなのだが…上に書く印というのは基本何でも良くて、自由に決めて良いのだという。

更に、遊びの呼称も様々で…お気に入りの人や友達、クラスメイトや教師、恋人、アイドルの名前等…どう名付けるかは、遊ぶ人次第なんだとか。

例えば、山田という先生が居たとすれば、呼称は「山田さん」で、遊びの初めに「山田さん、山田さん、お入りください」と言う感じ。で…そうして呼んだモノに、お願い事を聞いてもらったり、気になる事を聞いたりして遊ぶのだそうだ。

ただ、印にするものは、自分の思い入れの強い物の方が成功し易いらしく、お気に入りのシールや、好きな芸能人の雑誌の切り抜きや、プリクラなんかを貼ったりしているのだとか。

「今時の子でもやるんだね…なんか懐かしいね」

「でしょ?でも今時らしくかなり自由じゃない?シールとか(笑)うちらの頃はさ、だいぶルール守ってたよね。途中で止めると呪われるとかでさ。まあ、あれって結局、誰かが指を動かしてたとかで、なんも無かったよね~」

「そうそう!1回だけやったけど、なんか悪趣味というか、縁起でもない事やってたなと思うよ。まあ子供だから出来たんだろうな、ああいう事」

私が中学生の頃にも、校内で流行っていたのを思い出した。だが結局、何か起こったとかそういう話は無く、一時的なもので終わった。

そして今、上の世代から話を聞いた彼女らも、単に昔の遊びを今風にして遊んでるんだろう…そう思った。だが…

美織の妹によると、その「遊び」が流行り始めた頃…校内で少し問題が起きた。

あるクラスの女子グループが、放課後、嫌いな子の名前でその遊びを始め、その子の悪口を散々言った末に、「不幸になれ」「苦しめ」等と言っていたら…なんと指が勝手に、「はい」の方向に動いたそうなのだ。

そして次の日…彼女達がその時の事をクラスで話していると、朝礼の際に担任から、その生徒が急な病気で暫く入院する為、休学する事になった…と伝えられたのだ。

「…まあ、多分偶然だろうし、真相は定かじゃないけどさ…なんか怖いよね。でね、その出来事が噂になって、『ガチのやつ』だって、ネット伝いにその遊びが広まってるみたいなんだよね…」

「怖っ…妹さんもやってるの?それ」

「いや、やってないよ。妹は怖いの苦手だし。でも…その、加害者の子達と同じクラスでさ、『次の標的が私だったら嫌だ』…って言ってたよ」

その後、また会う約束をして私と美織は別れた。

そして寝る間際…ふと私は、向かいの廊下の、突き当りにあるスミレの部屋に目を向けた。

スミレは知っているだろうか?いや…知ってても興味無さそう…まあ多感な頃って、危うい事考えるよな…まあでも、大して気に留めない様にしよう…

その時の私は、そう他人事に思っていた。

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美織と会ってから、3日後の事だった。

その日は珍しく仕事が早く終わり、帰宅するとまだ両親もスミレも帰っていなかった。

母からのメールでは、「スミレはもう帰っている」とあったのだが…玄関には、いつも履いている靴は無い。だからきっと、近所のスーパーかコンビニにでも行ってるのだろう…そう思っていた。

しかし両親が帰宅し、夜9時を回っても、スミレが帰ってくる気配がなかったのだ。

何度連絡をしても繋がらず、警察に向かう前提で、私と父はスミレが行きそうな場所を車で回った。

そして30分後…駅前ロータリー近くのネットカフェの前で、スミレはあっさりと見つかった。

だが、その状況に私は目を疑った。

スミレは、自身と喧嘩になったグループの1人…サヤカと一緒にいたのだ。

「事情を聞きたい」

サヤカは嫌がりも逃げもせず、大人しく私達の車に乗った。そして家に着いても、スミレの隣で無言のままお行儀良く座っていて…私にはそれが違和感しか感じられなかった。

何故ならサヤカは、喧嘩の時に先頭切ってスミレに突っかかり、一番最初にスミレからビンタを受けた子だと聞いていたからだ。

それにスミレも「ウザい奴ら」だと、彼女達を一括りで、嫌悪を抱いていた筈なのだ。

何か私達の知り得ない何かを隠している…そう思っていると、父が2人の前に座るなり、「尋問」を始めた。

普段の穏やかな父からは想像も付かない厳しい口調…特にサヤカに対しては、娘に仕返しでもしようと思ったのか、一体何をするつもりだったのか、と…問い詰めた。

そして父の圧に耐え切れなかったのか…サヤカは遂に、ポロポロと泣き出してしまった。やり過ぎだと母と一緒に慌てて父をたしなめ、こちらから優しく問い掛けるも泣き止まず…

だが、その様子を見てとうとう、ずっと口をつぐんできたスミレが、ようやく口を開いた。

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2人は、グループのリーダー格…チカにまつわる「ある事」について調べようと、ネットカフェにいたそうだ。

サヤカは、あのグループの子達と中学からの付き合いで、最初は楽しく過ごしていたものの…次第にチカの様子がおかしくなり、グループ内でも「他の子と付き合わないで」と、束縛をし始めた。

サヤカ自身は、高校入学時からスミレや他の子達とも仲良くしたかったのだが、チカ達がそれを頑なに許さず…段々と仲間の態度が怖くなって、早くグループを抜けたいと思っていたそうだ。

チカの様子が変わったのは中3の秋頃で…ある日、「知り合いから面白い『儀式』を教わった」と、嬉しそうに話してきたのだという。

その儀式自体、話を聞いただけで具体的な事は何一つ教えて貰えなかったそうだが…

儀式によって、自分達が気に入らない子や、仲間にしたい子を意のままに動かせる…と。本人はかなり本気で思っている様子だったらしい。

そして高校に入って間もなく…チカは「一匹狼キャラ」のスミレに目を付け、「あいつ面白いから仲間に入れよう」と、「儀式」のターゲットにしていたのだ。

チカ達が一方的にスミレの事を〆るつもりだった…と、以前学校側からの説明で私は聞かされていたのだが…

サヤカの話は学校側の説明と違い、「儀式」の噂をそれとなく知っていたスミレが、「ガキみたいで馬鹿馬鹿しい」と鼻で笑っていたと人づてに聞き、腹を立てたチカ達が「遊びじゃないし、ていうか、カッコつけててムカつく」と…スミレを〆るために、放課後待ち伏せた…と。

サヤカは説得して止めようとしたものの、他の子達に「裏切るのか」と言われ、しかもその流れで「一番最初に殴れたら、グループ抜けるの許してやってもいい」等と煽られ…半ば強制的に参加させられていた。

しかしその結果…彼女達はスミレの返り討ちに合い、更に謹慎まで受けてしまった。

「私ほんとは怖くて…本気だったんじゃないんです…ほんとにごめんなさい…!チカには『グループ抜ける』って…『もう関わりたくない』って、メール送りました…」

サヤカは謹慎に入ってすぐ、チカにメールをし、それと同時にスミレとも密かに連絡を取って謝罪していた。

そして、スミレも彼女の話が嘘ではないとして…仲直り、というか…お互いに和解したそうだ。

だが、問題はまだ残っていた。

「チカがさ…てか昨日、サヤカから『ヤバイの見つけた』ってメール来たんだよ…」

昨夜、サヤカが学校の裏サイトの掲示板を見たら、

『マジでムカつく奴がいるから懲らしめる』

という内容の、匿名の文章を見つけた。

乱闘事件が取り沙汰されていた直後で、かなり憎悪を含んだ文体から…チカの書き込みだと、2人は直感したという。

実際、2人がネットカフェ経由で見つけた、その画面のコピーを見てみると、不特定多数の生徒の中傷や悪口が連なるその中に、問題の文章があった。更に、画面を下にスクロールした先には…

「今度はちゃんとした人から方法を教わった。だから成功する。皆にも手伝ってもらうから」

という投稿と共に、ある画像が添付されていたのだが…

見た瞬間に、私の背筋が一気に凍りついた。

五十音が書かれた紙の上部に、まるで頭部の辺りを刺すように画鋲で止められた、スミレとサヤカの顔写真…

それは、私が美織から聞いた…あの「遊び」だったのだ。

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その画像を前にして、皆沈黙していた。

サヤカもスミレも真相を話したとはいえ、かなり沈痛な表情をしていたし、何より…両親も私も、この理解しがたい状況に、頭を抱える他無かった。

こんな身近に…美織の言っていた「遊び」があったなんて信じられず…怖くて言葉が出なかった。しかしその一方で…

「…これが、チカさんのやった事だとして、君達、ほんとに何かあるって思ってるの?」

父が呼び出し、後から迎えにやって来た、サヤカの父親がのんびりとした口調で言った。

「まあ…僕らの時代にも似たようなのはありました。スミレさんのご両親も…見た事ありますよね?都市伝説的な感じで…でも、何も無かったじゃないですか?」

サヤカの父親が、母に問いかける。

「ええ、確かに私の時代にもありました…テレビなんかでもやってましたし、ですが…娘に対してこんな事されて、正直怖いです。悪ふざけにも程がありませんか?」

母の口調が、怒りに満ちていた。そして続けざまに父も、

「理解に苦しみますよ、しかも裏掲示板なんてもの…こんな酷い事を、皆書いているだなんて…それに、逆恨みじゃないですか、娘がこんな目に遭わされて…警察呼びましょうよ!」

と声を荒げた。

私の心の中も、恐怖よりも怒りの方が勝っている感覚だった。ただの、慣れ合う慣れ合わないの問題が、ここまで尾を引いて、しかも嫉妬や執着でここまでするなんて…チカがおぞましく感じた。

だが…既に謹慎という処分を受けていながら、わざわざ他生徒が見ている掲示板に書いた心意が分からなかった。生徒の中でこの「儀式」を知っている人が居れば、確実にチクられる。なんでこんなリスキーな事を…?

モヤモヤとした疑問が残る中、話し合いは不完全燃焼な感じに終わり、サヤカは父親に連れられて、帰って行った。

「今日はうちの娘が迷惑をかけて、大変申し訳無かった。とりあえず落ち着いて、まあ…そう深く考えずに、ただの『遊び』でしょう?」

淡々と話すサヤカの父親…その冷静さが、妙に不気味だった。

こんな状況下で…怒りも落胆もせず…ひたすら抑揚の無いその態度に。

私達は再度学校に掛け合い、伝えられる限りの事実を話したが…結局、裏掲示板の件も、チカ達の件も何の進展のないまま時間だけが過ぎて行った。

「おねーちゃん、学校に話しても無駄だって言ったじゃん…先生達、問題を蒸し返されるのが多分ダルいんだって…見たでしょ?臭いものにはフタってやつー」

諦めの境地のようにスミレは言ったが、私にはそれが、「絶望」に聞こえた。

「彼女」から連絡が来る、その時までは────

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深夜のファミレスの、窓側4人掛けの席に、彼女は既に座っていた。

ピンクがかった茶色に染めたセミロングの髪に、オーバーサイズのパーカーとジーンズ。そして猫目のアイラインが強調されたメイクを施した、気怠い若者…。

こんな現代っ子が、あの、ある意味古臭い「遊び」をしていたなんて…と驚きを隠せなかった。

「ここじゃないと話せないから…ねえ、お腹空いた…なんか頼んでよ」

タメ口かよ…しかも上から?

色々とツッコミ所があったが、私はとりあえず、2人分の飲み物と軽食を頼んだ。

「…あの…何で私に?」

「色々あるの…!てかお姉さん、年上なんだからさ、敬語じゃなくていいってば」

江島チカ。

そう彼女が電話口で名乗った時…咄嗟に私の脳裏に、あの「儀式の紙」が映し出された。

「連絡網」を使って私の番号を知ったというが…誰からとは決して言わず、

「話したい事がある、ただ、サヤカやスミレ達には内緒で。彼女達が知ってはならない事」

と…ただそれだけ言って、私を呼び寄せたのだ。

「お待たせしました」と店員が運んできたバーガーセットがテーブルに置かれる。

すると、私が「どうぞ」という間も無く…チカはその細い腕を伸ばすと、手当たり次第にがっつき始めた。

目を丸くする私に気付いたのか…口元にケチャップを付けたまま、チカは思いも寄らぬ事を言った。

「私…逃げててさ、家にも居場所無いし、帰ってないんだ。喧嘩もそーだけど、『儀式』が知られてしまって…」

「裏掲示板見たんでしょ?あれ、私じゃないから…誰かが私のフリして、また1人『犠牲』にしようとしてる…」

犠牲?また1人…?何がなんだか、全く分からなかった。あれはただの「遊び」じゃなかったのか…?

私の顔が余程怯えていたのだろうか。チカは「ごめんなさい、唐突過ぎだよね」と俯き…

「だからさ…あなたに力を貸して欲しいんです…」

さっきまでのダルそうな感じから一変し、何かを決意したような口調で…チカは私に、この騒ぎの発端を語り始めた───

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亜種②に続く。

Concrete
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@さかまる 様
ありがとうございます!
現在絶賛作成中です( ..)φ

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