中編6
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ロフトと子供

俺がまだ学生だった頃の話。

高校卒業を控え周りの友人達が物件探しに東奔西走している中、俺はまだのんびりとしていた。

というのも、友人達は県内の政令指定都市への引越組が多いのだが、俺の行き先は東京。物件は山程あるはずだ。

いいかげんそろそろ探すか。と両親に相談したところ、

「家賃上限6万、一日日帰りで決めて来い」

と俺を東京へ飛ばした。

初めて一人で飛行機に乗り、修学旅行で一日滞在しただけの東京の地に俺は降り立った。

進学先の学校は新宿。右も左も解らないが、取り敢えず電車一本で通学出来ればと小田急線沿いで探すことにする。

この時点で全く予備知識も土地勘も無し。

俺も無謀だが両親も大概だ。

なんとなく聞いたことのある下北沢で降りてみる。

目に付いた不動産屋に飛び込む。

が、高い。早々に諦める。

現時刻午前11時。大丈夫、まだ慌てる時間じゃない。

じゃあそれならばということで、一気に多摩川を超えてみる。

この辺りまで来たらもう少し相場も下がるだろう。

もはや住所は神奈川県だ。

急行の停まった駅を降り、駅前の不動産に飛び込む。

予想通り、予算範囲内の物件をいくつか案内してもらうことになった。

現時刻午後2時。そろそろ決めなくては。

どの物件も似たり寄ったりのワンルームだったが、その中のひとつにロフト付の部屋があった。

これなら下のスペースを広く使えるではないかと俺は考え、結局この物件に決めた。

早速、仮契約となり本契約書は持ち帰って後日郵送と流れでまとまった。

当初インポッシブルかと思われたミッションは無事コンプリート。どうにかなるものだ。

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住んでみて解るのだが、ロフト付は意外と使いづらい。

まずは梯子での登り降りがいちいち面倒だ。ちょっと横になって仮眠。というのが出来ない。

夜中にお腹の調子が悪くなった時も大変だ。何度もトイレとロフトを往復する破目になる。

そしてなんといっても夏が暑い。

北国からやって来た俺は、東京の暑さには本当に堪えた。

意外に思うだろうが北国の人間でも東京の冬は寒い。

まず、家の中が寒い。暖房が弱いのだ。エアコンの温風なんかで暖まるか。

駅も寒い。吹きっ晒しじゃないか。

ちなみに俺の地元では冬にアイスがよく売れる。

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話が盛大に逸れた。軌道修正。

そんな生活にも慣れ、俺の学生生活一年目も終わろうとしていた。

たしか春休みも近付いた頃だったか、俺はロフトで死にかけていた。

今思えばインフルエンザだったのだろう、高熱と全身の痛みは二日寝込んでも復調の兆しさえみえなかった。

枕元のポカリスエットはとっくに空だ。トイレにも行けない。まあ出るものもないが。

明日までに良くならなかったらいよいよ救急車だな。と考えながら夜を迎えた。

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夜中に目が覚める。何時だろうか。

少し熱が下がったのだろう。体の痛みがない。

枕元にあるはずの時計代わりの携帯を手で探るが見つからない。

ふと、階下の居住スペースから音が聞こえる。

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タタタタッ……

タタタタッ……

タタタタッ……

タタタタッ……

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何の音だろう。いつから鳴っていたのか。

もしかしたら、この音で目が覚めたのかもしれない。

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タタタタッ……

タタタタッ……

タタタタッ……

タタタタッ……

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部屋を何かが走っている。

そんな音だ。

規則正しく4回聞こえては止まる。

また、4回聞こえては止まる。

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そのままにしておくのも落ち着かないので、俺は寝たきり生活で強張った体を万年床からずらし階下を覗いた。

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子供がいた。

一瞬近所の子供が上がり込んだかとも思ったが、そんなわけない。

だけど、そのくらいハッキリと見えた。

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そいつは部屋の壁に沿って走っていた。

壁に突き当たって止まる。

向きを変えて走る。

突き当たって止まる。

それを4回繰り返して、ぐるっと部屋を眺める。

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そいつは黒かった。

影の様なのではない。

黒人でもない。

そいつは焦げていた。

黒焦げの子供が走り回っている。

頭の毛は縮れ上がり

ボロボロに焦げた肌の所々が赤く見えた。

そしてそいつの目は、

白かった。

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なんだあれ。

なんだあれ。

なんだあれ。

恐怖どころかパニックになった。

絶対に人間じゃない。

そもそも俺の部屋には机や本棚もある。床は足の踏み場もない程散らかっている。

そいつはそれらが存在しないかのように四隅を走る。

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俺は音を立てないようにゆっくりと布団まで戻る。

どうするべきか。

朝までやり過ごせるだろうか。

今何時なのか知りたい。

夜明けまでどれくらいだ。

走る音は続いている。

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ふと、恐ろしい想像が頭をよぎる。

「ここに昇って来たらどうしよう」

あいつが梯子を昇って来る。

来たらどこにも行けない。逃げ場はない。

一度考え出すともう駄目だ。

悪い想像が頭から離れない。

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そうだ。

梯子をここに上げてしまおう。

俺は何故か、梯子さえ無ければあいつは来られないと考えた。

無謀にもあいつに気付かれ無いように、少しずつ梯子を回収しようとしたのだ。

そろそろと梯子に手を掛ける。

ゆっくりと下を除く。

いる。

変わらずに4回。規則正しく。

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タタタタッ……

タタタタッ……

タタタタッ……

タタタタッ……

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タイミングを合わせる。

あいつが向こうに走ったら。

タタタタッ……

今だ。

梯子が上がる。

タタタタッ……

もうこっちを向く。ぐるっと部屋を眺める。

動くな。

大丈夫。気付いてない。

もう一度。少しずつ。

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タタタタッ……

重い。

思っていたより頑丈な梯子をゆっくりと持ち上げる作業は至難の技だった。

タタタタッ……

そいつがこっちを見ないでいるのは、ほんの少しの間だけだ。

その隙に。

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タタタタッ……

駄目だ。

手に力が入らない。

この二日程、何も食べていない。

俺の体力はあっと言う間に尽きようとしていた。

ああ、手が

滑る。

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ガタッ

握り直そうとした梯子が壁にぶつかり音をたてる。

その瞬間。

そいつは走るのを止め、ガバッと振り返った。

梯子は手から離れ、階下に倒れていった。

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気付かれた。

やばい。やばい。やばい。

俺は反射的にロフトの奥に引っ込む。

走る音は止んでいる。

消えたか?

いや、まだいる。

終わってない。

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声は出さない。身動きもしない。

自分の心臓の音だけが聞こえる。

ロフトの端、転落防止用の柵に何かある。

何だ?

指だ。

黒い指が柵に掴まっている。

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嘘だろ?

来るのか?

俺は口を押さえる。心臓が口から飛び出そうだ。

黒い指が見える。

焦げた皮膚はひび割れ、赤い色が

赤い肉の色が覗く。

逃げよう。

何処から。

通気口は?

無理だ。

俺は動けない。目が離せない。

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やがて頭が見えてくる。

ゆっくりとせり上がるそれには

縮れた髪の毛が。

上がってくる。

顔が。

目が。

白い目が。

そいつの目は黒目まで白かった。

焼いた魚そっくりの目。

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赤い色が見える。

あれは口だ。

開けた口が真っ赤だ。

赤が横に広がる。

叫ぶように大きく。

耳まで裂けて。

そいつは笑っていた。

声を出さずに

そいつは楽しそうに笑っていた。

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新聞配達のバイクの音がする。

俺は布団の中で目を覚ました。

夢…だったのだろうか。

もう薄っすらと明るい。

俺は枕元の携帯に手を伸ばす。

それはあっさりと見つかった。

午前4時。もう朝だ。

熱は下がったようだ。

俺は柵に目をやる。

なんの痕跡もない。

俺はゆっくりと体を起こし、低い天上に頭をぶつけないよう布団を出る。

ロフトから降りようとして気が付く。

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外れた梯子が階下に転がっていた。

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結局、最初の契約更新で離れるまでこの部屋に住んだ。

幸いこんな事は後にも先にもこの時だけだった。

通り魔のようなものだったのだろう。

この出来事の後、ロフトは物置となり俺はソファで寝る生活を一年続けた。

教訓として、ロフト付きの部屋はお勧めしない。

病気になると大変だし、いざという際に逃げ場がなくなる。

それに夏は暑い。

Concrete
コメント怖い
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@小夜子 様
コメントありがとうございます。
この頃はまだ怖い話を書いてやろうという意志が見られますね。
その代わりかコメントが巫山戯てますね。
最近と逆だなあ。

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@Y・Y 様
コメントありがとうございます。
返信遅くなってしまいました。
ああ、その発想は無かったですね。
気付かない間にめちゃめちゃ踏まれてたかもしれませんね。

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