中編3
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忘れないよ? <前編>

数年前、高校受験を控えた冬に、僕が体験したお話です。

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連日の塾通い。帰りが深夜近くになることも珍しくなく、僕もさすがに疲弊にうなされていた。

そんな僕のほぼ唯一の心の癒しが、塾帰りに一服する、自販機の缶コーラだった。

今日も授業が終わり、北風のごとくエントランスの自動ドアを突っ切る。

目指しますは、そこの角を曲がった住宅街のど真ん中。街灯の光に照らされポツンと一台、哀愁漂わせて僕を待つ、真っ赤な自販機だ。

授業から解き放たれた解放感、深夜特有の高揚感、そして思春期特有の謎のヘンなテンションに晒されて、僕の顔は狂気的な笑みに引きつっていたことだろう。

「ぐへへへへへへ」なんていう笑い方が似合うくらいに。

「ぐへへへへへへ・・・!」

しまいにゃ、出てしまったその笑い声。もはや末期である。

人のいない路上を突っ切るその途中、僕のありさまを見てドン引きした野良猫親子を視界の端にとらえたことは、今でも忘れない。

市井の人々よ、どうとでも思うがいい。

今僕の目には、約束のサンクチュアリ(自販機)しか映っておらん。

もはや僕の暴走を止められるのは誰もいない。

・・・と、そうは問屋が卸さなかった。

ちょうど自販機の陰に隠れていた「そのひと」の存在に気が付いたとき、僕は自分のターンの終わりを悟る・・・。

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ぴしゃっと水に打たれたように、僕の心のフィーバーは冷めた。

そして走ってきた時と同じ、アラレちゃんみたいなポーズでその場に立ち尽くした。

自販機から民家の塀沿いに5,6メートル。街灯の真下、薄い光の中に立つ「ひと」。

ひと・・・?

ひと・・・だよな?

いや、姿はすっかり「人」のそれなんだ。この寒い中、薄手のジョガーパンツとパーカー姿で、ずーっと電柱のほうを向いて突っ立ている。

時折、つばを飲み込むようにゴクッ、ゴクッとのどを鳴らしながら。

ここまでなら、ただのヘンな人ということで僕も納得できたはずだ。

でも問題はそこじゃない。

その「ひと」だけ、妙に周りの景色から浮いて見えたんだ。

素朴な風景画が並べられたギャラリーに、突如現れた生々しい粘土細工。とでも表現すれば分かってもらえるだろうか。

「ひと」なんだけど、「人」とは呼べない、呼びたくない。

いや、「あんなの」、絶対に人間じゃない・・・!

ご都合主義的なスピード断定と思われるかもしれないけれど、僕は身でも心でも本能的に危険を察知して、この冷下の夜空のもと氷の彫像のように釘付けになってしまった。

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ぐ、ぐぐ・・・

!?

途端、僕の足は勝手に動き出す。

向かう方角は、「あいつ」のいるほう。

何故か僕の体は、まるで見えない糸に引きずられるかのように「あいつ」のほうへと動き出した・・・。

(うわ、そっちに行くな!そっちに行くな・・・!)

これ、アレだ。人ならざる存在が摩訶不思議な力で、人間の体を操る的なアレだ・・・!おばあちゃんがそう言っていた・・・!

僕を操って、とらえるつもりだ・・・!

僕を捕まえて・・・どうする気だ・・・!?

僕の激しい思考サイクルをよそに、僕の体はいつもの自販機の前で止まった。

なんとなんと、僕の体は強情にも毎日のルーティンに従うべく、コーラを購入する体制に入っていたのだ。べつに「あいつ」に引き寄せられてたわけじゃない。

習慣とは時にKYなものである。

(うわぁ、止まったはいいけど、すぐ隣に「あいつ」がおる・・・!めっちゃゴクゴクいっておる・・・!)

そんな主人の心の叫びをよそに、僕の指先は正確に、完璧に、マシン仕掛け的に、120円分の小銭をさばき、目的のボタンをぽちっとやって、出てきた赤い缶を掬い出す。

「あいつ」は相も変わらず、電柱相手にゴクゴクいってる。

(よし、ターゲットは回収した。風と共におさらばして、おコタに抱かれよう・・・!)

ルーティン実行プログラムから解放されて体が自由になった僕は、おうちに帰る前にちらっと「あいつ」のほうを見た。

「あ・・・」

「へびにらみ」。僕の頭にこの5音節がこだまする。

あの「ゴクゴクさん」は、電柱の方向から顔を90度左にねじって、僕のほうを見ていた。

右の目で僕を、左の目で僕が手にしたコーラ缶を、それぞれまっすぐ見据えていた。

「ゴクゴクゴクゴクゴクゴク」

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「ゴクゴクさん」と、

目が、

合っちゃった。

<後編へ続く>

Concrete
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