長編10
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I miss you

次の日からのバーゲンに向けて、その日はメーカーから送られて来たセール用の品出しで、僕等は遅くまで残業をしていた。

頼りたい店長はと言うと、熱を出し、ハァハァと肩で息をし、ボンヤリとしている。

バーゲン初日から寝込まれたりしたらシャレにならないし、『足手纏いだ』と言うと、”大丈夫だ!”だの”僕くん、冷たい”だのいつまでも駄々をこねて愚図るから『そんなんで残られて、明日休まれたら困るんですよね』と冷たく言い放つと、諦めたのか、ガックリ肩を落として店長は帰って行った。

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女の子達も、試着室と店の中の鏡を磨き終わった所で帰ってもらい、後はバイト君と僕の2人で、段ボールの山と格闘をしていた。

ワンピやシャツ、ボトム類はサイズ別にハンガーに掛けてラックに並べ、店の入り口のワゴンに目玉商品のアルパカ混のストールを綺麗にたたんで並べながらふと見ると、それまであちらこちらに灯っていたテナントの明かりも消え、広いフロアにこの店の明かりだけが残っている。

腕時計に目を落とし見たら、既に日付の変わる少し前。

バイト君に並べ切れない商品を段ボールごとレジ奥の事務所へ運ぶように頼み、僕は最後にマネキンのディスプレイをしていた。

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店の中央の2体が終わり、トップスのラックの1体が終わり、ワゴン前の1体に取り掛かっていると、ワゴンに掛かる白い指。

爪には水色にピンクのチューリップのジェルネイル。

余所のテナントの人かと思って顔を向けると、白っぽい裾がヒラリと隣のテナントの方へ消えて行った。

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僕はディスプレイの途中で、既に暗くなっている隣の店を覗いたが、そこには誰も居るはずもなく、頭を傾げた。

幽霊なんて信じない訳じゃないけど、大抵は何かの見間違いだと思っている。

祟りとか呪いとか、何かに付けて騒ぐテレビ番組を観る度、芝居掛かって物々しい出演者を、冷めて目で見てしまう。

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だから、今のピンクのチューリップの爪も、気の所為だと思う。

イヤ。

絶対に見間違いだ。

そう自分に言い聞かせ、ディスプレイを終わらせた。

臆病者のバイト君には勿論何も言わなかった。

店の明かりを消すと、常夜灯だけが灯る、物音すらしないぼんやりとした暗闇が広がる。

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階段で社員通用口まで降り、守衛室の警備員さんに挨拶をすると、表はパトカーや救急車のサイレンが近くから聞こえて来た。

立ち止まり、外を見ていると、守衛室から『何か事件が有ったみたいですよ。少し前から結構な台数のパトカーが出てるみたいですね。』と警備員さんは日誌を書いている手を止め話してくれた。

『何の事件なんすかね?』バイト君は野次馬根性丸出しで、僕に聞いて来るけど、流石に今日は疲れたから、『そうだな。』と、そのままバイト君に手を振り、足早に家に帰った。

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テレビCMでも大々的に放送し、連休初日という事もあり、バーゲンは大盛況だった。

店内はザワザワと人で溢れ返り、セール品のステッカーの貼られた商品は飛ぶように売れて行く。

本部からも応援の人が入ったのでレジを任せ、店長は一晩ぐっすり寝て熱も下がったと、やたら大きな声で威勢良く『いらっしゃいませ〜!』と『ありがとうございましたっ!』を繰り返している。

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僕とバイト君とバイトの女の子達は、忙しなく接客し、店の中を走り回っていた。

フロアのどの店も、大層賑わっている。

やがて、第1波が過ぎ、先程までの人いきれが落ち着いた。

第2波が来る前に、スカスカになった商品の品出しとクシャクシャになった商品をたたむようにバイト君に頼み、女の子には少し早い休憩を取ってもらった。

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ワゴンの中の商品もグチャグチャに掻き混ぜられている。

僕はワゴンの中のストールをきちんとたたみ、レジ奥の事務所に入れた段ボールから商品を、これでもかと言うくらいの量を両手で抱えて補充していた。

その時、ワゴンの縁に見覚えのある水色にピンクのチューリップの爪が…

今度は素早くその爪の持ち主の顔を見るべく、自分の顔を上げた。

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そこには、少し驚いた様に目をまん丸に見開く、若い女の子がいた。

柔らかそうなふんわりとしたウェーブの髪は肩より少し上で、そこから細い首が伸びている。

はにかむ様に頬を染め、目を伏せたその表情は、ウサギやリスと言った小動物を思わせる。

可愛い女の子だった。

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『いらっしゃいませ』

僕が声を掛けると、その女の子はワゴンの中から水色と白のグラデーションになったストールを手に取り広げ、僕の顔を見上げるように、少し上目遣いの目を向け、ニッコリ笑った。

そして、水色のストールを肩に羽織り、肌触りを確かめる様にスッとストールを撫で下ろした。

『お似合いですよ。』お世辞ではなく、まして販売員だからではなく、春の陽射しの様だと、僕は女の子の目を見詰めたまま、思った言葉を口にしていた。

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僕が余りにも凝視してしまったからか、女の子は顔を真っ赤にして、『又来ます。』と言うと、薄桃色のチュールスカートの裾をヒラリと翻し、少し小走りで店の斜め前のエスカレーターで下へ行ってしまった。

女の子の姿が消える瞬間、僕の方へ振り向き、可愛い笑顔を見せてくれた。

ニッコリ笑ったその頬のエクボが印象的だった。

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そして、品出しが終わるのを見計らっていたかの様に再び人の波が訪れ、ゆっくりと休憩を取る間もなく、一日が過ぎた。

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〜〜〜〜〜〜〜〜

三日間のバーゲン最終日は目玉商品も底を尽き、目ぼしい商品もサイズが不揃いになり、代わりにセール品のステッカーのない真冬御用達の商品がラックの大多数を埋めている。

あの女の子はあれから店に現れなかった。

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バーゲン中は通し勤務の上休憩もまともに取れず、空いた時間で食べ物を口にするだけだったが、セール品も少なくなり、あれ程の喧騒もやっと落ち着き、久し振りに一時間の休憩を取れたので、地下の食料店街でエビとアボカドのバケットサンドとスープスタンドでクラムチャウダーを買い、屋上のベンチに向かった。

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エレベーターを降り、葉の大きな植木で覆われた、一番のお気に入りのベンチ。

僕はそこへ向かった。

屋上はオープンな場所で、お客様は勿論だが、各テナントで働く者達も外の空気を吸いにやって来る憩いの場所で、僕の定位置の、その一角だけは大きな葉の植物がベンチを取り囲む様に置かれ、まるで森の中に隠れている様に静かで、僕は昼食を取った後、休憩時間が終わるまで、一人静かにそこで本を読むのが好きだった。

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すると、そのベンチには先客が。。。

俯いて本を読んでいる。

諦めて他の場所へ行こうと振り向きざま、ふと本を持つその手に、その指に、目が止まった。

水色にピンクのチューリップのネイル。。。

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『えっ!?』

僕は思わず声を上げてしまった。

ベンチに座る人はゆっくりと、声を上げた僕の方へ視線を向ける。

『あ!!』

そう言い、本で自分の口元を隠すように僕を見て、真ん丸い目を一段と見開いた。

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そして、僕がパン屋のペーパーバッグとスープ屋のレジ袋を片手にぶら下げ、脇の下には丸めたファッション誌を持っているのを見て、女の子は察した様に

『お食事ですね!?すぐに退きますから!』

慌て立ち上がると、膝に置いてあったトートバッグが転がり落ち、中身をぶちまけてしまった。

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慌ててしゃがみ込む女の子と共に、バッグの中に収められていたであろう財布やパスカード、花柄のタオルハンカチ、ポケットティッシュを拾い集めた。

『ありがとうございます!』

女の子は分度器で計った様に直角にペコリと頭を下げた。

その仕草や慌てっぷりが可愛くて、つい『くすw』と笑うと、女の子は頭を上げ、耳朶まで真っ赤に染め、僕を見て照れた様に笑った。

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女の子は名前を『美津野 紗絵子(みずの さえこ)』と名乗った。

近くの美容学校に通い、ネイルアーティストを目指していると。

ピンクのチューリップも、自分で描いたものだそうだ。

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『休憩時間ですよね?

どうぞ遠慮なく召し上がって下さい。』そう微笑む紗絵子に僕は、バケットを半分千切り渡すと、『いえいえ!私の事なんて気にしないでくださーい』と、片手をブンブン振っていたが、それでも『お昼未だなら一緒に食べよう?』そう言い、紗絵子の目の前に半分のバケットを突き出すと、嬉しそうにニッコリ笑い『ありがとうございます!頂きます!』と、思ったより大きな口を開けてパクリと噛り付いた。

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紗絵子は思いがけず、ホラー映画や小説が好きな事や、空いた時間にはいつもこのファッションビルへ来て、色々な物を見て、ネイルのデザインを考えている事など、明るく楽しそうに話す。

僕はそんな彼女の話に惹き込まれ聞いていた。

紗絵子の話し方は、見た目通りふわふわした印象で口調はおっとりなのだが、芯の強さを感じさせる。

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自分の夢を叶えるべくストイックに取り組む姿勢に、僕は、尊敬に近い思いで彼女のキラキラ輝く目を見、話に聞き入っていた。

だが突然、彼女が目を見開いたと思ったら顔が一瞬で曇り、話の途中で俯き、震え出した。

何が起こったのか分からず、『どうしたの?』そう声をかける僕に返事をする事なく、紗絵子は黙って俯いたまま、両手でバッグを強く握り、『ごめんなさい!!』一言告げると俯いたまま立ち上がり、そのまま小走りで屋上から去って行った。

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『え…?』

一人取り残された僕もつられて立ち上がると、爪先に何かが当たり転がった。

拾い上げてみると、それはピンク色のマニキュア。

さっき、紗絵子がバッグの中身をぶちまけた時、転がったものなのだろう。

僕はそのマニキュアを手の中でギュッと握り締めていた。

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それからは、紗絵子は店に来る事もなく、屋上のお気に入りのベンチで会う事もなく、僕は彼女のメアドもLINEのIDも聞いて居なかった事を後悔しつつも、『又会える』と、なんの脈略もないのに、期待とも願望とも取れる思いを誤魔化しながら日々を過ごしていた。

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いつの間にか、季節は冬。

店内の物も、全て真冬仕様の物に様変わりしている。

いつか紗絵子が見ていたバーゲン品のストールはなくなり、その代わりカシミア100%の物になり、ワゴン内で安売り出来る物ではなくなった。

僕は、その中から一つ。

淡い水色と白のブロックチェックの物を購入した。

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ある日、遅番で仕事に入ると、バイト君が『僕さん、聞きました!?』と、僕の姿を見るなり走り寄って来た。

バイトの女の子も一緒になり、ラックのニットをたたみ直しながら『犯人、捕まりましたね!』と。

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僕には何の事やらちっとも話が見えなくて『ん?犯人?』と聞くと、待ってましたとばかりに『例の女の子が刺された事件の犯人ですよ!!それが、上のフロアの本屋でバイトしてた、僕さんも多分見た事ある、あの暗い奴だったんですよ!!』バイト君は捲し立てる様に事件の概要を話してくれた。

ーそれは、この様な話だったー

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【今から一ヶ月以上前、夜道で帰宅途中の若い女性が刺された。

犯人は逃走し、女性は意識不明の重傷を負った。

事件の前、被害者は付き纏い等のストーカー行為を受け、家族や友人に相談し、警察に被害届を出しに行くと言っていた矢先の犯行だった。防犯カメラの映像から、犯人は女性の通う学校近くのファッションビルの本屋に勤める人物と判明した。

男は被害者に一方的な好意を寄せ、ストーキング行為を繰り返していたと見られる。

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被害者女性は、数日前に意識を取り戻し、順調に回復をしている。

容疑者の男は、今の時点では黙秘を続けている。】と。。。

『可愛いい女の子なんですよ〜!でも、死ななくて良かったですよね!紗絵子ちゃん。。。俺のタイプっす♪』バイト君は祈る様に両指を組ませ、天井を見上げた。

(紗絵子。。。?同じ名前だなぁ)

僕はそう思いつつ、今朝届いていたニュースの一覧をスマホで確認した。

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【犯人の男、逮捕】の一文を見つけ、スクロールして記事を読む。

そこには、いつも行く本屋で見掛ける男が俯向く事なく真っ直ぐにカメラを睨み付けている写真と、被害者の女の子の名前。。。

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『紗絵子って。。。

どう言う事だよ?

意識不明の重体で、どうして。。。?』

僕は唖然と、スマホの画面を見ていた。

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次の日は公休だったので、僕は事件の有ったこの近辺の入院設備のある大きな病院を回っていた。

患者の親族や友人でもない僕には、患者の名前を言った所でそんな人が入院しているか、病室すら教えてもらう事は出来ない。

だから、外科の入院病棟に直接行き、この目で紗絵子の無事を確かめたかった。

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三軒目の大学病院に行き、外科の病棟に行き、順番に名前を探していると、【美津野 紗絵子】と。

部屋は開け放たれて居たが、外からノックをする。

四人部屋の奥、窓から陽の光が差し込む場所で、点滴のチューブを垂らし、首や両手を包帯で巻かれた紗絵子が、ベッドの中で静かに眠っていた。

指には、あの頃より伸びた爪にピンクのチューリップのネイル。

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僕は来客用の椅子を持って来て座ろうとすると、椅子の足が立てた僅かな音で紗絵子は目を開けた。

まん丸い目を一段と大きく見開き、両手で口を隠し、大きな瞳から、涙が一粒。

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『怪我をしながら、僕に会いに来てくれてたんだね。

意識もない中、君は。。。』

僕は、紗絵子の涙を指で拭いながら『僕も君に会いたかった。』そう言うと、紗絵子はしゃくり上げ泣いた。

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『ずっと貴方が好きだったの。。。

会いたくて。。。

会いたくて。。。

貴方と話したのは、夢の中の出来事だと思ってた。。。』

紗絵子は両手で顔を覆い、しゃくり上げる。

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『忘れ物だよ?』

僕は、紗絵子の包帯を巻かれた手をそっと手に取ると、その中にピンク色のマニキュアを乗せた。

『そして、君にプレゼント。』

そう言いながら、ゴールドのリボンでラッピングされたストールを渡した。

『君に似合う筈だよ。』

紗絵子は泣きながらニッコリ笑った。

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『僕が君を守るから。

君の夢を叶えよう。』

紗絵子の手を両手で包むと、紗絵子は声を上げて泣き出した。

僕はそんな紗絵子が可愛くて、陽射しを受けて光る涙を何度も自分の指で拭っていた。

●終り●

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