中編3
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シーツ

「ただいまー」

元気よく帰宅の挨拶をする

いつものように妻は「おかえり」も言わない

僕もいつものように玄関前の廊下の左手のドアを開け、洗面所に入る

ここでメイクを落とすまでの数歩が、この日常で最もドキドキし、かつ生を実感する瞬間だ

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顔を流し、鏡に映るのはさえない現場監督だ

うす黒く焼けた顔、覇気のない目、くたびれた作業着、すべてがさえない

今の会社だって社長は妻の父だ

今どき婿養子……やっぱりさえない

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手早くシャワーを浴びてパジャマに着替える

廊下を通って妻の寝室に行くと寝乱れた跡の残るベッドがみえる

……いつものことだ

ドカッとベッドに腰を掛けるとじんわり湿気を感じる

……これもいつものこと

……妻は不倫をしている

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僕が義父の土建屋の跡取りなのは間違いないが、まずは現場を知るべしと現場監督をしている

朝は早く夜は遅い生活だ

なので寝室は別々、妻はどうせ昼に起きて朝に寝るのだろう

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それをいいことに昼間、男を連れ込むなんてどうかしてる

妻のベッドに座ったまま笑いがこみ上げた

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廊下の一番奥は台所だ。そこで妻が洗い物を終える音がした

いままで聞こえていた水音がキュという音と共に消えたのだ

僕へのメシはないのに自分の分はきっちり作る。妊婦だってのにご苦労なことだ。

いや、妊婦だからこそ気を使ってるのか?

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腹の中には間男の仔が入っている

僕が寝てると思ってリビングの電話で間男と話すもんだから丸聞こえだ

まあ、身に覚えもないから言わずもがな、なんだが

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このシーツの上でも、妊婦だってのによくも乱れたんだろう

ベッドに腰掛けた間男にかしずくように

尺八、フィニッシュは腹を撫でられながら後ろからガンガン突かれてケツを上げながら果てた

今日のことは僕はなんだって知ってる

妊娠してから君は僕に触れられることすらヒステリックに拒絶したのに

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ただ、変な希望は間男が僕そっくりってことだ

僕、というより、僕がまだガキだったころに似てるんだろう

少し化粧をして色白にしたらそっくりだった

なんの苦労もなかったころの僕に……

辛い仕事をこなして、暴君のような義父に仕えて、全て給料は君に預けて、全部全部君のために頑張ってきたのに!!

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濡れたシーツに腰掛けながら、妻の三面鏡を引っ張ってくる

メイクをし直した

……ほらそっくりだ!

……だからこそ悔しい

もう限界だ。

メイクが終わったとき大振りなサバイバルナイフをあらためて握り締めた

右手が痛いほど握っていた

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僕は準備万端で待ってる

ドアが内向きにゆっくり開く

妻が姿を現す

「……どなた?」

妻の目が驚愕に見開かれた

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お前が!お前が悪いんだ!

さえない男と結婚しやがって!

なんで僕じゃないんだ!

言いながらナイフを腹に突き刺す

逆手に持ったナイフがするりと入る

上手いこと入ったらしい横隔膜かな

これで息ができない

息ができなきゃ声も出ない

何度も何度も刺す

最初は健気に抵抗があったが、もうない

腹はクレーターだ

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そこから取り出す、これが原罪だ

罪の仔は罪を生む、だから原罪はなくならない

でも君はもう許されたよ

だって僕がとったから

代わりにこれを入れてあげる

僕は台所から黒電話を持ってきて君の腹にいれた

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壁際に座らせ、腹には黒電話、上からあの男との汁がついたシーツをかけてあげた

何度か黒電話を回して遊んだ

じりりん、じりりん

「わたちは大丈夫よ〜ん、あなたは心配しないでお仕事がんばってね〜ん♡」

「…」

「ギャハハハハ!全然大丈夫じゃねーし!」

「あなたびっくりするかしら〜ん?なんつって!?ギャハハハハ!」

「あー、楽しかった。」

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平成の初め、1つの時間が起こった

第一発見者は夫、あまりにも猟奇的な犯行現場に新聞、週刊誌をはじめとした各種メディアの報道は過熱を極めた

真犯人は未だ見つかっていない

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2000年代、犯罪心理学に新風を起こす1つの新説が発表された

曰く、『ごっこ遊びの最中ならば、人はどこまでも残虐になれる』とのことだ

Concrete
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