中編6
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仕事

彼には小さい頃から、人の才能を見抜く能力というか、勘のような物があった。この才能を活かし、若くしてとある人材派遣の会社を立ち上げてそれも軌道に乗り、生活はまぁ順調だといえた。

今彼がいるこの別荘も、会社が軌道に乗った祝いに買った物であり長期休暇には度々ここにきて余暇を過ごしていた。

男「やはりこの景色は素晴らしいな。窓から海を一望出来る‥おや‥?」

この別荘は高台に位置しており、近くには崖がある。そこから下は海であり勿論立ち入り禁止の柵があるが、今その柵を一人の女性が乗り越えようとしていた。

男「うーむ。目の前で死なれては流石に気分が悪い。間に合うといいが‥」

彼は慌てて家を飛び出し、女性がいるであろう場所に向かった。

女性は崖を見下ろして、落ち込んだ様子でうつむいていた。

女「あぁ‥また駄目でした‥」

男「ちょっとそこの人!飛び降りならやめてくださいよ!何か悩みでもあるんですか!?」

女「え‥?悩みですか‥?」 

この女、年齢は20代位だろうか。顔は目を見張る程の美人、また、その声はぞっとするほど美しく、心を鷲掴みにされる様な声だった。

女「悩みですか‥幸、全然仕事が出来なくて、毎日上司からは半人前だと罵られて‥それが辛くて辛くて‥」

男「あの、失礼ですがそんな理由で死ぬことは無いでしょう?仕事を変えるとかいくらでもやりようはあるでしょうに」

女「そんな簡単な話ではないんですよ!何も知らないのに口を出さないで下さい!」

男「ええと‥これは勘みたいなものですけど、あなたは人に尽くす才能をお持ちの様だ。

よろしければ、僕の付き人をやりませんか?難しい事はありません。仕事中の私について回って、私の次の予定を報告したり、簡単な資料を作ってくれれば大丈夫です。給料はあなたの今の会社より高くする事を約束しましょう。どうですか?」

この女性の外見そして声から、付き人の才能があるのは間違っていないだろうが、男の本心はこの女性を近くに置いておきたいという事だった。彼はまだ独身。あわよくば‥

女性「‥あなたなら‥」

男「何かおっしゃいましたか?」 

女性「あ、なんでもないです。解りました。あの‥私、幸(さち)っていいます」

男「僕は白(はく)です。取り敢えず僕の別荘に来てください。お茶でも出しますから、そこで詳しい話をしましょう」

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諸々の話を済ませ女性が帰った後、男は世の中にあんなに美しい女がいるものかと考えていた。すると、インターホンが鳴った。

白「どなたですか?」 

刑事「あのーすいません。今日の昼ぐらいにこの近くで崖から飛び降りた人がいたんですけど、何か知ってる事はありませんか?」

白「飛び降りた人は女の人ですか?!」

刑事「男です。いや、別に殺人って訳じゃないんですよ。本人が自分で飛び降りたって言ってるんですから。因みにそいつは結局途中でひっかかって助かったんですけど、なんで飛び降りたのか解んないって言ってて。だから何か知らないかなぁと話を聞いてるわけです」

白「そういうことですか。すいません。僕は何にも知らないんですよ」 

刑事「そうですか。じゃあこれで失礼しますね」

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それから、本当に女性は白の付き人になった。付き人と言っても、幸は資格らしい資格を持っていなかったため本当に単純な作業しかやらなかったが、美しい女性が身近にいるというのは白にとって悪いことでは無かった。

一方で、白は謎の不運につきまとわれていた。

ある日、幸と一緒に工事現場の近くを歩いていると上から鉄骨がおちてきた。普通は考えられない事だ。その鉄骨は白の足に当たり足を骨折し、しばらくの入院生活を余儀なくされた。因みに幸は無傷であり、甲斐甲斐しく白の病室に通ってくれた。

それが治った別の日。白は真夜中に激痛で目が覚めた。お腹が猛烈に痛い。トイレに駆け込み何度も嘔吐し、しばらくでられなかった。あまりにも症状が酷いため救急車を呼び、食中毒と診断され、当分の間、安静にしなければならなかった。因みに、その日の夜に同じ物を食べた幸には症状は出なかった。

また別の日、会社にて白は足を滑らせて階段から落ちてしまった。幸いにも打ち所が悪くはなかったため死にはしなかったが、腕を骨折しまたしばらくの入院生活を余儀なくされた。この時も幸と一緒だったが、幸は無傷だった。

この様な不運はたまにはあるだろう。だが、これらの不運が2~3週間おきに次々にやって来るのだ。とても偶然とは思えない。こうなったのも幸が来てからだ。幸は何か達の悪い幽霊でも連れているのだろうか。あるいは幸自身が‥

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ある日、ついに白は幸に告げた。

白「本当にごめんね。幸は何も悪くはないんだけど、付き人の仕事を辞めてもらえないだろうか。勿論、しばらくの間給料は出すから。なんなら次の仕事先を紹介するよ。だから‥」

幸「やっぱり駄目でしたか‥仕方がないです。諦めます。やっぱり幸は半人前ですね‥。すぐに幸の後任が来ると思います。では‥」

白「ちょっと。気になる言い方だな。後任って何?この際だから説明するけど、幸を僕の側に置いてから不運が続いてるんだよ。もしかして何か知ってるんじゃない?」

幸「知ってるもなにも、幸は死神ですから‥」

白「へ?」

幸「死神の仕事は、残り少ない命を自然な形で刈り取る事なのです。白と初めて会ったあの日は、別の男を自殺させる予定だったのですが、結局彼は助かってしまいました。幸はこの命の刈り取りが全然出来なくて‥長いこと頑張っているのに、一回も成功した事が無いのです。上司には半人前と馬鹿にされ、同僚からは笑われ、親からは見限られ‥もう絶望していた所に現れたのが白でした。白はもう寿命がほとんどなく、本当ならもう死んでいるはずなので、幸にも刈り取りは簡単だと思ったのですが‥やっぱり出来ませんでした。諦めます」

白「じゃああの不運は」

幸「はい。全部幸のやった事です。幸の力不足であなたは死にませんでしたが‥」

白「やっぱりか‥ん?ちょっと待てよ?幸が居なくなると後任が来るって事は‥」

幸「はい。ちゃんとした死神が来ます。もう白の寿命はとっくの昔になくなっているはずなので。2~3日中に白はちゃんと死ねるでしょう。幸は死神を辞めることにします。それでは‥」

白「待ちなさい!その死神ってのは一人に複数付くものなのか?」

幸「現在、あなたの担当は私です。一人に死神担当は一人なので、幸が担当を降りない限りは他の死神が来ることはありません」

白「因みに幸は死神を辞めるとどうなるんだい?」

幸「あの世界では、役割の無い存在は魂を抹消されてしまいます。能力も無く、担当の人間すら居なくなった幸は、多分魂ごと消されてしまうでしょう。わかってはいたんです‥幸に死神はむいてないって‥この際‥」

白「つまり幸が僕の担当でありつづければ、幸は消えなくて済むと」

幸「でも、私が担当の間は白は死ねませんよ?あと多分歳もとりません。そんな幸が担当で良いのですか?」

白「頼む。幸の退職は取り消しだ。僕はまだ死にたくない。僕の担当を降りないでくれ!」

幸「そういう事でしたら‥幸もまだ消えたくありませんし‥」

かくして、男は今でも生き続けているという。その側には目を見張るような美人の女性がいつもいるのだが、その男はいつもとんでもない不幸に巻き込まれる。男は不死が保証されているとは言え、本当にこれで良いのかと時々頭を悩ませている。この二人の話はいつかまた‥?

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