中編6
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◆名所の縄◆

「心霊スポット行こうぜ!」

友人の一言で地元で有名な心霊スポットに行くことになってしまった。

私を含めた男3人女2人の計5人で訪れたのは、駅から車で30分程の場所にある林の奥にひっそりと佇む廃屋で、自殺の名所としても知られているのだが、ここでは自殺した霊が目撃されているそうだ。

廃屋に着くと怖いもの知らずの男の子2人と女の子1人は、ずかずかと中へ侵入した。付き合いで仕方なくやって来た怖がりの私ともう1人の男の子はびくびくしながら外で待っていた。この廃屋には昔3人の家族が住んでいたらしい。ところがある日、家具や荷物もそのままに忽然といなくなってしまった。当時は神隠しだとか近くの湖で一家心中したとか噂されたが、真相は未だにわかっていないそうだ。

中からは、「うわぁ、ボロボロだ」とか、「人形踏んじまった!やべぇ!」と恐れることもなくこの状態を楽しんでる様子だった。早く帰りたいなぁと思っていると後ろからガサガサと葉の揺れる音が聞こえて振り向いた。すると私の両肩に何かが触れた。驚いて悲鳴を上げてしゃがみ込むと隣にいた彼が怯えながら「どうしたの?」と声をかけてくれた。

「何か肩に触ったの!」今起きた事話すと彼は一瞬「えっ…」と困惑した表情を見せたが、すぐにぎこちない笑顔を作ると「ご、ごめんね。僕が肩に手置いただけだよ。こんなに驚くと思わなくて…」と謝った。何だ何だと3人が悲鳴を聞いて駆けつけた。彼が事情を説明すると「何だそんなことか」と笑い飛ばした。3人がもう飽きたからと結局霊を見ることもなくそのまま帰宅した。帰りの車内で私を脅かした彼が私の家に着くまでずっと「ごめんね、ごめんね」と謝り倒していた。彼は多分私を怖がらせまいと嘘をついてくれたんだと思う。だってあれは手じゃなくて細長い蛇の様な感触だったから。

翌日。目を覚ますと怠くてあまり気分が良くない。布団から出ようと立ち上がると何かにぐっと引っ張られて後ろに倒れてしまった。後ろを見るが誰もいない。もしかして何かに憑かれてしまったんだろうか。気のせいか首が苦しい。

1ヶ月程前から米納津屋(よのづや)という骨董屋さんでバイトをさせてもらっている。体調は相変わらず良くない。重い足取りでお店へ向かう。店主は気さくな人で何か悩みがあると相談にのってくれるとても優しい人だ。体調は優れないが、昨日の事もあるのでその事を相談しようと思っていた。霊に取り憑かれたかもしれない、なんて下らない相談事だけれど、店主は何故かやたらと妖怪やら幽霊について詳しくて、先日はミミズのお化けの話を聞かされた。

「自殺の名所か…。まあ、まずはそんなところに遊び半分で行ったらいかんと言うことだな」

気怠く出勤して来た私に「どうした?顔色悪いぞ」と心配してくれた店主ではあったが、事情を話すとまずは厳しく私を叱った。

「はい…、すいませんでした」と言うと「ワシに言ってもしょうがない」と一喝された。普段はとても優しいが間違ったことをした時はしっかりと怒ってくれる本当に良い人だ。とは言え、店主は詳しいだけで見えるわけでも祓えるわけでもないので「さぁ困った困った」と腕を組んで悩んでいるとガラッと扉が開いた。すると店主は立ち上がり「おお、生雲!!お前さんいい時にやってくるな!」と大きな声でそう言った。

「近くまで来たんで序でに寄ったんだけど、どうかしたの?」

生雲と呼ばれたその男の人は何事かときょとんとしている。風貌が少し怖い感じだけれど店主とは知り合いらしい。

その人は椥辻生雲(なぎつじいくも)という名で、見えるし祓う方法も知ってる言わば霊能者みたいな人らしい。私が「霊能者ですか?」と言うと本人は否定したので"みたいな人"と表現しておく。本人曰く「骨董集めが趣味の普通の男」とのこと。

店主が椥辻さんに訳を話すと、「成る程ね」と一言。肩にさげた古びた刀袋から年季の入った日本刀を取り出した。

「先ずは、もう二度とそんな場所に行かないと約束出来るかい?」ぽんっと肩に手を置かれた。椥辻さんは優しく微笑んでいる。前髪で片目が隠れてるけど、しっかりと2つの目で見つめられてる様な感覚がした。その例えようのない凄まじい気迫に気圧されて、私は黙って頷くことしか出来なかった。

「宜しい。端的に言うと君の首に注連縄が巻きついていて、それが蛇になりかけてる」

私の首には縄なんてない。だけど、椥辻さんにはそれが見えているようだった。

「蛇?私の首に蛇がいるんですか?」

蛇が苦手な私は反射的に首に触ろうとしたけど、「刺激したらまずい」と上がりかけた腕をぐっと止めた。

「まぁ、落ち着いて。取り敢えずそこに座って、今からその縄を切るからじっとしててくれるかい」と鞘から刀を抜いた。年季の入った刀ではあるが刃は不気味に輝いて、とても古いものとは思えなかった。私が縮み上がっているとそれを察したのか、にっこりと微笑むと「大丈夫。この刀、人は切れないから」と訳のわからないことを言った。訳がわからないついでに気になることを質問してみた。

「あの、そんなことして縄…と言うか蛇は襲ってこないんですか?」

彼は首に目を向けると、見えないそれを見ながら答えてくれた。

「例えば僕が君から無理矢理この縄を引き離そうとしたら、離れまいと君の首を余計に絞める。だからそうならない様にこれで切るんだよ」

言い終わると私の首元に刃がやってきた。怖くて両手をぐっと握り、両目もぎゅっと瞑る。と、ぶちぶちと鈍い音がした。どうやら縄が切れているらしいが、どう聞いても切れている音には聞こえない。

「切れたよ」

言われてまぶたを開く。さっきまでの怠さが嘘のようになくなり、首の苦しさも消えていた。

注連縄は神社でよく見るありがたいものだけど、私の首に巻きついていたのは全然ありがたくないものだった。

理解できない事象、身近で起こる怪異。昔の人達はそれを妖怪の仕業とした。妖怪が起こす怪奇な現象や自然災害。それらを鎮める為に祀ったり、怪談など娯楽として楽しまれたり、そうやって妖怪は生まれるらしい。

「言葉遊びで生まれる妖怪もいるんだよ。下らないけど、恐らく首を絞める縄。絞め縄が字を変えて注連縄になったんだろうね」

生雲さん曰く、私達が訪れた心霊スポットには自殺した霊は居ないそうだ。

「噂って怖くてね。思ったよりも早く色々な人に伝染していくんだ。誰かが面白半分で自殺の名所なんて噂を流したんだろうね。噂が一人歩きして尾鰭が付いて、おまけで背鰭胸鰭腹鰭も付いたのかな」

自殺と聞いてイメージするのが首吊りで、首吊りで使うのが縄で、その縄で首が絞められ…、その場所に訪れた若者たちのそんな想像で生まれたのかもしれない、と椥辻さんは教えてくれた。

「人の想像で妖怪が創造されるんだ。今も昔もその仕組みは変わらないんだよ。まぁ、何故縄が蛇になろうとしてたのかは解らないけど、恐らく君が蛇を苦手ってのを縄が感じ取ってそうなったんだろうね」

椥辻さんはそう言うと「それじゃ、またね」と店を出て行った。彼はここの常連らしいのでまた会うこともあるかもしれない。

今回の事で私は二度とあんな場所には行かないと決心した。椥辻さんと約束したと言うのもあるけど、もう妖怪に憑かれたりしたくない。安易な気持ちでそういう場所に行ってはいけない。私は今回の事でそれを学んだ。

あの場所は相変わらず心霊スポットと呼ばれ、相変わらず遊び半分で訪れる者が後を絶たない。

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