「アレは、多分・・・。」 

中編6
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「アレは、多分・・・。」 

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皆さんは、『巨頭ォ』というお話をご存知だろうか。

怖話ファンなら、おそらく知らない人はいないだろう。

あまりにも有名なネット怪談話。

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ものの1分で読めてしまう 手のひらに乗るような実話体験談である。

どんなお話か興味のある方は、ご自身で検索し、優れた怪談に触れていただきたいと思う。

ゆえに、本作では、『巨頭ォ』についての、あらすじや、ネタバレの類はしないこととする。

ご了承願いたい。

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結論から言おう。

過去、私は、『巨頭ォ』と遭遇したことがある。

実は、時を同じくして、夫も遭遇しているのだが、この5年後に他界してしまったため、これから語ることが実話であると証言できるものがひとりもいないのが残念でならない。

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ただ、元ネタをベースに、作り話を語っているのではないことだけは分かっていただきたいと思う。

まぁ、信じるか信じないかはあなた次第ということになるわけだが。

さて、前置きはこのくらいにして、これから、私と夫の実話怪談を語ろうと思う。

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今から20年ほど前に遡(さかのぼ)る。

私と夫は、お盆休みを利用して、人里離れた山奥に住む友人宅を訪れることとなった。

どういう経緯でそうなったのかは定かではないが、話はトントン拍子に進み、運転は、ドライブ好きの夫が担当することになった。

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車中泊を含めた三泊四日、たまには、夫婦水入らず、ゆっくり羽根を伸ばそうではないか。確か、そんなたわいない理由からだったように思う。

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既にナビは普及しつつあったが、性能はイマイチで、入り組んだ山並みの続く地形や電波の届かない場所では、全く役に立たたない代物も多かった。

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案の定、途中までは調子が良かったのだが、山間部に差し掛かった段階で、画面は、フリーズ状態に。

仕方がないので、休憩のために立ち寄ったサービスエリアで最新のロードマップを購入し、地図を頼りに、鬱蒼とした林の一本道を慎重に走行していた。

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とある峠に差し掛かった時、茂みの中に蠢(うごめ)く数体の影を見つけた。

狐か狸の類かと、大して気にもとめず、流れる景色をぼんやりと眺めていると、今まで目にしたことのない奇妙な看板が立っていることに気がついた。

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白いペンキで塗られた一枚の板。

その上から、墨で「巨頭ォ」と書かれていた。

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「ねぇ、巨頭ォって何?」

「さぁ。なんだろうね。」

「地元の観光名所なのかも。それにしては、ずいぶんと寂しい場所ね。」

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私は、他になにか書かれていないか確かめたくて、車を路肩につけてもらい、窓を開けてみた。

うごめく影が何なのかも知りたかった。

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そっと窓に顔を近づけ、真横から看板を眺めてみたが、文字らしいものはどこにも書かれてはいない。

「なんだ。何も書いてない。」

すこしがっかりして、私は、カーラジオのスィッチを押した。

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ガガガガガガガ

電波が悪いのか、なかなかチューイングできない。

イライラしながらつまみを回し続ける。

どこからともなく、複数の刺すような視線を感じ、再び窓の外へと目をやる。

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カーラジオの雑音にまじり、

ざわざわざわざわ

30メートルほど先の茂みの中から、草木をかき分け、何かがこちらに向かって来る音が聴こえてきた。

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それは、複数の足音のようにも聞こえる。

「ねぇ、今のなんの音?」

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カーラジオを消し、音に集中する。

ざわざわざわざわ

ぐちょ ぐちょ ぐちょ

草木をかき分ける音とともに、泥沼を這うような音が、車内まで聞こえてくる。

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異様な音が震撼とした山道にいる私たちを求め、何かがやってくる。。

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突然漂い出した重苦しい空気に、私は思わず夫にしがみついた。

夫は、左手で私の肩を抱き、右手でしっかりとハンドルを握りしめ、異様な空気を発している茂みを凝視した。

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真夏の車内にいるのに、凍えるような寒気があたりを包み込む。

「さ、寒くない?エアコン切ってもいいかな。」

「さっき俺が切った。」

「今、真夏よ。いくら山奥だからって寒すぎない。」

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ざわざわざわざわ

生い茂った草木の間から、歪んだバスケットボールのようなモノが横切るのが見えた。

一体、二体、三体・・・

「なにあれ。獣?クマかカモシカかしら。」

「ちがうね。どう見ても四足歩行とは思えない。」

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「戻るぞ。道、間違えたらしい。厄介なことに巻き込まれたくないからね。」

夫は、後方の沢ギリギリまでバックすると、大きくハンドルを切りUターンを試みた。

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音が変わった。

べりべりべり

みしみしみし

タイヤの軋む音に呼応するかのように、草木がなぎ倒され、生木が剥がされる音があたりに響き渡る。

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べちゃ べちゃ べちゃ べちゃ

茂みの中から、バスケットボールの二倍はありそうな大きな頭。

両腕をぴったりと身体に巻き付け、身体をゆらゆらと揺らしながら、妖怪「ぬっぺらぼう」のような異形のモノが、ぬうぅっと二体姿を表した。

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人間、想像を絶する恐怖に遭遇すると、そうそう悲鳴など挙げられないものだ。

恐怖のため全身が竦み身動きできないでいる私に、夫は、

「急カーブが続くよ。気をしっかり持って。」

と叱咤した。

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過呼吸と吐き気に襲われながらも、私は、目を閉じ、急ハンドルに振られて怪我をしないよう、頭を抱え身体を丸くし、この状況に必死に堪えた。

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夫は、アクセルをふかし、時に、エンジンブレーキを掛けながら、急な勾配の続く山道を一気に下った。

一歩間違えば、死へのダイビングとなりかねない。

生きた心地がしなかったことだろう。

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途中、数回、例の看板を目にしたが、峠を抜け、眼下に市街地が開けて来たあたりから、あの重々しい空気と、ゾワゾワする寒気は消え、いつの間にか、急な坂道もなだらかな舗装された道へと変わっていた。

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気がつくと、ナビもエアコンも回復していたが、私たちは、ひと言も言葉を発しなかった。

夫は、正常に機能し始めたナビが示す道路を、ひたすら走り続けた。

舗装はされていたが国道とは名ばかりの寂しい道。

既に日は傾きかけていて、友人宅に着いたのは、夕餉時だった。

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到着時刻を大幅に過ぎていたにも関わらず、友人とその家族は、たいそう温かくもてなしてくれた。

友人宅は、外観も家の中も こんな山奥には不釣り合いなほど大きく、料亭か旅館のような佇まいであった。

こんな山奥にひっそりと息をひそめるように暮らしている友人は、何を生業として生計を立てているのか不思議でならなかった。

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「山道で、道に迷ってしまって。ナビがうまく機能しなかったものですから。」

「それはそれは、大変なことでしたね。このあたりは、かなり入り組んでいますから。一歩奥に入ると私たち地元の人間でも迷ってしまいますもの。」

友人の母親が、笑みを浮かべながら労いの言葉をかけてくれた。

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私たちは、『巨頭ォ』と書かれた看板と、ざわざわざわとにじり寄るように近づいてきた「異形のモノ」たちについて尋ねることもなく、早々に床につき、夜明けとともにその地を後にした。

来る時は、あんなに難儀した山道が、帰り道は、まるで嘘のように、国道からすんなりと高速に乗ることができた。

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「どうして、あんな山奥に住んでいながら、あの人達全員標準語なんだろう。」

「さぁ、元々地元の人じゃないのかも。それとも、都会の喧騒が嫌になって実家に引っ越してきたとか。」

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「もやもやするなぁ。ところで、あの人達、あいつらに会ったことあるんだろうか。」

「さぁ、あの看板も、あの異形のモノたちについても、とても聞けるような雰囲気じゃなかったし。」

道すがら、私は、そう答えるのがやっとだった。

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以来、その友人とは、なぜか疎遠となってしまった。

翌年、泊めてもらったお礼とともに、年賀状を送ったのだが、「宛先不明」で戻ってきてしまった。

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そういえば、彼女とは、友人と呼べるほど親しかったわけでもなく、いつどこで何がきっかけで出会ったのか、そもそも なぜ友人宅を訪れることになったのか、全く思い出せないのだ。

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@aino 様
怖がらせてしまってごめんなさい。
評価とコメントありがとうございました。
10月になりましたね。
秋の夜長 これから少しずつ作品をアップして行きたく存じます。
どうぞよろしくお願いいたします。

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最初のアイコン?画像だけでとても怖いです!!((((;゚Д゚)))))))

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