「あいうえお怪談」第11話「うさぎの眼」   第1章「あ行・う」

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「あいうえお怪談」第11話「うさぎの眼」   第1章「あ行・う」

「あいうえお怪談」

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第1章「あ行・う」

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第11話「うさぎの眼」

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クリスマスの夜、不思議な力を持つ女の子のお話をお届けします。

ご笑覧いただけましたら幸に存じます。

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物心がついた頃から、「うさぎ」と呼ばれていた。

本当の名前は、あったのかもしれないが、忘れてしまった。

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目の周りが赤く爛れ、あたりの景色は、ぼんやりと霞がかかったようにしか見えない。

肌は、磁器のように白く、まつ毛も眉毛も白くその上薄かった。

髪は、薄茶色で、どころどころ白い毛が混じって生えていた。

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身体も同じ年齢の子どもたちと比較すると、かなり小さかったし、しょっちゅう風邪を引いたり、陽に当たるだけで、皮膚はヒリヒリと火傷をするように傷んだ。

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私が3歳になったある日、近所に住む叔父さんが訪ねてきた。

私を見るなり、「うさぎの眼のように赤いが。もしや・・・。」

と言った。

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「い、痛い。」

叔父さんが前に立つと、両目に激痛が走り、私は両手で目を覆った。

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飛び切る内臓、刺さる大きな爪と飛び散る血ふぶき。

生臭い鉄のような匂いと、むせ返るような異臭が漂う。

これは、獣の匂い。

私を訝しげに眺める叔父さんの周囲には、黒いモヤが纏わりつき、右隣には、黒い帽子とスーツを着た老人が佇んでいた。

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「残念だが、あなたは、もうじき死ぬ運命にある。覚悟せよ。」

(え?どうしたの。口が勝手に動いている。私、何を言っているの。)

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私の発する言葉を聞いた叔父は、激高し、うろたえる母と祖母を前に、口にするのもはばかられるような罵詈雑言を吐きながら去っていった。

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「あの、あの、ごめんなさい。口が勝手に動いて。」

ー叔父さんに嫌われた、怒らせてしまった。

号泣する私を、母は、「いいの。いいの。今日のことは、もう、忘れるのよ。」

と言って慰めてくれた。

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そんなことがあってから、2週間も経たないうちに、件の叔父は、不幸な事故で亡くなったと、かなり後になってから聞いた。

山に山菜採りに行った帰り道でのことだったという。

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死因について、教えてくれるものはいなかったが、私には既知の出来事だった。

「やっぱりそうなんだったんだ。」

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叔父の死が、私の中にある「力」に目覚める最初のきっかけだったことから、恨みに思う叔父の家族が、悲劇の発端は私にあると決めつけ、世間に吹聴したこともあり、年令を重ねるに従って、私は、「うさぎの眼」を持つ忌み子として周囲の人々から恐れられるようになっていった。

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心優しい祖母は、それは、私の中にいる何か 途方もない「もののけの力」によるものであると教えてくれた。

本来の私は、脆弱で臆病な社会のお荷物的存在にすぎないのだと。

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見たくもないのに、何故か気がつくと、先生や、友達や、その周りの人たち全ての「行きつく先」つまり「死にざま」が眼の前に浮かんでくる。

いつしか、学校にも行けなくなってしまった。

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「全てこの目が悪い。」

両目をえぐり取ろうとして、果物ナイフを突き立ててみたりもしたが、信じられないような力で跳ね返された。ナイフは、あらぬ方向へと飛んで行き、天井を支える梁に突き刺さった。

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「なら、私がこの世からいなくなればいい。」

高層ビルの屋上から飛び降りようとした時、たまたま、窓ガラスの清掃に来ていた業者の人に見つかって事なきを得るも、「どうして死なせてくれなかったのだ。」と泣いて食って掛かり、両親をはじめとする大人たちを困らせた。

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その後も、何度か自殺を繰り返すも、「何かが私を殺さなかった。」のだった。

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「解離性障害」の一つだろうということになったが、年齢を重ねるにつれ、人だけでなく、動物や植物、昆虫に至るまで、身の回りのすべてのものの最期や結末を予知出来るようになった。

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両親は、真綿でくるむように、見守り育ててくれたが、学校へ行けない私を案じた祖母の伝手を頼り、義務教育を終えるまで、私は、ずっと教員の資格を持つ遠縁に当たるUという人物に勉強を教えてもらっていた。

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Uは、言った。

「義務教育は、落第することはないから。たとえどんな子どもでもね。」

気がつくと、私は、中学校を卒業していた。(らしい。)

だが、卒業はできても、何処に居ても、何処に行っても「居場所がない」のに変わりはなかった。

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義務教育を終えた私を、父と母は、悩みに悩んだ末に、私の住む町から かなり遠く離れた高校へ進学させることに決めた。

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その高校は、どんな子どもでも無条件に受け入れるという 当時(おそらくは、今でも)でも珍しい学校だった。

いろんな子がいた。

そう、本当にいろんな子が・・・いた。

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いろんな子がいて「あたりまえ」世の中はそういうものだ。

入学試験の面接の時、園長先生は、そういって微笑んだ。

母は、「ありがとうございます。ここにいると、私は、〇〇○の親であることを忘れてしまいます。嬉しいです。とても。」と泣き崩れた。

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「〇〇○の親」

そうなんだ、私は、ずっと世間的には〇〇○だったんだ。

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そうとわかると、なぜか、ほっとした。

そこでは、ニックネームと称し、自分の下の名前、ファーストネームで呼んでもらえるとらしい。

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そんな素晴らしい高等学校なのに、なぜか、どの子の両親も暗く悲しい顔をしていた。

合格が決まり、入学式の日、母は、私の名前が呼ばれると、父の胸にすがり嗚咽していた。

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「ごめんなさいね。決して、あなたを忘れないわ。だから、ここで、頑張って生きて頂戴。」

「いつかきっと、迎えに来るから。それまで、我慢するんだよ。」

そう行って、両親は、何度も何度も後ろを振り返りながら去っていった。

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ーそっか、捨てられたのか私・・・。

「うさぎの眼」で見る気になれば、見れなくもなかったが、私を捨てた両親のことなど、もはやどうでも良かった。

(今度、会えるとしたら、「地獄」だな。)

内なる声は、ふふふん と笑った。

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高校に入学した数日後、親兄弟から見捨てられたという残酷な事実を知らされた者たちの中には、自死する者や、発狂する者、彷徨し行方不明になる者、数キロ離れた海岸沿いの村外れにある断崖絶壁から足を滑らせ、命を落とす者が跡を絶たなかった。

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「逃げても無駄。」

全て元の木阿弥となることを知っていた私は、行動する気にもならなかった。

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一学期の後半になり、初夏を迎える頃、私たちは、クラス分けと称する3つのグループに分けられた。

私は、「Nature Course」別名「獣道」に入ることとなった。

他のクラスの消息は知らない。

忘れたとだけ言っておく。

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私の内なる声が、

(いいじゃないか。望むところだ。エセ善人どもの化けの皮剥がしちゃえ。)と唆(そそのか)した。

私は、私の中にいる何かに言ってやった。

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「相変わらず、性格悪いね。」

(ふふふ、悪かったな。)

「あなたの言う通り、ラストシーンは、なかなかなものになりそうだよ。」

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「Nature Course」=「獣道」は、以下のニックネームを持つ7人で構成された。

「うさぎ」

「しか」

「おおかみ」

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「くま」

「たぬき」

「きつね」

「いのしし」

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私のように、未知の力、内なる力を持つという7人。

「獣グループ」か。

クラス担任は、

「7は、完全数だ。君たち7人は、選ばれし者、恵まれし者、喜び給え。」

と言って、パンパンとわざとらしい拍手をした。

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与えられた課題は、ただひとつ。

7人が互いに協力しあい、この森を「安全で住みよい場所」=「楽園」に作り替えよというものだった。

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期限は、3年。

食料や必要な日用品は、一週間に一度、クラス担任が、トラックで搬送する。各自、食料は、互いに分け合い共有、協力しながら食べること。

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宿舎は、整えられており、ちょっとした高級マンションを思わせた。

部屋は、全員個室。設備もそれなりで、学生寮よりは、ずっとずっと過ごしやすかった。

バスもトイレも各部屋一つずつ付いていた。

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休日は、7人で決める。

ただし、年間150日を超えて休んではならない。

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桜舞う春、紅葉の美しい秋、猛暑の夏、極寒の冬、四季折々、季節の移り変わりを味わいながら、この地に潜む、あらゆる外敵と戦い「獣道」を完成させよ。

「君たちなら出来る。」

というものだった。

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私を除く6人全員、戦慄しながらも、「がんばって楽園を作ろう。」なんてスクラム組んだりしていた。

だが、私には、見えていた。

別名VZ計画。

その最終目的は、

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「災禍を最小限に抑えることができる人物を作り上げる。」

「最終的に残るのは ひとりだけでいい。」

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いわゆる、サバイバル作戦だった。

私は、7人の中で、最も力が弱かったから、このままでは、真っ先に皆の餌食になるのは目に見えていた。

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だが、この眼のお陰で、今後おこるであろう惨劇を事前に察知した私は、数日分の食料を倉庫から盗み出し、その場から遁走することに成功した。

その後しばらくして、定刻にやってくるクラス担任のトラックから、食料を掠め取る技も身に着けた。

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私は、森の奥深くに身を置き、しばらくそこに居座ることにした。

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遥か遠くで、嬌声や悲鳴、銃など手渡されていないはずなのに、時に銃声が飛び交う音まで聴こえてきた。

私は、耳を塞ぎ、ほとぼりが冷めるまで、森の奥、湖のそばにじっとしていた。

1年が過ぎる頃、絶叫が響き渡り、2年が過ぎる頃、湖のそばで死んでいる数人を見かけた。

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約束の3年が過ぎる頃、あたりはしんと静まりかえり、遠くで響いていた叫び声も、銃声も、雄叫びといった様々な音がいっさい聴こえなくなった。

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(安全で住みよい場所=楽園が聞いて呆れるなぁ。)

「別に、最初からわかっていたことでしょ。」

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最終的に、生き残ったのは、「うさぎの眼」を持つ 私ひとりだけだった。

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森の中から出てくる私を見て、クラス担任や教員、校長も教頭も素っ頓狂な声を挙げ歓喜した。

「おお、なんということだ。もっとも弱く小さなもの『うさぎ』が生き残ったとは。」

「素晴らしい。これこそ、神の業としか言いようがないではないか。」

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超能力者 この世のものたちは、私たちをそう呼び、ある時は、利用し、称賛し、ある時は、哀れみ、ある時は、蛇蝎のように忌み嫌い蔑み、利用しようとした。

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人知を超えた力を持った者たちを集め、「選ばれし有能かつ有益なもの」だけで生き残ろうと企(たくら)んだ愚かな大人たちを前に、私は、両手を瞼の上に置き、5本の指を2つの眼球に突っ込んだ。

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「なにをする。馬鹿なマネは止めろ。」

激痛が襲う。血しぶきとともに、私の左右の眼球が身体の脇を通り抜け、転がり落ちる微かな音が聴こえた。

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ずっと前から視えていた。

業火に焼かれ、洪水に飲まれ、逃げ惑い、絶望の淵に立たされて、阿鼻叫喚する人類の姿が。

今更、何を望む。どこに希望がある。

「さようなら。みんな。さようなら私。」

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あぁ、これで自由になれる。

土に還(かえ)れる。

やっと、人間になれる。

無いはずの目から、大粒の涙がこぼれ落ち、頬を濡らした。

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