中編7
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地上げ屋と祠

また聞きの話のため推測や補足を多分に含んでいることをご承知ください。

私の出身は大阪府南部で、知っている人も多いかもしれないがここの名産は水茄子、玉ねぎ、そしてヤクザ者だ。

実際に中学の同級生から何人ものヤクザやそれに類する反社会的なアウトローを数多く輩出している。

もちろん私自身そのような輩とは関わりのない生活をしているが地元の人間と話すといろいろと彼らの武勇伝ややばい話などは嫌でも耳にする。

この話もその中の一つ。

まだ平成の頃の話。

ある企業が和歌山県内にリゾートを建設する企画が持ち上がった。

候補地は海からも山からも近くまさに自然を活かしたリゾート地には最適と思える場所だったらしい。

企業は周囲の山林を含めた土地の買収の準備をし始めたが山のふもと、ちょうど計画図面の中央付近、に一軒だけポツンと建っている民家のある土地の買収に手こずっていた。

その民家には60歳ほどのK氏が一人で住んでいた。

初め企業は相場の3倍程度の金額(ど田舎なので二束三文といえばそうだが)を掲示したがK氏は頑として受け入れなかった。

その後金額をどんどん釣り上げたがK氏はまともに話し合いにも応じないような状態であった。

建設計画に遅れが出てはいけないと焦った企業は地上げコンサルタントに相談をすることにした。地上げというと黒服の男が非合法的な手段で土地を取り上げようとするイメージがあるかもしれないが少なくともこの時代にはもっとスマートにもっと陰湿になっている。

そもそも暴対法があるので企業が直接ヤクザに依頼するのは御法度だ。なので企業は地上げコンサルタントのような存在に「なんとしてでも」その土地を手に入れたいと相談する。

そのあとはそのコンサルタントが彼の黒い人脈を使って様々な手段で土地を手に入れてくれるのである。

彼らの実行する手段の実例としては

・まず周囲の土地を買収して

 ・そこをゴミ置き場にして臭いや害虫を発生させる

 ・昼夜関係なく馬鹿騒ぎをする

 ・風上からBBQをして煙で燻す

 ・夜に大光量のライトを向ける

・近所で有る事無い事噂を立てる

・常に人を近くに立たせて監視し続ける

このようにして住民に嫌がらせを長期にわたって行い、相手が弱りきって根負けするのを待つのだ。また相手が相手なので近隣住民も決して助けてはくれず対象を地域から孤立させる効果もある。

これらは全て合法または直ちに犯罪とは言いにくい非常にグレーな行為であり警察も介入してくれないことがほとんどだ。

さて話を戻そう。

K氏の土地の地上げを命じられたその道の人Sは私の中学の5つ上の先輩にあたる。(私は面識はない)

Sおよびその仲間はすでに買収の完了した隣接する土地を借り(た体にして)早速上記のような嫌がらせを始めた。

初めこそK氏は非常に戸惑っていたようだが大変辛抱強く我慢していたそうだ。

そうなると逆に辛いのはSの方で、上からはことが進んでいないことを強く責められるようになった。もちろんこれは暴力が伴うのでたまったものではない。

時間的猶予のないSはギリギリ脅迫になるかならないかのラインを攻めた。

具体的には世間話の形で

「最近昼も夜もBBQしたり飲み会したり騒がしくしてすんまへんな。こう飲んでばっかやと火の元の管理が怪しなってくるわ。うちの若いのにも火事だけは起こすなて強う言っとるんやがあいつらも若いせいかめちゃめちゃやりおるんで心配やわー」

などと失火に見せかけた放火まで示唆されたところでとうとうK氏も根を上げてしまった。

耐えきれなくなったK氏は土地は売却するから一つだけ条件をつけさせて欲しいと言った。

K氏曰く

外からは見えない家の裏に祠のようなものがあり何かを祀っている。自分も亡くなった父もその祠については詳しく知らされておらず何を祀っているものなのかわからないが少なくとも祖父の代から祠の管理をしてきた。

ただ管理といっても周囲を掃き清めたり埃などで汚れていたら軽く掃除したりする程度でお供えなどもしていない。神棚程度の感覚で最低限の世話を続けてきた。

ただ流石に長年にわたって世話をしてきたので愛着もあれば畏怖もある。

最終的には祠も壊されるとは承知しているが魂抜き的なことをして心残りを無くしてから引き渡しとさせていただきたいが儀礼的なことには明るくない。どこに頼めばよいかもわからないので当てがあれば紹介してほしい。

K氏が土地を手放す気になったので彼の心が変わる前にとすぐにSは動いた。

まずは彼の地元の神社に行き話を聞いてみることにした。

だが彼が高校生時代にその神社で大層罰当たりなことをしたことを神主さんが覚えていたため塩を撒かれて話すら聞いてもらえなかった。

他にもK氏の土地に近い寺などにも行ったが檀家ではないし、そもそもそれが何かわからないのであれば何をすればよいかもわからないと全て断られてしまった。

当てが外れてしまったSは知り合いに霊媒師などに心当たりがないか聞いて回った。

蛇の道は蛇というか最終的には霊感商法をやっている自称修験者のMをひとづてに紹介してもらえた。Mは190センチ近い体格の持ち主でなかなかに威圧感のある男だった。

Mにはことの経緯を軽く話し、パフォーマンスで良いのでそれらしい儀式的なことをしてK氏を納得させてくれればそれでよいと伝えて了承を得た。

そしてとうとう似非魂抜き儀式を行う日が来た。

参加者はK氏、M、Sとその部下数名。

修験者の衣装のMは朝から儀式の準備をしており、正午から執り行うと聞かされた。

S自身はこういうことに全く興味がなかったせいか儀式の様子は蝋燭や何かの葉っぱや果物などが木の台に置いてあったことくらいしか覚えていないとのこと。

昼になり厳粛な空気の中Mの祝詞が響き始める。

Mは祭壇的なものの前に、他のものは全員その後方に立っている。

Sはぼうっとしながらさっさと終わらないかと考えていた。Mの祝詞だけが単調に響きどうにも眠くなってくる。

落ちかけていた意識が足の痺れでフッと戻った。

まずいまずいとチラと周りに視線をやるがおかしい。

妙に暗い。家の裏手とはいえ昼とは思えない。腕時計に目を落とすと午後4時を回っている。

4時間も居眠りしてたのか?と愕然としながら横を見るとK氏も部下も寝息を立てずに目を閉じている。

Mは?と思い前を見るとMはまだ祝詞を唱え続けている。しかし何か様子がおかしい。

恐る恐る近づくとMはダラダラと大量の汗や涎を流しながらうわごとのようにひたすら祝詞を唱えていた。

おい!と肩を揺するとMは意識を取り戻した。すぐに時間のこと、なぜか長時間立ったまま寝てしまっていたことを説明するとMはしばし考え込んだ後にいきなり柏手を一つパァンと打ち鳴らした。

するとハッとK氏と部下も目を覚ました。

Mはニコッとして「大変長時間の儀式で誠にお疲れ様でした。儀式は滞りなく完了いたしましたのでご安心ください。」などと言いながら片付けを急いでしている。

K氏は居眠りしてしまったばつの悪さからかやや下を向きながらお辞儀をしつつ、Mに「この祠は何だったのでしょうか?」と尋ねた。

Mは片付けのピッチを上げながら「詳しくは分かりませんが道祖神の類でしょう。害のあるようなものではございません。」と丁寧に答えた。

帰りの車の中隣に座っているMから話しかけてきた。

「明日は改めて行政書士と来て書類作りするんやっけ?」

「ああそうやな。しかしこんな田舎まで何往復もするんは流石に面倒や。」

「Sさん、あんたは今後もお得意さんになって欲しいから忠告やけど明日のそれ行ったらあかんで。部下にでも行かせいや。」

「なんでや?」

「今日の儀式な、あれ全然終わってへんねん。ちゅうかありゃ無理やな。誰かがババ引くしかないわ。」

「言ってる意味がわからんわ。わかるように言うてくれ。」

「祠に祀られてるものが何かはまったくわからん。わからんがあれはあそこにい続けるだけの存在や。ただあの場所にいるだけで何もせえへん。害もなければ加護もない。やけどどかそうとすると祟るな、あれは。」

「祟るって・・・殺されるんか?」

「どこまで強く祟るか知らんし誰を祟るかすらわからんわ。実際に取り壊す工事をするおっちゃんか、それを命令するお偉いさんか、元の土地の持ち主のKさんか、はたまたわしかあんたかもしれん。この業界で長生きしたかったら用心深いに越したことはないで。わしはあれから縁切りするためにしばらく山にお籠もりするわ。」

「俺はどうしたらええんや?」

「やからあれが何かわからんから対処もわからんのよ。まあできるだけあれに今後近づかんようにすることや、物理的にも精神的にもな。」

Mを駅に降ろしてから事務所に向かう。

上には今日のことを包み隠して報告し、いろいろそれらしい理由をつけて明日以降の対応は全て急遽部下に引き継がせた。

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友人「という話らしいわ」

私「は?なんのオチもないやんけ」

友人「まあそうやけど考えてみぃや。和歌山にそんなリゾートなんてできたか?」

私「ああ、そう言うこと・・・ね」

友人「ババ引いたんは誰やったんやろなぁ」

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@おーいお茶 様
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