あいうえお怪談 第1章 「あ行」       第2話 「愛の悲しみ」

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あいうえお怪談 第1章 「あ行」       第2話 「愛の悲しみ」

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第2話

「愛の悲しみ」

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都心に住んでいた頃のことだから、もうかなり前の話になる。

お読みいただけたら嬉しい。

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友人梛子(仮名)は、音大を卒業した後、都心の大手楽器店の音楽教室でピアノの講師をしていた。

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そこでは、ピアノ以外にも、あらゆる楽器を学び、尚且つ、自ら作曲や編曲した曲を演奏したりもするらしい。才能のある子なら、4・5歳で作曲や編曲などもできるようになるとのことだった。

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銀座の画廊喫茶でお茶を飲みながら、自分の教え子だった子が、超難関な音楽大学に合格したと、自分のことのように喜んで話していた。

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それがこの子だと。写真を見せてくれた。

バイオリンを手に、華奢で端正な顔立ちをした男の子Y君が写っていた。

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音楽教室の生徒の中でも、飛び抜けて、絶対音感に優れ、譜読みも、飲み込みも早い。

手指も長く、姿容にも恵まれ、非の打ち所がない。

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そんなY君に、バイオリニストになることを強く勧めたのは、梛子だった。

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既に、名のある賞を受賞してもいた。経済的にも恵まれ、ハイスベックに加え、ビジュアルもいい。

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「彼、私に気があるみたいで。高校の卒業記念に、クライスラー作曲『愛の悲しみ』のピアノ伴奏を頼まれたの。」

「凄いじゃない。恩師と弟子のコラボレーションだなんて。素敵だわ。」

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容姿端麗で気さくな人柄の梛子は、男性に良くモテた。

純朴で真面目なY君が、大人の魅力たっぷりの梛子に心惹かれるのも無理はない。

と私は、この師弟関係を微笑ましく思ったのだった。

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銀座街をウィンドウショッピング、至福の時を過ごした後、私達は駅で別れた。

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それから、半年、1年は過ぎただろうか。深夜、仕事から帰宅すると、梛子から留守電が入っていた。

「ごめん。会えないかな。私、どうしたらいいのかわからなくて。」

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うろたえ、嗚咽する梛子の声に重なるように、微かな音楽が流れている。

この音・・・バイオリン?優しくもどこか哀愁を感じさせるメロディ。

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折返し梛子の携帯に電話をしたが、とうとう繋がらないまま朝を迎えた。その日の昼、梛子からメールで着信があった。

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「今朝、Y君が亡くなりました。私のせい。」と一言だけ書かれていた。

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そういば、梛子が、顔を曇らせた瞬間があった。

「パーフェクトな彼だけど・・・メンタルがね。」

と。

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あの日、梛子から届いた留守電のメッセージと重なるように聞こえてきたバイオリンの調べ、それが、クライスラーの『愛の悲しみ』だったかどうかは分からない。

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