「あいうえお怪談」第10話「嘘から出た実」       第1章「あ行・う」   

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 「あいうえお怪談」第10話「嘘から出た実」       第1章「あ行・う」   

「あいうえお怪談」

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第1章 「あ行・う」

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第10 話「嘘から出た実(まこと)」

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Aさんは父親が映像機材を扱う会社に勤務していた関係で、幼い頃から映画が大好きだった。大学生になると、将来は、映画関係の仕事に就くことを夢見ながら、学生たちが主宰する自主映画サークルに所属した。

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Aさんは、主に画像処理や加工といった「技術面」を担当していたが、特に専門的な役割といったものはなく、とにかく、やれることは全て仲間同士協力し会うというアマチュアならではのスタンスが気に入っていた。

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この秋、毎年恒例の大学祭で、郊外にある古民家を借りきり、ほぼ三ヶ月かけて制作した20分程度の短編映画を上映した。

だが、初日から、「おかしなものが映り込んでいる。」との噂がたった。

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なんでも、開始から8分ほど経過したあたりで、主役の背後にある壁の隙間から、男の顔らしきものが、こちらを凝視しているというのである。

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さっそく、上映時間を一部変更してもらい、編集担当の先輩のYさんとCさん、新入生のNさん、Aさんの4名で、問題の箇所を検証してみることにした。

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確かに、8分過ぎた辺りで、ほんの数秒、壁の隙間に、丸く白いモヤ状のものが映っている。だが、Aさんには、それがはっきり「男の顔」と断言できるような映像には見えなかった。

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ーこんな箇所、よく気がつくなぁ。

と、半ば感心し、半ば呆れていた。

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AさんとNさんは、先輩のYさんに促されるまま、件の場面を停止し、拡大等、可能な限り画像処理と解析を試みた。

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徐々に「男の顔」が鮮明に浮かび上がると、Yさん以下全員が声を上げた。

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「あちゃー、どうして映り込んじゃったかなぁ。」

「これ、第2カメラ担当のCじゃないか。」

「あぁ・・・そうです。俺です。」

モニタ―画面を前に、Cさんは、バツが悪そうに頭をかいた。

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「しょうがねぇなぁ。」

「でも、仕方ないですよ。俺たち全員見落とすくらいなんですから。」

Aさんは、軽微なミスは、何処にでも誰にでもあり得るとCさんを庇った。

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「だよなぁ。」

皆が、困った表情を浮かべたが、ほんの数秒間 それも目を凝らして見なければ、分からない程度の映り込み。

ーよっしゃ、このままいくとするか。

Yさんの鶴の一声で、上映会は、そのまま継続され、映画自体も手を加えられることはなかった。

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変なものが映り込んでいるという噂は、SNSを通じて、あっという間に広がり、学内だけでなく近隣の大学生や、そういった類のものが好きな人たちが押しかけた。

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内容的には、限界集落を取り上げた地味な内容、凡庸なストーリー展開にも関わらず、連日立ち見が出るほどの盛況ぶりとなった。

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Aさんの父親も、撮影スタッフやエキストラが映り込むミスの処理について、時々、クライアントから相談されるらしく、「怪我の功名じゃないか。お陰で連日満席だそうじゃないか。」と一旦は容認したものの、「後程、これは撮影ミスだと伝えておいた方がいい。色んな意味で放置するのは良くない。」と忠告した。

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上映会は無事終了し、次の作品に取り掛かろうとしていた矢先、どこからどういう経路で流れたのか、この映像が動画配信サイトに、「心霊動画」としてアップされていることがわかった。一週間で再生数5000人超え、日を追って増え続ける一方とのことだった。

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この件について、自分には一切報告がない。疑念を抱いたAさんは、バズっているという噂の動画を見て驚いた。

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―違う。これじゃない。

モヤが掛かったような画像が鮮明になり、誤って映り込んだCさんの顔は、憎悪を込めた老婆の顔へと変貌を遂げていた。

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明らかにフェイクとわかる動画だった。元々、そういった類のものが嫌いだったAさんは、サークル仲間たちに、上映会の作品に映り込んだ顔は、撮影側のミスであることを正直に告白し、その上で即刻サイト側に削除要請するようにと提言した。

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詰め寄るAさんに対し、Y先輩は、アップした動画は、Cさんの顔に手を加え、その部分だけを切り抜いて配信したフェイクであると、あっさりと認めた。

「でも、そうでもしないと、サークルが作った自主映画なんて誰も見に来てはくれないだろう。」

と、半ば開き直った口ぶりでAさんに話したのだった。

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「君は真面目すぎるんだよ。あの場所(古民家)を借りるのだって、相当金がかかっているんだ。」

「今更、あれは嘘です。なんて言えないだろ。」

きっかけを作ったCさんまでが、そう呟いた。

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後輩のNさんは、何故か下を向いたまま黙ってうなだれている。

Aさんを除くほぼ全員が、承知の上での動画配信だったと知り、

「冗談じゃない。真面目なサークルだと信じて、協力してきたのに。」

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自分への裏切り行為と、罪悪感のかけらもないYさんに怒りが込み上げ、感情を抑えきれなくなったAさんは、机を蹴ってその場を後にした。

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以来、サークル仲間とは、一切連絡を断ち、それまで自主映画製作に費やしていた時間と労力を、就活と勉強に向けることに気持ちを切り替えた。

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数ヶ月が経った頃、たしか冬休み間近だったと記憶している。

午後の講義が休講になり、早めの昼飯を食べようと学食へ移動すると、後輩のNさんと偶然再会した。

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Nさんは、Aさんに近づき、真剣な表情でこう切り出した。

「ちょっと、お話ししたいことがありまして。もうじき昼なんで、お時間ちょっとだけいただけませんか。」

数ヶ月会わない間何が起こったのか、Nさんは、以前より随分痩せて顔色も悪く見えた。

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「昼飯僕がおごります。」

「いや、そんなことより、君さぁ、身体具合でも悪いの。顔色悪いし、痩せ過ぎだよ。悪い事は言わないから、あんなサークルとはかかわらないほうがいいよ。」

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Nさんは、力なく意味深な笑いを浮かべ、上目遣いでAさんを見つめながら呟いた。

「・・・もう事実上解散してます。」と。

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「実は・・・Yさんが、1ヶ月前から行方不明なんです。警察に捜索願を出しているんですが、まだ見つかっていないそうです。」

shake

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「Cさんは・・・、どうした?」

「あの、例の上映会のロケ先で借りた古民家で首吊り◯殺をはかったそうなんです。なんとか一命はとりとめたんですが。精神やられちゃって。大学休学して自宅療養中です。」

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「なんだって?あんなに羽振り良さそうだったじゃないか。」

例の件がバズり、それなりの収入を得たことで、フェイク動画に味をしめたYさんとCさんは、「心霊動画」にハマり始めたのだという。

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Nさんは、続けた。

「それだけなら良かったんですが。」

AさんとCさんは、あろうことか、心霊スポットめぐりを始め、その時の様子をビデをカメラで撮影し、後から、あたかもライブ配信しているかのように見せかけた動画を流していたのだという。

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加工技術を担当し、映像機材を扱う会社に勤務していた父親を持つAさんとY先輩は、どうしても繋がっていたかったらしく、何度かラインしたそうだが、Aさんがブロックしていたため連絡がつかなかったとこぼしていたらしい。

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「どうせ撮ってきたビデオ動画を加工し、よりリアルに見せたかっただけだろう。」

Aさんがそういうと、Nさんは、頭を横に振り、やや激しい口調で捲し立てた。

「違います。逆です。最初の頃は、遊び半分でしたが、撮ってきた映像におかしなものが映り込むようになってからは、映り込んだものが何なのか、誰なのか、映像を詳しく解析してみたくなったんです。」

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Aさんは、ただならぬNさんの様子につばを飲み込んだ。

「心霊スポットめぐりも、大した収穫もなく、そろそろネタが尽きかけた頃、ある日を境に、撮ってきた映像におかしなものが映り込むようになったんです。それも毎回同じものが。それが、何なのか、各方面から検証しようとしていたんです。」

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ー今更、何を言う。

Aさんは、そう思ったらしい。

「そもそも、Cさんが間違って映り込んだことが原因じゃないか。最初からわかってい・・・」

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Aさんが言い終わるか終わらないかのうちに、Nさんは、大声で叫んだ。

「違う違う違う違う番う。あの日、壁の隙間から覗いていたのは、Cさんじゃなかったんです。」

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「よく思い出してみてください。あの日、第2カメラが、あの位置にあるなんてありえないんです。絶対におかしいんです。」

shake

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そのことに気づいたのは、実は、Cさん自身でした。でも、あんなにバズってしまった後です、加えて、加工までしてしまった。とても、自責の念に耐えられなかったのでしょう。

ーだからといって、◯殺まで追い詰められるものか。しかも、あんな場所で。

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「Cさんじゃなければ、誰?ってことになりますよね。そもそも、あの空き家になった古民家を借りる祭、不動産屋と交渉したYさんですら、何も聞かされていなかったんです。再度、不動産屋に聞いてみることにしたのですが、時既に遅しでした。」

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「その頃、既にYさん始め、僕もそうですが、身の回りにおかしなことが起こり始めていたんです。」

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ごくり・・・

Aさんの背中に冷たいものが走った。

「今まで黙っていたんですが、僕、元々視える人なんです。あの古民家で撮影した日。おそらく、あの家に住んでいた家族のひとりなのでしょう。70代ぐらいの男が、怒りの表情で、僕たちを睨みつけていました。」

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「気づいていたのなら、なんであの時、すぐに言わなかったんだ。」

Aさんは、立ち上がり、Nさんに向かって怒鳴りつけた。

ーいや、たとえ、そのことを告げたとして、誰が信じただろう。と思いながらも、恐怖と怒りが入り混じり、感情を爆発させた。

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Nさんは、ガクッと肩を落とし、そのまましばらく床を見つめ続けていたが。クックックと小刻みに肩を揺らし、含み笑いを始めた。

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ー何がおかしい!

Cさんは、突然、顔を上げたかと思うと、カッと両目を見開き、Aさんを見据えながら嗄れた低い老婆の声で語った。

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「お前ら全員、呪い殺したかったからだよ。」

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嘘から出た実(まこと)の意味は、
「嘘のつもりであったものが、結果的に、はからずも真実となること。」
出展:国語辞典(三省堂)

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