幼馴染とおしら様               「あいうえお怪談」 「あ行・お」

長編18
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 幼馴染とおしら様               「あいうえお怪談」 「あ行・お」

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第17話「幼馴染とおしら様」

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「あいうえお怪談」

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第1章「あ行・お」

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私には、霊感はありません。

過去、幽霊を見たことも、怪異と遭遇したことも、ありません。

ただ、これから話す体験談は、そんな私が、生涯で、たった一度の おそらく、最初で最後の不思議な出来事です。

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私の近所にY子ちゃんという同い年のお友達がいました。

Y子ちゃんは、三人姉妹の末っ子で、Y子ちゃんの上には、3つ違いのA子さんと2つ違いのT子さんというお姉さんがいました。

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Y子ちゃんは、色白でほほに小さなそばかすが並ぶ、愛らしい顔をした女の子でした。背丈は、同年代の子どもたちと比べても、二回りほど小さく、今にも折れそうなくらい細く華奢な体型をしていました。

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授業中、ぼんやり外を眺めていたり、時々、ふらりと教室からいなくなったり、終始、退屈そうにしていました。勉強も好きではなさそうで、目立たないというよりは、影が薄いといったらよいのでしょうか。Y子ちゃんが教室にいなくても、同級生はおろか、担任の先生ですら、気づいていないかのようでした。

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Y子ちゃんは、誰にでも、優しく親切で、私は、Y子ちゃんが泣いたり怒ったりといった感情を露わにするのを見たことがありませんでした。

乱暴な男の子に足を踏まれても、嫌な顔一つせず、楽しそうに遊び続けているのです。

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公園で遊具の順番待ちをしている時、自分より小さい子に滑り台やブランコを横取りされても、「いいよ。私は、砂場で遊ぶから。」と、すんなりと譲ってしまう お人好しでもありました。

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「Y子ちゃん、優しくて おしとやかなのはいいけれど、小さい子には、順番を、ちゃーんと守らせないとダメだよ。」

そういって嗜める私に、Y子ちゃんは、笑みさえ浮かべながら、

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「いいのいいの。私はいいの。今じゃなくても遊べるから。」

と、鷹揚に話すのでした。どこかホッとさせるY子ちゃん。私は、そんなY子ちゃんが大好きでした。

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ただ、2つほど、どうしても理解できないことがありました。

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Y子ちゃんのお家のそばには、古くから地元の人達に大切に祀られてきた「稲荷神社」があるのですが、神社の境内にほど近い場所にあるというのに、なぜか、Y子ちゃんの一家(ご両親、お祖父、祖母さんを含む)全員が、神社の中を通らず、参道とは別の、鬱蒼とした雑木林の間を通る細くて暗い道を生活道路として利用していました。

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鳥居をくぐらないと、大きく迂回することになりますから、遠回りになりますし、時間も10分程度遅くなってしまいます。きちんと手入れが行き届いた参道ではなく、どうして、わざわざそんな道を通るのか不思議でなりませんでした。

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それとなく、Y子ちゃんに尋ねてみるのですが、

「う~ん、多分、話してもわからないと思う。」

と毎回、はぐらかされてしまうのでした。

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もうひとつの気がかりは、幼い私にとって、たいそう辛く悲しいことでもありました。

それは、私の両親や祖母、年の離れた兄たちまでが、Y子ちゃんとY子ちゃんのふたりのお姉さんたちと仲良くするのを快く思っていないことでした。

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あんなに優しく物静かで愛らしいY子ちゃんと、素封家(※お金持ち)にも関わらず、質素で慎ましやかに過ごしているご一家を、なぜ母や祖母が忌み嫌うのか、不思議でなりませんでした。

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Y子ちゃんも、母や祖母たちの、よそよそしく冷たい態度から、幼心にも うすうす感じ取っていたのでしょう。

「たまには私の家でも遊ぼうよ。」

と誘っても、

「ううん。いいの。お外かY子の家で遊びたい。」と頑なに拒むのでした。

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そんな事情もあって、私は、いつしか、外で遊ぶ時以外は、Y子ちゃんのお家で遊ぶようになりました。

Y子ちゃんのお家は、稲荷神社の鳥居をくぐった先に、ぽつんと建っていました。

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当時でも珍しい「専業農家」で、1兆部もある畑、鶏小屋と馬小屋、農耕具やリヤカーの置いてある大きな納屋があり、広大な敷地内には、本宅とは別に「離れ」10坪ばかりの小さな平屋が、3軒建っていました。

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Y子ちゃんと遊ぶ時は、放し飼いになっている十数羽の鶏を避けながら、お家と繋がっている馬小屋を通り過ぎ、ぐるりと 一回りした裏側にある玄関から中にはいらなければなりませんでした。玄関のある位置は、ちょうど稲荷神社とは背中合わせの方向に当たります。

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鳥居をくぐらないのも、玄関が、わかり易い場所ではなく、わかりにくい場所にあるのも、なにか理由があるんだろうなぁと思うぐらいで、いちいち気にも止めませんでした。

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ただ、とても広いお家なのに、遊ぶ部屋は、いつも玄関をあがってすぐの南側に面した十畳程の部屋に限られていました。

他にも部屋があったはずなのに、足を踏み入れることも、中を除いたこともありませんでした。

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私とY子ちゃんは、駄菓子屋さんで買ってきたお菓子を食べながら、紙の着せ替え人形で遊んだり、クレヨンで「こまつの塗り絵」を楽しみながら過ごしました。

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敢えて、3つ目の解せないことを挙げるとすれば、Y子ちゃんのお家で遊んでいる間、A子さんとT子さんのふたりのお姉さん以外のご家族(ご両親や、お祖父・祖母さん)と ただの一度も、お会いしなかったことでしょうか。

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専業農家と聞いてはいましたが、1日中農作業に徹しているわけでもないでしょうに、全く姿を見せないなんてあり得ません。

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学校の登下校時や休日の夕方、たまに近所で見かけることはありましたが、素封家の割には、質素というよりは、粗末なみすぼらしい身なりをしていました。

背中を丸め、下をうつむき、覇気のない顔をして歩く姿は、まだ小作といわれ、虐げられていた頃のようでした。

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大都会ではありませんでしたが、我が国が、戦後の復興著しい高度経済成長期、所得倍増に沸いていた時期です。あまりにも、似つかわしくない様子に、なぜあんな格好をしているのか、祖母にそれとなく聞いてみたことがありました。

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祖母からは、

「あの人たちには、触れてはいけないよ。私達とは、違うのだから。小さいあなたには、理解できないかもしれないけれどね。」

と、よくわからない答えが返ってきました。

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忌々しい・・・さっさと〇〇すればいいのに。

そんなことを呟いていました。

〇〇って?何?と母に尋ねると、母は、それには答えず、祖母を嗜めるように、

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「お気の毒な方たちなので。この子の前では、あまりきついことは話さないでください。子どもには罪はないので。」

と、言い含めると、料理の手を安休め、私の肩に手を置き、

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「あのね。お母さんやお祖母さんは、あなたにY子ちゃん以外のお友達とも遊んでほしいの。他にお友達はいないの?」

沈痛な表情を浮かべながら、そう呟いたのでした。

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「Y子ちゃんが一番好き。Y子ちゃんと遊んでいる時が、一番楽しい。」

たしか、そう答えたと思います。

祖母と母は、深い溜め息をつくと、互いに顔を見合わせながら、首を横に振りました。

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ある日。

着せ替え人形と遊んでいると、いつになく、目をキラキラと輝かせたY子ちゃんが、「明日の午後3時から、「おしら様」のお祝いをするの。私ちゃんも来てみない。」

と、熱心に誘ってきました。

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「「おしら様」って?お雛様と違うの。」と聞き返しました。

Y子ちゃんは、ニコニコほほえみながら、

「お雛様じゃないよ。『おしら様』だよ。」

「ふ~ん。なんかよくわかんない。」

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怪訝そうな顔をする私を前に、

「明日、来ればわかるよ。とっても楽しいんだよ。」

嬉しそうに微笑むと、踊りを舞うように、空中で両手のひらを波を描くように、くねくねと動かしてみせました。

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「うん。なんかよくわかんないけど。誘ってくれるのなら行ってもいいよ。」

と答えました。

Y子ちゃんは、

「良かった。楽しみ。イタコさんにも伝えておくね。」

「イタコさんって?Y子ちゃんのおばさんか、親戚の方?」

「うう~ん。ちょっとちがうかも。なんて言ったらいいのかな。明日教えるね。」

と。

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私は、全て謎だらけなのが心の隅に引っかかりましたが、持ち前の好奇心と、たまに近所で見かけるだけの、ご両親やお祖父・お祖母さんと、やっとお目にかかれる嬉しさから、つい二つ返事で了解してしまったのでした。

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それから、小一時間ほど、宿題をしたり、着せ替え人形や小松(こまつ)の塗り絵を楽しんだ後、Y子ちゃんの家を後にしました。

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帰り際、

「じゃぁ、必ず きっかり3時に来てね。遅刻しないでね。それから、これは、約束なんだけど。明日は、絶対に、あの鳥居をくぐらないで来て。少し、遠回りになるけど。必ず、反対の細い石畳の道の方を通って来て。」

と念を押されました。

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「どうして、鳥居をくぐったらいけないの?」

「明日だけは、駄目なの。『おしら様』の日だから。」

「それから、必ず3時に来てね。」

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なぜ、3時きっかりに行かなければならないのか、明日に限って、途中の神社の鳥居をくぐってはいけないのか、もう少し詳しく知りたかったのですが、あの大人しいY子ちゃんには珍しい威圧的な口調に気圧されてしまい、とうとう尋ねることができませんでした。

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「鳥居をくぐらないで、3時に来る。遅刻はなしということで。 約束だよ。」

「うん。分かった。じゃぁ、明日。鳥居をくぐらないで、3時きっかりに来るね。」

私は、復唱し、Y子ちゃんの家を後にしました。

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(もし、その約束を破ったら。どうなるのだろう。)

帰り際、一抹の不安が過(よ)ぎりましたが、それほど重要なことでもないように思えました。この時、なぜ、ちゃんと聞いておかなかったのか、後に我が身に降りかかる災禍を思い起こす度、ただただ後悔だけが残ります。

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日が傾きかけた神社の参道を通り抜け、

「今日はいいのよね。」

そう言い聞かせながら、鳥居をくぐり抜けました。

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ゾクリ

一瞬ですが、背中と頭上に、かつて一度も味わったことのない怖気を感じました。

私は、たった今来た道を振り返って見ましたが、神社までの参道が続いているだけで、何の変哲もないいつもの風景が広がっていました。

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ただ、この日は、10分足らずでたどり着けるはずの我が家までの道のりが、いつもの倍以上の長さに感じました。

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実際、どうしたわけか、16時前には、出たはずなのに、家に着いた時間は、17時を少し回っていました。1時間以上もかかるなんて。

鳥居をくぐったはずなのに、どうしてこんなに時間がかかってしまったのだろう。

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いつもより遅い帰宅に、母は、訝しげに問いかけてきましたが、Y子ちゃんの家で遊んでいたことを隠し、放課後学校で、同級生たちと一緒に宿題をしていた。それから、少しおしゃべりをしていたら、こんな時間になった。ごめんなさい。などと。見え透いた嘘をつきました。

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そそくさと食卓につき、夕食を食べ終え、ピアノの練習をしていた時、ふと、カレンダーに目が行き愕然としました。明日は、ピアノのレッスンがある日だったのです。それも、ちょうど、Y子ちゃんと約束した午後3時からでした。

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慌ててY子ちゃんの家に連絡しようと、電話の有る居間に急いだのですが、母が、なにやら深刻な顔で、電話をしている最中でした。遠くにいる高齢の叔母が重篤な病に罹患し入院したらしいとのことでした。1時間以上も話していたでしょうか。

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母が、受話器を置いた時、既に22時を過ぎていました。

こんな時間に、人様のお宅に電話など出来ません。

母には、いつまでも、部屋に戻らず、居間をうろついていたことを咎められ、父からは、子どもの夜ふかしはよくない。早く床につくようにと怒鳴られてしまいました。

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Y子ちゃんには、明日学校に行ってから伝えることにしようと、鎮痛な面持ちで、布団に入り、そのまま朝を迎えました。

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いつもより早く登校し、Y子ちゃんを待ちましたが、Y子ちゃんはいつまでたっても姿を表しませんでした。今日は、欠席かもしれない。担任の先生は、何も言わないところをみると、遅刻してくるのかな。と、5時間目まで待ちましたが、Y子ちゃんは、とうとう学校に姿を現しませんでした。

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どうしよう。

「おしら様」のイベントに行きたい。

でも、ピアノのレッスンをサボるわけには行かない。

どっちも3時。

迷い続けているうちに、どんどん時間が過ぎていきます。

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困り果てた私は、ピアノのレッスンをサボろうと思いました。

途中、タバコ屋さんの公衆電話から、ピアノの先生に「今日は、風邪を引いたみたいだからお休みします。」と電話をかけました。

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「まぁ、それはよくないわね。ゆっくり休んでね。お大事に。」

ピアノの先生の体調を気遣う優しい声に、一抹の罪悪感を覚えつつ、そっと受話器をおきました。

タバコ屋さんの柱時計は、既に2時45分を指していました。

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ここからだと、鳥居をくぐらずに、Y子ちゃんの家に行くとなると、更に10分以上遅くなってしまいます。約束の3時に間に合う自信がありませんでした。

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仮に、鳥居をくぐると、徒歩でも5分弱で着くことが出来ます。

猛ダッシュしたら、3分いえ2分半ほどで着けるかもしれない。

どうしよう。

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鳥居を前に、昨日の約束を思い出し、もう片方の細くて暗い道に足が向きかけましたが、草と鬱蒼とした木々に埋もれた淋しい道を目の当たりにしたとたん、遅刻をするくらいなら。

鳥居をくぐろう。

遅刻をするよりはまし。

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そう言い聞かせながら、鳥居の下を全速力で走り抜け、参道を通り、神社の境内を右に曲がり、やっとY子ちゃんの家の玄関まで辿り着きました。

玄関の扉を開けようと引き戸に手をかけましたが、いつもは簡単に開く玄関の扉が、びくとも動きません。

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呼吸を整えながら、

「すみません。今日、お約束していた〇〇です。Y子ちゃん。お呼ばれした〇〇です。」

ありったけの大きな声を挙げて、呼びかけましたが、返事がありません。

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お祝いごとのイベントがあるというのに、あたりはしんと静まり返り、咳(しわぶき)ひとつ聞こえてこないのです。

私は、過去、一度も足を踏み入れたことのない裏木戸の方へと歩いてみることにしました。

板張りの広い縁側を伝い、大きな中庭を通ると、家の全容が姿を表しました。

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私は、驚きの余り、そこに立ち竦んでしまいました。

家中の雨戸が、家全体を覆い隠すがごとく固く厳重に閉じられてあったからです。

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夜間でもなければ、悪天候だったわけでもないのに、どうして?

せっかく招いてくれたのに、私が約束の3時に少し遅れたことで、Y子ちゃんは、お仕置きでもされているのではないだろうか。

と。

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私は、思わず縁側に靴のままあがり、雨戸の隙間から中を覗いて見ようと試みました。

音がしないように、抜き足差し足、雨戸に平行に向き合いながら伝い歩きしていると、ちょうど、私の目と同じ高さに、小さな穴を見つけました。

それは、雨戸に用いられた板についている木の節穴(ふしあな)でした。

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雨戸の節穴から

トン トトン トン トン トン

かすかに、太鼓を叩く音が聞こえてきます。

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私は、節に顔をくっつけ、音のする方へ耳を傾けると、板の節がボロボロと崩れ落ち、小さかった穴が、手のひら大に広がり、大広間と思しき部屋が見えてきました。

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大広間には、Y子ちゃんと、A子さんT子さんのふたりのお姉さん、お父さんお母さん、他、ご親族なのか分かりませんが、十数名の男女が、円形になり、神妙な面持ちで座っていました。

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トン トトン トン トン トン

数名の太鼓の音色に合わせ、布をたくさん身にまとった二体の人形が、盲目の老婆の謳う歌に乗って、ゆらゆらと宙を舞っているではありませんか。

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う~う~るるっぅ~

一小節ごとに 曲調が変化し 緩やかで穏やかな川の流れのような調べが響き渡り、二体の人形が 高い天井スレスレまで上がったかと思うと、畳を擦るほど低く下り、また、上るを繰り返しています。

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その度に、何層にも重ねられた布が、人形の動きに合わせ、蝶の羽のようにひらひらと舞い上がるのです。

くるくると回りながら、下へ上へと伸びやかに宙を漂い続ける姿は、たいそう美しく、楽しそうに見えました。私は、我を忘れ、思わず身を乗り出してしまいました。

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体重が負荷を掛けてしまったのか、雨戸の板が大きく撓(しな)り、

ミシ ミシ ミシ ミシ

と軋み出しました。

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その時です。

ぱあん ぱあん ぱあん

何かが破裂する音がしました。

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大きな鏡が割れる音でした。

割れた鏡の欠片は、キラキラと光を反射させながら、

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バラバラバラ

ぐさ ぐさ ぐさ

宙を舞う 二体のおしら様に 突き刺さりました。

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ドタ ドタ ドタ

大きな音とともに、二体のおしら様は、畳の上に叩きつけられました。

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それから、

ゴロンゴロンと転がる音が響き渡ると、大広間から 私のいる縁側を通り越し、

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ビシャン

一体は、中庭の池の中へ沈み

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ゴドゴドゴド

もう一体は、中庭の石畳に叩きつけられ 動かなくなりました。

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キャー

イヤー

どうしたの

なんてこった

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大広間で、おしら様の舞を見ていた人たちの視線が一斉に私に注がれました。

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誰だお前は

何処から来た

なんだ、子どもじゃないか。

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あちこちから、怒号と叱責と落胆の声があがり、その場にいる大人たちが全員、今にも襲いかかって来そうでした。

私は、その場から脱兎のごとく駆け出しました。

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ごめんなさい。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

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逃げる私の背後から、Y子ちゃんや、ふたりのお姉さんたちの私を呼ぶ声が聞こえていましたが、恐ろしさと自責の念に苛まれ、振り返る余裕もなく、ただただその場からいなくなりたいという一心でひたすら走り続けました。

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例の鳥居をくぐり抜ける際、数羽のカラスに背後から 後頭部めがけて何度も何度も蹴られました。私は、頭を抱え、細かな杉や湿った枯葉に足を取られ、転びまろびつ、一目散に我が家までの道のりを、ひたすら走り続けました。

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いつの間にか、カラスの群れが、神社の方向に飛び去って行くのが見えました。

頭から、温かいものが流れてきました。触れるとパックリと頭が割れ、そこから出血しているようでした。

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あまりの恐怖に、痛さを忘れるほどに戦慄していました。

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せっかく招いてくれたのに、Y子ちゃんたち家族が大切にしてきた神様に対する罪悪感がないまぜになり、号泣しながら家路を急ぎました。

何処をどう通ったのか覚えていません。

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家の門扉にたどり着いた時には、既に、日は落ち、辺りは夕刻を過ぎていました。

玄関先で私の帰りを待っていた母の姿に、ホッとしたのもつかの間、サーッと血の気が引いていくのが分かりました。

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「その頭、どうしたの。何があったの。」

母や祖母、兄たちの声が、耳鳴りとともに小さくはるか遠くに聴こえ、ぞわぞわとした悪寒に襲われた私は、その場に倒れ込みました。

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その夜から三日三晩、40度の高熱にうなされ、熱は上がったり下がったりを繰り返し、病院に入院することになりました。

意識は混濁し、症状は一向に改善しないまま、いたずらに時は過ぎていきました。

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入院して一週間が過ぎようとしていたある夜のことです。

深夜2時を回る頃でした。

コンコンと病室のドアが叩かれ、つーーーとドアが開く音がしました。

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私は、そばで寝ている母に声をかけようとしましたが、身体が動きません。

病室のドアの前に、着物を着た若い女の人と、その横に お祭りの行列で見かけるような、黒いたてがみに、焦げ茶色の光沢。美しい毛並みをした大きな馬が、こちらを向いて立っているのが視えました。

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子ども心にも、二体の訪問者は、この世のものではないとわかりましたが、何故か怖くはなく、ただ理由もなく涙がこぼれて来るのでした。

若い女の人は、自分が着ていた着物を脱ぎ、隣に侍る馬の鞍の上にから綺麗な刺繍が施された敷物を手に取ると、布団の上に掛けました。

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金縛りにあったかのように、身動き一つ出来ない私の顔を覗き込むと、優しい笑みを浮かべ、

「アナタハイイコ イイコ アナタガ ダイスキ ダカラ 」

と告げると、若い女の人と、美しい毛並みをした駿馬は、ぴったりと身体を寄せ合うと、ダイヤモンドダストのように霧散していきました。

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「峠は超えたようですね。」

お医者様の安堵する声が聞こえてきました。

瞼に うっすらと朝の光が差し込んでくるのが分かりました。

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「お母さん。私・・・」

「気がついた。お熱は下がったわ。良く頑張ったわね。」

母に支えられながら、身を起こしてみると、寝具の上に、小さな布切れを接ぎ合わせて作った子ども用の布団がかけてありました。

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母の話によると、

私が、「女の人と駿馬」の夢を視ていた頃、Y子ちゃんとY子ちゃんのお母さんが、布を接ぎ合わせて作ったという 子ども用の布団を持って病室を訪ねてきたというのです。

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Y子ちゃんのお母さんが、両親や祖母に、どの程度まで話したかは分かりませんが、「この子が、大変申し訳無いことをいたしました。」と何時間も土下座までしていたというのです。

Y子ちゃんは、土下座するお母さんの横で、同じように土下座し、ひたすら号泣していたと。

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母は、目に涙を浮かべながら、

「おそらく、Y子ちゃんのお母さんやお祖母さんが、ひと針ひと針丁寧に縫い合わせ、接ぎ合わせて作られたのでしょうね。」

あんなに忌み嫌っていたのに、Y子ちゃんのお母さんが持ってきてくれた小さな掛け布団を、愛おしむかのように手で擦りながら話していました。

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丁寧にお礼を言い、むしろ、詫びをしなければならないのは、私の娘であると、頭をあげるよう何度もお願いしたそうですが、お元気な姿を拝見するまで、ここを動きません。とまでおっしゃったのだそうです。

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根負けした母が、その掛け布団を私に掛けた直後から、みるみるうちに熱が下がり、バイタルも安定し出したと。

朝日が差し込む頃、気がつくと、病室の片隅で、床に額を擦(こす)り付けるように土下座をしていたY子ちゃんとお母さんは、いつの間にか病室からいなくなっていたそうです。

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最後の点滴が外れ、一口ですが、形のある食事も取れ、その日のうちに、退院許可が下りるまで快復したのでした。

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退院後、Y子ちゃんに会えることだけを心待ちにしていた私を待っていたのは、想像を絶することばかりでした。

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Y子ちゃんご一家は、あの後、すぐに、先祖代々住んでいた元の土地へ引っ越したというのです。学校に行き、同級生に聞いてみても、皆、困ったような顔をして、言葉を濁すのです。

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学校から帰宅し、

「どうして。どうして。Y子ちゃんに会いたい。お家に行かせて。」

「もうY子ちゃんはいないわ。行っても無駄よ。」

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いつまでも泣き叫ぶ私に手を焼く母に、祖母は、

「一緒に行ってあげなさい。見れば納得するでしょう。」

と促し、母は、静かに頷きました。

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元気になったとはいえ、病み上がりの身です。母に手を引かれながら、逸る気持ちを抑えきれなかった私は、稲荷神社の鳥居をくぐらず、Y子ちゃんご一家が通っていた道を歩きたいと言い張りました。

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母は、首を小さく左右に振り、

「見てご覧なさい。道なんてどこにもないわ。」

母が指を指した先は、辺り一面私の背丈ほどに伸びた雑草が生い茂り、足の踏み場などどこにもありませんでした。

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母と私は、鳥居をくぐり、稲荷神社の境内を抜け、Y子ちゃんのお家へ行くことにしました。

(どういうこと。)

お家のあった場所に辿り着くと、呆然とその場に立ちすくんでしまいました。

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神社境内を抜けた先にあったのは、ボロボロに朽ち果てた廃墟同然の古民家でした。

「ここが、Y子ちゃんのお家だったところよ。」

「嘘、嘘。嘘。もっと立派で、もっと広くて。お馬さんや鶏がたくさんいて。ホントのお家は、こっち。」

私は、母の手を引っぱり、神社とは反対側にあった玄関へと駆け寄りました。

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その時、

私の目に飛び込んできたのは、腐った板塀に寄り掛かるように立っている三体のお地蔵様と、その横にある小さな祠でした。祠の中には、小さく切った布を身に纏った御神体が二体、大事そうに祀られていました。

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二体のお人形のような御神体は、木で出来ており、一体は女の人、もう一体は、馬の顔をしています。

私は、この二体の神様が、Y子ちゃんが話していた「おしら様」だと改めて確信したのでした。

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あの日、私が節穴から視た 宙を楽しそうに舞う二体のお人形。

高熱で苦しんでいた私の前に、顕れた女の人と、その横に立つ黒いたてがみの美しい駿馬は、まさしく、この「神様」だったのだと。

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「Y子ちゃんは。Y子ちゃんは。どこ、どこ、どこ。Y子ちゃんに会いたい。会って、お詫びとお礼をいいたい。」

母は、目に涙をいっぱい浮かべ、私を抱き寄せました。

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「そうね。そうね。あなたにだけは、視えていたのよね。Y子ちゃんは、あなたにとって、大切な大切な たったひとりのお友達だったものね。」

その時になって初めて、真実を知った私は、母の胸に抱きついて号泣しました。

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かなり後になってから知ったことですが、Y子ちゃんのご一家が先祖代々信仰していた「おしら様」と、近所に祀られているお稲荷様とは、相性が良くないとのことです。

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それぞれの神様が相争わないようにとの配慮から、稲荷神社の境内を歩かななかったのだろうと。名のある神社の総代をしていた母方の祖父が話していました。

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また、祖母からは、「おしら様にかけた小さな布を接ぎ合わせて作った丹前やお布団を掛けると、丈夫な良い子が育つという言い伝えがあるのよね。」と教えてもらいました。

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あれから、何年時を経たことでしょう。

私も還暦を過ぎ、そろそろ終活に取り掛からなければならない年齢になりました。

今でも時々、思い出すのです。

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あの優しかったY子ちゃんとの日々を。

「おしら様」あの夜の不思議な出来事を。

Y子ちゃんとY子ちゃんのふたりのお姉さんの三人が、異形のモノだったなんて、正直今でも信じられません。

信じたくないのです。

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Y子ちゃんは、今に至るまで、私にとって、唯一無比の存在に変わりはありません。

私の生涯において、たったひとりの親友なのです。

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