毎月お題の短編練習枠(🌱初心者歓迎)

皆さんこんにちは。
一向に文章が上達しないふたばです。(´・ω・`)
己の練習に他人を巻き込んでやろうと、掲示板を建ててみました。
以下、ここでのルールを説明します。( ᴗ ̫ ᴗ )

🌱ここは、短編の練習をする為の掲示板です。

🌱毎月単語を3つ、お題として出しますので、短編の「三題怪談」を募集します。

🌱「三題怪談」とは、1つのお話に決められた3つのお題のワードを入れなければならないという“縛り”で御座います。

🌱お話の長さの目安は、原稿用紙2枚分(800字)程度。
(あくまでも目安です、越えてしまってもヨシとします)
文字数カウント↓
https://phonypianist.sakura.ne.jp/convenienttool/strcount.html

🌱お題は毎月一日に更新されます。

🌱提出期限は毎月28日までとします。

🌱お話はいくつ投稿しても構いません。

🌱初心者大歓迎。実際私もほぼ読み専なので、文章が下手っぴです。軽い気持ちでご参加下さいませ。

🌱ここで投稿されたお話は、“ご自身で書かれたお話ならば”怖話の通常投稿にあげても構いません。
寧ろ、多くの方に見ていただけるよう、ここで試し書き、本投稿で完成品といったように使って下さいませ。
何なら他サイトでも投稿されている方は、そちらへあげるのも問題御座いません。
(※他の方の掲示板でも同じとは限らないので、その都度そこの掲示板主へご確認下さい)

🌱題名も付けて頂けると助かります(題名は文字数には含みません)。

🌱感想だけのご参加も大歓迎です。

🌱明らかな荒らしコメントは即刻削除致します。慈悲はありません。

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【4月お題】

「卵」「楽園」「嘘」

投稿期間 4/1 0:00〜4/28 23:59

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ですがまぁ…建ててみたは良いものの、私が独りで短編を書き続ける寂しい場所になりそうな気がします……

そこで!ちょっとした特典代わりと言っては何ですが、ここで投稿されたお話は、私ふたばが朗読させて頂きます。ᕦ(ò_óˇ)ᕤ
具体的に言うと、YouTubeにてその月に投稿されたお題の回答を、纏めとして朗読してアップします。
素人の朗読ですのでレベルは低いですが、創作意欲の糧になれれば幸いです。( ᴗ ̫ ᴗ )

※朗読されるのが嫌だという方は、お手数ですが文末に「※否朗読希望」とお書き下さいませ。

📚過去のお題アーカイブ
【9月お題】「彼岸」「ぶどう」「ネジ」
https://youtu.be/DlNJ68yKIfA
【10月お題】「十五夜(月のみでも可)」「図書館」「菊」
(※お題提供:あんみつ姫さん)
https://youtu.be/iA4spsQlSMA
【11月お題】「りんご」「子ども」「落ちる」
https://youtu.be/UMVBBrycZqU
【12月お題】「肖像画」「塩」「M」
(※お題提供:むぅさん)
https://youtu.be/MJmFrqUqvj0
【1月お題】 「ウシ」「晴れ」「厄」
https://youtu.be/N0tX10EOJoE
【2月お題】 「僧」「遊泳」「踊り」
Extraお題「怪僧」「宇宙遊泳」「阿波踊り」
(※お題提供:嗣人さん)
https://youtu.be/9j2vK_kKzhE
【3月お題】 「風」「証」「波」
https://youtu.be/zZoV2ce7poU
【4月お題】「サクラ」「窓辺」「人形」
https://youtu.be/kZzfmq8cNvM
【5月お題】「母」「鬱」「川」
https://youtu.be/RNqUE92-K2k
【6月お題】「クラゲ」「雨」「失踪」
https://youtu.be/BM0ataca42E
【7月お題】 「天の川」「亀裂」「写真」
https://youtu.be/RcXTXfzfKUk
【8月お題】「手を振る」「扉の向こう」「呼ばれる」
(※お題提供:ラグトさん)
https://youtu.be/omL3byV-eF0
【9月お題】「アリス」「スープ」「ハサミ」
https://youtu.be/w20FnRK-bQQ
【10月お題】「バラ」「時計」「たばこ」https://youtu.be/g_zxwy1H73I
【11月お題】「無人探査機 」「提灯鮟鱇 」「地引網 」
(※お題提供:ロビンⓂ︎さん)
【12月お題】
「プレゼント 」「空席」「信号 」
【1月お題】
「トラ」「階段」「玉」
【2月お題】
「ネコ 」「チョコレート」「箱」
【3月お題】
「ウメ 」「日記」「歌声」
【4月お題】
「駅 」「看板」「ポスト」
【5月お題】
「灯り」「公園」「針」
【6月お題】
「カッパ」「アジサイ」「自転車」
【7月お題】
「浜辺」「貝」「欄干」
【8月お題】
「ニセモノ」「蝋燭」「指」
【9月お題】
「帰り道」「ビン」「コスモス」
【10月お題】
「先生」「空腹」「筆」
【11月お題】
「橋」「ゾンビ」「忘れ物」
【12月お題】
「足音」「雪」「吐息」
【1月お題】
「ウサギ」「獣道」「目」
【2月お題】
「鬼」「酒」「身代わり」
【3月お題】
「都市伝説」「ピアノ」「ボタン」
【4月お題】
「絵本」「珈琲」「霞」
【5月お題】
「シミ」「地下」「蝿」
【6月お題】
「ダム」「悲鳴」「カエル」
【7月お題】
「夏草」「鏡」「プラネタリウム」
【8月お題】
「漂流」「雲」「ラムネ」
【9月お題】
「神隠し」「お米」「カバン」
【10月お題】
「皮」「警告」「お札」
【11月お題】
「1週間」「影」「オレンジ」
【12月お題】
「ケーキ」「透明」「チャイム」
【1月お題】
「 」「 」「 」
【2月お題】
「穴」「遅刻」「節」
【3月お題】
「足跡」「惑星」「メッセージ」

※追記:ここのお話を本投稿へもアップされる方へのお願い
🌱先に述べた通り、ここに書いたお話は一般の怖い話にも投稿して頂いて構いません(そもそも著作権は作者のものですから)
🌱一般投稿分は掲示板のレギュレーションから外れますので、文字数を気にせず加筆修正しても何も問題御座いません。
🌱ですが、投稿の際には題名に“三題怪談”の文字を付けないで下さい(同じ企画系列の題名が並ぶとうんざりしてしまうユーザーが現れ、揉める為。実際、過去にそういう事がありました)
🌱また、お題の単語をお話の解説欄に載せると、その単語に気を取られて純粋な短編として楽しめないので、読者的には解説欄には“掲示板より”とだけ書いて頂けると助かります。
(コメントにお題の単語をネタバレ防止で公開するのはアリです)
(ここのページのURLは貼っても貼らなくてもいいです)
🌱代わりに、投稿作のタグ欄に、お題の単語タグ3種と“毎月お題の短編練習枠”タグが知らぬ間に付いております。十中八九私ふたばが犯人なので怖がらないで下さい。

企画というより常設となるこの場所は、細く長く続けていきたいので、何卒、ご理解下さいませm(_ _)m

ふたば様
今月は、5作品投稿しました。
とても、良いお題をありがとうございました。
ギリギリまで粘って書きました。
まぁ、度の話もあまり怖くはありませんが、気に入っていただけたお話はございましたでしょうか。
来月のお題は、ロビン様が出してくださるとか。
とても楽しみにしております。
ではでは、このへんで。
いつもありがとうございます。
お仕事としながらの作業、大変かと存じますが、いつも応援しております。
頑張ってくださいね。

返信

『嫌いなもの』

「秋バラは、咲く景色じゃなくて、花一輪の美しさを楽しむのよ」

そう教えてくれたのは、他でも無い彼女だった。

4月から5月に一面に咲く、春のバラの豪華さとは違い、秋に咲くバラはぽつんぽつんと疎らにしか咲かない。だけどその分、花のひとつひとつが際立つのだと……

正直、バラには一季咲きのものと四季咲きのものがあるのだということすら知らなかった俺は、その秋バラというもののイメージが湧かなかった。

「中でもね、パパ・メイアンって黒バラが綺麗なの。あ、黒バラって言っても炭みたいな真っ黒な色じゃなくてね……」

思えば、10年以上も付き合っておいて、一度も秋バラを見には行かなかった。
どうしても、ただの寂れた緑のツルが蔓延る景色しか、想像が出来なかったのだ。
実家に植るモッコウバラは、一季咲きのバラだった。

どんな花よりバラが好きだった彼女、それなのに悪い事をしたと思う。
…きっと、そういうところだったんだろうなぁ。

互いが好きな物が、どうしても合わないというか……

俺のタバコもそうだった。タバコの煙に包まれるのが至福の時間だった俺と、その匂いが大嫌いな彼女。

季節外れの花に美しさを見出す彼女と、淋しさしか感じない俺。

逆に、よくもまぁ10数年も続いたと思う。
気が付けば互いに30を超えて、1人娘の彼女は親に結婚の事を迫られて、貴方とはもう終わりにしたいと言って、そして……

彼女と同じ時間を過ごせなくなって、もう数時間が経過した。
2人で長い時間を共にしたこの部屋の床は、赤バラの花弁を散らした様に汚れている。
こんな色の赤バラなんて、俺は見たことも無いけれど。

ぼうっとしたまま部屋を見渡すと、いつだったか彼女とアンティークショップで買った時計が目に入った。
時間にルーズな俺を思って、部屋の時計の針は5分早められている。
そのズレた5分を元に戻しても、彼女との時間はもう、戻らない。

「日本人にとって花といえば桜であるみたいに、西洋では、花といえば薔薇なのよ」

ふと、彼女の言葉を思い出す。

だったら、美しい桜の木の様に、薔薇の木の下にも死体が埋まっているのだろうか。
そんな事を思った。

そして、彼女を埋めるなら、薔薇園に埋めてあげたいとも、何となく思った。

それきっとサイコパス的な発想なのかも知れない。だけど、そんな思考が既に当たり前になっていた。

俺は徐に立ち上がり、彼女だったものを連れて、車を走らせた。

あんなにも頑なに行かなかった、秋の薔薇園。付き合い始めて最初の年には、ゴールデンウィークの混雑時に行った憶えがある。

とてもよく、憶えている。

思い出の地に、土足で踏み込む。時間は既に真夜中だった。
不法侵入だとかは、どうでも良かった。

スマホのライトで、地面を照らす。
スコップは都合よく、薔薇園の道具小屋に置いてあった。

そして、彼女が眠る為の地面を、掘って、掘って、掘って、掘って……

気がついたらもう、彼女の身体は殆ど土に埋まっていた。穴に入れて土を被せたのは、紛れも無い自分だった。

疲れ切って地面に座り込む。

ライトが付いたままのスマホが転がり、近くの立木を下から照らす。

根本の札には、パパ・メイアンの文字。
目線を上げると一輪の赤黒いバラの花が、血のような色をして俺を見つめていた。

返信

「恐怖」

皆さんは、「恐怖」という合唱曲を知っているだろうか。
当時、私の中学校では、年間学校行事として「校内合唱コンクール」が大きな比重を占めていた。

私が中学校二年生の二学期の出来事である。
私のクラスに 一人の男子転校生がやって来た。
仮にT君としておこう。
T君は、三白眼で青白い顔色をしていた。
彼が、近づくと、枯れ葉を燻(いぶ)ったようなタバコの香りがした。
都心に住んでいたという割には、全くといっていいほど垢抜けていない。
麻布でできた蓋付きのカバンを斜めがけにし、猫背気味に歩く姿は、年齢よりもずっと更けて見えたし、そもそも、明治か大正時代からタイムスリップしてきたような雰囲気を醸し出していた。
ズボンのベルトには、「懐中時計」がぶら下がっており、時折、それを眺めては、物憂げな表情を浮かべている。話す言葉も、どこか慇懃無礼で、上から目線のような印象を与えた。
私は、そんなT君が苦手で、席は近かったが、それとなく距離を置くことにした。

合唱コンクールの日が迫っていた。
課題曲が発表になり、自由曲を選ぶ段階でクラスは紛糾した。
私は憂鬱だった。このクラスでピアノを弾けるのは私だけしかいなかったからだ。
伴奏は、独奏とは違う。「頼むから、弾きやすい曲にしてくれないだろうか。」そんな祈るような気持ちでいた。

なんとなく、定番の合唱曲で決まりそうになった時、「ちょっと待って。いい曲がある。」
T君の声が響いた。
「『恐怖』という曲にしよう。これだと、間違いなく優勝する。歌詞は、こんな具合。」
T君は、そういうと例の麻出できたカバンから、詩集のような本を取りだすと徐に読み上げた。
一言一言に クラスの皆がざわめいた。
女子の中には、怖いと叫びだすものもいたが、大部分のクラスメートたちは、興味を持ち始めた。
「歌詞は分かった。どんな曲か知りたい。」
クラス委員のY君が声を上げた。
T君は、口元に笑みを浮かべると、合唱コンの練習用に置かれた足踏みオルガンの前に歩み寄り、椅子に腰掛けると 当然のように弾き語りを始めた。

♪道をたづねてきたひとが
ひと晩に三度もやつてきた
三度ともわたしはそれを教へた
暗い晩で
雲がさかんに寒ぞらに走つて
砥ぎ出された星がいくつも輝いてゐた

その人はその晩はさすがに最う来なくなつた
しかし私はどうしても来るやうな気がした
暗い星ぞらをみていると
ぬかつてゐる道をあるいてゐるその人が見えるやうな気がした

私は机にもたれては
聞耳を立ててからだを凝らしてゐた
もしやその人がふいに来はしないかと
胸がどきつくほど落ちつかなかつた
窓はいくども開けてみた
暗さが暗さを折りかさね窓につづいてゐた
たうとうその人は来なかつた ♪

ハリのある魅惑的な声が教室全体に響き渡る。
意味不明な不気味な歌詞と、それにマッチした曲を 弾き語りしているT君に皆が魅了され、自由曲は、『恐怖』に即決された。
T君は、唖然としている私の前につかつかと歩み寄り、
「君には、この曲は無理。君は、課題曲を弾き給え。自由曲は、僕が弾く。君は、朝の礼拝で奏楽の奉仕をしなければならないからね。」
と告げ、不遜な笑みを浮かべた。
「皆さんは、多分、知らないと思いますが、この曲の歌詞は、あの有名な室生犀星の詩です。どうです。ゾクゾクとした怖さが伝わってくるでしょう?」
血走った三白眼と慇懃無礼な物言いに対し、クラスメイトは、誰一人として言い返すものはいなかった。全員、蛇に睨まれたカエルのように、ただ、こくりと頷くのが精一杯だった。

練習は、ほとんど朝のホームルーム前と放課後の数十分程度ではあったが、練習を休む人はほとんどいなかった。
この曲は、ラストがクライマックスなのだが、私は、歌いながら、毎回鳥肌が立った。

なぜなら、T君の右肩に、赤黒い影がまとわりつき、委員長のY君や指揮者のE君はじめ、クラス全体が、その影に操られているように感じられたからだ。
T君は、課題曲を弾き終えた私と交代する時、毎回、無愛想な声で、「お疲れ様。」と言った。
それから、悲しみと憎しみが入り混じった表情で、私のことをじっと見つめるのである。
もちろん、それは、一瞬の出来事で、気のせいと言ってしまえばそれまでのことなのだが。

合唱コンクール当日、T君は、学生服の胸元に真っ赤な薔薇の花を一輪挿してやって来た。
手元には、いつも、ズボンのベルトにぶら下げている『懐中時計』が握られていた。

課題曲を歌い終わり、伴奏を終えた私が、ソプラノのパートの列に並んだのを確認すると、T君は、深々と、会衆に向かってお辞儀をし、「自由曲:恐怖。」とのアナウンスを聞くと、懐中時計をグランドピアノの上に置き、ニヤリと口元を緩ませた。
そして、ゆっくりと椅子に腰掛けると、指揮者のE君に 人指指と中指を立て、
「いいよ。」
と、合図を送った。

タバコの匂いがあたりに漂う。
いつもより、濃いと私は感じた。

ジャジャーン ザザザザザ
ピアノの不協和音が響き渡る。
と、同時に、会場にどよめきが起こり、会衆一同、騒然とした雰囲気に飲まれた。
それまで、ステージを照らしていた照明が全て落ちたのである。
が、しかし、伴奏も合唱も辞むことなく続けられた。

T君の胸元の赤い薔薇の花びらが、ひらひらと零れ落ちるのが見えた。
明かりもないのに、なぜか懐中時計だけが銀色に光っている。
会場全体が、たばこの紫煙のような靄に呑み込まれ、まるで深夜のようにひんやりとしたしまった空気に満たされた。

いったいどうしたの。
私は、うろたえながら、あたりを見渡した。

え?
クラスメイト全員が、目も鼻も耳もない。真っ白いのっぺらぼうになっている。
だが、なぜか口元だけが、真っ赤でパクパクと動いている。

歌声もピアノ伴奏も なにも聴こえない。
聴こえてこない。

一瞬何が起こったのか 起こっているのか分からなかった。
私は、固く眼を閉じ、祖母から貰ったロザリオを握りしめ、早くこの『恐怖』が去ってくれることだけを祈った。

ふと、タバコの匂いがした。

―ほう、君は、この光景が異常だということが分かるんだね。ただの……だと思ったら、そうじゃなかったんだ。ホント!胸糞悪いったらないよ。こんな田舎にいるとはねぇ。―
ピアノ伴奏しているはずのT君が、私の耳元でそう囁いた。
そんな馬鹿な。
鋭利な何かが頬に突き刺さった。
「痛い。」
―そうかい?痛いかい?でも、この薔薇は、もう枯れているんだ。薔薇はね。僕たちの種族に触れると枯れる運命に在るんだよ。―
「あなた誰?まさか!」
―そう、そのま・さ・か だよ。君たちのご先祖たちによって亡きものとされた悲しい者たちさ。見てくれ、トゲと枝だけになってしまった。あの美しい薔薇がね。ー
T君は、私から眼をそらずと、ふぅとため息を漏らした。
ーそろそろ、潮時かぁ。ここなら、楽しく暮らせると思ったんだけど。ー

パチパチパチ 会場からたくさんの拍手が聞こえてきた。気がつくと、あたりは明るくなっており、頭上は眩しさで目がくらむほどのライトに照らされ、会場は、2学年でありながら、難曲を歌い熟した快挙を称える歓声で満ちあふれていた。

突然の停電というアクシデントにもかかわらず、最後まで歌い切った功績もさることながら、想像以上の完成度に審査員満場一致の最高得点、皆が高評価を付けたのだ。
私達のクラスは、見事、最優秀賞を含む全ての賞を総なめにしたのだった。

T君は、一日にして全学年に知れ渡るスターとなった。
にもかかわらず、T君は、合唱コンクールの翌日から、学校に来なくなった。
そして、3年生に進級する少し前に、別れの挨拶もせずに転校して行った。
お父さんの仕事の都合だというのだが、クラス担任もご両親とは、電話で話しただけで、全てT君ひとりで手続きをし、ただの一度も見えぬまま引っ越していったと話していた。

3年ほど前、還暦祝と称し、中学校の同期会が開かれた。
当然のように、見事最優秀賞を手にした校内合唱コンクールが話題にのぼった。
私は、それとなく、T君について聴いてみた。
「あの年齢にしては、随分と老成したような不思議な雰囲気を醸し出す生徒だったよねぇ。」
「そうそう、音楽のW先生が話していたよ。あの子の演奏は、ちょっと変わっていたって。私は、そっち方面のことには詳しくないのだけれど、かなり前に亡くなったポーランド出身のピアニストの演奏によく似た弾き方をしていたらしい。古い弾き方で、珍しいってさ。」
「古いといえば、彼、カビ臭いというか。タバコ臭くなかった?」
「それと、当日、真っ赤な薔薇の花を一輪 胸ポケットに挿してきた時は、なんかこの人変じゃない?と思ったわ。」

今は、どこでなにをしているのか そもそも生きているのかすらわからない。謎は謎のままで。思い出は、薔薇の花のごとく。時は、タバコの煙のように儚く過ぎる。それでいいのだと思う。

吸血鬼が薔薇の花を手にすると、またたく間に枯れてしまうのだと。
まぁ、あの程度で済んで良かったのかもしれない。
私は、そっとロザリオを握りしめた。

2021年10月28日 22時50分

返信

@ロビンⓂ︎ さんこんにちは(=゚ω゚)ノ

何とも嬉しい御提案…!
勿論有難くお題を頂戴致します(。-人-。)

ちなみに、過去1番難易度が高かったのが、嗣人さんへの無茶振りが無茶振りで帰ってきた2月のお題でしたが、この時は元のままのお題と、レベルを下げたバージョンのお題(もしかしたら居るかもしれない初参加の方への配慮)の2通りになった事も御座いました。
ですので遠慮無く、かぐや姫もドン引く超難題のお題を御提供して下さいませm(_ _)m

もしもの時の調整はこちらでやっておきます٩( 'ω' )و

返信

ふたばお兄様。
来月は僕から超難関お題を提供させてもらってもいいですか?…ひ…

返信

ご利用の皆様へ🌱
10月度のお題短編の締め切り日は本日28日の23:59までて御座います( ᴗ ̫ ᴗ )
宜しくお願い致します。

返信

変更を加え、本投稿にアップした正式バージョンです。
《赤いよだれ掛けをした地蔵の前で》
三本めの煙草を足元に落とした時、時計に目をやると、既に深夜1時を過ぎていた。
約束の零時はとうに過ぎている。
初秋を報せる冷たい風が首筋をくすぐる。
時折起こる列車の通過音と地響きが、俺の心をさらに重くした。
コートの襟を立て、胸ポケットに挿した一輪のバラに軽く触れると「やっぱりな」と呟き、自嘲気味に一つため息をついた。
今俺が立っているのは、とあるローカル駅の高架下にある、赤いよだれ掛けをした水子地蔵の前。
女は昨晩、ここを逢瀬の場所として指定した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その女とは昨晩、駅前にある小さな居酒屋のカウンターで隣同士になったことがきっかけで、言葉を交わすようになった。
カウンターの一番隅っこに座っていて、年のころは多分30前後。
ワインカラーのワンピースに腰までの長い黒髪が印象的で、初めからどこか物憂げな雰囲気を醸し出していた。
聞くと、長い長い不倫関係の末、最近男にフラれたということだった。
20代という女として最も輝いている時期を犠牲にした引き換えにしては、あまりに不毛な結末だろう。
俺は、女のだらだらとした恨みつらみに対して何の返答もせず、ただひたすら頷いていた。
すると女は前髪を気だるげにかきあげ、物憂いな白い顔を見せると、最後にこう言った。
─こんな心も体もズタズタの私に少しは関心を持ってくれたのなら、また会ってくれますか?
そしてもしその時まで、あなたが私の気持ちに寄り添っていてくれたのなら、その証として胸に一凛の薔薇を指してきてくれますか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バカな俺は、そんな女のセリフを信じて、サーカスのピエロよろしく薔薇を胸に挿し長らく待っていたが、やはり徒労のようだった。
深いため息を一回ついて一歩を踏み出したその時だ。
コンクリートに囲まれた高架下の十メートルほど先にある出口辺りに、人影がある。
月明かりに浮かんだその姿は、まるで砂漠の蜃気楼のように朧気で不確かだった。
俺はじっと目を凝らす。
長い黒髪にワインカラーのワンピース。愁いを帯びた白い顔。
あれはもしかしたら、、、
「○○さん、ですか?」
思わず、昨晩聞いた女の名前を言ってみる。
女は俺の問いには答えることなく、一瞬その白い顔に優しい笑みを浮かべると、そのまま徐々に薄らいでいき、最後は消え失せた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ただ呆然とその場に立ち尽くしていると、背後から声がする。
「噂は本当やったみたいやな」
驚いて振り返ると、黒いジャージ姿の初老のオヤジが険しい顔で立っている。
オヤジは唐突にしゃべりだした。
「ああ、驚かしてすまんな。
ワシはそこの屋台でラーメン屋やってるものだけどな。一週間ほど前なんだけど、そこの駅で飛び込み自殺があったんだわ。
なんでも若いお嬢さんだったみたいなんだけど、それ以来、この近辺に女の亡霊が現れるって噂がちらほら聞かれるようになったんだが、本物を見たのは、このワシも初めてやったわ」
それからバツの悪そうに頭を掻くと、そのまま逃げるように立ち去った。
《Fin 》

返信

🌱ご利用の皆様へ

かなり遅れましたが、9月のお題怪談の朗読動画をアップ致しました。
動画の尺が2時間を超えたせいか、色々試して見ましたが、先月に続き音質が死んであります…orz

https://youtu.be/w20FnRK-bQQ

一応各お話の音源は手元にありますので、もしもうちょっと音質がマシな朗読が聞きたい場合はそのお話の音源を渡しますので、お気軽にお申し付け下さいませ(「´・ㅿ・`)「
(音源のみの場合、YouTubeのものより音質はある程度まともですがbgmはありません)

少しでも皆様のモチベーションに繋がればと思います( ᴗ ̫ ᴗ )

2時間にもなるとアップ時に音質は悪くなるし視聴するのも大変ですし、前後半に分けて投稿するべきかもですね……(ᐡ ̥_ ̫ _ ̥ᐡ)

返信

@車猫次郎 さん御参加有難う御座います( ᴗ ̫ ᴗ )

若い女性が指定した、赤いよだれ掛けをしたお地蔵さん…、ひょっとして水子地蔵だったんですかね。そう思うと、もしかしたら女性のお腹の中には……
女性が最後に見せた笑み、それは、ここに来てくれた男性に「約束を守ってくれたんだ」と満足してのものだったのか、それとも「こんな生真面目な人ならこの子を託して安心」と勝手に決めての事なのか……

いや、そもそも不倫関係だからって妊娠していたとの描写は無かったし、でも身重なら男性が逃げると思って黙っていたかもしれないし、それにわざわざ題名をこれにしてまで強調しているってことは……

何とも深読みすると飲み込まれてしまうお話ですね(O_O)

でもこんな時間にうろちょろしてたおじさんは絶対「噂の幽霊を見てやるぜ、へへっ」ってテンションだったのは間違い無いですね。笑

返信

《赤いよだれ掛けをした地蔵の前で》
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
三本めの煙草を足元に落とした時、時計に目をやると、時刻は既に深夜1時を過ぎていた。
初秋を伝える冷たい風が、首筋をくすぐる。
時折起こる列車の通過音と地響きが、俺の心をさらに重くする。
俺はコートの襟を立てると、胸ポケットに挿した一輪のバラに軽く触れると「やっぱりな」と呟き、自嘲気味にため息を一つついた。
今俺が立っているのは、とあるローカル駅の高架下にある、赤いよだれ掛けをした地蔵の前。
女は昨晩、ここを約束の場所として指定した。
時間は深夜零時。
約束の時刻はとうに過ぎている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その女とは昨晩、駅前にある小さな居酒屋のカウンターで隣同士になったことがきっかけで、言葉を交わすようになった。
女は最初からどこか暗く影が薄かった。
聞くと、最近長い長い不倫関係の末、男にフラれたということだった。
20代という女として最も輝いている時期を犠牲にした引き換えにしては、あまりに不毛な結末だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こんな心も体もズタズタの私に関心を持ってくれるのなら、また会ってくれますか?
バカな俺は、そんな女のセリフを信じて、サーカスのピエロよろしく薔薇を胸に挿して長らく待っていたが、やはり徒労のようだった。
そう思いながら一歩を踏み出したその時だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ふと前を見ると、数十メートル先の高架下出口辺りに女が立っている。
月明かりに浮かんだその姿は、まるで砂漠の蜃気楼のように朧気で不確かだった。
「○○さん、ですか?」
俺は思わず、昨晩聞いた女の名前を言ってみた。
女は俺の問いには答えることなく、一瞬その白い顔に優しい笑みを浮かべると、そのまま徐々に薄らいでいき、最後は消え失せた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
呆然とその場に立ち尽くしていると、背後から声がする。
「噂は本当やったみたいやな」
驚いて振り返ると、ジャージ姿の初老のオヤジが立っていた。
オヤジは、
「ああ、驚かしてすまんな。
ワシは、そこの屋台で働いてるものだけどな。一週間ほど前なんだけど、そこの駅で飛び込み自殺があったんだわ。
なんでも若いお嬢さんだったみたいなんだけど、それ以来、この近辺に女の亡霊が現れるって噂がちらほら聞かれるようになったんだが、本物を見たのは、このワシも初めてやったわ」
と言って苦笑いしながら頭を掻くと、立ち去った。
《Fin 》

返信

皆様お久しぶりです。m(_ _)m
ここ最近やる気が死んでいて色々止まっておりましたが、今日仕事が終わってから9月分の朗読をアップ致します。
まさかの動画の尺が2時間を超えてしまっているので、何か作業でもしながらbgm代わりに視聴する事をお勧めします_(:3」z)_

そして、ここらで纏めて止まっていた返信をさせていただきます( ᴗ ̫ ᴗ )

綿貫さん改変了解致しました(=゚ω゚)ノ
……今気づきましたが、このお話「バラ」の三段活用がされているんですね∑(゚Д゚)

芝阪雁茂さん御参加有難う御座います( ᴗ ̫ ᴗ )
薔薇の香りのタバコ、確かに良さそうですしこの時代にあったら絶対流行っていそうですね。
桃の木も一応バラ科の植物なので、桃の香りが有れば薔薇も探せばありそうです(๑˃̵ᴗ˂̵)

怖い話をすれば幽霊が寄って来るとは言いますが、このお話の場合、先に薔薇の香りがあるので、その香りが怪談の気分を引き出し、この世ならざる自身の存在を誘導しつつ主張しているかのようにも思えます。
自身が霊的存在であるとわかりつつちょっかいをかけて来るなんて、中々に厄介ですね。もしかしたら、何か対応を間違えたら引きずり込んでいたのかも知れません( °-° )

ranoさん今月も御参加有難う御座います( ᴗ ̫ ᴗ )
何気にranoさんのお話、この掲示板では男性主人公はレアですね。

金の切れ目が縁の切れ目という言葉はありますが、この男性を見ると、その程度の縁って感じがしますね、自業自得感が凄いからですかね(・・?)
落ちるところまで落ちて、その最下層がこんな地獄とはゾッとしてしまいます:;(∩´﹏`∩);:

確かに入れ墨で薔薇は結構イメージありますよね。ツルを好きに伸ばしてアレンジも自在なので、流行りに乗りつつオリジナリティも出せるのかも知れません。
個人的には日本人はサクラ、欧米人はバラの刺青のイメージですねꪔ̤̥ꪔ̤̮ꪔ̤̫

あんみつ姫さん、お忙しい中何作もご投稿有難う御座います( ᴗ ̫ ᴗ )

私は喉が弱いので、たばこは副流煙でも吸いたく無いくらいで全然種類も知らないのですが、色んな香りのものがあるんですね。
匂いは記憶と密接に繋がっていると言いますが、今月は嗅覚を刺激するようなお話が多いですね、バラも、たばこも匂いが強いので皆さんの描写がいつもよりしっとりとしていて面白いです。

告白と言えば真っ赤な薔薇の花束のイメージですが、男のアンバランスさと豪華な薔薇束は、どこか非日常感があると言いますか、何故か現実とズレているような、離れているような感覚を抱きます。異種族からプロポーズを受ける、みたいな……
男の想いの強さか、それとも女の記憶から溢れた感情なのか、『未練』というタイトルが複雑な読後感を残すお話ですね( ´ • ·̫ • ` )

『愛しい我が家』の加筆版もなんだかノスタルジックな雰囲気が増してその分感情的になった気がします。
薔薇のツルは、棘がある分相手を逃がさないという意思を強く象徴しているようでもあります。
しっかりと復讐も果たせてハッピーエンド(?)ですね(°▽°)(°▽°)

『ひらがなだらけの おはなし』はパッと見で朗読者を殺しに来ているお話ですね。笑
ですが空白や改行が親切なので、安心して読ませていただきます。

このサイトが長い方だと特に、青バラは特別なものですよね。丁度ロイヤルミルクティーを飲みながら読んでいたので、別の意味でも、なんだか懐かしい温かい気持ちになりました。
元々「不可能」を意味した空想上の青バラ、それが現在では現実に存在し「奇跡」「夢は叶う」という花言葉を宿すまでとなった。その道のりには、こんな不思議なお話があったのですね(*´꒳`*)

現在日本には蕎麦の産地で有名な場所が多くあります、その蕎麦畑の多くは元々タバコの畑でだったと言います。信州の田舎道を車に揺られながら、そこに広がるたばこ畑を見て「これだけ広い土地でかつてはタバコが栽培されていたんだ」と今では想像も出来ない、もう見ぬ景色に驚いたことを思い出しました( ¯꒳​¯ )ᐝ

もしかしたらまだ投稿されるかも知れないとの事、あんみつ姫さんのお話が読めるのはとても嬉しいですが、決して無理はなさらないで下さいね。
今週から日本全国一気に寒くなりました。お身体を冷やさないよう、暖かくしてお過ごし下さいね⊂(  っ*´ω`*)っ🌱

返信

@ふたば 様
副反応で大変なことになっていたのですね。
お加減はもうよろしいのでしょうか。
かなり重い症状を呈する方も多く、とくに、お若い方は、落ち着くまでに時間がかかると伺いました。返信も先月の朗読も ゆっくりでよろしいので、ご無理なさいませんように。

今月は、あと2作投稿する予定です。
いずれも、800字未満におさめ、本編の怖い話には、乗せません
リレー企画、始まりましたね。
トップバッターのキレの良いスタートに、身が引き締まる思いがいたしました。
しっかりとした構成により、張られた謎と伏線も、今後、どのような展開を迎えるのか大いに楽しみになってまいりましたね。
さて、今週と再来週は、プレイベートな事情からリレー走者の任を受けることができなくなりましたが、勇敢な五味様が名乗りを上げてくださって。
才能あふれるお若い方々に、助けられながらの走りとなりそうな気がします。

私も、慌ててきちんと推敲もせず、誤字脱字のまま投稿したりせずに、丁寧な仕事を心がけたいと思います。って、皆様の助けを必要とするかも知れませんが。
また、健康に留意し、睡眠もしっかりとって、臨みたいと存じます。
もちろん、ふたば様の三題お題と自作品のアップも同時進行でいたします。
どうぞよろしくお願い申し上げえます。

2021年10月10日 16時30分

返信

丸々1週間も放置してすいません、本当はリレー怪談が始まる前に9月の纏め朗読を投下したかったのですが、叶いませんでした…orz
皆様のお話に対する返事も遅ればせながら順次させていただきます。

これも全部フクハンノウって奴が悪いんだ…っ!
絶対許さねー!フクハンノウーー!!

返信

次回は、800字におさめたお話を投稿したいと思います。
さすがに、今回の作品は、長過ぎますね。
今月は、あと1作で終わります。
気が向けば、もう1作書けそうだったら、書きます。
ではでは。朗読頑張ってくださいね。

返信

「ひらがなだらけの おはなし」

ぼくのおじいさんのおとうさんは、いなかにすんでいた。
とうほくちほうの さらにきたのほう といっていた。
ぼくのおじいさんのおとうさんのいなかでは、たばこのはっぱをそだてて それをうってせいかつしていた。
「たばこのうか」っていうらしい。
いまから50ねんぐらいまえまでは、たばこはおとなのひとの「しこうひん」として たくさんたくさんうれた。
おさけとどっこいどっこい いや、それいじょうに たくさんうれた。

おじいさんのおとうさんのおうちでは、きんじょでもひょうばんのおおきなはたけをもっていて、そこにたくさん たばこのはっぱをうえていた。
たくさんうえていたから、そのぶん しゅうかくもおおかった。
とてももうかったらしい。
のうかのなかでも、いちばんのおかねもちだった。

あるひ、 おじいさんのおとうさんは、あるだけのおかねをもって、まちにでかけた。
ずっとずっとほしかった きんいろにひかる うでどけいを かいにいこうとおもったのだ。
まちまで かたみち3じかんいじょうはかかる。
おじいちゃんは、とことこ きしゃにゆられて ゆっくりと じかんをかけて、まちまででかけた。
おじいさんのおとうさんは、おおきなまちのなかで、いちばんおおきなおみせにいって、「このおみせでいちばんたかい きんのとけいをください。」といったんだって。
「あいよ。これですよ。」
おみせのわかだんながだしてきたとけいは、まわりのけしきがかわってみえるほど ぴかぴかのきんでおおわれていたそうだ。
それだけじゃなくて、まぁるい とけいのふちにはきらきらとおほしさまのようにかがやく ほうせきが びっしりと ちりばめられていて、ちかくでみていたおきゃくさんたちも おもわず  ほほうとこえをあげていたんだと。

でも、ざんねんなことに ありったけのおかねをもってきたのに そのとけいは めんたまがとびでそうなくらいたかくて おじいさんのおとうさんがもってきたおかねでは、とてもかえるねだんではなかったんだ。
「すみません。ちーとばかりたりながったわ。」
ざんねんそうなこえをあげる おじいさんのおとうさんに、おみせのわかだんなは 
「これは そうそう うれないしろものです。たぶん、このまちの しちょうさんでもかえないでしょう。」
と まるいめがねをくぃくぃとさせて おじいさんのおとうさんのことを うえからしたまで なめるようにながめながら、そういったんだ。

「はぁ、おらでは、かえねぇってことだべな。」

わかだんなさんは、さっさとでていけとばかりに、べつのおきゃくさんにあいそをふりまき、いちばんたかいとけいでなくても…ほかにもたくさんあるのだから、べつのとけいもみてみたいなぁ。とおもったんだけど、ふんいきが とてもわるくて、それいじょういいだせないまま、おみせをあとにしたんだって。

かわいそう。

おじいさんのおとうさんは、がっくりとかたをおとして いちばんおおきなとおりを のたのたとあるきまわった。
ひさしぶりのおおきなまち。
はんかがいのとおりをあるくだけでつかれてしまい、やくばちかくのこんもりとしたこうえんのすみに にぎりめしをつつんだしんぶんしをほどいて そのうえにすわりこんだ。
そういえば、あさからなんもくってねぇ。

けさでがけに かあさんがもたせてくれた しょぺえ(しおからい)あじのするまんま(ごはん)だけの にぎりめしを むりやりくちにつっこんで、のどつまりがした。
こしにぶらさげた すいとうから、ぬるくなったみずを のどにながしこんでいるうちに そらにうかぶ あどばるーんが こかげのすきまからみえた。
まちっこは えぇなぁ。
そうおもったら、まなくたま(目の玉)からなみだが ぽっろぽっろと こぼれおちた。

ひざとひざのあいだにあたまをいれ、またをのぞきこむように うなだれていたら 
すぐまえにひとのけはいがした。

「おい。そこのおにいさん。なにをそんなに おちこんでいるんだね。」
こえのほうに かおをあげてみると、にこにこした40さいくらいの おとこのひとが、
おおくにぬしのみことのような ずだぶくろをしょって こしをかがめて ふしぎそうにみつめていた。

「んや。ちょっと ざんねんなことがあって。」
おとこのひとは、ずだぶくろをあしもとにおくと、じめんにしゃがみこみ じっとおじいさんのおとうさんをみつめてきたんだそうだ。
いっしゅん、ゾゾっとしたけれど、
「なにかこまったことがあったら、なんでもはなしてごらん。おやくにたてるかもしれないから。」
というやさしいといかけに、こころをひらき、なみだをながしながら、きんのとけいがほしくて たいきんをもってまちまででてきたけれど おみせでいちばんたかいとけいをかえなかったこと、ほかにもとけいをみたかったんだけど、あいてにしてもらえず がっかりしてかなしくなったことを はなしてきかせたんだと。

男の人は、ふんふんとうなづきながら さいごまで ひとこともくちをはさまず、はなしをきいてくれた。
「まぁ、世の中というものは、えてしてそんなことのくりかえしだよなぁ。おかねをもっていても、かえないものはある。そのおみせのひとは、そのとけいを だれにもうりたくなかったんだろう。」
そうして、かたわらにおいてあった おおきなずだぶくろのなかから なんと きらきらとひかる うでどけいをとりだしてみせたんだ。

「さっきのおみせでみた いちばんたかいとけいほどではないかもしれないけれど、これはほんもののきんでできている こうきゅうひんだ。」

たしかに、そのとけいは、さっきみたとけいのように まわりにほうせきがちりばめられてはいなかったけれど、とてもていねいにしっかりとつくられていて、つくったしょくにんさんのこころがつたわってくるような そのできばえはすばらしいものだとおもった。
たばこととけいは、それぞれまったくちがうものだけど、ものを たいせつにするきもち、よいものを さいこうのものを つくるきもちはいっしょだと おじいさんのおとうさんは そのおとこのひとにはなしてきかせた。

「おぉ、ということは、おにいさんは、このとけいを きにいってくれたんだね。じゃぁ、こいつは、おにいさんにゆずるよ。おだいは、ものがものだからなぁ。そんなにやすくはできないよ。だから、おべんきょうさせていただきますね。」
おとこのひとは ふくろからそろばんをだすと、パチパチとおとをさせて、
「うん。このくらいはほしいなぁ。」
と、のぞむ きんがくをそろばんにおいた。

「あぁ、それならはらえるよ。だいじょうぶ。」
おじいさんのおとうさんは、そろばんどおりのきんがくを てさげぶくろからだして てわたした。
ぱんぱんでおもかったてさげぶくろが、ずいぶんとかるくなったのが、ぎゃくにうれしかった。
それだけ かちのあるものをかえたってことだからねって。
おとこの人は、まんめんのえみをうかべて、
「これでも、かなりやすくしたんだよ。あまりひとにみせたりしないで、だいじにだいじにつかってくださいよ。」
と、おさつをふくろにらんぼうにいれると、おじいちゃんのおじいちゃんのほうをみようともせず おおくにぬしのみことのように おおきなずだぶくろをせなかにしょうと、めのまえのおおどおりを ななめによこぎると あっというまにそのすがたがみえなくなった。

ふぇー、あしがはやいなぁ。
さすが、まちのひとはちがうわなぁ。

おじいちゃんのおとうさんは、さっそくそのとけいを左腕の手首につけて、まちなかをあるきまわった。

「みんなみてくれ。おらのとけいだ。たまげだべ。」
わざときもののそでをまくって、ひだりのうでをうちがわにまげ、これみよがしに みちゆくひとにとけいがみえやすいようにこぶしをつくってみせた。
ぷん!とかわのにおいのする とけいばんどのえもいわれぬかおりがはなをかすめ、うれしくてうれしくてぴょんぴょんとびはねてあるいていたそうだ。

「ちょっと、そこのおにいさんよ。」
うばぐるまにのった こしのまがったおばあさんにこえをかけられた。
みると、そこは、ちいさなはなやさんのみせさきだった。
「おにいさん。ずいぶんとうれしそうじゃないか。ごうせいなくらしをしているようだねぇ。」
とはなしかけてきたそうだ。
おじいさんのおとうさんは、やっと とけいにきづいてもらえたとおもい、
「おうおう、よくきづいてくれたなぁ。これは、おらが たんせいこめてつくった たばこのできだかのけっかさ。どうだい。かっこいいだろう。」
そういって、おばあさんのはなさきにとけいをもっていったんだそうだ。
おばあさんは、
「はぁ、おまえさん、たばこのうかのひとかい。きょうは、おひまもらってまちにでてきたんだね。」
「おばあさんは、このはなやのひとかい?なんなら、てみやげにはなをかってやってもいいよ。」
と ちょっとはなたかだかになりながら、おばあさんにかおをちかづけたとたん、

え、ゾッとして、おもわずうしろにのけぞった。

おばあさんには、くろめがなかった。
めんたまのあるぶぶんが ぜんぶまっしろけ。
しろめだけが むきだしている。
こしもまがっていたのではない。
ひざからしたがなかったんだ。
どうやってからだをささえているのかわからないが、おばあさんは、うばぐるまのなかで、しっかりとりょうひざをつかってたっていた。

それから、りんとしたこえではなしだしたというんだ。
「わるいねぇ。わたしにはおまえさん ごじまんのとけいとやらがみえねぇのよ。うまれつきめがみえねぐ(みえなく)てさ。」
おじいさんのおじいさんは、かおからひがでるようにはずかしくなった。

「もうしわけねぇ。そうとはしらず、わるいごとをした。ゆるしてくだせぇ。」
と、おじいさんのおとうさんは、みせのまえでどげざして、なんどもなんども さかなみたいにひらたくなってあやまった。

すると、はなやのおばあさんは、うばぐるまからてをのばし、、ふしくれだったてで おじいさんのあたまをなでて、こういった。
「あぁ、あんたひとっこいい(よいひとだ)ねぇ。こんな ボサマ(※盲目・盲人)で いざり(※足が不自由で自由に動けない人のこと)のばばにあたまさげるってが。おらのめがみえねぇのは うまれつきだ。わがったわがった。はぁ、いいすけ。さぁ、あたまば(を)あげてけろ。」

おばあさんのまっしろいまなぐ(めのたま)から なみだがこぼれていた。

「おにいさんなぁ。あんた、だまされたんだよ。これは、もっていていいもんじゃない。わかっていながら、こんなものうりつけやがって。まぁ、いずれ あのぎょうしょうにんは ろくなことにならんがね。そのまえに、かねとりもどさねぇごどにはよ。」

おじいさんのおじいさんは、ちのけがひいたそうだ。
「に、にせものをつかまされだってことが。」
おばあさんは、くびをよこにふった。
「そうでねぇ。これは、たしかにいいもんにはちがいねぇ。が、よくないものがついている。おそらく、なんどもなんども もちぬしがかわって、そのたびに、なんにんものいのちをくっていきていやがる。みにつけるものだからよ。よけいにひどい。まぁ、いまのうちは、こいつにさわらないでいるからいいようなものだが。とにかく、わるいことはいわない、おいてきな。」
あまりのことに、こしをぬかしそうになったおじいさんのおとうさんは、
「あぁ、おらどしたごとが、そたらだ(そんな)ものを どごのだれがもわかんねぇやつから たいまいはたいてかっちまった。まちでいちばんたかいとけいをかいにいくっていってでてきたんだ。どうしよう、どうしよう。」
と おろおろとしだしたんだそうだ。

おばあさんは、
「まぁそうなげくな。わるいようにはしないから。ほれ、こっちによこせ。」
と、やさしくなだめ おじいさんのおとうさんは、すなおに おばあさんのしじどおり、
うでどけいを わたしたんだと。

おばあさんは、うけとったうでどけいを にらみつけるようにしながら、なにやらもにょもにょとねんぶつのようなものをとなえていたが。
「おーい。そで子、〇〇さんばよんでこい。ばばがすぐこいっていってらって。つれでこい。そろそろ、ひるめしくいにやくばさ もどってくるころだべ。」
「ほーい。」
すると、みせのおくから、わかおくさんとおぼしきひとがでてきて、ぺこりとおじいさんのおとうさんに おじぎをしたそうだ。
「ばばさま、まだ、なにがやっかいごと たのまれだのすか。」
おばあさんのほうにむきなおり、ちょっとこまったかおをみせた。

「ほら、けさがたから みなれねぇ かおのおどごが このへんば、うろうろしていだったべ。どうもよ、とうひんをうりつける ろぐでもねぇ たびしゅう(※旅衆:旅をする人、行きずりの人、旅をしながら行商する人をさすことば、端的に地元の人間と区別する意味でも用いられた。)だったみてぇだな。にこかこ(にこにこ)したつら(面)にだまされでよ。よぐねぇものばつかまされだみてぇだ。」
わかおくさんは うでどけいをひとめみるなり、
「あぁ~、なして こったらものば。できがいいだけに、みているだけでいまいましいわ。」
とおおきなためいきをついた。
「おにいさん、ごめんなさいね。とけい あずかりますね。」
おばあさんに、むかって、
「んだば、ばばさま。○○さんばよんでくるすけ。
おにいさんは、いましばらく まってでくださいね。」
わかおくさんは、おとこがむかったえきがわのみちではなく、そのはんたいがわのはんかがいをぬけて、やくばのほうにむかってはしっていった。
そのすがたをからだでかんじたのか、おばあさんは、
「とけいのことはなんとかする。かねももどってくるから。あんしんしろ。」
と、いずまいをただして おじいさんのおとうさんにむきあった。

「…あのな。おにいさん さっき 「たばこのうか」だっていってたな。いきなりこんなことをはなしてもうしわけなんだがな。いますぐにとはいわないが、ちかいうちに「たばこのさいばい」は やめたほうがいい。」
おじいさんのおとうさんは、おどろいた。
「な、なんでよ。たばこはこのさきうれつづけるって。こたっら(こんな)に もうがっているのさ。なんでやめねばねぇの。」

「おめえさまには、むがねぇ。おめえさまだけでねぇ。きっと、よめっこさまにもむすこやむすめんどもだーれさもむがねぇ。」
そういうと、しばらくだんまりをきめこんでしまったんだと。
おじいちゃんのおとうさんは、すこしあたまにきて いってやった。
「はぁ、もしや、だましているのはおめえさまのほうでねぇが。おらのしごとにケチつけるってが。なんで、たばこをつぐるのをやめねばねぇんだ。そのりゆうばきがせてくれよ。」
くちもとに あわをうかべて まくしたてたんだそうだ。
おばあさんは、すまねぇ、ちとやすませでくれな。といって、うばぐるまのなかによこになった。
「こらぁ、にげねえでおらと ちゃんとはなししろじゃ。」
怒りながら、うばぐるまのなかを のそきこんだ。
すると、めをとじて、よこたわるおばあさんの すぐそばに ちいさなちいさなひとさしゆびくらいの かんのんさまが くちもとにえみをうかべてすわっていたんだ。

「ひやぁ、これは、これは、めんこい(かわいい)かんのんさまだごど。」
かんのんさまは、ゆっくりとかおをむけると コクリ コクリと たてににかい うなづいたらしい。

「ほぅ、みえたんだね。おにいさん、やっぱり、あんたは、たいしたもんだ。」
おばあさんは、ゆっくりとからだをおこし、また、もとのようにうばぐるまにひざをたててすわりなおした。

「おめぇのまごのまごのだいになるとな、たばごはうれねぐなるらしいぞ。もっといえばよ。おめえさまがほしがったうでどけいもよ。あんまり うれねぐなる。いずれ、はだけをするにんげんもいなぐなる。そういうことだ。」
ちいさなかんのんさまは、うばぐるまのまわりをあるいたり、おばあさんのかたにあがったり
せわしなくうごいていた。
みまちがいでないことは めいはくだったし これは すなおにおばあさんのはなしにしたがうしかないんだべなぁとおもったんだそうだ。
おじいさんのおとうさんは、あぜんとしてあいたくちがひろがらなかった。
って。

え?きがついた。
そうだよ、ほんとうはね、「あいたくちがふさがらない。」
が ただしいつかいかたなんだけどね。
あとからきいたら、これいじょう あきれようがないって いういみで おじいさんのおとうさんは、よくつかっていたらしい。

「たばこやうでとけいが そんなにひつようとされなくなるなんて。」
あまりのことに ことばがでなくて のどのおくは、ゲクゲク しんぞうは、ダグダグし、からだじゅうのちがぎゃくりゅうしてしまったと。

ほどなくして、バリッとせびろをきた あかぬけたしんしがやってきて、ていねいにおばあさんにあたまをさげた。
「ばばさま、いつもいつもおせわになっております。このたびも、また、たいせつなじょうほうをおしらせいただきまして、ありがとうございます。おかげさまで、くだんのきんどけいのことがわかりました。いやー、おどろきましたわ。はい、いっさくじつから、けいしちょうにそうさいらいがだされていた『Fファイルあつかいの いわくつきぶっぴん』でしたわ。なんでも、るすちゅうの△■さまという かまくらにふるくからある おやしきのひきだしからぬすまれ、そのご、なにものかによっててんばいされたものとはんめいしました。」

せびろをびしっときめたひとは、どうやらけいさつのひとらしい。
それもちゅうざいさんといったかんじではなく、がいけんやことばづかいから、もっとえらいひとというか、かなりえらいひとのようにもみうけられた。

〇〇さんとよばれるけいさつかんけいのひとは、おじいさんのおとうさんにむかってていねいにおじぎをすると、
「このおかたは、ひがいしゃのかたですね。このたびは、とんだことでした。おおすじは、ばばさまからうかがっているとはぞんじますが。ときどき、かみがた(※上方=かみがた・この場合の上方とは、かなり遠方からという意味で用いている。はっきりどことはいえないが、東京より南の地方を意味し、隣接する県市町村と分けて用いていた。)からやってきては、わるさをするれんちゅうがいるんです。えきからきしゃにのろうとしているところを すんでのところで ふんづかまえました。
なんと、ぜんこくしめいてはいちゅうの ぜんかもち。とんでもやろうでしたわ。とけいをうったかねで かなりとおくまでいこうとしていたらしいですな。」
とのことだった。

「これにていっけんらくちゃく」じゃなかった。

おじいちゃんのおじいちゃんは、おかねはもどってきたけれど、とてもじゃないが たいげんそうごして いえをでてきたてまえ、むらのかぞくにもうしわけがたたなくて かといって、またあのおおきなおみせにとけいをかいにいくきりょくもなくなってしまった。もう、うでどけいなんかどうでもよくなってしまって、
「かねだけあっても がくもきょうようもねぇと こうして わるいやつにだまされたり とかいのよくないやつに さげすまれたり ばかにされるんだなぁ。」
そういうと また、なみだがこぼれてきたんだ。
はらもへっていたし、なにより、なさけなくてかなしくて そのばにたおれこんでしまったらしい。

そのようすをみていた おばあさんとわかおくさんは、しんそこ かわいそうになったんだろう。
「なぁ、ひるめしいっしょにくってけ。」
といって、みせのおくにある りっぱな かみだな のあるへやにとおしてくれた。
そこに、〇〇ぬりのたくしつらえてもらい、ふかふかのざぶとんをしいて そこにすわるよう
うながされた。

おばあさんは、きんじょのすしやからとくじょうのすしをとり、わかおくさんといっしょにつくったという、とりにくとこんさいをいため ふくめににした うんめぇ煮付けと うにとあわびのはいった しょっぺぇ汁をふるまってくれた。

たらふくたべて、ねむくなり すこしよこになっていたら、
おばあさんが、ずりずりと はらばいになりながら 
「おいおい、これをみてみいな。がいこくのはなだ。バラっていうんだ。」
はなびらが いくえにもおりかさなった まっかなビロードをはりつけたような たいりんのはなを いちりんもってきた。
「バラだば、おらでもしってるよ。んでも、こいつは、すんげぇな。かんのんさまは、ここにすんでいるのか。」

いたい!
ゆびさきに いたみがはしった。
「きれいだけんど。バラは、おっかねぇ。トゲがある。かんのんさまは、トゲはよけてとおるのか。それとも、かんのんさまには、トゲはささらねえようになっているのか。」

「おにいさんは、おもしろいことをいうなぁ。まぁ、かんのんさまは、うつくしいところにあらわれる。うつくしいこころをもったひとがすきだからな。トゲはなぁ、かんのんさまがとおるときには、よけるんだよ。トゲのほうでかんのんさまのじゃまにならないようにと きをつかってくれるのさ。どうだい。このはな そだててみたいとおもわないかい。」

おじいさんのおとうさんは、しばらくかんがえこんでいたが、
「いんや。おらは、むりだ。たばこもむずかしいが、こたらなものをそだてるのは、それいじょうにむずがしいがべ。かね と てま がかかりすぎる。それによぉ、このはな、「トゲ」があるだろう。かんのんさまとはちがって、なまみのにんげんは、このトゲにさわっちまったら、いてぇし、いやなきもちになるわ。んで、あつかいもむずかしい。キクのようにながもちもしねぇし、じょうぶでもなさそうだ。てぇへんなわりには、うれねぇどおもう。」
はなみずをすすって はなしをつづけた。
「それに・・・とけいもたばこもうれなぐなるときがくるってはなしだったけんど。おらは、どっちも そうかんたんには なぐならねぇとおもうんだ。うれねぐなってもよ。ひつようなひとは、かならず いるとおもうんだ。」

ふんふん
おばあさんは、うなづいてきいていた。
「おにいさんは、かしこいな。そこまで、りくつがいえるんだば、もう、かんのんさまも このおらも いらねぇな。 じっくりかんがえろ、わがらなぐなったら ひとにきけ。
ひとにきいでもわがらなかったら じぶんのいきたいほうに まずはいけ。まぁ、たしょうしっぱいはするかもしれんがな。すぐなくとも、あの こそどろやろうのようにはならんだろう。」

そういうと、みせのそうこのようなところに わかおくさんにたのんでつれていってもらった。 
そこには、たくさんのバラが せのたかいかびんに ところせましとおかれ ごうかけんらんなげんろくえまき ごくらくじょうど をみているようだった。

「どうだ。みごとだろう。せっかくだから、みやげばなしのついでにもっていきな。そで子、よさげなやつを10すうほん てきとうにつつんでやってくれ。」

そういって、みごとにさきほこるバラのはなのくきをおしげもなくたちきると、きりくちをぬらしたちりがみとあぶらがみでくるみ、しんぶんしにつつんでから、もちやすいように おおきなからくさもようのふろしきを つつのようにととのえてからもたせてくれた。

「おにいさん、おかねはだいじだ。ほんとうにつかうべきところにつかえ。そのうち、もっといい とけいがかえるようになるさ。ややおかしいな?とおもったら いったんたちどまれ。」
といってひとくち おちゃをくちにふくんだ。
かんのんさまは、もうどこにもみえなかった。
「それからな。おめえさまは、かしこい。ひとっこもいい。まとまったかねがてにはいったら、とうさんやかあさんにたのんで、がっこうさいがせてもらえ。」
「がっこう…おらは、もうじゅうごだぞ。としとりすぎでるべ。」
「いんや、がくもんは なんぼになってもできる。とにかく、がっこうさいげ。」

そういって送り出してくれた。

おじいさんのおじいさんは、きつねにつままれたようなきもちだったが、てもとのふろしきづつみからかおる ほんのりあまい おんなのおしろいのようなにおいに、しあわせなきもちになったそうだ。

     ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

ぼくのおじいちゃんは、たばこをすわない。
ぼくのおとうさんも、たばこをすわない。
ぼくのおかあさんは、たばこをみたことがないっていっていた。
どんなおうちでくらしていたのかな。

ちなみに ぼくのいえには、おおきなとけいと まいあさ ぼくをおこしてくれる ドラえもんのめざましどけいと、キッチンには、おんどけいとしつどけいがいっしょになった でじたるどけいがある。

でも、だれも おじいちゃんのおとうさんがほしがったという うでどけいをしていない。

「どうして?」
「ひつようないから」
だって。

おじいさんのおとうさんは、あのことがあってしばらくして、いなかをはなれ、おおきなまちでバラのはなをせんもんにあつかう おしごとをすることにした。
おじいさんのおとうさんがいなくなっても、いなかでは、ずっと たばこのうかをしていたみたいだけどね。
それから、はたらいていた おみせのしょうかいで、とうきょうにいって、おおきなはなやさんでしゅぎょうしながら、やかんこうこうにかよい、そつぎょうしたんだ。
そのころには、もうバラのはなについては、だれもかなわないくらいくわしくなっていたらしい。バラのはなのせんもんかになりたくて、とおいくにまでいってべんきょうもした。
えいごもはなせないといけないから、だいがくにもかよった。
それからも、どこかのおおきなきぎょうにまねかれて、ずっと、ばらのはなをいっしょうけんめいそだてるけんきゅうをしていたんだけど、ね。

ぼくがうまれるずっとまえに、こんどは、だれもみたことがないという「あおいバラ」をつくるけんきゅうをはじめたんだ。
たばこのうかをやめたときのように、おおぜいのひとから おまえには、むりだから。
「あおいばらは、ありえない。そんなふきつなものをつくったら おまえしぬぞ。」とまでいわれたんだそうだけど、あきらめないでたくさんのおなじようなゆめをもつひとたちといっしょに がんばってけんきゅうかいはつにちからをいれ、ついに「あおいばら」をつくることにせいこうしたんだ。

まちでいちばんたかいとけいがほしくて なんじかんもかけてまちにいったから
ふしぎなおばあさんにあったから
いまがあるって。
おばあさんのいったこと ずっとおぼえていたんだね。
あのひ であったひとたちのことも。

ばらととけいとたばこのはなしはこれでおしまい。
どっとはらい。

2021年10月08日 13時30分

返信

掲示板への投稿は、何度経験しても慣れません。
何度も通知が言ったかと思います。
失礼しました。
以前、(愛しい我が家」と題してアップした作品ですが、加筆修正しました。
よって、800字ではない長編となりましたことお詫び申し上げます。
では、リベンジ作品です。恐くはありませんが、何かを感じ取ってくれれば幸いです。

「事故物件の裏側」

手元の腕時計は、23時を指していた。
掃き出し窓を開けると、ベランダからほんのりと潮の香りのする心地よい風が入って来る。
サンダルを引っ掛け、真紅のドレスに身を包むバラの淑女たちの脇をすり抜けるようにしてベランダに出る。
眼下に現れたのは、むき出しの乾いた都会。
男は、ジッポを傾け、タバコに火を付けると、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「最高のロケーションですよ。今ならお安くしておきますが。」

大手広告代理店に辞表を叩きつけ、晴れてフリーライターになったあの日、揉み手をしながら満面の笑みを浮かべる不動産屋の口車に乗ったのがそもそもの間違いであった。

まんまと騙されたってわけだな。
口元に自虐的な笑みを浮かべ、男は、静かに煙を吐き出し、そっとまぶたを閉じた。

○昭和…誰もが途方も無い夢を見ることのできた時代…

「あなた、いつまでホタル族やってんの。そろそろ11○Mが始まる頃じゃない?」
キッチンから妻の声がした。
「おぉ、今行く。」
とっくに飲み干したビールの空き缶に、弄んでいたタバコをねじ込みながら、リビングに続く掃き出し窓へ急ぐ。

痛!
足元のブランターに向こう脛を思い切り引っ掛けたようだ。
「ちょっと、気をつけてよ。ミニバラが満開なんだから。真紅のドレスを着た淑女だと思って丁寧に扱ってくださいよ。」
「はいはい。」
「返事は一回でお願いします。」
甘辛い匂いと魚の焦げた匂いが漂う。
今宵の晩酌は、ウィスキーの水割りと、酒の肴は、アジの塩焼きとカボチャの煮つけだ。
「ちっ、カボチャは、好かんって言ってるだろうが。」
仏頂面をしている妻へ、カボチャの煮付けが二切れほど入った小鉢を箸で押しかけてやる。
「もう、お行儀が悪いわね。お願いだから食べてよ。田舎のお義理さんがたくさん送ってきたのよ。ホント…」
(迷惑)
一瞬言葉を飲み込んだ妻の横顔と、テレビの横に置かれた大きなダンボールを眺めながら、男は、リモコンのスイッチを「4」に押した。

○平成…夢も希望も失われたにもかかわらず、表向きは平和な時代…

いつからか、我が家から時計が消えた。
そう、あのカボチャが大量に送られてきた三週間後、ハロウィンの夜に妻が急性心不全で亡くなった あの日から。

フリーランスになってしばらくは、仕事が山のように舞い込んできた。
このマンションの全フロアを借り切って、人も雇い、子どももいなかったことから、朝から晩まで仕事に専念することが出来た。

ところが、済み始めて数ヶ月も経たないうちに、度重なる水漏れ、何度ペンキを塗り直しても浮き出てくるカビ。誰もいないはずの隣室から漏れてくる奇妙な音に悩まされるようになる。
「欠陥住宅」と気付き、マンションに住むオーナーたちと相談し訴訟を起こしている最中に、妻が心労で倒れ帰らぬ人となった。
ハロウィンの宵祭り。久しぶりにワインをあけ、俺の実家から送ってきたカボチャをくり抜いて、「ジャックオーランタン」を作ってみて楽しんでいた矢先のこと。

あの日から、この部屋もこの俺も時が止まったままだ。
実家から送られてきたカボチャが、くさってドロドロになって、ミニバラのプランターの側に置かれて久しい。
異臭が鼻をついて コバエやらゴキブリやら、羽の生えた見たこともない虫たちが、俺を目がけて飛んでくる。
…早くなんとかしないとな。

裁判は、結局 敗訴となった。
くそ。

○令和…超超高齢化社会。先の見えない標なき荒野を彷徨う時代…

どんどんどんどん と激しくドアをノックする音がする。
毎晩、決まった時間に 誰かがノックするんだ。
玄関のドアを開けると誰も居ない。
妻かと思ったんだが。
どうも 違うようだな。
えぇと、今日は、金曜日か。
11○Mでも見るとするか。
テレビのスィッチを入れるも、砂嵐ばかりで何も映らない。
隣室からは、テレビの音が聴こえて来るのに。
漏れ聞こえてくるテレビの音に耳を傾ける。
―都会では、老朽化したマンションに住む独居老人の孤独死がー
だと。
かんけーねーな。俺には。

○今・現在・現実…

「残念なんですよね。眺めもいいし、最高の物件なんですが…。はいはい、では、今回は、なかったということで。」

やれやれ。
小島はるという同業者の情報提供のせいで、事故物件に成り下がってしまったとはね。
昭和のバブル期に建てられた、誰もが一度は憧れる「東京ベィシティマンション」の一室で、俺はため息をついた。

部屋中のありとあらゆる時計が、毎週、金曜日。23時00分になると不自然に止まってしまう現象が起こる。
ちょうどそのころになると、突然テレビのスィッチが入り4チャンに切り替わり、そこかしこにタバコの匂いと紫煙が漂い出す。
ベランダには、30年以上も前から、何度刈り取ってもコンクリートの床面からつるを伸ばし這い出てくる真紅のミニバラが群生し、何を植えても育たない。
以上、この最高の立地条件を誇る物件が「事故物件」とされる理由だ。

「たったそれだけの理由で、事故物件扱いなんですよ。
たったそれだけの理由で、買い手がつかないんですよ。
あなたに、私の気持ちがわかりますか。霊能者さんよ。」

不動産屋は、チッと舌打ちすると、忌々しげにタバコに火を点けた。

○愛しい我が家

霊能者と呼ばれた男が徐に口を開く。

「ここは、もう、とっくの昔に、廃墟マンションですよ。かくいうあなたも…。ほら、そこに転がってる干からびた頭部。これ、ハロウィンのカボチャ違いますよ。あなたの亡骸ですわ。手抜き工事の欠陥だらけ。悪質な商売で、相当多くのオーナーから恨み買ってましたね。裏から手を回し、裁判を無効にした。知らないとは言わせません。私達夫婦のささやかな幸せを あなたは奪った。あなたの時計だけが、止まらなかってわけですね。お可愛そうに。」

「……な、な、なんと。」
「あ、タバコは、身体に悪いですよ。今更遅いですがね。ふふふ…。」
慄く不動産屋身体には、棘だらけのミニバラの弦が巻き付いていた。

「ひ、ひ、いつの間に。」
必死に弦を身体から引き離そうとして、不動産屋の手は血だらけになっるも、その手の先には、女が赤い炎に包まれ微笑んでいた。
それは、真紅のバラのように激しく熱く哀しい顔だった。
「不動産屋さん。あんたは、もうとっくの昔に死んでいるんですよ。
携帯も、ガラケーの時代じゃないのに。まだ、使っているんですもの。オホホホ。」
「ま、ま、待ってくれ。死にたくない。俺は、まだ、生きている…はずだ。だって、さっきもこうして電話して…。」

ツーツーツーツー
不動産屋は、巻き付いたバラの弦に身体を捉えられ、身動きできない。皮膚にトゲが容赦なく突き刺さる。
肉と皮が、ズブズブと音を立てながら破れていく。

うわぁぁぁぁぁぁ
いてぇ、いてぇよ。
たすけてくれぇ。

「残念ですね。私は、霊能者ではないんですよ。だから、あなたを成仏させてあげることができません。人を呪わば穴ふたつ。私達も、同じ穴のムジナですわ。さぁ、ご一緒に地獄に行きましょう。もう、とっくの昔に、時代は、変わったんですよ。冷たいの左半分がなくて、平和の和が付いている、いいんだか悪いんだかわからん時代です。執着しないで、さっさと、行きましょうや。」

「せやなぁ。地獄のほうが生きやすいかもしれんなぁ。」
不動産屋は、バラバラに切り裂かれた霊体のママ、真っ逆さまに暗闇に呑み込まれていった。

2021年10月07日 20時46分

2021年10月07日 20時47分

2021年10月07日 22時07分

返信

書き上げました。
ワードでは、800字ジャストです。
カウントページでは、840字ぐらいには収まったかな。
お気に召してくだされば嬉しいです。

「未練」
ふとすれ違いざまに漂って来たのは、「ジタン・カポラル」の懐かしい香りだった。
私は、慌てて振り返り、鰹節と枯れ葉を燻したような独特の香りがどこから放たれているのか探したが、日は既に落ち、家路を急ぐ人の群れの中に、それらしい香りを放つ人物を見出すことは出来なかった。

駅正面 改札口の斜め上にある丸い大きなアナログ時計は、午後5時を指している。
大学病院の診察を終えた私は、ジャケットの襟を立て、私鉄への乗り換え口に向かって足を早めた。

あ!
私の肩越しに、再びあの香りが漂う。
「あの、すみません。ちょっと、いいですか?」
真後ろに、50代後半から60代前半と思しきスーツ姿の男が立っていた。
サイズが合わないにもかかわらず、無理やり着込んだのかパツパツにつんつるてん状態。
今にもボタンは弾け飛び、ズボンは破れ尻が覗きそうである。

男は、両手に余るほどの真紅のバラの花束を胸の前に大事そうに抱えて立っていた。左手首には、高級腕時計OMEGAが見える。
うわっ。珍妙なアンバランスに、私は、思わず絶句する。

「あのー、 あなたは、野原バラさんですよね?」
「いえ、違います。野原バラという名前ではありません。」
「…そうでしたか。それは、残念です。もう、20年も待っているのに。」
男はそう言うと、肩を落とし、項垂れたまま滑るように黄昏の闇に呑み込まれていった。

とにかく生きるために生き抜くために何でもした。若気の至りではすまぬこともした。
私を野原バラと名付け一生愛すると誓ったあの人は、あんな不細工ではなかったはず。
朝から晩まで変な香りのする煙草を吸い続け、時間にルーズで、締切に間に合わず、原稿用紙の山に埋もれて暮らした男。
こんな生活嫌だというから楽にしてやったのに。
男が書いた売れない小説の筋書き通りの完全犯罪。
なんで今更…。

私は、先刻の医者の言葉を思い出す。
「もってあと一年ってとこですかね。動けるうちに会いたい人に逢っておいてください。」

返信

お疲れ様です。お粗末ですが。投稿いたします。

『染みの臭い』

「ご馳走様」
「またどうぞ…」
店の入り口から聞こえた声で、我に返った。
時計の表示を見る。午後8時…あと10分程で閉店時間だ。
「失礼します。お客様、本日のオーダー終了ですが…」
すかさず、別の店員がテーブルにやって来る。
「ああ、大丈夫です!あの、お会計お願いします」
珈琲の残りを喉に流し込み、ポケットから金を出し、手渡した。
300円。相場で云うなら、高くも安くも無い値段だろう。だが、今の俺にとってこの金額は高いほうだった。
「ご来店ありがとうございました」
店員の声を背に、足早に店を出た。ここに入ったのが午後3時…ゆうに5時間近く、珈琲1杯で粘っていた事になる。
「さて、と…」
次なる場所に行かなければならない。
無職になったタイミングで課金制スマホゲームに没頭し、曜日も何も全く気に掛けないまま残高だけが減り、とうとうアパートの家賃を滞納した挙句、追い出されてしまった。
こんな時の為にと、くっついたり離れたりしていた女子数人に連絡を取るも相手にされず、それぞれの家に置いてあった服は、全て処分されてしまっていた。
「ごめん、私結婚するの。だからもう連絡してこないでね?」
1番仲が良かった子でさえ、この態度の変化だ。世知辛い。おまけに、スマホもどこかに無くしてしまった。
のんべんだらりとやり過ごしていけば、「普通の大人」になれると思っていたのに…今じゃ、汚れ切ったこの服とポケットに入れた金だけが、俺の全財産だ。
感傷に浸りつつ、その場で突っ立っていると…喫茶店のシャッターが下りていくのが見えた。
ガラガラガラガラ…
少しずつ、少しずつ閉じていく。
まるで、お前はここから先の素晴らしい世界には行けないよ、と言われているようでツラい。
どこで間違ったんだろう…
追い打ちをかけるように、今度は雨が足元を濡らし始めた。
「ヤバいヤバい…!」
駆け足で駅方面に向かう。電車に乗る訳では無い。駅前の近くにある漫画喫茶に向かうのだ。
古い雑居ビルの狭いエレベーターを上がって、右に曲がった廊下の突き当たり。
ベッドとシャワー付きで1泊500円。頼りないジジイが1人でやっている、住所不定者の掃き溜めだ。
ポケットから千円札を取り出し、いつも通り入口に向かう…が、何故か暗く、電光掲示板の音楽も聞こえてこない。
おかしい、ここは24時間営業の筈…なのに、人の気配も感じない。ドアは閉じられ、その真ん中に、1枚の張り紙が貼ってあるだけ…
「今まで御愛好ありがとうございます。10月7日を以って閉店致しました。」
日付は、今から1週間前。俺が直近で利用したのが、その前日だった。
嘘、ウソだろ?いつの間に!?まさか…あれが最後の利用日になるなんて。
「マジか…」
ショックで膝から崩れ落ちた。ここが最後の砦だったのに、それが打ち砕かれたのだ。
今更外に出てもずぶ濡れだし、他の場所は全部、危ない人間達が寝床にしていると聞く。
ここの客の1人が足を踏み込んだら、ボコボコにされた挙句、川に流された、という噂もあるのだ。
そんな勇気は無い。だとしても、とにかく他の場所を探すしかない。
この床をとりあえずの寝床にするか…もう1度、他の女を当たるか…
うだうだと考えを巡らすが、踏ん切りがつかない。
その間も、視界の端に店のドアが映り込み、下手くそな字で書かれた張り紙が、「残念でした(笑)」と、ほくそ笑んでいるように見えた。
ここさえ開けば…ここさえ。畜生、畜生、畜生!
「畜生!なんでなんだよっ!」
ふと気づくと、俺は近くにあったビールケースをドア目掛けて振りかざしていた。
勢いまかせにぶつけた衝撃で、プラスチックの粉や破片が自分に向かって飛び散り、思わず目を瞑る。と…次の瞬間。
ギギギィ…
衝撃音が消えると同時に、ヴ──ッ…という、空調の機械音に混じって、鈍い音が廊下に響く。
「え……?」
目を開けると…そこには、ぽっかりと隙間を開けたドアがあった。

separator

ビールケースを足で除け、隙間からそっと店内を覗く。
剥がれかかっている「閉店のお知らせ」をわざと床に落として、外の照明を頼りに中を見回した。
静かな空間。他に人の居る気配は無い。
壁に手を添えると、微かに電気タップの感触が伝わり、スイッチを切り替える────
パチパチッ、パチッ、パン、パン、パン…
花火のような音と共に明滅をしながら、店内が手前から奥へと明るくなり…いつもの店の風景が目の前に広がった。
「マジで…やった…!」
不法侵入だとは分かっていた。が…家無しの俺にとって、そんな事は重要じゃなかった。
トイレの蛇口をひねると、勢い良く水が流れ出る…そして、ふと顔を上げて鏡を見ると、なるほど…喫茶店の店員が、引き気味な反応だったのがよく分かった。
無精ヒゲで髪もベタベタ。汗と脂、その他諸々の臭いを放つ体…最後の利用日に入ったきり、体を洗っていなかった。
お湯は出ないが、季節的にまだ暑いから問題無い。シャワー室で水を浴び、着ていた服で体を拭く…そして、落ちていたシケモクに火をつけ、思い切り煙を吐き出した。
全裸のまま、ぼーっと店内を見渡すと、その雑然さに思わず笑いが込み上げる。
有って無いような仕切りの合間に、適当に配置されたパイプベッドや椅子…漫画喫茶と言うよりタコ部屋だ。埃やゴミがそこかしこに転がっていて、掃除をしてるのかも疑わしい。
その証拠に、ある箇所だけ、異常に臭いのだ。
一部の人間から「生ごみエリア」と呼ばれるくらい、そこだけ臭気の溜まり場となっていて…誰かが芳香剤を撒いても、消えるどころか、芳香剤の甘い香りと混ざって更にヤバくなる。
それに加えて皆が避けるから、限られたスペースに人が密集し、そのせいか小競り合いもよく起きていた。
「てめぇこらジジイ!なめてんじゃねーぞ!」
坊主頭のいかつい男は、その筆頭だった。
何かあればすぐ店長に突っかかり、腕を振り回しては、怖気づく様子をニヤニヤ眺めている…白のタンクトップ姿で、二の腕にバラの刺青をしていたから、密かに「薔薇パイセン」というあだ名で呼ばれいた。
俺も含め皆、店長が何かされていても見て見ぬふり…何故なら薔薇パイセンは、別の意味でくさかったのだ。
多分、チンピラ崩れか…本物の反社だったんだと思う。だが、そんなパイセンも、生ごみエリアにだけは近付かなかった。いつも、「くせぇなー」と言って他の人の席を横取りし、酒を飲んでいた。
そんな事を思い出しながら、ふと、空気に乗ってあの臭いが漂うのを感じる。
今自分の立っているシャワー室近くの席から、直線上の突き当り。天井部分がそこだけ低く、真四角に窪んだスペースになっている。
見ると、埃にまみれた芳香剤が数個、まだその場に残っていた。
内壁の殆どが、元の白い色から変色して鼠色になっているのに対し、そこだけが、黒や赤茶色のシミが重なるように付いていて…外から汚れが付いたというより、内側から染み出てきたような…そんな風に見えてしまう。
そう思った途端、背筋に嫌な寒気を感じた。
ダメダメ!変な事想像したら…だってこれから再び、お世話になるんだから…
俺はすっかり、味を占めた気分でいた。この際、居座れるだけ居座ろう。時間が経てば、きっと仕事も見つかる。とりあえず、明日はコンビニで食料を調達して、それから…まあ、ダラダラすればいいか…
「あー…眠っ…」
寝床を見つけた安心感と心地良い眠気が混ざり、何とも言えない高揚感で一杯になる。と同時に、体の一部が悶々としている事に気づいた。
床には、退去時に取りこぼしたであろう雑誌が散らばっていて…よく見ると、成人向けらしきものも幾つかある。
「どれどれ…」
全裸の男が床の雑誌を漁っているさまは、怪しい以外の何物でも無い。しかし、欲望には逆らえない。そうやって今まで、色んな女子と楽しく過ごしてきたのだ。
四つん這いで少しずつ前に進みながら、何とか読めそうな物は無いか物色する。途中、積まれた雑誌の山を崩したその時…足元に紙の切れ端が落ちて、思わず手に取った。
そこには、殴り書きしたような文面で、赤黒い文字が書かれていた。
『生ごみエリアの噂は本当だった。あれが黒く見えたら、次は自分の番になる』
途端に、全身の血が引くのを感じた。
そう…すっかり忘れていた。
ここには、以前から変な噂があった事を。

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実際、生ごみ臭がする訳では無い。ふざけ半分でそう呼ばれていただけ。
そして…壁の色は、他と同じ、鼠色だった。
けど、今の俺には、それが真っ黒に見える。客の間で長らく噂されていた事…それが、現実に、目の前にある。
壁が黒く見えたら、次の人が来るまで、閉じ込められて出られなくなる。
あの悪臭は、そうして閉じ込められた人達の集合体なのだ…と。
死体がどんな臭いか、嗅いだ事は無い。だけど…鼻孔を刺激する「それ」は、確実だった。
気付いていなかっただけ。気配が無い…そりゃそうだ。
…その人は、とっくに事切れていたんだから。
入り口すぐの、いつも店長が腰かけていたスペース。そこに、手足を四方八方に曲げた男が、仰向けで地面に張り付いていたのを、俺はさっき、ここに入った時点で…既に見ていたのだ。
坊主頭で、タンクトップを着た男の姿を。
…ガチャン!
咄嗟に、音の方に顔を向ける。入口のドアの向こう…二の腕の、花の赤い色が、ガラス越しに映った。
それは少しずつ遠ざかり…やがてエレベーターのある場所に吸い込まれると、ガコン、という音と共に消えて行った。
ドアを押す。…だが、びくともしない。
押しても押しても押しても、ドアが再び開く事は無かった。
「…たすけて…出して…!」
誰かが来るまで、待たなければならない。その間は、一歩も出られない。
この体が、染みの一部となって、溶けて腐って消えるまで…
………
「なあ、駅前に廃墟があるだろ、古いビル」
「ああ、あるね…結構前からあるよな?10年くらい?」
「多分…でもあれ、取り壊すらしいよ?」
「そうなんだ、で、今度何作るんだろ」
「何もしないってさ…」
誰か、誰でもいいから、
ここに来てくれ…

返信

皆様、御忙しい日々とリレー小説御疲れ様で御座います(礼)。

先月は難解ながらも取り組み甲斐の有る御題を有難う御座いました。

御題に沿いました話が出来上がりましたので、御目汚しながら失礼致します。
*********************
『薔薇の香りの煙草』

 これは私、影淵多喜男(かげぶち・たきお)が過去に巻き込まれた話だ。

 あの時は、そうだなァ………誰彼スパスパ煙草を燻(くゆ)らせていた時代だから、バルブが弾けて飛んだ、違う違う。バブルが弾けるかどうかの時代か。地方にゃ関係無かったけども。でも牧歌的と言えば牧歌的ではあったね。

 親父や従兄を筆頭に、実弟や悪友さえ煙草を燻らせていたけど、私は一向に吸う気も起きなかった。
そんな中、携帯灰皿を持参した悪友が、私の愛車の中で、煙草を吸って良いか訊いて来た。

 学生の時分、女っ気も無く、アルバイトで貯めた金銭を当て込んだマニュアル式の軽自動車だったし、換気も兼ねて窓を開けさせて、呑気に宛て無きドライヴでもしようかと私も持ち掛ける。
*********************
 走り出して、暫くしてから悪友がいつも通り煙草を吸うが何だか妙だ。
「凄い香りだな」
「凄いって何が」
「薔薇の香りなんて、一体幾等(いくら)すんのさ」
「何?桃の香りの奴だぞ俺のは」

 信号待ちに上手い具合に引っ掛かったので、私はギアをニュートラルにセットして、悪友の持つ煙草の銘柄を見る。

 ────紛(まご)う事無き桃の絵が描かれている。
 信号を見ると青になったので、ギアをローに入れて発進して、徐々にギアを切り替えて行く。
*********************
 漫画の話や変な蘊蓄(うんちく)を話していて、少々怖い話でもしようかと私が言い出すと、悪友が嫌がる。

 「イッヒッヒ」と気色悪い笑みを浮かべた私が、廃墟に忍び込んで、そこのバルコニーで手を振る仲間を見上げていると思ったら、その仲間が二階を探索していて、バルコニーには全然近付いていないと言う怪談を話し始めると、悪友は嫌だ嫌だとブーイングをし始める。

 途端、
「何で薔薇と線香の匂いのするものなんて焚くんだよ」
と悪友が妙な事を言い始める。

 今現在の主流であるオートマチック車輛とは違い、片手はハンドル、片手はギアに付きっきりであるから、お香なんぞ焚く余裕も無ければ火の元すら用意も出来ない。出来るとすれば、悪友が下部の方に有る、今はバッテリーの電源取りになっている、シガーソケットに手を伸ばせる位だろう。

 ああ、確かに薔薇の香料と線香の匂いが混じった、変な感じの空気が車内に充満する。しかも窓を開け放っているのに、ムワっとした空気が出て行かず、へばり付いている様な具合だ。

「*〇※⇒/=:∩」
「────何か喋った?」
「言ってないって!ほら!君が怖い話なんてするから!」

 横目で見ると脂汗をかいている悪友、私は車輛に標準装備されている余り正確で無い時計と、自分の腕時計とを見比べる………すっかり日も落ちて20:00か。

 緩やかなアップダウンの場所を良く見ると、墓地公園と呼ばれる場所の近くを通っていた。

 「南無阿彌陀仏(なむあみだぶつ)、南無阿彌陀仏」

 ギアを切り替えつつ、幾度か私は何と無く御経を唱えて見る。怖いと言うより、涼しさで目が覚める感じで安堵する。

「────あれ?無くなったぞ。やったー………」

 悪友が変な匂いから解き放たれたのが余程嬉しかったのか、妙な歓喜振りである。

 そう言えば、薔薇の香料と最初は煙草、次は線香の匂いに混じった変な雰囲気が消え失せていた。
然し、深夜で無いにも関わらず、奇妙な事も起きるんだなと、私は眠気覚ましの板ガムを噛みながら、悪友宅に車輛の足を向ける。

 ────電球の街灯の群れが、「よう」とばかりに出迎えてくれている。

返信

@ふたば さん
すみません、投稿するにあたり加筆しました。

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