勇斗「はぁ、綺麗だったな。」
香奈「うん!近くで良かったね。」
二人は大学生3年生。
6年間付き合っている。
就職活動前の最後のデートに選んだのは某テーマパークが期間限定で開催している「光の街」というイベントだった。
テーマパーク内が無数のLEDで彩られ、様々な世界が表現されている。
花畑、運河、フェリー、チャペルなど。
全てが光の粒で出来ている。
自然にため息が出るほどの美しさ。
それが作り出す大切な時間。
溶けて混ざり合ったみたい。
ここでプロポーズしない手はない。
勇斗「無事に就活終わってさ、大学卒業して仕事が落ち着いたら・・・。」
香奈「・・・。」
勇斗「その・・・、結婚してくれ。」
みるみる潤み、赤くなっていく香奈。
香奈「うん・・・。」
それ以上声が出せなかった。
勇斗も笑顔のまま何も言わなかった。
「ありがとう。」の意味を込めて、香奈の「長い髪」を超えて肩に手をまわした。
・・・という出来事が数十分前にあったのだ。
ほっこりする二人。
なんて幸せなんだろう。
明るい「光の街」を後にし、暗い夜道が二人を迎えた。
しかし、そこにも月光という粋な演出があった。
真っ白な光で照らすまんまる満月。
星の小さな光など見えない。
「御二人が主役ですよ。」と言わんばかりの堂々とした月だった。
片手はポッケに、片手は彼女の手に。
冷たい空気が暖かさを引き立てた。
香奈「ありがとね。」
勇斗「ん?」
香奈「ゆうについて行くから。」
勇斗「あぁ、俺の方こそ宜しくな。」
何かが湧き上がって来た。
守るものができた男の覚悟か。
今日は感情が様々な色に染まった。
香奈「月も綺麗ね。」
勇斗「香奈の方が綺麗だよ。」
香奈「えっ?」
勇斗「・・・って言ったらどうする?」
香奈「もぅ、からかわないで。恥ずかしいよ・・・。」
赤くなった顔が可愛らしかった。
その笑顔は一瞬で奪われた。
香奈「うぐっ・・・!」
香奈に向かって乗用車が突っ込んだ。
数メートル飛ばされ、動かなくなった。
勇斗「かっ、香奈ーー!!」
慌てて駆け寄る。
車は逃げていってしまった。
ひき逃げだ。
謎の痙攣を起こし、目は虚ろに。
赤い河が四方八方に広がっていく。
勇斗「おい、しっかりしろ!救急車を・・・。」
携帯を持った俺の手を香奈が握って首を振った。
香奈「・・・。」
何か言おうとしている。
最期の力を振り絞って。
勇斗「香奈・・・?」
香奈「・・・、ゆう・・・。つい、くか、ね・・・。」
勇斗「香奈、喋るな。目は閉じるな。」
香奈「かさ、なる、ら・・・。」
急にガクッとなった。
勇斗「・・・。」
立ち尽くす、言葉も出てこない。
香奈を守れなかった。
・・・。
葬儀に参列した後、勇斗は鬱になった。
何もしたくない。
最期の映像が忘れられない。
月に照らされた真っ赤の服の香奈。
そしてあの声。
何を伝えたかったのだろう。
分からない自分を責める。
気付けば体は爪跡だらけ。
俺が車道側を歩いていれば・・・。
犯人を殺したい。
そんな感情のウロボロスから抜け出せない。
就活なんてとてもできない。
期末試験を欠席し、留年となった。
泥を泳ぐような日々。
醒めない・・・。
・・・。
あれからいろいろ考えた。
死ぬ気で悩んだ。
俺は香奈のために生きようって。
それが答えだった。
約束通り、就活を終わらせよう。
そして、香奈の墓に報告に行くんだ。
だって、こんなだらしねぇとこ見せられねぇだろ。
しっかり自分を見て、現実を見て。
負けねぇ。
決心は香奈と別れて半年経った春の夕方に下された。
勇斗は変わり始めた。
懸命に勉強し、外に出て心を磨いた。
誰にでも誇れる自分。
誰より、香奈に恥じない自分。
それを目指すことしかできなかった。
毎日香奈を想う。
最期の言葉。
なんと囁いたのか知りたい。
知りたいと思うほどに声がループし、分からなくなる。
大切な言葉を聞いてあげられなかった自分を責めたくなる。
でも、それはしない。
香奈は望んでいないはずだから。
香奈のために生きたいから。
・・・。
やれることは全てやった。
本当に成長した。
これなら、いける!
就活が始まった。
乗り越えて証明してみろよ。
自分に言い聞かせた。
しがし、現実はあまりに苦かった。
内定が決まらない。
何社受けただろう。
心が枯れていくのが分かった。
はぁ・・・、だめか。
香奈・・・。
香奈「何?」
えっ?
勇斗「香奈!?」
香奈「声は出さなくていいのよ。ちゃんと伝わるから。」
勇斗「な、何で・・・。」
香奈「細かいことはいいから。それより何よ、この様は。」
勇斗「・・・、すまん。なかなか内定出ないんだ。」
香奈「最初は壊れた勇斗を見てられなかったけど、頑張ってくれたんでしょ?あたし為に。」
勇斗「あっ、ああ!」
香奈「まだ終わってないのよ。ゆうについていく。あたしの自慢なんだから。胸張って面接官を納得させてみなさいよ。」
勇斗「・・・そうだよな。待ってろ、報告しに行くからな!」
「最期の言葉」は「ついていくからね、重なるから。」であった。
勇斗から延びる影は長い髪を靡かせて・・・。
作者退会会員
またみなさんの声を聞かせてください。
泣ける話と思って書きましたが、前作の「べリアル・オブザーバー」をはるかに下回ります。
本当に泣きたい人はそっちを読んでみてください。
あと、そろそろ大日本異端怪談師名義のカバー作品をやりたいです。
オチの無い話を投稿していただけるとカバーしやすいです。
でわ、亰でした。