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ある夏の出来事。
スキーの仲間で泊まりがけで山荘に行った。
男4人女2人。
誰と誰が付き合ってるとかそういうのはなくてみんな友達ってそういう仲間。
その山荘はスキー仲間の中心グループが勤めている会社の所有物。
会社に届けを出すと無料で貸してもらえるのだそうだ。
夜は屋外でバーベキューをして酒盛り。
そしてお約束の肝試し。
僕も今までにも何度かここには呼ばれた事があり毎回このパターン。
今までは歩いて近くの神社とか幽霊が出ると噂の滝とか行ったが、幽霊の出現はなし。いや、毎回怖いのは怖いのだが。
「今年は車で銅山の廃屋まで行ってみない?」
僕の町ではかつては銅山が栄えていた。
銅山にはたくさんの人が出稼ぎに集まり、宿舎が作られ一つの村と言える物ができてたほど。
しかし、今では廃坑になり誰一人としてその辺りには住んでいない。
坑道はもちろん閉鎖され入る事はできないが、村の名残の宿舎は誰も住まないまま数十年そのままになっているのだ。
「バカ。やめとけ。あんなとこは本当に危ないぞ」と友人・克が言った。
克はお寺の息子。
つまりお坊さん…と言っても髪は金髪、酒は飲むわ肉は食うわベンツには乗ってるわの典型的生臭坊主(笑)
「坊主が幽霊怖がってんのか?」
銅山跡に行こうと言い出した沢村が軽口を叩いた。
「俺はこれでも坊主や。祟りとかそんなんいっぱい知っとる。あそこはやめとけ」
克だけは笑ってない。
僕は過去に幽霊など見た事なく。 霊感0と自負していた。
祟り?幽霊?あるなら見てみたいもんだと思ってた。
「肝試しなんて怖けりゃ怖いほど面白いんじゃない」女の子の一人・千秋はノリノリ。
「そんなに言うなら勝手にしな。けど、俺は行かんぞ。もし何かあったらすぐ電話しろよ」
と克だけ残り男3人女2人で行く事になった。
「一人でここに残る方が怖いんじゃないんか?」
沢村はまた軽口を叩き、お酒を飲んでない千秋の運転で銅山跡に向かった。
山荘から銅山跡まで車で約20分くらい。
「銅山が廃坑になってからもう何十年も経ってるのに宿舎とか何でそのままにしてんだろな?」
「壊す方がお金かかるからじゃないか?予算ないんよ」
「でも火事になったりとか?」
「あんなとこ誰が火つけるかい!」
「浮浪者とか勝手に住んでたりとか?」
「浮浪者でももっとマシなとこ住むわ!」
山道からさらに細い山道に入りしばらく登って行くと廃坑跡に着きました。
「真っ暗…」
「当たり前じゃ」
「本当に行くん…?」
「当たり前じゃ」
『お前ら行くのはもう止めんが建物の中とかは絶対入るなよ。辺り歩いてヤバいと感じたらすぐ帰ってこいよ』
出発際に克が言った事を思い出した。
車から降りて懐中電灯を照らす。
懐中電灯を左右に振り大まかに全体を見ると、まさに廃村。
草が茫々に茂り銅山の会社が建てた全く同じ形、同じ大きさの平屋建てがずらり。
「不気味過ぎ…」
千秋が笑いながら言った。彼女は恐怖を楽しんでるようだった。
「ど…どっちに行くん?」
千秋の友人・裕子が怯えたように言うと、沢村が「とりあえずグルッと回ってみよう」と言った。
全く同じ形の住宅の間を抜けるように歩く。
全て木造。ほとんどのガラス窓はバリバリに割れている・・・
時々、懐中電灯を持った沢村が割れた窓の中を照らした。
腐りかけた人形や染みだらけのカレンダー・・・生活の跡・・・不気味。
僕は霊感ゼロ…しかし、もう怖くて怖くて…本当に嫌ぁな感じがしてきた。
「もう、やめようや。帰ろう。ここは真剣にヤバいわ」
住宅跡の端まで歩いたとこで最も臆病者の友人・川西が私の気持ちを代弁してくれた。
しかし…
「あれ?ここの家だけ小さいぞ。つーか…窓も無いし家か?ここ」
沢村が懐中電灯で一軒の家を照らした。
住宅は全て長方形で統一されてて玄関も同じ方向にあるのだが、この建物だけ正方形で玄関が同じ方向に無い。
「入り口どこよ?」
正方形のうちの三方に入り口は無く村の本当の端っこ。
そちらには小山しかないという方向に入り口が。
そして、その山には小さな石碑がびっしりと…
「これ…墓じゃないのか?」
「もう無理!帰ろうや」
「ちょっと待てや。中覗いてみよや」
沢村がそんなことを言い出した。
玄関のある裏手…山のふもとには小さな石碑がバラバラに立っていた。
石の大きさもバラバラ。並びもバラバラ。
しかし明らかに人為的に立ってる石。
「…これって、お墓?」
「もう帰ろうや!こんな場所にこんな時間にいたら本当に祟られる!克が言うてたろ!マジでヤバいって!」
さすがの沢村も「これはヤバいわ。帰ろう」と震える声で撤退宣言…が突然ガシャン!と大きな音が。
『ギャッ!』
振り返ると千秋が、その正方形の玄関を開けていた。
(バカ!)
そしてスーッと吸い込まれるように入っていく・・・!!!
沢村がその方向を懐中電灯で照らしながら「入るな!」と叫んだ。
裕子は半狂乱で「千秋ぃ!」と金切り声をあげた。
沢村と川西は慌ててその不気味な建物に入り千秋を連れ戻しに入った。
僕はその時すぐに山荘で待つ克に電話をした。
場所を説明してから、
「俺が見ても明らかに不気味な建物に千秋ちゃんが入った!おかしい!みんな入った!どうしたらいい?」と聞くと、
「お前は入るな!絶対に入るなよ!!すぐに行くから待ってろ!その建物は本当にヤバいぞ!爺やんに聞いた事がある。怨念だらけだ。待ってろ!」
と電話を切った。
隣では裕子が泣いていた。
玄関の内側では懐中電灯の光が揺れ、沢村と川西の声が何やら叫んでいる。
背後の石碑からは何とも気持ち悪い雰囲気が漂う。
『待てよ…こんなに怖いのは確かに初めてだが実際に幽霊なんて出てないじゃないか。いつもの肝試しと同じじゃないか』
ふと冷静にそう思った。
「裕子ちゃん。大丈夫。普通の肝試しのちょい怖い版よ。あいつら連れて帰ろう」
玄関は横に引く旧式の扉。鍵がかかってたようだが扉のレールがずれて開いたらしい。
『千秋ちゃんは・・・? 』
部屋の中は一段高くなってて何やら賽銭箱のような物が中央にあり、その前に千秋は立っていた。
そして彼女は自分の首をボリボリと掻いていた。
先に入った男二人も無言で震えながら体を掻いている。
確かに部屋に入った途端に体が痒い。臭い!
ダニでもいるのか?
このあたりの表現、順番は無茶苦茶で申し訳ない。思い出した順に書いているから。
壁一面には御札が。
「千秋ちゃん…大丈夫?」と問いかけ顔を見ると何と黒目が無い!
いや黒目はあるのだろうが立ったまま失神していると言えばいいのか・・・!?
こんな顔を見たのは初めてだった。
千秋は白目を剥いたまま首をボリボリ掻いていた。
沢村と川西が彼女の肩を揺すっても反応がない。
「千秋ちゃん!」と僕が叫ぶと彼女の黒目が現れた
その時の恐ろしさが忘れられない・・・
黒目が瞼の下方からギョロリと現れたのだから・・・!!!
まるで人形みたいに。
ここで覚えてる限りの、その場所の状況を説明する。
まず匂い。
カビ臭い。
何十年も前から放置されてるから当然だろうが。
カビを吸い込んだせいでアレルギーが出たのか…とにかく普通の臭さをこえていた。
そして、その場所は明らかに住宅ではなくて、お堂という感じの造りだった。
懐中電灯の灯りに浮かび上がったのは、壁一面の御札。
御札には何やら読めない漢字と、その下に赤字で人の名前らしき事が書かれていた。
子供が生まれた時にお祝い返しでもらう命名札に似てるか?(この件は後に克の爺ちゃんに聞いてわかった)
土間から一段高い場所に三畳程度の畳の間。
畳は染みだらけで腐っている。
畳の間の一番土間側に賽銭箱に似た大きな木の箱。
賽銭箱らしき箱を懐中電灯で照らした。
賽銭箱と違うのは、上部分が格子になってない。
そして普通の賽銭箱のように小銭が滑るように斜めになってるのだが、その開いてる部分が広い。
そして見えたのは、こびりついた髪の毛らしき物!(これも後でわかったのだが実際に婦人の髪の毛だったようだ)
もう無理!
動かない千秋を男3人で抱え、入り口に戻る。
入り口を振り返った時に土間の隅に見たのは赤ちゃんくらいの大きさの腐りかけの人形の山!
「!!!!!!」
何だ、ここは? あまりに普通じゃない!
…長々と説明したが、そのお堂にいた時間は十秒程度だったと思う。
全てを写真を撮ったように記憶している。
お堂を飛び出て泣きじゃくっていた裕子の腕をひき車の場所まで戻った。
後部座席に千秋を寝かせた。
千秋は腹式呼吸をしてるようにお腹を上下させていた・・・
克のベンツが到着。
彼は千秋を一目見て
「こりゃひどい」と呟いた・・・
千秋は克のベンツの広い後部座席に寝かせた。
「・・とりあえず山荘まで戻ろう」
千秋が運転してきた車がもう一台。
これは僕が運転して帰る事に。
とっくに酔いなんて覚めていたし、 駆けつけてくれた克の次に比較的冷静だったのが僕だったから。
後部座席に沢村と川西。
裕子は千秋と一緒に克の車に。
車中で男三人で話をした・・・
「祟りなんか?」
「わからん・・・」
「見たか?」
「何を?幽霊?」
「いや、幽霊なんて見えた奴いる?」
「いや・・・」
「あの御札みたいなのとか気持ち悪い賽銭箱みたいなのとか汚い人形よ」
「見た・・・」
「あの臭い・・・ゲロ出そうだ・・・」
「痒くないか?」
「痒い・・・」
「千秋・・・大丈夫よな・・・?」
沢村は泣きそうな声で言った。
山荘に到着。
千秋を抱え布団に寝かせる。
「これって祟りなん・・・?千秋は大丈夫なん?寝てるんか?失神?」
沢村が車で言ってたのと同じ事を矢継ぎ早に克に問いかけた。
だが『祟られてるのか?』最も聞きたい事は口には出さなかった。
「わからん・・・が、ちいと黙っておいてくれ」
と返事すると克は千秋の枕元に正座し数珠を取り出しお経を唱えはじめた。
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空。度一切苦厄・・・」
生臭坊主と思えない!美しい。克から光が発せられるのが感じられたのを覚えている。
効きそう!効いてくれ!と心から願った。
お経が終わった・・・
「千秋は大丈夫なんか?お祓いしたんか?寝てるだけか?起こさないでいいんか?」
また沢村が克に質問しました。
「お前ら、何か見たか?」
「お堂みたいな建物の中で気味の悪い物はたくさん見たが・・・」
「だから行くなと言うただろうが・・・!けど大丈夫よ。千秋ちゃんは祟りなんかじゃない。恐怖でパニックになっとっただけや。今は寝てるだけだから寝かせとこう」
「けど、克。お前さっきお祓いしただろが?祟りじゃないんか?」
沢村は少し安堵の表情を見せながら聞いた。
「さっきのはお祓いなんかじゃない。お経唱えただけや。お経は葬式で唱えるだけじゃない。いつ唱えてもええんじゃ。それは有難いもので・・・」
みんなに褒められ少し有頂天になった克のお経の有難さについての説教がしばらく続いた。
みんな少し笑った。
その後は朝まで誰一人眠らなかった。
千秋は本当に大丈夫なのか?
祟られてないのか?
『そこに入るな!爺やんに聞いた事がある』
『こりゃひどい』
克が言ったこれらの言葉に引っかかる物があったのだが『悪い方向に考えない』という無言のルールに従っていた。
早朝・・・千秋が目を開いた。
「千秋ぃ!!よかったぁ」
「ん?どこ?ここ?あれ?」
「みんなで肝試し行ってアンタは気を失ったんよ!」
「うん・・・肝試し・・・?うん・・・?きゃあああああああっ!!!!!!」
千秋がまた突然凄い声を出した。
朝方なのに鳥肌が出た。
「大丈夫じゃ。水飲め。怖かっただろ?懲りたらもう行くなよ」
克が言うとガタガタ震えながらも千秋は落ち着きを取り戻しコップの水をゴクゴクと一気に飲み干した。
「精神的外傷ってやつだ。だんだん治る。心配するな」
克の言葉にはいちいち説得力がありみんな落ち着きを取り戻ししばらくして山荘を出た。
千秋も口数は少ないながら自分で立って歩いていた。もう大丈夫!と思った。
山荘からの帰り道・・・僕は克の車に乗った。
しばらく二人は黙ってましたがボソリと克が言った。
「千秋ちゃんな・・・ヤバいかもしれんぞ」
「えっ!?」
「帰りにうちに寄れ。爺やんに色々聞いてみよ」
「あのお堂か?」
「あの村は特殊な村だったみたいぞ」
僕は克の寺の広間の奥の書室に通された。
『どういう事?千秋は精神的外傷じゃないのか?』
「精神的外傷といや精神的外傷なのだが…祟りといや祟りじゃ」
『どっちよ?』
「祟りなんてもんは、そんなもんよ。…お前は霊の気配とかわかるんか?」
『いや…見た事ない…』
「それでええ。お前はその鈍感な頭で霊を否定しながら科学的に考えるんじゃ。」
克はそう言うとドサリとたくさんの書物を二人の間に置いた。
『鈍感は余計じゃ』
僕の抗議を無視して地図を指差し、
「昨夜、お前らが肝試しに行ったのはここや」
『おお…目出多町(めでたまち)…?あそこにそんな地名があったんか?』
「うん。銅を取る為に掘られた最初の坑道『快楽抗』…ここにみんなが集まった」
『めでたい町とか快楽の抗道とか、えらい賑やかな名前やな』
「近くに酒造所もでき男は集まり金のある町に女も集まり栄え、坑夫達は下の町に降りる必要がなくなったわけだ…」
克は地図と資料を両手でパラパラと器用にめくりながら説明してくれた。
『あの町が栄えてたのはわかった。けど何で祟りとかあるんよ?お前、お堂に千秋ちゃんが入った時、そこはヤバいって言ったろ?あそこは何よ!?』
「知らん」
「知らんのかよ!」僕は転けた。
「ただな…お、爺ちゃん!」
『おぉ、克に尚毅君。友達は大丈夫か?』
爺ちゃんが帰ってきた。克が肝試しの事、千秋の症状などを電話で説明してたらしい。
「俺はよくわからんから爺ちゃん!あの町の事を説明してや!」
ここからは克の爺ちゃんの話になる。
「目出多はな、それは景気のいい町だった。
坑夫の給料もよかったし工場側も坑夫の労働意欲をわかすために町を整備し酒蔵を作り、女を町に送り坑夫達は町で嫁を娶った。
たくさんの子供も生まれた…ただな…不義の子も多かったのじゃ」
『不義の子?』僕にはピンとこなかった。
「自分の嫁が他の男と寝る。そして妊娠すると『わしの子か?』と言う話に当然なる」
『そんなの一部だけの話でしょ?』
「金があり酒があるが閉鎖的な町でやる事言うたら男女の交わいばかり。
誰と誰が寝たなんて話は日常茶飯事だったらしい。
そんな不義の子は産んだらいかんっちゅう法律ができた。
今で言う中絶じゃ。
それを専門でする巫女であり産婆がいた。
その術が現代では許されないおぞましい…」
僕はぞーっとした…あのお堂で?どんな事が…?
爺ちゃんの話の続き。
「明治の初期じゃ。目出多(めでた)はそのあたりの他の銅の出る集落に比べても特殊じゃった。
それは快楽坑という最も最初に銅が出た坑道を持つ誇り・・か?
元祖・銅の町ちゅうか・・・
『わしらは特別』そう思ってたのじゃろう。
そして工場側もそこをくすぐり金を与え、鉱夫達はそれはよく働いた。
自由と金を与えてれば工場に数百倍もの富を与える町。
誇りと金と自由。
それが歪な方向に向かう原因となる。
話を戻そう。
その自由な町の独自の法律の一つが「堕胎」じゃ・・・」
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「さっき言ったようにその町では不義の子を妊娠する事は日常茶飯事だった。
それが原因で町では争い、或いは殺人事件に至る事もあったという。
当初、そのような事件は落盤事故として処理されてたりもしてたという。
しかし『それじゃあ、いかん!仲間内でいがみ合うのはよくない。元凶は赤子じゃ。そのような子供は生まれる前に処理してしまおう』となる。
異常な事にその意見に反対する人間はいなかったという。
町の女は妊娠がわかると町の端にあるお堂に連れて行かれた。
もちろん女の中には怖がり嫌がり泣き叫ぶ女もいたじゃろう。
しかし不思議にもそのお堂に入った女は突然、白目を剥いて動かなくなるという」
『!!!』・・・あの時の千秋の目だ!
僕は思い出すとまた鳥肌が立った。
「それには麻薬が使われてたという噂もある」
『座薬!?』僕は驚いて問い直した。
克はポカリと僕を小突き
「アホ。座薬使ってどうする?麻薬だ。爺ちゃん、大麻か阿片か何かかな?」
「うむ。大麻やケシなんてのは当時はどこの山でも雑草のように生えてたからのう。
失神状態の女を寝かせ中絶を行う。
術式を行うのはその町の巫女じゃ。
町には町の繁栄と安全を祈る宗教も発生しておった。
異常な術式じゃ。
巫女は寝ている女の髪の毛を切り子供の胴体を包む。
さらに赤子の身体の一部を切り取り人形に詰め母親に抱かし、
髪の毛を巻きつけた赤子は「天帰離箱(テンキリバコ)」と呼ばれた箱に落とす。
そうする事で不義の子の悪は浄化し、母子の魂は永遠に離れずと思われてたそうじゃ。
巫女は女が目覚めるまで一心不乱に呪文を唱え続ける。
母親は目覚めると愛しそうに我が子・・人形じゃな・・・を抱き、巫女がつけた名前の書かれた命名札をもらい喜び帰路したという・・・」
僕はガクガクと震えていた。
昨夜見た風景がまたしても写真のように脳裏に映し出される。
「箱」「髪の毛」「山積みの人形」「御札」 そして「千秋の目」・・・
泣きたくなってきた。
克は目を閉じていた。
そして突然また僕の頭をポカリとやった。
「お前が震えてどうすんだ?お前は霊的な物を否定する役目だろうが」
そうだった!!
確かに怖い!怖いが未だ僕は幽霊を見たわけじゃないのだ。
物を見ただけ。話を聞いただけ。
大きく息を吸い込み震える声で爺ちゃんに聞いた。
『しょ・・・しょうゆう話って資料とか残ってるんですか・・・?』
「醤油が何じゃ!?」
『ダメだ。こりゃ』克が頭をポリポリと掻いた。
『すいません。さっきの話が事実という資料は残ってるんですか?』
気を取り直して聞いてみた。
「うむ・・・さっきの話に関するれっきとした資料という物はない」
『警察は?そんなに栄えた町なら警察だって当然あったでしょ?
いくら町独自の法律があるといってもこんなのは殺人だ!殺人が許されるわけない!』
僕は正論を問いかけた。
「警察もその町に住んでりゃ町民じゃよ」
一言で否定された。
「しかし資料がない以上、さっきの話は民話に背ひれ尾ひれがついただけかもしれん」
『じゃあ、千秋ちゃんは暗闇と恐怖に酔って失神しただけかもしれない?』
「そうかもしれん・・・しかしあの町に特殊な風習があったのは間違いない!
・・・これは資料とは言えぬかもしれんが・・・」
そう言いながら爺ちゃんは何やら古い本を取り出した。
表紙はぼろぼろ。
もろ手書き。
一枚一枚を紐で止めてるだけ。
本と言える代物じゃない。
「ほれ」それをパラパラと捲り私の方に向けた。
毛筆で描かれた汚い人形の絵と詩。
【テンキリのかぞえうた】
『ひとつ芽を出す私の子 なんぼ抱いても泣きもせぬ
深きじごくか高き天 おまえは天で待っちおれ
みにくい赤子は男の子 青いべべを縫うたろかあ
よしよしお前は男の子 母べのうたは聞こえるかあ
ごそりとお前はテンキリに
ごそりとお前は捨てられほおほお
無理じゃ笑へと婆は云ふ お前も笑へと母べ云ふ
なんぼ抱いても泣きもせぬ なんぼ抱いても乳吸わぬ
母べのうたは聞こえるか 母べのうたは聞こえるかあ
小山の石ぞ聞こえるか 母べのうたは聞こえるかあ
とおにお前はテンキリに
とおにお前は死んじゃらほおほお』
背筋が凍りついた!
克はボロボロと涙をこぼしている。
無言の僕らを尻目に爺ちゃんの話は続く。
「銅と邪教によって栄えた目出多町だったが、尚毅君の言うとおりじゃ。
まかりとおる殺人を警察が許そうとも天は許さぬ。
明治32年、町に山津波が起こった。
逃げ遅れた町民は土砂に飲まれた。
快楽坑も壊滅的なダメージを受けた。
会社は目出多の復旧を放棄した・・・銅はもっと下の町からも出るようになったからじゃ。
そして町は滅びた・・・」
僕と克は寺の外に出た。
二人はしばらく無言で歩いた。
僕は適当な石に腰掛け口を開いた。
「町民みんなが狂ってたわけじゃなかったんじゃなぁ」
『・・・・・』
「町にバチが当たったって事か・・・」
『ふん!』
隣に立ったままの克はまた僕の頭をポカリとやり言った。
『また非科学的な事言うてるな!バチなんてないわい!時代や。 時代が目出多を歓迎し、また見放しただけじゃ』
「ふん。お前こそまた坊主らしからぬ事を」
『あ、あるわ。バチ。お前に絶対バチ当たらあ!』
「何で俺にバチが当たるんや?」
『お前どこに座ってると思っとんや?』
うわっ!お地蔵さんだった!慌てて立ち上がった。
克が噴き出した。僕も噴き出した。
「千秋ちゃん大丈夫よな」
『おう』
「科学的な坊主に有難いお経もいただいてるし」
『おう』
(二ヵ月後・十月のとある日曜日)
「迎えに来たぞ」
僕と克は時々一緒にジョギングをしている。
克の寺から近所の公園の池を回り小山に登るコース。
雲ひとつ無い秋晴れ。
真っ青な空の下、風だけが涼しい。
「あれ?」
沢村と千秋が自動販売機でジュースを買っていた。
二人の姿を見るのはあの夜以来だった。
『あれ?どしたん?ジョギング?若いな!』
沢村が僕らを見つけいつもの軽口を叩く。
「お前らなんで一緒に・・・?ほお」
二人は繋いでた手を慌てて離した。
「千秋ちゃん元気なん?」克が声をかける。
『うん。元気!元気!またみんなでどっか遊びに行こうやぁ』
「おお!行こうやぁ!」
『俺も元気じゃ』と沢村。
「お前には聞いとらん」僕と克は同時に言った。
千秋はケラケラと笑った。
彼女はすっかり元気になっている。
あの夜の話はもうしなかった。
「幸せになぁ!おい!克ぅ!行こうや」
僕は大きく背伸びして息を吸い込んで言った。
そんな僕を無視してまだ克は二人に話しかけていた。
「二人に言っておく。
『恋愛は結婚より面白い。それは小説が歴史よりも面白いのと同じだ』
カーライルの名言だ・・・ええか?事は焦るなよ」
また坊主らしからぬ事を。
「克ぅ!先に行くぞ!!」僕は二人に背を向け先に駆け出した。
『待てや!じゃあ千秋ちゃん。バイバ・・・!?』
克はすぐに僕に追いつき言った。
『おい・・・尚毅…』
『お前があの夜、お堂で見た千秋ちゃんの目ってさっきの目か・・・?』
(完!!)
作者柊