「帰り…遅くなる…」
滅多に口を開く事のなかった人だったからか…それが、口癖の様にも感じていた。
僕が中学生になり…その生活にも慣れ始めていた頃…それが、最後に聞いた彼の言葉になったんだ。
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私は怖い話、怖話を集めるために旅をする、怖話ハンターです…
この話は私がまだ生意気な反抗期の年頃だった頃の話…
中学に上がったと言っても、友人は小学校の頃から仲の良かった菅野と中島だ…話すことはいつも同じ、怖い話か女の話…特に菅野(あだ名をスガピー)の怖い話がいつも面白くて私も中島(ナカブー)もお気に入りだった。
「今日はどんな話?早く聞かせてくれよ!」
スガピーは普段は口数の少ないおとなしめの奴だったが、怖い話となると、急によく喋る奴になる…
いつもの様に僕らは彼に話を振る…
が…いつもと様子が違い、私もナカブーも不思議に思っていた…
「ゴメン…今日は勘弁…して」
…仕方なく、私の得意な女の話(対外スケベな話)を三人でするが…スガピーの様子がやはりいつもとは違い…ナカブーが
「何だよスガピー!のり悪ぃなぁ!どうしたんだよ!?」
肉の塊の様な体がブルルと揺れ、顔面を歪める…
すると…
「うん…ゴメン…実は…さ、父さんが一昨日から帰らないんだよ…そしたら…母さんが…ヒステリー起こしてて……浮気だのなんだのって…僕まで殴るんだよ…まぁ、母さんの暴力はいつもの事なんだけど…」
言葉を失った…
友人の父親が浮気でウチに帰らない、しかも、母親に体罰を受けているなんて…私にはとても掛けてやれる言葉が見つからず、魔人ブーにクリソツなナカブーを見る…
しかし、ナカブーも悪い事を聞いてしまったとうつむき引きつった顔をしている…
放課後の夕日が教室の全てのものをオレンジ色に染め、下校を促す様にチャイムが鳴り響く…
私達は特に部活動などはしていなかった為、いつもそのチャイムを合図に下校するのだが、その日は何と無く…スガピーが不憫でなかなか帰れず、教室の後ろにある小さめの黒板(私が描いた女体図)の前で暫く動けずにいた…するとスガピーは…
「変な事言って悪かった…帰ろう!?川に釣りに行こうよ…」
と、私らに心配掛けまいと、ニコっと笑いかけて来た…
「ゴメン…なんか変な事聞いて…」とナカブーが謝るがスガピーは「気にするなって…」とナカブーの肩をポンッ!と叩き、カバンを持って教室から出て行く…
あとに続き私等も追いかける様にスガピーの後を追った。
その日は、普段の様に川に行き釣りやら水切り(※)などをして過ごした…
(※ 平べったい石などを川などの水面に投げる遊び)
次の日…
スガピーの様子は以前変わらず…私とナカブーは心配で、ふざけた話などをしながら彼の笑顔を誘っていた…
「ほんと、もう大丈夫だから…」
と、微妙な笑みを浮かべる彼を見て…私等は何とも言えない感じでいたのを今でも覚えている…
彼が病気という事で学校に来なくなったのは、それから一週間が過ぎた頃からだった、前の日には怖い話などもしてくれるほど、何時ものスガピーに戻っていたので、私等も急のことで、ショックが大きかった…
スガピーが学校に来なくなり三週間が過ぎた頃、私等は担任に彼はどうしたのかと聞いてみる…が、少し体調を崩しているだけだから…すぐ良くなるから…と言われ、私等も彼のいない寂しさの中であまりにも長い休養に心配を膨らましていた…
ある休みの日、私等は彼の見舞いに行くことにした…もっと早くに行きたかったが、学校の文化祭などで忙しく、なかなか行くことが出来ずにいた…
しかし、ようやく文化祭も終わり…落ち着きを取り戻していたので私とナカブーは多少のお土産を手に彼のウチに向かった…
「犬神!何でお見舞いにエロ本持ってきてんだよ!?はっはっはっは!馬ぁ鹿!」
「これが一番の見舞いになるだろ?ふふふ…」
ナカブーは何故か唐揚げを手にしていたが彼に取ってはそれが一番の見舞いなのだろう…
……………
スガピーのウチの前に来ると何だか照れ臭くて、チャイムをどちらが押すかを何故か揉めた…が、
結局、私がチャイムを押す…
『ブーーッ』
予想外のチャイム音に驚いていると、玄関のドアが開き、スガピーの母親が顔を出した…
「どなた?」
「あっ…えっとぉ…ぼっ…僕等、スガピー…いや、徹くんのクラスメイトで、おっ…お見舞いに来ました!」
「あら…そぉ…ありがとうね。でも、徹は今…ちょっと眠っているものだから…ごめんなさいね…今日は…」
寝ているところにいくら親友だからと言って、私等でも上がるわけにはいかないと…仕方なく、引き上げる事にした…勿論土産は唐揚げだけを置いて…
その日は、また今度来ようと、二人で約束して別れた…
何と無く気になる事が頭をかすめる…
スガピーの母親の後ろに小さな人影の様なモノが見えた気がしたのだ…
あれ子供?スガピー弟なんていたっけななどと思った…が、気のせいだろうと帰り道、通りがかりの公園で持って行った卑猥な本を読もうとスキップを内田裕也ばりにシェキナベイベーしながら公園に向かった…(意味不明…失礼!)
公園に着き薄汚れたベンチで、紙袋を閉じたセロテープを丁寧に剥がし、ゆっくりと本を取り出す…
「おい…」
ビクッ!と体を震わせ振り向くと知らないおじさんが立っていた…
痩せこけて…目の下には隈が何層にも重なった様に真っ黒…ボロボロの洋服と身体からは何とも言えない悪臭をはなっている…ホームレス?
「そのベンチは俺の今日の寝床なんだ…場所を変えてくれねぇか…」
そのおじさんのあまりの迫力に驚いた私は急いで飛び退いた…が、
後で考えてみたら彼が別の場所に行けばいい話だろうと何と無く納得がいかなかった…
!?…その時、私の脳裏に昔、会った事のある人物の顔が浮かんだ…
スガピーのお父さん?
小学生の頃の日曜参観に来たスガピーの父親にそのホームレスはどことなく似ていた…まさかと思いながら、もう一度振り返り確認しようとしたが、すでに背を向け横になっていて、顔を見る事が出来なかった…
……………
月曜日、ナカブーにその時の話をすると、思いも寄らない言葉が帰って来た…
「知ってる…あれ、スガピーの父ちゃんだぜ…母ちゃんたちが話してるの俺、聞いたことがあるんだ…」
え?だったらスガピーに一刻も早く知らせてあげなきゃ!と思った矢先だった…ナカブーが続ける
「でも、多分スガピーも知ってると思うぜ?あそこに親父がいる事…俺の母ちゃんの話によると…あのウチは完全に家庭崩壊してて、ほら…スガピー、お兄さんいたろ?あのお兄さんも家出してあの家には居ないらしい…だから、俺…めっちゃ心配なんだよスガピーが…だって話してたろ?あの母ちゃん、暴力振るうって…」
確かに心配だ…
暴力が行き過ぎて寝込んでいるのではないか?などと私は最悪な事態を想像した…
助けるにもあのウチに殴りこむ位の気持ちで行かなくてはスガピーは救えないかもしれない…
「僕、スガピーのウチに電話してみるよ…会わせて貰えないかって…」
そうナカブーに伝え、ウチに帰り直ぐに受話器をとった…
なんて言えばいいだろう…
どう言えば会わしてもらえるだろう…
兎に角、スガピーのウチの電話番号を押す。
『ぷるる…るるるるる…るるるるる…るるるるる…ガチャ…はい。菅野でございます。』
「あっ!僕……」
『今、留守にしております。用件が…』
出ない…母親が留守であっても、スガピーは居る筈…なのに…そんなにも?…電話すら出れないほど体の調子が悪いのか?と心配は更に膨らんだ…
こうしちゃ居られないとナカブーに電話して、今直ぐスガピーのウチに行こうと話した。
……………
辺りはすっかり暗くなっていた…
二人でスガピーのウチの前に立つ
…
二階の部屋は明かりがついていて…恐らく、あの部屋がスガピーの部屋だろうと…ナカブーが小石を拾い、そっとその部屋の窓に投げる…
『コツン』
もう一度…
『コツツ』
反応がない…家の周りをみると雨樋が二階まで伸びており、上手くすれば登れるかもしれない。
見張りをナカブーに頼み、私はそこをよじ登る事にした…
「やばくね?」
「大丈夫だよ…ちゃんと見張ってて!?」
スルリと登りベランダに足が届く…
ナカブーのハラハラした顔が、暗かったのに何と無く想像がついた…
ゆっくりと…音を立てない様に窓に近寄る…
カーテンがほんの少し空いている部分から中を覗く…
っ…!?
十字架に張り付けられたスガピー
しかも、手足に本気で杭が打ち込まれている…
キリストの張り付けの様な状態で…
ガリガリに痩せ、生きているのかさえ分からない…
僕は意を決して窓を開けようと窓に手をかけると…
視線を感じる…
目線を下に下ろすと…
全裸の子供…
いや、肌の色がおかしい…薄紫色の肌、目の黒目が異常に小さい…
髪の毛は生えておらず、頭には血管が浮き出ていて何とも不気味な表情で僕を睨みつけている!
身体はやせ細っていて、でも腹だけは出っ張っている…
栄養失調の子供の様に…
しかし、顔中にシワがはしっていてとても子供の肌とは思えない…
「ひゃあ!」
動けない!金縛りとかそういうんじゃない…人は本当に恐怖した時、身体が硬直してしまう事をその時、初めて知った…
その子供の様な小さな人間はニヤニヤと笑いながらスガピーの元に行き、手に持っていたナイフで彼の胸に文字を刻み出した…
辞めてくれ!
言葉が出ない…
スガピーの目から赤い涙が流れる…
小人の手は止まらない…
人の文字では無い…全く読めない文字を刻んで、そこから流れた血をすする様に舐めている…
見たくないのに、何故かその行為をずっと見ていた…
その時、ナカブーが囁き声で話してくる。
「犬神?どうしたの?何が見えるの?」
声が出せない為返事が出来ない…
恐ろしい事はまだ終わりではなかった…
その小人は部屋にある椅子をスガピーの傍に持って来てそれによじ登ると…次は、彼の耳をナイフで切り落とし始めた!
右…
『ヅブ…ゴリ…グチュ…』
窓が閉まっているのに、どういう事かその聞きたくない生々しい音が耳元で聞こえてくる…
左…
『ブキ…ゴリュ…』
もう辞めてくれ…何で…どうしてこんな…
すると、その小人はニヤニヤとこちらを振り向き近寄って来る…
来ないで来ないて来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで!!!
気がつくと足が後ろに下がっていて、私は真っ逆さまに二階から落ち。。。………………
…………………………
目を開けると天井が見える…
隣に目をやると母さんが心配そうな顔で、でも目を覚ました事にホッとした表情で立っている…その横にはグシャグシャに泣きべそをかいているナカブーの姿が見える…
いつの間にか病院のベットで寝かされていたのか…
「スガピーは?」
「誰?それ…」
母親が不思議そうな顔で答える…
ナカブーは以前泣いている…
「菅野 徹君だよ…大変だったんだぜ?あの家で十字架に張り付けられてたんだ…」
「あなたなに言ってるの?頭を打ったせいかしら…先生に見てもらわなきゃね…」
スガピーを知らない?前からよく彼の話を夕飯時にも話した事があるのに、どうして…
「ナカブー?お前は分かるだろ?スガピー。」
泣きべそを拭きながら首を横に振る…
どうなってるんだ?
今までの事が全て夢だったとでも?
その時!胸に痛みが走る!
着ていた患者服を少し捲ると…
包帯が巻かれている…?
「な…なにこれ…?」
ズキッ!「痛っ!」耳にも激痛が走る…
恐る恐る耳に手を持っていく…
包帯が巻かれている…
手や足の甲にも…
何が何だか分からない…
記憶にない痛み…
記憶にあるとしたら、スガピーがこれと同じ場所に深い傷を負っている事だ…
「父さんは?」
僕に何かあった時にには何時も真っ先に飛んでくる父の姿が見えない…すると母が
「な…何言ってるの?ずっと前に家を出て行ったじゃないの…『帰り…遅くなる』って言葉だけ残して…」
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