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成人式に出席するため地元に帰省した際、中学時代からの友人と飲む機会があった。
友人Tとは中学校で知り合い、違う高校に進学したものの、お互い馬の合う性格もあってか今に至るまでこまめに連絡を取り合う仲だった。
僕は地元を離れ大学進学、Tも地元の大学へ現在通っていた。
二人ともあまり酒に強いほうではなかったので、小皿に残ったつまみをつつきながらお互い思い出話に花を咲かせていた。
話は互いの大学生活のことに及び、Tが「そういえば」と、最近遭遇した奇妙な出来事を聞かせてくれた。
これは、そのときの話である。
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その日はゼミの飲み会で帰りが遅くなり、Tが部屋に着いた頃には時刻はもう2時をまわっていた。
バッグを床に放り出し、部屋着に着替えてベッドに腰掛ける。
携帯をチェックし終わり、早々に寝ようかとそのままベッドに横になったときのことだった。
足元が少しむずむずして見てみると、はいていた靴下のつま先が少し赤く濡れている。
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靴下を脱いでみると、小指の爪が割れて少し出血していた。
痛みはほとんど感じないし、それよりも眠気がひどいので放っておくことにした。
その日はそのまま眠りにつき、小指のこともいつの間にか忘れてしまっていた。
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翌日は休みということもあり、起きたのは昼すぎだった。
のんびりと風呂に入り、部屋でテレビを見ながらくつろいでいると。
ピンポーン
「郵便でーす」
「はいはいー」
玄関へ向かい、バラバラに置かれていたサンダルに足をのせてドアを開ける。
「T様のお宅でよろしいですか?」
「あ、はい。そうです。ご苦労様です」
受け取ると、頼んでいた通販の商品だった。
ドアを閉めてロックをかけると、ふと玄関に脱ぎ捨てられたサンダルが目に入った。
「あれ? 昨日履いてた靴は……」
昨日飲み会に履いていったのはスニーカーだったが、今玄関にあるのはサンダルだけ。
すぐ横にある下駄箱を開けると、そのスニーカーがあった。
昨日脱いだあと、下駄箱に入れたんだっけ。
思い出すのも面倒で、スニーカーをそのままにして下駄箱を閉めて部屋に向かった。
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その日の夜、友人から食事に誘われた。
待ち合わせは10分後、近所のコンビニ。
バタバタと準備を済ませ、バッグをとって玄関に向かう。
近所の定食屋だし、サンダルでいいか。
玄関に脱ぎ捨てたままだったサンダルは、綺麗に並べられていた。
昼間宅配便が来たとき、サンダルは雑に脱ぎ捨てていたはずだった。
「……?」
ちらりと違和感がかすめたが、時間も迫っていたので、綺麗に整列したサンダルをはいて出かけて行った。
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食事を済ませ適当に世間話を楽しみ、帰宅したのは10時半ごろ。
部屋着に着替えながら、テレビの電源をつける。
翌日は1限から授業があることもあって、それから数時間もたたないうちにTは床についた。
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翌日、大学に行く際、いつものスニーカーを履いていこうと下駄箱を開けた。
スニーカーを履き、ドアを閉めるときにサンダルが目に入った。
昨日食事から帰ってきたときに、いつも通り雑に脱ぎ捨てたはずのサンダルは、また綺麗に並べられていた。
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さすがに少し気味が悪くなり、友人に相談をしてみると、
『じゃあ、最初から並べといたら』
という素晴らしいアドバイスを得たので、Tはさっそく試してみることにした。
帰宅してからスニーカーを綺麗に並べ、サンダルも傍に並べて置いておく。
これなら、並べられていたって気味悪くなんかない。自分でやったんだから。
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ふと目が覚めると、真夜中の時間だった。
テレビを見ているうちに、うとうとしてしまっていたらしい。
歯磨きをしてもう一眠りしようと、洗面所へ向かう。
歯を磨き終わり、部屋へ戻ろうとしたときだった。
ガタン、と背後で物音がして、Tは振り返る。
洗面所から出ると廊下になっていて、今Tが見ているのは玄関だ。
何の気なしに玄関へ向かうと、綺麗に並べて置いてあるサンダルが目に入った。
サンダルと、あと――
「……ん?」
スニーカーがない。
まさかと思い下駄箱を開けると、やはりそこにはきちんとスニーカーが収納してあった。
今日帰宅したとき、サンダルの横に、スニーカーは置いておいたはず。
ここでTは初めてうすら寒いものを感じ、下駄箱を閉めると急いで部屋に戻ってベッドに入った。
ここ数日、靴が勝手に整列している。
並べて置いたと思ったら、勝手に下駄箱の中に収納されている。
一体、どうなっているんだ?
「…いてっ」
毛布が足の爪に引っかかり、小指が痛んだ。
そういえばと足の小指を見てみると、爪の中が充血して赤黒くなっている。
「……」
ふと、思い当たることがあった。
この指、怪我したのいつだったっけ?
そういえば、飲み会の夜に気付いたんだ。
Tは少し考えて、もしかしたらという希望をもって、翌日の朝を待った。
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やはり、真夜中にするには怖い。
翌日の早朝、Tは濡らしたタオルをもって玄関へ向かった。
サンダルを見てみると、つま先の部分に少し赤い染み。
タオルでぬぐうと、綺麗に落ちた。
下駄箱をそろそろと開け、そうっとスニーカーを取り出す。
恐る恐るスニーカーの中を覗き込むと、奥のほうに大きめの赤い染みがあった。
洗面所へ持っていき洗剤でごしごしと洗うと、少しシミにはなったものの、血はほとんど落ちてくれた。
それからスニーカーをドライヤーで乾かし、乾いたものをわざと玄関に放っておく。
大学へは別の靴で向かい、祈るような気持ちで帰宅した。
――スニーカーは、朝放っておいたままの状態でそこにあった。
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「……でね、結局どういうことだったのか、細かいことはわからないんだけど」
Tは小皿に残った豚肉の炒め物をつつきながら言った。
「それだけ聞くと、Tの血が原因だったみたいだよね」
「まあね。シミは残ったけど、それから勝手に並んでるなんてことはなくなったし。
でもほんと、何だったのかなあー」
あれから、Tの靴は勝手に整列することをやめたという。
「でもあのときはほんとにびびった。後ろでガタンってなったとき。あのとき、スニーカーが自分で下駄箱によじ登ってたのかなあ」
それはそれで怖い、と僕は相槌をうった。
Tの血が関係していたのは間違いないのだろうが、それが靴が勝手に並ぶという現象にどうもつながらない。
まあ何にせよ、不可解な現象はTの前から姿を消したということだった。
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僕も、足の指に怪我をしたときは気をつけよう。
靴に命を与えてしまうと、思いもよらないことが起きてしまうかもしれない。
作者にじー