毎度お馴染みの落語怖話を申し上げます。長いお噺でございますので、お暇な時にでもお読み頂けたら幸いでございます。
ええ…酒てぇのは時として怖ろしいもので…
仲間なんかと楽しく飲む分にゃいいが、中にゃくせの悪い酔い方をする奴が居るもので…まるで別人に変貌しちまう者も居ります。
……………
ある、お長屋に…名を馬吾郎。人あだ名して…らくだの馬さんってぇのが居て…
まぁ、大概…馬さんなんて呼びゃしねぇ…皆、らくださん!らくださんで通っちゃう…
何で『らくだ』かってえと…
似てたんですな…見世物小屋なんかで見た…あの奇妙な生き物、ラクダ。キャメル…
不細工で…
図体がデカくって…
ノソノソしてて…
そいつも、おんなじ感じなんだ。不細工でね…図体がデカくって…
何を言ってんだか分からねえ、あんやわんやで…
コレが酷い乱暴者でね…
町内の連中も困っていたそうです。
「また、『らくだ』にヤられたのかい?困った奴だねぇ…まったくぅ!ほんと…困るよ…」
困るからどうする…そこまでは考えない、兎に角そんなヤツが居て
皆、野郎を嫌って居りました。
昔は居たんだな、一町内には一人や二人こうゆう悪い輩が…
目の入れ所には玉ってうまい事を言ったもので、こういう札付きにゃ札付きが寄ってくる…
仲間のヤクザもんが長屋に訪ねて来て…
「おい!らくだぁ⁉…
らくだ居ねぇのか?…
らくだよ?!
……あれ…?なんだ…居ねえのか?
しょうがねえな…博打で銭(ぜに)すっちまって、懐が秋の暮れ…野郎と二人で、誰ぞ脅し上げて…
銭ふんだくりゃ二三日ゃ何とかなると思ったが、出かけてるってんじゃ…仕方ねえや…
ちょっくら此処で待たしてもらうかな…
しかし、戸ぉ、開けっ放しで物騒だなおい…
何も盗るもんがねえってんじゃ、それっきりだけど……
しかし、いつ帰るか分からっ…
……ん?ありゃ!?
なんだ………寝てやがら野郎…
こんな真昼間に…だらしのねえ野郎だなぁ…まったく…
おい!らくだぁ!起きろ起きろ!果報は寝て待てっつっても天道さんこんなに高くなって寝てたんじゃ、しょうがねえっだろが、目が腐るぞ!」
「……」
「なんだ?ピクリともしやがらねえ…ほれ!おめんめ開け……開いてるなこりゃ…
……ありゃ?なんだ…どうもおかしいと思ったら野郎…寝逝っちゃってんじゃねえか!
…なんだってくたばりやがったこの野郎!?叩っ潰したって死ぬようなやつじゃねえと思ってたが…
あ!そういや…
ゆんべ(夕べ)…湯の帰ぇりに野郎に会って…
手になんかぶら下げてっから
『何だそりゃ?』
ってぇ聞いたら野郎…
『こりゃフグだ』
ってぇ言うから
『それどうすんだ?』
ってぇ言うと
『こう安くなっちゃ食わずにゃいられねぇ』
と抜かしやがった…
『どうやって食うんだ?』
ってぇ聞くと
『てめぇで鍋にして食うんだ』
と言うから
『そんなもん当たったらどうするんだ』
ってぇ聞いたら野郎
『なに言いやがる!フグなんか、こっちから当ててやる!』
とかって言ってやがったな…
しかし野郎も乱暴だがフグにゃかなわなかったか…
だが、弱った事になりやがったな…
野郎は俺の兄弟分、俺にも長の目の半次って名があらぁな…
このまんまほっとくわけにもいかねえしなぁ…
とは言っても、今ぁ…俺ぁ銭が切れてやがるときた、どうしたもんかな…」
「く〜ずぅ〜ぃ!屑屋でござぃ〜〜!」
「お?屑屋か…丁度いいゃ、此処にあるもん売っぱらって銭にしなきゃしょうがねえや……
おい!屑屋!くずや!?」
「へい!え〜………
あっ!いけない!らくださんの何処だよぅ…
弱ったね、どうも…
この通りは何も言わず行っちまおうと思ってたのになぁ…
職業病かね、いつもどうり声を上げちまったよ…ちくしょう。
あの人、嫌なんだよなぁ…
あれ買えこれ買えって買わないと棒切れでぶん殴ってきたり、首締めたりするんだよなぁ…
この間なんか
『これ買え!』
って河原で拾ってきた石ころ買わされた事もあったよ…しかも、一円で…
『冗談じゃないっすよ一円でこんな、ただの石っころ…』
っつったら
『要らねえなら河原に捨てておけ!』
だって…商売あがったりだよほんと…」
「なにぶつくさ言ってんだ⁉こっちだこっち!早く来い!」
「へぇ!………あれ?
…こちら…その…らくださんの御宅でござんしょ?あなた様は…?」
「ああ、らくだのウチだよ…
俺ぁ…長の目の半次ってんだ。野郎の兄弟分よ…」
「へ〜え…(うわぁ…おっそろしい顔してやがるな…顔中 傷だらけだよ…刀傷かな?
らくださんの兄弟分?
危ねえな…さっさと話済ませて逃げっちまおう…)
で?らくださん、居ないんすか?」
「ああ、」
「どっか行ったんすか?」
「そうよ…イッちゃったんだ」
「あぁ…そうなんすか…へへへ…で?何の御用で?」
「何の御用ってお前ぇ屑屋だろ?ブツ、売ろうと思ってな…
まぁ、こんなトコで立ち話もなんだ…入りな…」
「へ…へえ…」
「後を閉めな…ハエが入るからな…」
「へいっ…しかし、なんすか?
らくださん何処に行っ……
な…なんだ…お休み、寝てんすね…?」
「おお、寝っぱなしよ…生涯起きっこねえって寝方してやがる…」
「そ…そうですなぁ…目ぇひん剥いて、口からヨダレたらして…何時もの倍は怖ろしい顔をしてやがるときたもんだ…
しかし、よく目をあれだけ開けたまま寝れるものですな…器用な寝方してます。熊でも春にゃ起きますが…」
「何言ってやがる馬鹿!死んでんだよ!」
「ほえ?…………あぁぁ…ほ…本当です…な…何で死んだんすか?」
「フグに当たって死んだんだよ…」
「へ〜え、大したフグが有ったもんすな…
この人を死なせるなんてな見事なもんです…
この人ぁ潰したって死ぬような人じゃないっすからな…
へ〜ぇ、大したもんだ…
フグ食ってふぐ死んだんすか?」
「なにぉこの野郎!!口に気をつけろよ馬鹿!」
「ひえ!…すんません…」
「俺ぁ…こいつの兄弟分だしよ…このままほっとくわけにいかねえだろ…?
弔い(とむらい)してやらっと思ったわけだ…
イイだろ?」
「へえ…」
「だけどよ、今ぁ…俺ぁ懐が秋の暮れ、手持ちが無えんだ…
だからよ…お前、此処に有るもん目一杯、買ってけ!」
「銭が無いのを、懐が秋の暮れ…とはうまいっ事を言いますな…なるほど、そうでしたか…
しかし…
此方(こちら)のお品物でござんしょ?
でしたら全て見放したものばかりでござんしてな…」
「へ〜え…
野郎、屑屋にまで見放されてんのか?
まぁ、そんな事言わず…
なんでもいいから買ってけよ…
そこの丼鉢…買えよ…」
「え〜え?…それ…
勘弁しっ下さいな…
ヒビぃ入ってて水がもうるしね…
口ぁ欠けて、丼よりノコギリにした方がいいんじゃねえかってなお品物んでして…」
「じゃあ…その火鉢…七輪は?」
「それぁ…
針金で鉢巻して一体どうやってもってんのか、持ち上げたら、ぐずっと崩れっちゃうんす…」
「じゃ…その土瓶は?」
「あっ…これね…
これ、見たとこしっかりしてますでしょ?
口も欠けて無いしツルも着いてますしね…
でもね、これ…底が無いんすょ…底が無いってぇのは使いずらい…」
「無えか?」
「ええ。無いんでね!これで失礼いたします。」
「なんかあっだろ!?」
「…いえっ」
「なんだこの野郎!買わないで行くか?この野郎…」
「ちょっ…買わねぇってんじゃ無いんす、買うものが無いんす…」
「なんかあっだろ!買ってけよ!」
「あの…旦那これ怒っちゃいけません…じゃあこれ…
香典って程のもんじゃないっすけど、
その…あっしのほんの気持ちで…
らくださんにお線香でも…」
「おお…ありがっとよ…
お前ぇいい奴だな…」
「いえ…へへ。
じゃっ…あっしはこれで…」
「あ…ちょっと待て…お前ぇその…この長屋の月番のウチは何処か知ってるか?」
「え?あ…確か…寅さんってのとトメさんって…」
「お前ぇ…そこ行って来いよ!」
「はぇ?あっしがですかい?」
「そうだよ…
…行ってな…らくだが死んだ事伝えて、今夜ぁ通夜をするんだってな…
で、長屋にゃ祝儀不祝儀(しゅうぎぶしゅうぎ)の付き合いが有るから香典集めて持って来てくれってな…」
「何であっしが…?」
「馬鹿野郎!得意先の不幸があったら出入りの職人が働くのが当たり前じゃねえか商人(あきんど)が働くのが!それに俺が行っても向こうさん分からねえだろ?誰が来たか…お前ぇなら出入りのモンなんだから分かんだろ!」
「そんなもんすかね…」
「そうだよ!早く行って来い!」
「へえっ…」
「あっ!ちょっと待て…背負ょってる籠と懐のもん置いてけ!
ズラかるといけねえからな……
…よしっ!行って来い!」
……………
「なぁんだ、あの野郎…財布に籠ぉ取られちゃったよ………」
と、何故か見知らぬヤクザ者に使いパシリにされる屑屋の九さん…仕方なく月番の虎さんのウチに行く事になったわけで…
「こんちは…ごめん下さい?」
「はぁい!誰?どなたかな?
おぅ!
九さんだ…屑屋の、どったの?
クズ?…
今日は無ぇやな…
確か一昨日来たばかりだよ?」
「いえ…そうじゃないんす…
今日は屑屋で来たんじゃないんすよ…」
「なに?どうしたの?」
「いえね…らくださんの…」
「わたたたた大将!!
馬鹿!!らくだの話なんか持ちこむなよぅ!
どうせまたヤられたんだろ?
殴られたのか?
あっ!籠ぉ取られちゃったのか?銭まで取られたのか?勘弁してくれよ…皆やられてんだ、諦めろやな!」
「いえ…そうじゃないんす…実はらくださん死んだんす。」
「ははは、冗談を言っちゃいけないよ…死ぬわけ無いんだあんな奴ぁ…」
「なんで…?」
「だってそうだろ?あんな奴は潰したって死ぬような奴じゃ無いんだから、こういう話よくあるんだ…でも、みーんな嘘…
あっ!お前さんあれか?
そんな世辞を言って商売しようってのかい?よせやい!
あたしはその手にゃ乗らないよ!ハハハ」
「いや、世辞でも嘘でもないんす、今見て来たんすよ…らくださんとこで…」
「本当かよ…嘘じゃない?…本当?絶対?…お前さん見て来た?……
……うわぁ!!ありがてぇ!嘘じゃねえなぁ?
嘘だったらテメェ殺しちゃうトコだぞおい!?
そんじゃあ…あれだ…長屋の連中に直ぐに連絡しに回らなくちゃいけねぇな!?
今日は祝いの宴をやるって!」
「いやぁ…それはまずいでしょ…人が亡くなったわけですし、それに今ぁ…らくださんとこに、顔中傷だらけのおっそろしい顔の長の目の半次って、らくださんの兄弟分が来てんすよ…
宴なんかしたら、何するか…」
「えぇ…兄弟分?
…それはまずいね…で?その人…
なんって言ってんの?」
「へえ、なんか…その今夜、通夜をするので、長屋には祝儀不祝儀の付き合いが有るから香典を集めて持ってくるよう頼んで来いって…」
「はっ!?何を言いやがる…
冗談言うねぇ馬鹿!!
確かに長屋にゃ祝儀不祝儀の付き合いが有るよ?
でも、あの野郎…らくだのあの馬鹿が今まで他の長屋のもんが亡くなった時に香典を持ってきたことがあったかよぅ?
無いだろ?
そのくせ、この間もそうだ…
八つぁんとこのおっ母さん亡くなった時にあの野郎…香典も持たずやって来て、
『いやいや、めでてえな…』
と言いやがる!
『何がめでてえんだ人が死んだってのに』
と言うとな…
『酒が飲めるんだ、めでてえじゃねえか!』
と抜かして、酒や煮しめ、み〜んな平らげて、そんで俺が
『香典を…』
って言や、顎ぅ上あげて間抜けな顔で…
『無ぇ!』
って言いやがる…
『いやぁ…その…』
って言やドーンって殴るんだ…
いきなり来るんだあの野郎は…
喧嘩ってんでも、まずは、かまえるだろ?あいつぁかまえたりしねぇ…いきなりなんだから…避けられねぇやな…
そんな酷ぇ奴の為に誰が香典なんぞ持って行くってんだぃ!?
ダメダメ誰も持ってきゃしねぇよ!」
「へえ…そうなんっす…その通りなんす。
でもね?あっしぁ思いますに、その…
昔から『死にゃ仏』って言葉がありますし…
やっぱりどんな酷ぇ野郎でも、香典くらいは持ってかねえとまずいんじゃねぇかなと…」
「なんだ?やけに…らくだの肩を持つじゃないか…
でも、確かに『死にゃ仏』ってぇのは頷けるな……良い事を言いやがるなぁ…九さん!
分かった!じゃあな…取り敢えず長屋の連中に俺から上手く言って…香典集めて持って行くよ…
そんなに集まらねえだろうがな…それで何とか伝えておくれ…」
「へえ…」
……………
「行ってきやした!いやしかし、らくださんの評判悪いっすなぁ…」
「誰がそんな事聞いて来いっていったい!?」
「へぃ…すいませんです」
「…で?どうなんだ?持って来るのか…?」
「へえ…そんなに集まらねえだろうけど、こっち集めて持って来るって…」
「ああ、贅沢は言やしねぇやな…ありがとよ…」
「へい…じゃっ!あっしはこれで失礼いたしますんで…」
「ちと待て…もう一つ聞きてぇんだがな?…この長屋の大家のウチは何処だ?家主のウチは?」
「へえ、大家のウチでしたら…表に出て右に行く、ってぇと直ぐを右、そんでまた直ぐを右…つまり、このウチの裏手ってわけですな…」
「お前ぇそこ行って来いよ…」
「……は…はい?」
「だから、行って来いってんだよ…」
「でも…何であっしが…」
「だから俺が行っても向こう、分からねえだろ?
だからお前ぇそこ行って来いってんだよ!」
「いやぁ…勘弁しっ下さいな…
旦那、これ嫌だってんじゃ無いんす…
あのねぇ、あっしぁ…今、この横丁に来たばかりなんでさ…
一回りして商売しなきゃ…
ウチね、お袋が病気で寝込んでるし、母かあとガキが四人も居てね釜の蓋開かなくなっちゃうんで、どうか許してつかぁさいな…」
「どうしても行かねえか?」
「ええ…許して下さいな…」
「分かったよ…この役立たずの馬鹿たれが!……帰れよ…消えろ!!」
「嫌だってんじゃないんすよ…なんで、そう怒っちゃいけませんや…ね?じゃ…あっしはこれで失礼いたします。」
「命を粗末にするヤツだな…お前ぇは…どんな感じで死にてぇ?
…暗闇で丸太ん棒背負ょわされるか…
それとも、人混みで腹ぁ抉(えぐ)られるか…?」
「ちょっ…そ…そんなぁ…
はぁ……分かりましたよ!行きゃいいんでしょ?
…何しにいくんすか?」
「おっ?賢いなお前ぇ…
うん、あのなぁ…
大家んとこ行って、らくだの死んだ事伝えてな…
で、大家さん忙しいだろうから、来ていただかなくても結構ですってな…で、大家といや親同様、棚子といや仔も同様、親子の間柄…遠慮の無えとこで言わしてもらやぁ…
良い酒参上!
悪い酒飲んで明日の仕事に障るといけねえからな…
あと煮しめ!
芋とかはんぺんとかゴボウを炊いたヤツを深い皿に三杯…
長屋の連中大勢来て、空っ茶でも返せねえし酒飲むのにツマミ一つ無えってんじゃいけねえからな…
あと、腹が減っちゃいけねえから握り飯を三合程炊いて持って来いってそう言って来い!」
「それ…誰が言うんすか?」
「お前ぇが言うんだよ!」
「え!ちょっ…勘弁しっ下さいな…そんな事言ったら、あっしぁ
…この長屋ぁ出入り出来なくなっちゃいますよ!湿ったれなんすからあの大家ぁ…」
「ダメか?」
「くれっこ無いっすよ本当…」
「そうか…じゃあな…
くれる、くれねぇのって言ったら、こう言ってやれ!
死人(しびと)のやり場に困ってる。大家といや親だ親のウチ担ぎこむから、煮て食うなり焼いて食うなり好きにしろ!ってな…
…ただ担ぎこむだけじゃ面白く無ぇだろ?
…モノは次いでに死人に※カンカン能踊らせて持ってくってそぅ言っつやれぃ!!」
(カンカン能:神社などで巫女が祭りなどで踊る能)
「カンカン能ですか?
それでくれるんすか?」
「ああ…くれねえわけ無えやな…」
……………
で、仕方なく屑屋の九さん、大家のウチに行くってえと…
「こんちはぁ…ごめん下さい?」
「はい…どなた?…あぁあっ、婆さんあたしが出ますからね。
…はいはい…今参りますんで…………って…なんだ?屑屋じゃねえか!?
表からなんか来やがって!
裏へ回れ裏へ間抜けめ!
…身分を知れ身分を!」
「いえ…今日は屑屋で来たんじゃ無えんすよ」
「なんだ?…あっ!まさか商売変えか?
馬鹿な奴だなぁまったく!
どうせ、また客に見限られたんだろ!
困ったやつだなお前ぇって奴ぁ!お前が屑屋んなるのに、あたしが一枚噛んでるんだぞぅ?
お前が落ちぶれて困ってるって言うもんだから、屑屋ぁ…脇回ってもらって…」
「いえ…違うんす、そうじゃ無いんすよ…実はらくださん…」
「わたたたた大将!!!馬鹿!
…らくだの話をそんな大きな声で喋るんじゃない!
ウチの婆さんに聞こえたらどうなる?
表ぇ飛び出しちゃうんだから…
落語とらくだで間違えて飛び出しちゃうんだから…
…で?どうしたんだい?
またヤられたのか?籠ぉ?
取られちゃったのか?
勘弁してくれよ…
どうにも…しょうがないんだ、あいつだけはね…」
「そうじゃ無いんす…死んだんすよ」
「誰が?…らくだが?
冗談言っちゃいけないよ…
あの野郎は潰したって死ぬような奴じゃ無いんだからね…」
「いや、本当なんですよ…
あっしぁ…見て来たんすから、フグに当たって死んだんすよ」
「本当に?
お前ぇ見た?!
死んでた?!!
フグに当たって?!!!
嘘じゃねえだろうな?!!!!
もし嘘ならお前ぇ殺してやるからな!!!!!!………
本当!?……………
ぁああ…めでてえ!!!
そりゃお前ぇ、めでてえぞぅ!
ハハハ!いやぁ…肩の荷が下りた!そうかぁ…
良くやりやがった!そのフグは偉ぇ!そのフグの石塔おっ建ててやりてぇくらいだ!
こりゃボヤボヤして居られねぇぞう!お前ぇ…頼みが有るんだがな?
これから魚屋に行って鯛のさばいたヤツ買って来い!
あたしが銭を払うからね!
あと、今夜は長屋のもん集めて宴だ!
長屋の連中にその事を知らせて来い!」
「いやぁ…そいつぁまずいでさぁ…」
「何で?」
「いえね…今、らくださんのウチに顔に沢山傷の有る…長の目の半次って人が来てましてね…」
「あぁ…ロクなもんじゃ無え、ヤーこーか?」
「ええ、ヤー様でござんす。
その人が言うには…
大家さん忙しいだろうから来ていただかなくても結構です…って」
「ああ!行かねぇよ!誰が行くもんか!」
「はい……
でっ…大家といや親同様、棚子といや仔も同様、親子の間柄、遠慮の無えとこで言わしてもらやぁ…
……あっ!これその人が言うんすからね?間違えなんでくだせえよ?
まず、良い酒参上!
悪い酒飲んで明日の仕事に障るといけねえって言ってましてね…で、煮しめ!芋とかはんぺん、ゴボウなんかを煮たヤツを深い皿に三杯…
長屋の連中も大勢来るんで、まさか空っ茶でも返せねえし…つまみ一つ無いんじゃまずいと…
あと、腹が減っちゃいけねえから握り飯を三合程炊いて持って来いってそう言ってますので、宜しく…ではっ」
「ちょっ…
待て…
待ちやがれ!!
待てこの馬鹿野郎!
ちょっ…婆さんお茶入れておくれ…」
「いえ…お茶には及びません。」
「あたしが飲むんだ馬鹿!
…何?何だと?!
お前!らくだがどんなヤツか知ってんだろ?知らねえんじゃ無えだろ?
知っていて、そんな事を請け負って来るべらぼうなヤツが……
いいか?この馬鹿…よく聞けよ?大家といや親同様…
棚子といやなんだ…って…
んなこた俺だって知ってらぁ!
だけどよ?
あの野郎が今まで棚子らしい事をしたことがあったかよぅ?
無ぇだろ?
いいか?
よく聞けよ?
お前ぇは知らねえかもしれねぇがな…
あの野郎はこの長屋に住んで八年だ!だけどよ棚賃を一度も入れた事がねえんだ!
どんなに悪いヤツでもハナ(最初)の一円くれえは入れんだろ?
野郎はそれすらも入れねえんだ!俺ぁ、他のもんにも示しが付かねえから、野郎のウチまで取りに行ったよ棚賃払えって…
そしたら野郎、顎ぅ上ぇあげて間抜け顔で
『無ぇ!』
って言いやがる!
『そうかいそうかい!分かった、無えなら無えで良い!その代わり金輪際この長屋から何処へなりとも出てけ!』
って言うとな…
『出てくっ!その代わり脇に家を建てろ…其処に引っ越す!』
と、こう言いやがる…
『出てくか払うかどっちかにしなきゃ俺は此処を動かねぇ!』
って言って座り込んだらな…野郎…『動きませんかな?い〜や、動くと思いますがな…大概…動きますがな』
とかわけの分からねえ事抜かしてやがんだ…ほしたら、奥から、こぉんな大きな青龍刀ってヤツ持って来て…赤っつぁびた三尺は有るだろう…重てぇヤツを…
それを、俺の頭の上に
『フン!』
と、落としやがったから堪らない!痛ぇ!!と思ったらもう死んじまってるからなぁ!
『うわぁいやぁぁあああ』
って、命辛っ々逃げてきたんだ!そん時、履いてった下駄脱いできちまって…
ほしたら、次の日それ履いて湯に行きやがんだあの野郎…そんな、べらぼうな野郎の通夜に、酒だ肴だ、べらぼうな事言いやがったら承知しねえと、そう言ってやれぃ!」
「そぅなんす…その通りなんすよ…あっしもね、言ったんすよ…大家さん湿ったれ…」
「なんか言ったか?」
「あっ!いえ!その…あの…しみじみ…えへへ…
…そしたらね…その人変な事言うんすよ…」
「なんだ?なんてったんだ?」
「ええ、こう言ったんす
『死人のやり場に困ってる、大家といや親だ、親のウチ担ぎこむから…煮て食うなり焼いて食うなり好きにしろ!』
…煮ても焼いても美味くないと思うんすけどねぇ…」
「余計なことを言うな!」
「へえ…で、ただ担ぎこむだけじゃ面白くないから…モノは次いでに死人にカンカン能を踊らせながら持ってくって、そう言ってるんですがね…」
「死人にカンカン能?…
へ〜え…面白いね!
面白いじゃないか!!
一日二人で退屈してんだこっちぁ!!
この歳まで死人のカンカン能なんて見たこた無え!
是し、見てぇってそう言ってやれぃ!ふざけやがって…
そんな脅しに乗る家主と家主は違うんだ!
近頃じゃ煙ったがれてるっ!
矢でも鉄砲でも持って来いっ!
糞ぉ食らって西へ飛べ馬鹿野郎!!!
帰ぇれ帰ぇれ!
…ばぁさん塩持っといで…塩をここに!!
………このやろ!このやろ!」
「うわっ!!!
ぺっ…ぺっ……しょっぺ………
あ〜ぁ…情けねえなぁ…ナメクジじゃねえや、こっちぁ…」
……………
「行ってきやした…」
「どうした?持ってくるのか?」
「いえ…くれません…だから言ったじゃないすか…あの大家は湿ったれだって…」
「カンカン能は?」
「言ったんすけどね…
面白ぇ!
是し見てぇ!!って…
そんな脅しに乗る家主と家主は違うんだって…
そう言って、塩掛けられちゃいましたよ…」
「そうか…」
「それじゃ、あっしは用は済ましましたんで…失礼しやす。」
「ちょっと待て、お前ぇ…向こう向け!」
「は?何ですか?こっち?」
「そうだよ!早く向け!」
「へえ…何かあるんすか?」
「よっこらしょ…重てぇな…よっと!そら!!」
「ぎゃああ!」
「ほれ!しっかりおぶれ!落とすなよ?」
「いやぁ!食い付くよぉ…」
「食い付きゃしねぇ馬鹿!死んでんだ…
ほら!後ろに手ぇ回して立て立て!そのまま、表ぇ出て!
………何処だ大家のウチは?
こっちか?
よし歩け…」
「かかか…勘弁しっ下さいな…」
「うるせい!
…いいか?
俺、踊らせるから、お前ぇ…歌え?」
「いやいや!あっしは歌いやしませんよ!」
「歌わねぇ!?
…歌わねえか??!
このやろ!歌わねってなら蹴っ殺すぞ?」
「蹴っ殺す??
うわぁぁん…歌います……
かんか〜んの〜ぅうおぉ〜お〜きゅ〜」
するってえと大家さんも驚いた!
……………
「うぇ!本当に持って来やがったぞ、おい!冗談じゃない冗談じゃない!
ひゃぁああ…
辞めてくれ辞めてくれ!
持ってくるなそんなモノ!
酒でも肴でも持って行くから勘弁しておくれ!この通り…」
「よし…戻れ…
へへへっ…
ほれっ中ぁ入ぇって…
後を閉めろ?
ハエが入るからな…」
「はぁ…はぁ…ちくしょう…死んでまで迷惑かけやがって馬鹿野郎…」
「よし、其処に寝かせろ…ゆっくりな……よし。」
「じゃっ…あっしはこれで…」
「いやっまだ行かせねぇよ…
もう一軒行って来い!」
「えええ!?
……あのねぇ…
これ、嫌だってんじゃ無いんす…あっしぁ…今、此処来たとこでねぇ…まだ仕事もありますんで…
どうか許して下さいな…
じゃなきゃ、釜の蓋ぁ開かなくなっちゃう…」
「行って来いよ!」
「勘弁してくださいな…ね?」
「何度も言わせるなよ?
暗闇で丸太ん棒背負ょわされるか…
人混みで腹ぁ抉られるか…
なぁ?俺が優しく言ってるウチに行った方が身の為だぞ?」
「行きます、行かせて下さい…で?何処、行くんすか?」
「おぅ…あのな…今度ぁ漬物屋、行ってな…菜漬けの樽、大根葉とか菜っ葉とか漬ける樽…ハヤオケ代りにするから…」
「貰って来るんすか?」
「借りて来い!空いたら返ぇすって…」
「へ〜ぇ…貸しますかな…?」
「貸しますかぁ??
貸すの貸さねえの言ったらよ…」
「カンカン能ですか?」
「分かってきたじゃねぇか…行って来い!」
……………
とまあ、人の良い屑屋の九さん…仕方なく用を引き受けて漬物屋へ…
「こんちは…」
「おぅ!九さん!聞いた聞いた!さっき風呂屋で虎さんに会ってね…らくだ!死んだって…
…お前さんが触れ回ってるって聞いてさ!
ハハハハ!!
悪いやつだったねぇ、あの野郎は…
この間なんか、野郎…ウチの店ぇ…ヌウっとやって来てね…
こいつぁいいやって、品物持ってっちまうんだ…
こいつぁいいやってこた無いだろ?ほんで、ウチの小僧が
『お代を…』
って言ったらコーンッ!て殴るんだから…あんなヤツぁ無かったね、まったく…
更に前の話だけどね…
あたしが、町ぃ歩いて居たら…
急に後ろから棒切れで殴りやがるんだあの野郎…
『何するんだ?!』
って言ったら…
『これが、挨拶だ…』
と言いやがる…そんな挨拶があるかよぅ!?
まったく…悪い野郎だったね!本っ当に……
で、今ぁ死んだって聞いてウチの小僧、喜びはしゃいで飛び上がったもんだから、柱に頭ぁぶつけてコブ作ってやんの…そしたら
『ヨロコブ…』
なんて洒落てやがった…ハハハ!いやいや、喜んだよ…めでたいね…
宴の準備しなきゃな!?
ヒャハハ…
…で?どうしたの?」
「へえ…その、今…らくださんのウチに長の目の半次って顔に沢山傷の有る人が来てましてね…」
「へ〜ぇ、それで?」
「その人が言うには…その…ハヤオケ代りにするから漬け物の樽、空いてるのがあったら借りて来いって…空いたら返ぇすって言ってるんですがね…?」
「は?馬鹿言うなよ!
あんなんだって使わないで置いてあるわけじゃ無いんだ!
ハヤオケ代りにするから?!
冗談じゃ無えってんだ馬鹿!
死人を入れるなんてとんでもない
縁起でも無え
嫌だ…嫌だね。」
「ダメですか?それだと面倒な事になりますが…」
「なんだ面倒な事って?」
「へえっ…その人が言うには…『死人のやり場に困ってる、ここに担ぎこむから煮て食うなり焼いて食うなり好きにしろと…
で、ただ担ぎこむだけじゃ面白く無えからモノは次いでに死人にカンカン能を踊らせて持ってく』
ってそう言ってるんですがね?
…御宅ぁ…漬物屋なんで、らくだの漬物にでもしたら面白いんじゃねぇっすかねぇ?」
「何言いやがる!馬鹿!
…死人のカンカン能?……
へ〜ぇ…よく考えりゃ、面白いね…」
「面白く無いよ…あんなモノ…あ〜あ…座敷が増えてしょうがねぇな…」
「なんだ!?座敷が増えてって?…まさか…どっかでやったのか?…大家んとこで?
うぇぇ!?冗談じゃない!
持ってけ持ってけ樽なんぞ…
返さなくってイイからね!
さっさと持っていきな!」
「ありがとござんす…」
……………
「行ってきやした…」
「行って来たから帰ってきたんだろ…どうした?」
「ええ…カンカン能って言ったら大概…」
「世の中そうゆう風に出来てんだ…」
「それじゃ、あっしはこれで…」
「あああ!…ちょっと待て!
いや…もう頼まねぇ…
ただ礼がしたくってな…」
「いえ…お礼なんて結構ですんで…」
「そんな事言うなよ…
実はな!今、お前が出掛けてる間に大家んとこの若ぇのと婆ぁが来てな…酒と肴を置いてったんだ…悪い酒だったら…ぶっ潰してやろっと思ったがな、中々良い酒置いていきやがって…
今一人で一杯やってたとこだ…
でも、ひとり酒じゃつまらねえ…どうだ?一杯飲んでかねぇか?」
「いえ…あっしはまだ仕事がございますんで…」
「まぁ…そう言うな!
…お前ぇ死人を担いで身体が汚れてんだろ?
一杯飲んで、身を浄めて…
それから、行けよ…な?」
「いえ…こんな身体、既に汚れたようなモノでござんすから、本当に結構ですんで…」
「下戸?飲めねえのか…?」
「いえ…飲めるんですがね、あっしぁ…飲むとだらしなくなっちゃうもんで…本当に…」
「だらしなくなるほど、飲ませやし無えよ…飲めよ…」
「いえ…本当に…」
「優しく言ってるウチ飲みなよぅ!」
「へい…う…ん
じゃあ…
一杯だけ…
一杯だけ頂戴 致します…」
「そう来なくっちゃ!」
「浄め酒ですから、ちょいっとで結構です…
え〜ぇ?…そんな大きな茶碗…勘弁しっ下さいな…
え?それしか無い?
じゃあそれに…
本当、ちょいっとで…
縁起物ですからテレっとあれば十分です…
……あぁ、それで結構…
いや!?もう十分!
本当にそれでって…あああ!?
あ〜あ…
えれぇ事しやがったな…
(ちょいっとって言ったら半分より下くらいなんだけど、これじゃ山盛り…茶碗の口より上まで汲みやがって)…しょうがないね…
それじゃ、頂きます…
んっ…んっ…んっ…んっ…んっ…んっぷはっ!っとぉ…ふぅ…
あっ…どうも、頂きました。
ご馳走様でござんす…
では、あっしはこれで…」
「おぉ!良い飲みっぷり江戸っ子だな!もう一杯ぇ飲めよ…
飯(めし)でも一膳飯って事ぁ無ぇだろ?…」
「旦那ね…今ぁ頂きましてね…
昼の酒は…効きますから…うっぷ…
もう十分です…本当。」
「そう言わず、飲めよ…」
「…これ以上飲むとね、
…仕事に支障をきたしますんで、本当に勘弁しっ下さい…
あのね、ウチ…お袋が病で寝込んでてね…
母かぁとガキが四人も居て、
釜の蓋ぁ開かなくなっちまいますんで…」
「さっき聞いたよそれは…
兎に角、飲めよ…
飲まねえか!?
飲まなきゃ俺ぁ…
テメェの口ぃぶち割ってもっ!!」
「分かりました!飲みます!
いえ…飲ませて下さい!」
「よし!茶碗 寄こせ…」
「あの…今度ぁ本当に…ちょいっとで…
まだ仕事がございますんで…
……あ…それ位で…
いえ!もうその位で!
ととととと!もう…
あぁあああ…
あ〜ぁ…またこんなに…
しょうが無えな…
あっ…それじゃ、頂きます…
んっ…んっ…んっ…んっ…ぷはっ!ふぅ〜っ…え?ええ…美味い酒です…
こんな酒、久しく飲んでないっす…
…あっ…ぃぇ…お煮しめは皆さんで…え?そうですか?
じゃっ頂きます…へぃ…はふっもぐっ…
これも良く煮えてます…
しかし、美味い酒ですな…
んっ…んっ…んっ…っぷはっ!はぁ…はぁ…うっぷ…
ご馳走様でござんす…
それじゃ、あっしはこれで…」
「あ"ーぁ!忙(せわ)っしねぇ野郎だなぁ!駆け付け三杯ぇ…もう一杯ぇ飲めよ…」
「いえね…旦那ね…もう流石にこれ以上は…」
「俺の酒が飲めねえのか?
三度の使いの礼だ、三杯は飲まさねえと礼が収まらねえ…飲めよ!
飲まねえか!?
飲めってんだこの野郎!!優しく言ってるウチ飲みなよぅ!」
「ちょっ…暴力はいけません!?
分かりましたよ…
飲めば良いんでしょ?
飲みますよ…はぁ
…(もう…どうなっても知らねえぞ…?)
あっ…
本当に次は…あのぅ…少しで結構ですんで…
あまり飲むと母かぁに叱られますんで…はい…
あの…
その…ぁああ…
やっぱり…そうなりますか?
表面張力ってえのは不思議なもんですなぁ…零れないんだから…
では…
んっ…んっ…んっ…ぷはっ!
ふぅ美味ぇ…
本当に良い酒ですな…こりゃ
…飲めば飲むほど美味くなりやがる…
しかし、親方ぁ…偉いですな…
あのしみったれの大家がこれだけの事をしたってだけでも偉いし…
銭があってするなら当たり前…
親方ぁ一文も無くてここまでやるんだから…出来るこっちゃないですよ、ほんと…
それにひきかえ、ここの長屋の連中ときたら…酷ぇもんだ…」
「どう、酷えんだ?」
「らくださんが死んだって聞いてね…『ヨロコブ…』
なんて洒落てやがったりね…
慌てふためきながら
『さぁ今夜ぁ…宴だ』
なんて騒いでるんすよ…
いくらなんだって酷いでしょ?
どんなに悪い野郎ったってね
死んだら仏…そう悪く言っちゃいけませんやな…でしょ?」
「そら、そうだ!」
「その点、旦那ぁ違いまさぁ…
何たって無一文で弔いをやろうってんだから…
んっ…んっ…ぷはっ!
あぁ美味っ!…
…人間ね…生きてるウチなら、何言っても構いませんがね…死んじまってから悪く言っちゃいけません…死んだら残らないんだから…でしょ?
あの人、らくださんだってね、好きであんなんなったわけじゃ無いと、あっしぁ思うんす…
何か人には言えない様な苦労があってあんな酷い事をしてきたんだと…」
「そうだな…」
「あっしもね、今ぁこんなんなっちゃってますけどね、昔は古道具屋の主人になって…よく人の世話ぁしたもんす…それで親父によく言われました…
『人の世話ぁするのは良いが、自分の頭の灰が終えないウチに…人の世話してたら、なんにも成ら無えじゃないか』って…つまり、自分の世話も出来ねえのに人の面倒見てる場合じゃねえって…
でもね?あっしぁ思うんす…
されるより、した方がいいじゃないかって…よく親父と喧嘩したもんす。
中には…人に砂をかけるような事をするヤツが居るんすね?
こっちが一生懸命、面倒見てやったってのに酷い仕打ちをするもんが……目の前に倒れて居る者が居ても平気な顔してる輩ぁ…
人間じゃないね。そんなやつぁ…
んっ…んっ…ぷはっ!ふぅ〜!
……………………………………
もう一杯貰おうかな?」
「大丈夫かい?」
「大丈夫だよ?…………ども、
おっととと…あれ?もう終ぇかい?さっきまで茶碗の上ぇ膨らってたのに今度ぁこれっきりじゃ……………
おっとっと!
零れっちゃった…へへっ!
頂きまさぁ…
んっ…んっ…くはっ!うめ〜!
…う…い…ぷぅ〜…
死にゃ仏?
冗談言うねぇ!馬鹿野郎!
死んで消えないよ?
消えないんだよ怨みは!
生きてる間に直さなくっちゃダメだよ!
いいか?よく聞け?
こんな悪い奴ぁ無ぇんだ!
俺ぁ屑屋んなって、野郎んトコで良い事ぁ一っつも無えのよ!
この間だって…
『そこに丼鉢が七つ有るから買ってけ』ってっからね…
『幾らです?』ってぇ聞くと…
『五銭だ!盆も有るから持ってけ!』
ってぇ言うからね…盆ぉ見ると、そこに表の蕎麦屋の名が入ってるんだ…
『何すかこれ表の蕎麦屋んのでしょ?具合が悪いっすよ?』
ってぇ言うと…
『なんでぇ…?』
ってぇ言うからね…
『具合、悪いでしょ…そんなもん…』っつうとよ…
『具合が悪いなら蕎麦屋に返しとけ』って…
五銭取り上げよ!ハハハん!
馬鹿馬鹿しいよ…まったく…
もっと馬鹿馬鹿しいのは、
『左治五郎(ひだりじごろう)の彫った蛙が有るから買ってけ!』
ってぇ言うからね…名のある名工の作品だ、『何処です?』
って聞くと…
『そこだ!』
って指ぃさすんだ…箱がある。
『幾らです?』
って聞くと…
『五円だ!』
ってぇ言うから…五円渡して、箱持ち上げるとね…中で何か動く…
『これ動くんすね!?』
って聞くとね…
『左治五郎の彫ったものは命が通うから動く!』
って抜かしやがったから…中見ると生きてる蛙なんだ…
『冗談じゃないっすよ生きた蛙に五円なんて…返して下さい!』
って言うと…
『テメェ買うっつったじゃねえか!この野郎!』って…
首締めて、台所ん連れてって
ゴツゴツゴツゴツぶつけるんだよ俺の頭をよぅ!ううう…痛ぇやなああ!
俺ぁ…よっぽど殺ってやらっと思ったよ…でもね…
出来ない…
出来ねぇやなぁああ…ぁああ…
嫁やお袋、ガキの顔…頭よぎって…
俺ぁ泣きながらウチに帰ったんだよぅおお…うえぇぇ…ううう…
…舐めるんじゃ無えぞ!
…んんっんっぷはっ!
おい!?
酒がきれたら酌ぐれぇしろ間抜けめぇ!」
「よせよ…」
「何がよせよだい!?しみったれた事を抜かすなよ!」
「違うよ…しみったれて言ってんじゃないよ…お前、釜の蓋ぁ開かなくなるって言ってたじゃねぇか…」
「なに…?釜の蓋ぁ開かない…?
冗っ談言うねぇ!馬鹿野郎!
俺は毎日、三百六十五日商ぇ(あきねぇ)してんだ!
雨風降ろう夏暑かろう冬寒かろうがだ!それを、嫁ごときにとやかく言われる様な屑屋と屑屋は違うんだ馬鹿たれ!!
早く酒ぇつげよ?つがねえか?
優しく言ってるウチつぎなよ?!」
「おぉい…なんだよぉ…分かったよぅ…ほれ…」
「へんっ!…ん〜っ…ぷはっ…
ふぅ…
おい!?百姓じゃあるまいし芋で酒が飲めるか!魚屋行ってマグロのブツ貰って来いよ!」
「貰って来いって、くれるかよ…」
「馬鹿!くれる、くれねえの言ったらカンっカン能だろ!」
「ちょっと待て…俺ぁ嫌だぜ…そんな事ぁ言えねぇやな…」
「なんだとこの野郎!…そうかいそうかい…分かったよ…
命を粗末にするヤツだなお前ぇは…
そこを動くなよ!!?」
「なっ…何する気だよ?……
ああ、…って!何だそりゃ!」
「こいつぁ…青龍刀ってもんだ…そこを動くな!その…お前ぇの首…跳ねてやっからな…」
「ひゃああ!勘弁しっ下さいな!行きます!行きますよ…いや、
行かせて下さいな!」
「おおっ!賢いなお前ぇ…
…ああ…ちょっと待て…懐のもん置いてけ…ズラかるといけねえからな…取っちゃう……よし!行って来い!」
とまぁ、立場逆転という所で、『らくだ』お開き…ありがとうございました。
作者退会会員
立川談志師匠の『らくだ』を元に作成しました。ご本人のヤツと比べたらゲスですが…
お酒によって豹変する人って怖いですよね。