友達のお父さんが体験した話
証券会社の係長として勤務しているやすし(51)はその日会社の飲み会に参加していた
いつもは得意の駄洒落で周りを凍りつかせるのが担当だったが、その日入ったスナックのママが笑い上戸な人だったため、調子に乗り少々飲み過ぎていた
その帰り泥酔したやすしは後輩に肩をかりタクシーに乗り込む
後輩「先輩大丈夫っすか?俺家までついてきましょうか?」
やすし「いいって!いいって!ウップ...一人で帰れるから...ウップ...」
そうしてタクシーに乗り込み、行き先を告げたあとすぐに寝てしまった
道中すっかり熟睡していたのだが、突然の急ブレーキと激突音で慌てて目を覚ます
やすし「ど、ど、どうしたんだ!ぶつかったのか!?」
運転手はしばらく黙ったあと
運転手「すいません、お客さん。ちょっとスピードだし過ぎてカーブを曲がりきれなかったみたいです...」
やすし「だ、大丈夫なのか?何かにぶつかったような音がしたぞ!」
運転手「い、いえ、大丈夫です...電柱にちょっと当たったみたいですけど、傷も付いてないみたいですし、車は保険入ってますから...」
やすし「そ、そうなのか?大丈夫ならいいんだが...」
そのままタクシーは動きだし最初は無理して起きてたが、酔っていたこともあっていつの間にかまた眠ってしまった
運転手「お客さん...お客さん!着きましたよ!お客さん!」
やすし「ん?むにむに...」
運転手「早くおりて下さい!」
やすし「ん?ああ...そう急がせるなって...」
だるい体を引きずる様に外に出て、胸の内ポケットからサイフを取り出そうとしたとき、タクシーが突然走り去ってしまった
やすし「お、おい!お金
!」
訳がわからず立ちすくんでいたが、辺りを見渡し更に呆然とした
やすし「あれ?何でこんなところにいるんだ?」
降ろされた場所は自宅をとうに過ぎた場所だ
慌ててタクシーを呼び戻そうとしたが、もう見えなくなってしまっている
仕方なく携帯で違うタクシーを呼ぼうとしたが、携帯がない...
泥酔していたので覚えてないけど、どうやらどこかに忘れてきたようだ
自宅までは歩いて30分くらいかかるけど、仕方なく千鳥足できた道を戻りはじめた
時計を見るともう深夜0時を回っている
かーちゃん怒ってるだろうな...
辺りには街灯はなく、暗く静かな一本道が続いている
営業でたまに通る事がある道なのだが昼間とは全く雰囲気が違い、酔っているとは言え一人で歩くのは心細かった
しばらく歩いていると一つ先の角に街灯があるのが見えた
その街灯に近付いていくと、足元にタイヤ痕があるのが見える
どうやらそのタイヤ痕は進行方向にずっと続いているようだ
やすし「なんでずっとタイヤの跡があるんだ?」
それはまるで何かを引きずった跡の様にも見えた...
そんなはずはない、余計なことを考えるのはやめよう...
恐怖を紛らわすため少し大きな声で鼻歌を歌いながら、さっきより早足で自宅に向かい歩きだした
でも、歩けば歩くほどそのタイヤ痕は濃く鮮明になっていく
赤黒いその色はどんなに考えてもそれ以外に考えられなかった...
すると、恐怖のあまりすっかり酔いもさめたやすしの遥か前方から、誰かが歩いてくるのが見える
やすし「人だ!良かった...あの人に携帯を借りられるかも知れない」
歩を早めるとどんどん距離が縮まっていき、薄っすらだけどその容姿が明らかになっていく
やすし「女性?こんな時間に女性が一人で歩くなんて物騒だな」
そんな事を思いながらさらに距離が近付くと、やすしはその人影に違和感を覚えはじめた...
確かにこっちに向かって歩いてきているはずなのに、女性は背を向けている様に見える
女性の姿がしっかりと確認できる距離まで近づいたとき、やすしは大声をあげ今きた道を猛ダッシュで走り出した!
前から歩いてきた女は青白い顔から大量の血を流し、首と体が反対方向を向いているのだ
あんな状態で生きている人間がいる訳もなく、それがもうこの世の者ではない事は一目瞭然だった
やすしはひたすら逃げ続けた
さっきタクシーから降ろされた道も過ぎ、さらにその先へ走り続けた
後ろからあいつが迫ってきているのは何となくわかったが、怖ろしくて確認なんてできるはずもない
すると前方に一件のコンビニが見えた
迷う事なくコンビニに逃げ込むと店員に助けを求めた
やすし「助けてくれ!怖ろしい女に追われてるんだ!」
いかにも深夜のコンビニバイトと言った感じのおたくっぽい店員が飽きれた口調で言い放った
店員「またですか?一体今日は何なんですか...」
やすし「また?一体どうゆうことだ?」
店員「さっきもタクシーの運転手がきてあなたと同じようなこと言ってましたよ」
やすし「それは本当か!その運転手はどうしたんだ?」
店員「さっきからずっとトイレに引きこもって出てきませんよ」
すぐさまトイレを確認すると鍵がかかっている
やすし「おい!さっきの運転手なのか!あんた一体どうゆうつもりだ!」
呼びかけても反応がない
普段温厚なやすしだったが、恐怖で混乱していたこともあり思いっきりトイレのドアを蹴り開けた
ドアが開くと、そこには隅に蹲りブルブル震える運転手がいた
間違いない、さっきの運転手だ!
やすし「あんた、一体何があったんだ!」
問い掛けに反応はなく、何やらブツブツ言っている
たまらず胸ぐらを掴み頬に平手打ちをすると、運転手は興奮した様に話しはじめた
運転手「俺が悪かった!もう来ないでくれ!」
やすし「一体どうゆうことなんだ!?」
運転手「あ、あのとき、轢いちまったんだ...あんな時間に人がいるなんて思わなかったんだ!」
やすし「あのときって一体何を言ってるんだ!」
運転手「ブレーキを踏んだけど間に合わなかったんだ...だから仕方なくて...」
やすしはタクシーが急ブレーキを踏んだあと、電柱にぶつかったと言った運転手の言葉を思い出した
やすし「あんた俺に嘘ついたのか!轢いた人はどうなったんだ!」
運転手「わからない...わからないけどもう生きてるはずはない...」
やすし「なんでそんな事がわかるんだ!轢き逃げだぞ!」
運転手「怖かったんだ...降りて確認するのが怖かったんだ!だって首が...」
やすし「首?首がどうしたって言うんだ?」
運転手「首が反対を向いてた...もう誰が見ても死んでた...」
やすし「...」
運転手「なのに...」
やすし「え?」
運転手「しばらく車を走らせてバックミラーを確認したら、首が後ろを向いたままあいつが車にしがみ付いてるのが見えたんだ...!」
やすし「じゃあさっき俺が見たのは...」
運転手「あんたも見たのか!あれは一体なんなんだ!なんであんな状態で追いかけてくるんだよ!」
やすし「そんなの俺が知るか!」
次の瞬間、コンビニの店員がいきなり大声をだし、青ざめた顔をしている
店員が指差す方向をそっと見てみると、あの女がガラス越しにこちらを覗いているのだ
3人は言葉を発する事もなく一目散に裏のバックヤードに逃げ込んだ
息を潜め震えていると誰かが店内に入ってきた事を知らせる鈴の音が鳴り響く
やすし「どうするんだ!入ってきたぞ!」
店員「たすけてくれ...たすけてくれ...」
バックヤードから監視カメラを確認すると、女がレジの前に立っている...
やすし「おい、お前...!お前が逃げるからこんな事になったんだぞ...!どうするんだ...!」
運転手「声を出さないでくれ...!あいつに気づかれる...!」
やすし「なんで俺までこんな目に合わないといけないんだ...」
もう一度監視カメラを見ると、今度は女がバックヤードのドアのすぐ前に立っていた
もうドア一枚隔てた場所まできてる...
そして、ドアの前から掠れた声で何かを言っているのが聞こえてきた...
コロシテ...モウコロシテ...
まだ自分が死んだ事に気づいてないのか...
コロシテ...コロシテ...クルシイ...
やめてくれ...!もう死んでるんだ...
次の瞬間、今度は女がドアをガンガン叩きはじめた
恐怖に震えながらも監視カメラで確認すると、ドアに頭を狂ったように叩きつけている
あまりの恐怖に耐えきれなくなったやすしはドアを開け、猛ダッシュでコンビニから逃げ出した
開けた瞬間あいつに掴みかかられそうになったけど、何とか逃げられたようだ...
しばらく走り続けたが、そのうち息がきれ歩きはじめた
後ろを振り返ってもあいつは追ってきてないようだ
あのあと運転手がどうなったのか気になったが、自業自得だ...そう自分に言い聞かせ自宅に向かって歩きはじめた
でも、そこから自宅に帰るにはさっき歩いてきた道に戻り、運転手が女を轢いた場所を通るしかなかった
時間は深夜の一時半を回っている
夜道に自分の足音だけが鳴り響く中、慎重に辺りをうかがいながら歩いていく
そしてとうとう、運転手が女を轢いた場所の近くまでたどり着いた
怖ろしくてこの場からすぐにでも逃げ出したかったけど、早く家に帰りたい一心で、意をけして角を曲がった
目を凝らし先の方を確認すると、暗い道の隅っこに誰にも気づかれることなくそれはあった...
さっきまで確かにコンビニにいたはずなのに...
遺体の近くには大量の血溜まりができていて、事故の凄惨さを物語っている
真横を通るとき、いきなり足を掴まれるんじゃないかとか、そんな想像ばかり思い浮かぶ...
なるべく近づかないように、ゆっくりと女に近付いたとき、女の顔がこちらを向いている事がわかった
最悪だ...
なるべく見ないように見ないように意識して通り過ぎようとしたけど、不意に一瞬見てしまったとき、目があった様な気がした
その後幸いにも遺体は動くことはなく、女の横を通過する事ができたやすしの額には大量の油汗が吹き出していた
そこからまた10 分くらい歩くと、やっと自宅が見えてきた
長い長い帰り道はようやく終わりを迎えた
玄関をそっと開け中に入ると、当然ながら妻と娘は眠っている
明日も仕事だ。今日の事は忘れて早く寝よう...
本当はすぐにでもベットに潜り込みたいところだったが、久しぶりにあんなに走ったせいで汗で体がベトベトだ
仕方なく服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びることにした
やすし「明日この話を会社の人間にしたらどんな顔するかな...いや、やめておこう。こんなこともう忘れよう...」
そんな事を考えながらシャワーを浴びていると、なんとなく後ろから視線を感じるような気がする...
あんな事があったあとだ、動揺して変な想像をしてしまうのも無理もない...
そう思い、誰もいない事を確認するために振り返ったやすしはその場で凍り付いた
そこにはスリガラス越しにこちらを覗き込むあの女の姿があったのだ...
コロシテクダサイ...コロシテ...
シャワーを持つ手が震えて床に落としてしまった
その音に反応したのか、女はドアの前から消えていた
暫くその場を動く事ができなかったが、女がいなくなったタイミングを逃すまいと急いで体を拭きパジャマに着替え寝室に逃げ込んだ
すぐさま鍵をかけベットに潜り込むと、何十年かぶりに妻の手を握りしめた
暫くして眠っていた妻が目を覚ます
妻「あんた何やってるんだい気持ち悪い」
やすし「違うんだ!俺は関係ない...なんで俺なんだ...!」
妻「は?あんた飲み過ぎておかしくなったの?どうしたんだい」
やすし「追いかけてきたんだ!どこまでも追いかけてくるんだよ!...」
妻「なに物騒なこと言ってるんだい!あんたまた女にちょっかい出して厄介事作ってきたのかい!」
やすし「違うんだ!そんなことじゃない!それどころじゃない!」
次の瞬間寝室のドアの前からあの掠れた声が聞こえてきた...
コロシテ...クルシイ...
やすしは悲鳴をあげ部屋の隅に蹲り震えていた
すると、妻が立ち上がりドアの方に向かって歩いていく
やすし「何をする気だ!そいつはヤバイんだ!近づいたらだめだ!」
妻は何か悟ったような口調で言い出した
妻「あんた本当に関係ないんだね?あんたは無関係なのに付き纏われてるんだね?」
やすし「あ、ああ...」
妻はドアの前に立ち、ドア越しに話はじめた
妻「あんた、何があったか知らないけどうちの人に関わるのはやめてちょうだい。早くこの家から出て行ってくださいな」
暫く沈黙が続いた後、いきなりドアをガンガン叩く音が鳴り響いた
あの時コンビニでやっていた様に頭を狂ったように叩きつける女の姿が容易に想像できた
もう終わりだ...俺はこの女に取り殺される...
そのとき、妻が吠えた
妻「今何時だと思ってるんだい!死んでも人様に迷惑かけるような人間は地獄に落ちるよ!」
すると、音が止まった...
妻がドアを開けるとそこに女の姿はなかった
結局その日眠れなかったやすしは朝まで妻に抱きついて夜を明かした
次の日は仕事を休み、昨日おこった事を警察に話した
警察の話によると女性の遺体は朝方犬の散歩をしていた叔父さんに発見され、すでに轢き逃げ事件として捜査が始まっていたようだ
そして、犯人であるタクシー運転手は山奥で首を吊って死んでいるのが発見されたらしい
その死体はなぜか首が反対を向いていたと言う
その後、念のためお祓いを受けたやすしは今も何事もなく生活している
もしあの時妻の助けがなかったら、自分もあの運転手のように首を吊っていたかも知れない...
作者遥-2