3年前、夫の浮気が原因で離婚した。7歳になる1人息子は私が引き取り、今は私の実家で両親共々と暮らしている。
私は両親から結構厳しく躾られて育った。だが、そんな両親も老いてきたためか、すっかり角が取れて丸くなり、今や孫を甘やかし放題甘やかしている。
私が仕事から帰宅すると、大抵息子はいない。おじいちゃんが散歩と称して外食に連れて行き、挙げ句ゲームやら漫画本やらを買い与えてしまうのだ。
外食はあまり体に良くないし、ゲームや漫画ばかりに熱中していると勉強が疎かになる。出来れば私と同じように厳しく躾て貰いたかったが、出戻りの身であまり強いことは言えない。そのことが凄くストレスだった。
ある日のこと。仕事てクタクタに疲れて帰宅すると、やはり息子はいなかった。台所で夕食の支度をしている母に問うと、「おじいちゃんと出掛けとるよ」という返事。これには少々カチンときた。
「また出掛けてるの?それで夕食も外で食べてくるんでしょ。宿題はやってあるの?あの子、最近ゲームばっかりしてて、ロクに私と話さないのよ。ねぇ、お母さん。お母さんからもお父さんに言ってよ。拓海をあんまり甘やかすなって」
しかし母はけろりとして、
「いいじゃあないの。お父さんはたっちゃんが可愛くって仕方ないのよ。ほら、あんたも早いとこ夕飯食べちゃいな」
「……」
駄目だこりゃ。嘆息混じりに息を吐くと、丁度息子が帰ってきた。息子はまた新しいゲームを買って貰ったらしく、「ただいま」も言わずに自室に行ってしまった。
「拓海、ちょっと待ちなさい」
私は拓海の母親なんだから。あの子をちゃんとした人間に育てなくちゃいけないんだから。親に挨拶もしないなんて、そんな風に育ててはいけない。
あの子を守ってあげられるのは。
あの子の1番の理解者は、私。
母親の私なんだから!
息子のあとを追い、部屋に入る。キョトンとしている息子を前に、私は「あっ」と声を上げた。
息子の首に白いストールが巻かれていたのである。いや、ストールではない。半透明に透き通った2本の腕が、息子の首に絡みついていた。
「拓海!!あんた、それ……!」
私が強張った表情で近付くと、息子は頭でも叩かれると思ったか、首を竦めた。その瞬間、2本の腕は煙のように消えてしまった。
それからもちょくちょく、息子の首に絡みつく腕を目にするようになった。ハタから見れば、まるで首を締め上げようとしている風にも見える。
何か悪いモノが息子に取り憑こうとしているのかもしれない。いや、既に取り憑かれてしまったのかもしれない。
そう考えると居ても立ってもいられなかった。
私は息子を引っ立てるように、近所のお寺へと駆け込んだ。
お寺の和尚さんとは知り合いであり、昔からの付き合いがある。私は和尚さんにこれまでの経緯を話し、息子に何かが取り憑いているのであれば、お祓いしてほしいと訴えた。
「ふうむ……腕ねぇ。でも別に悪いモノが取り憑いてるようには見えんねぇ」
和尚さんは息子を矯めつ眇めつ眺めながら呟いた。
「拓海君。気分が悪くなったり、首を締められているような気配はするかね」
和尚さんに問われると、息子は首を振った。突然、お寺へと連れてこられたので、動揺しているようだが、確かに体には何の不調も出ていないようだった。
「でも、私には確かに見えたんですよ。拓海の首に絡みつく白い腕を。あれは一体何なんですか」
「うん…、その腕のことなんだがねぇ」
和尚さんは困ったように笑うと言った。
「その腕ねぇ、あんたのだよ。あんたの腕なんだよ、お母さん」
和尚さんに言わせると、腕の正体は私が息子を心配する想いが形となって表れたのだという。首を絞めようとしているのではなく、懸命に守ろうとしているのだとも教えてくれた。
「あんたの子どもに対する情念が形になったもんだから、悪いモノじゃあない。我が子を守ろうと必死になってるんだね。でも大丈夫だよ。あんたがしっかりした人間だもの、この子もきっと大丈夫」
和尚さんからそう言われ、私は大泣きしてしまった。ホッとしたような、少し自分が恐ろしくなったような……。そんな気分だった。
あれ以来、私は息子の首に絡みつく腕を見ていない。
作者まめのすけ。