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これは、祖父から聞いた話です。
昔、今でいう高校に通っていた頃、ワシは陸上部にはいっておったんじゃ。
正直、足は速くなかったんだが、走ることがすきでな。放課後の練習はもちろん、朝練、昼練、休日連習を一生懸命やっておったんじゃ。
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そんなある日、何時ものように授業が終わって、グラウンドで走り込んでいた時。ふと、校舎の方を見ると、三階の窓からこちらをみている奴がいることに気づいたんじゃ。
もちろん、部活はしないで教室に残って勉強をする奴も、何人かおったからな。別にそこに人がいて、こっちを見ていても何にも不思議なことではない。
けど、どうしても気になったんじゃ。
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それからというもの、放課後ワシがグラウンドを走っている時に三階の窓をみると必ずそいつは、そこにおった。
はじめは、男だと思っていたんだが、何回も見ているうちに女の子だと気づいたんじゃ。
それで、よく顔を見たいと思って校舎に近づくと、いなくなるのよ。
だからこれは、照れとるんだなと思ってなるべく近くでは見ないようにしようと思ったんじゃ。
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そして、一ヶ月ぐらいたったある日。そのことを先輩に話したら、そいつは陸上部に入りたいのではないのかと言われたんじゃ。
当時は女子の陸上はあるにはあったが、厳しい練習でしかも、肌をさらすような格好をせざるを得なくて、そんなはしたない格好にはなりたくないということで部員も少なかった。さらに、その部員の少なさも原因で、なかなか見学に来る女子はおらんかったんじゃ。
だから、上からこっそりと見学しているんじゃないかと。
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そう言われてワシは、なるほどな、と思った。そして、それならこちらから声をかけてやればいいんじゃないかと。そうすれば、思いきって陸上部に入ることになるのではないか。さそわれたのが例え男であったとしても。
そう考えて次の日に、声をかけようと決心したんじゃ。
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次の日、授業が終わると、急いでグラウンドにでて走り込みをはじめた。
すると、やっぱり三階にいるんじゃ。
それを確かめたワシは、フィールドワークに出るために、グラウンド奥にある裏門から外に出たんじゃ。
もちろん、フィールドワークにいくつもりはない。裏門から出たワシは、学校を半周して正門からまた、学校に入った。
そして校舎に向かった。
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放課後の校舎に入るのは、初めてやった。いつも部活で外にいたからまず入ることはないからな。じゃから、すごく不思議な感じがしたわ。
校舎に入ってからすぐに階段で一気に二階まで駆け上がった。そこで一旦息を整えてからゆっくりと三階へ階段を上がっていった。
なるべく音を立てずに、ゆっくり、ゆっくりと。
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?
ちょっと待て。なんでこんな盗っ人みたいなマネをしとる?
彼女に一緒に走ろうと誘うだけだ。堂々と上がったらいい。
じゃが、そんな思いとは裏腹に足は、忍び足で進んだんじゃ。
そして、一段一段上がるうちに、心臓の鼓動がはやくなる。自分でも本当に不思議やった。
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そして、後三段で三階、というところでピークがきた。
ドクン、ドクンと今まで散々に走り続けたワシでもこれほどまでに心臓が鼓動するのは、初めてやった。
頭にこれ以上は、行くなと、警告のためか鋭い痛みが走る。
はん。馬鹿か。ワシはあの子を誘うんじゃ。走りたそうにしているあの子を。
そう心に固く誓い、最後の三段を駆け上がった。
するとそこには、一人の女生徒がいた。
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胴からしたの無い女生徒が。
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ワシは、すぐに逃げようとしたがどうしても、その女生徒から顔を背けられなかった。
すると、窓の外を見ていたその顔がゆっくりとこちらを向いてくる。
ダメだ、これは見たらダメだ。絶対に、ダメだ!
じゃが、どうしても顔を、背けることができない。そしてついに、その女生徒が、こっちをむいた。
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どこにでもいる普通の顔。むしろ美人の、部類に入る整った顔が無表情であった。
じゃが、すぐにアゴがあり得ないところまでさがり、低い声で。
ミ、タ、ナ
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それを合図にワシは一目散に逃げた。
じゃが後ろから
ウ、ウ、ウ、ウゥゥ〜…
と、うめき声が、せまってきていて、二階につくと、急いで男子トイレに、こもった。
そして一番奥の個室に入った。
トイレの外でうめき声が発せられているのを聞いてワシはぶるぶる震えて、ごめんなさい、ごめんなさいとブツブツつぶやいた。
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何分たったのか、ふと耳を済ませるともう、うめき声は聞こえなくなっていた。
恐る恐るトイレの個室から出るが、何もいない。
助かった…のか?
そう思い、トイレから出ようと扉に手を掛けた瞬間。
扉の窓に、女生徒の顔がべっとりくっついていた。
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気がつくと、保健室のベッドに寝ていた。
どうやら、気絶してしまったらしい。
先生にひつこく何があったのか聞かれたが、適当にあしらっておいた。
先輩達にも何があったのか聞かれたが、それにも何も答えんかった。なんでかは、自分でもわからんかった。
それ以来その子は、三階の窓に現れることはなかったわ。
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結局、不思議とそれだけのことがあったのに誰かに話すことをしなかったのは、怖くなかったからなのかもしれん。
当時は、なんでそう思うのか分からないままやった。じゃが、いま思い返すと最後のあの子の顔はひょっとすると、
泣いていたんじゃないか。そう思えてしかたないんじゃ。
…………………………………
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おそらく、その子は交通事故か何かでなくなってしまったんでしょう。
そして、走っている祖父を羨ましいと思ったのか、もしくは走っている姿をひっそりとみて、自分も走っている気になっていたのかもしれもせん。
あの時、祖父が声をかけなければあの子は、祖父にあんなことをせずに、ひっそりと成仏していたのかもしれません。
祖父の優しさが彼女には、してほしくない。一番のタブーだったんでしょうね…
作者ゼン
第二弾