私は既に死んでいる"死者"だ。
実体は業火に焼きに焼きつくされ
最終的に残った骨も先祖の元に納骨されている。
どういった理屈なのか理解できないが
死んだ直後でさえ鮮明に覚えていた記憶さえ、
今となってはモヤがかかったようになっていて
残っているのは強烈な記憶だけ。
感動した思い出や、
嬉し泣きした思い出だって
持ち合わせていたはずなのに
失うばかりで産み出せない事が淋しい。
こうして怨霊に成り下がっていく者もいるんだろうな、なんて野暮なことばかり能天気に思う。
今の私はポルターガイストを起こして悪事を働くことも出来なければ、夢枕に立つことも出来ない。
どうやってやるのか、教わろうにも自分以外の死者に出会えない。霊感のない人間は死んでも死者が見えないのか?
ともかく、私ができるのはニンゲンの観察をするだけだ。
観察対象は
私の数少ない記憶に残り続ける
旦那だ。
今、彼は仕事を終え
私と暮らしていた家とは違う方向に車を走らせている。やがて、あるマンションに着いた。ここは私の記憶には無い。失ったのか本当に無いのかは定かではないが。
そもそも仕事帰りにスーパー以外の場所に立ち寄るのは今まで見られなかった行動だ。
彼が遂に本性を現したのかもしれない。
それにしても、彼は実に慎重な男だ。
1年も張り付いているのに僅かなシッポも見せなかったのは称賛に値する。
でも、それも今日までの様だ。
"思いもよらない火災により、妻に先立たれ失意のどん底にいる夫"が妻の命日から
僅か1日しか経っていないにも関わらず
真っ直ぐ家に帰らず
立ち寄ったマンション
一体、何をしようとしているのだろう。
彼の頭上から
彼の顔色をじっと見つめながら
冷ややかな気持ちで
こんなことを考えていた。
"あぁ、きっと今が怨霊になるか成仏するかの
瀬戸際なんだろうな"
と。
作者わたみん